(7/29-2)29『永遠の仏陀』を読む―跳躍の時―魂の生地の洗濯―般若波羅蜜多

『永遠の仏陀』を読む

28妖怪は、時に、「権力者を演じ切る。」しかし、本当の実力者であることは、めったにない。

【大川隆法『妖怪にならないための言葉』より抜粋】

68 ある時、モンゴル(元)の軍団がヨーロッパを席巻した。その後、ペストが、はやり、三分の二の人口が死滅した。地獄には、ネズミの大軍と、ゴキブリの大軍が現われた。亡者の群れだ。何百頭もの百象が出現して、ネズミやゴキブリを踏みつぶして駆け抜けた。

【大川隆法『地獄へ行かないための言葉』より抜粋】
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〇「正思」に必要な三つの姿勢
では、神仏の心に合致する正しい心を持つためには、どうしたらよいのでしょうか。このことが、次なる課題として探求されなければならないわけです。
この入り口となる姿勢として挙げられることには三つほどあります。

①素直さ
第一の姿勢は「素直さ」ということです。
より高次な教えを受けるに際しては、素直な心を持っていなければ受けることができないのです。そうでなければ、それは素通りしていってしまいます。あるいは、光が屈折していってしまうようなものです。

今、地上に生きている自分にそれなりの肩書があったり、地位があったり、学歴があったり、要望があったりしたとしても、「神仏の創られたこの偉大な空間の中では小さな点でしかない」という事実を知ったときに、自分の思いで世界を測れるはずがないのです。この前提を忘れてはなりません。

したがって、神仏の創られた世界と、その考えを知るためには、心を素直な状態に置かなければ無理です。これが第一です。

【大川隆法『真説・八正道』第二章「正見」106pより抜粋】
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こんばんは。主から頂いた奇跡の一日も残りわずかとなりました。
皆様と共に、一日の終わりに「主への感謝」と「復活の祈り」を捧げます。

三宝帰依を寄る辺として、主エル・カンターレへの信仰を貫くために、一日の始まりを希望と共に『エル・カンターレへの祈り』と『仏説・正心法語』で始めました。

そして日中は主のため、世のため、隣人を救うために、地上仏国土ユートピアの実現のために「六波羅蜜多」の実践をなすべく、私たちは御仏の御手足として働きました。本日も本当にお疲れ様でございます。

引き続き、純粋なる信仰を「復活の祈り」と共に主に捧げると共に、信仰・伝道・植福に私たちの最大の感謝と報恩の誓いを捧げさせていただきましょう。

そして一日を感謝と反省で締めくくるために、常に主の御言葉と「八正道」と共にありましょう。

今日の一日を振り返りつつ、1991年7月に説かれました『永遠の仏陀』を振り返ります。
そののち、仏陀の教えに原点回帰すべく『釈迦の本心』を共に学びます。
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第四章 跳躍の時 
〇魂の生地の洗濯
しかし、この際に、
おまえたちに、さらに、分かりやすく話をしてゆくとしよう。
おまえたちは、偉大な考えを持つということを、
非凡な考えを持つことと捉え
他の人が考えないようなことを考えることと捉えるだろう。
けれども、私は言う。
確かに、そのように、非凡な内容のことを考え、
他の人が決して思いつかないような
偉大なことを考えることは、
重要なことであるが、
その前に、前提があるということを。
それは、おまえたちの心が清らかでなければ、
どのような偉大な思想も無駄になるということなのだ。

人間の魂にとって、いちばん大切なことは、
その魂の基(もとい)が清らかであるということなのだ。
魂の根っこがよく洗われ、
不純なものがないということなのだ。
魂が透明であるということなのだ。
これがまず先決のことであり、
これを考えることなく、膨大な知識を詰め込んでも、
残念ながら、それは実りあるものとならないのだ。
そう、これもまた、砂上の楼閣(ろうかく)の一つにしかすぎないのだ。

見よ。
世の中で、成功したと言われる人を。
彼らは、まさに、
この砂上の楼閣を築いているのではないだろうか。
人間としての、その本性において、
清らかなるものを持っているか。
無私なるものを持っているか。
そういう心を持つことなく、
自分の事業欲のために、
知識欲のために、
出世欲のために、
さまざまな思想を詰め込み、
学問をし、専門知識を吸収したとしても、
それらのものは不毛である。
一陣の風が吹いてきた時に、
やがて、砂上の楼閣は、もろくも崩れてゆくであろう。
この一陣の風とは、無常の風である。
あの世から吹いてくる風である。
どのような人間も逃れることのできない、
人生の終わりの時に吹いてくる風である。
この一陣の風に見舞われたら、
このような砂上の楼閣は、ひとたまりもないのだ。
その土台から崩れてゆかざるをえないのだ。

ゆえに、魂が跳躍する前には、土台を固めよ。
これが大事なことなのだ。
日々、己の心を振り返り、
邪悪なるものが、そのなかにないかどうかを振り返るのだ。
みずからの心のなかに、よこしまなる思いはないか。
みずらかの心のなかに、虚栄心に満ちたものはないか。
みずからの心のなかに、他を見下す心がないか。
みずからの心のなかに、
自分自身の魂を破壊させるようなものがないかどうか。
そうしたことを考えるのだ。
こうして、日々、己の魂の生地を洗濯するのだ。
魂の生地をきれいに洗濯し、それを乾かしてこそ、
見事な色柄をつけることも可能であるのだ。
白い生地には、さまざまな絵を描くことができるのだ。
このことを大事にしなさい。

【大川隆法『永遠の仏陀』第四章「跳躍の時」より抜粋】
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続いて、仏陀の教えに原点回帰すべく『釈迦の本心』を共に学びます。
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第三章 六波羅蜜多の思想
9 般若波羅蜜多

六波羅蜜多の最古の徳目は「般若波羅蜜多」です。

「般若(はんにゃ)」という言葉は、『般若心経』などによって有名ですが、これは「智慧」という意味です。それも単なる知識的な知恵ではなく、深いところから出てくる叡智のことなのです。

これは「般若の智慧」ともいわれます。深いところから、こんこんと智慧があふれ出るさま、湧き出て止まらないさまが、真の智者の姿です。般若の智慧を得る段階に至ると、この世的なる学問や経験は、砂と砂金にふるい分けられ、砂金のみがいっそう光を増すのです。

人格が完成して、ある程度の人物、偉人となるためには、確かに、数多くの読書や経験を経ることが必要であり、そうして得た知識や経験は珠玉のごとく輝いています。

しかし、そうした知識や経験も、般若の智慧が出てきたときには、もはや光を失っていくように見えます。それほど、般若の智慧は偉大なものなのです。というのは、心の窓を開かなければ、般若の智慧に至ることは決してできないからです。

八正道を中心にして、自らの心を正していくと、やがて心の扉が開き、自らの守護霊や指導霊の声が聞け、彼らと話ができるようになります。実在界の守護・指導霊たちは、地上の人間をはるかにしのぐ智慧を出す力があります。なぜなら、実在世界においては、それぞれの霊たちが、過去世で経験したことや学んだことをすべて持っているからです。

地上においては、表面意識はわずか一割程度になり、残り九割近くは潜在化してしまいます。しかし、霊的世界においては、反対に、潜在化していた九割の部分、すなわち過去世の知識の部分が表面意識として顕在化し、地上に生きていたときの意識が、残りの一割として潜在化していることが多いのです。

したがって、比率だけで見ると、霊人は地上の人間の約九倍の智慧を持っていることになります。これが霊人の本質です。同じ霊格であっても、地上に降りている人間の智慧と比較して、霊人は約九倍の智慧を持っているのです。

ましてや、霊的世界には、自分より高い霊格の人たちが数多くいます。地上では同時代に会うことができないような最高の知者たちが、実相の世界にはキラ星のごとくいるのです。

現代の日本において、どれほど頭がよいと言われる人であっても、どれほど優秀な大学教授であっても、はたしてソクラテス以上の叡智を持っているでしょうか。あるいは、孔子を凌駕するほどの思想家でありえましょうか。

実在の世界には、そうした人たちが数多くいます。また、歴史上、名前が残っている人だけでなく、過去の文明において活躍した数多くの高級霊たちもいます。その数はとても数え上げることができないほどです。こうした霊人たちが結集して指導にあたったとき、地上的な知識や努力が何ほどの力を持ちうるでしょうか。

高級霊たちは私にさまざまな霊示を送ってきていますが、それは地上の人間の三次元的知識では及びもつかないほどの質と量を持っています。こうした霊示を受けることも、「般若波羅蜜多」の実践を行っていることになるでしょう。

「人間として最大の智慧を得る段階に至るために、努力というものがある」ということを知らねばなりません。それは結局、「仏法真理を知ることが、自分を自由自在となし、大力量人へと変えていく」ということを意味しているのです。

【大川隆法『釈迦の本心』第三章「六波羅蜜多の思想」より抜粋】
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明日も、皆様とともに主の新復活を祈り続けてまいります。
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If You build it, He will come. あなたがそれを建てたとき、彼はやってくる。
When You believe It, You will see It. あなたが信じるとき、あなたはそれを見るだろう。
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「神戸正心館エル・カンターレ像開眼祈念植福」について
2024年、主エル・カンターレを信じる皆様と共に救世活動に邁進できますこと、心より感謝申し上げます。
本年も、全国、全世界の天変地異調伏と疫病調伏と発展・繁栄の未来を創造する誓いを込めて、「神戸正心館建立祈念植福―エル・カンターレ像開眼祈念植福―」に伊勢支部信者の信仰心を結集させていただいています。

【趣旨① 「神戸正心館建立」エル・カンターレ像開眼祈念植福を祈念して】                                                  
奈良時代に様々な内乱・大飢饉・疫病が流行った時には、聖武天皇が詔を発し、行基菩薩が勧進役となって、東大寺の毘盧遮那仏が建立されました。結果、様々な病気が無くなったと言われています。

災厄に対して信仰心と法力で戦うのは宗教の使命です。当時、お金や材木の布施・人夫などで携わった人々は延べ二百六十万人ものぼるとも言われており、人口の 半数にもあたりました。そのように、毘盧遮那仏建立は、国家を挙げて、国民にエル・カンターレ信仰を伝える一大伝道事業でもありました。
この度の神戸正心館建立は〈天変地異調伏祈念〉という願いが込められています。エル・カンターレ下生を全世界に告げ知らせ、数多の天変地異を調伏せんとする  信仰心の結集運動が神戸正心館の建立です。これは、あらゆる厄災から人々を護らんと願う大いなる愛の実践そのものでもあります。

【趣旨② 「神戸正心館建立」は一大霊場づくり】
また、昨年末には、<聖地>エル・カンターレ生誕館が別格本山となりました。   その光が淡路島を参道として本州に流れてくる神戸の地に、神戸正心館は建立されます。
神の戸が開き、聖地が一大霊場として大きく広がることで、主エル・カンターレ御降臨とその奇跡が日本全国、全世界へと広がって参ります。

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。゜+. With Savior 。゜+.
100%エル・カンターレ信仰
―天御祖神とともに―
伊勢から世界に伝える強い信仰
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E-mail:ise@sibu.irh.jp
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https://hsise.com/
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TEL:0596-31-1777
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FAX:0596-31-1778
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文責:蒲原宏史 

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