(6/28-1)【基礎教学通信】179【6月28日】『無限の言葉「仏説・伝道経」』を読む11伝道の心得 二 勇気―「未来への選択」人類の幸福を阻む「邪教」と「無神論・無宗教論」―『宗教の挑戦』現実にある様々な霊現象

『無限の言葉「仏説・伝道経」』

27 生命あるもの全てに、神仏の光を感じよ。 

【大川隆法 箴言集『人格への言葉』より抜粋】
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7月7日は70周年を迎えます。主の御生誕日です。
この聖なる日に向けて、純粋なる信仰を「復活の祈り」と共に主に捧げると共に、信仰・伝道・植福に私たちの最大の感謝と報恩の誓いを捧げさせていただきましょう。

7/5(日)~7/7(火)まで、「御生誕祭」を開催させていただきます。7/5(日)~7/7(火)は、連日13 
時より、別格本山・聖地エル・カンターレ生誕館を本会場として、全国・海外の精舎・支部・拠点(HSU・学園含む)に中継開催させていただきます。
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さて、ここからは、主の御教えを世界へと広げるために、教典『大川隆法 
東京ドーム講演集』から第10章の「未来への選択」を共に振り返ってまいります。主におかれましては、一九九五年に、未来は、仏教の縁起の理法の寄る辺に従い、私たちの心と行動を変えることによって、世界を変えることができること。宗教は公器であり、正しい宗教である「幸福の科学」の教えが世界に広がることによって、人類は真なる幸福を得ることができることを、全世界に伝えるべく、獅子吼されました。経典をお持ちでない方は、支部や精舎、全国の書店でお求めください。仏弟子必携の一書です。【税抜き1800円】
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■『大川隆法 東京ドーム講演集』第10章「未来への選択」
4 正しい宗教が未来を変え、人類を幸福にする
○人類の幸福を阻む「邪教」と「無神論・無宗教論」

私は、「宗教の正邪」ということを、今年一年(※説法当時1995年)、説いてまいりました。そして、私の説くところの教えに則り、この国も少しずつ動いてはきています。

しかし、ここで確認しておかねばならないことがあります。

それは、「正しい宗教ではないもの、いわゆる邪教というものによって、国、あるいは世界が支配された場合、人類の未来は悲惨である」ということです。これが第一点です。

しかしながら、邪教は人々を滅ぼすものであり、不幸にするものであるからといって、邪教を弾圧する過程において、よきものと悪しきものも関係なく、宗教そのものを、無用なもの、不要なものと思うならば、それもまた悪魔の手中に落ちた心と言わざるをえません。

正しい考え方はこうです。

人々は、邪教を選択してはならない。邪教を信仰してはならない。それは、あなたがた一人ひとりの幸福にならないだけでなく、社会の幸福、人類の幸福にもつながらない。

よって、その選択はなすべきではありません。

しかしながら、もう一方では、無神論、無宗教論が、次第に力を増やさんとしているかのようにも見えます。

「宗教はアヘンである」と言ったのは、十九世紀のマルクスです。その教えは、はたして正しかったか。宗教が出ていったところに現れたるは、大量の粛清であり、弾圧だったはずです。あの世の恐ろしさを知らない人間は、この世の人を殺しても、何の罪も感じないし、怖さも感じないのです。これが、唯物論の最大の敗北と言えるでしょう。

「宗教はアヘンではない。あの世は実在し、仏陀もまた実在する」―これが世界の真理です。

したがって、邪教を滅ぼすに急であることはよいが、同時にまた、無宗教論、無神論を、この地上にはびこらせてはなりません。そんなことになれば、この世紀末日本を、そして世界を救うこともまたできなくなります。それほどまでに愚かであってはならないと考えるものです。

【大川隆法『大川隆法 東京ドーム講演集』第10章「未来への選択」より抜粋】
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さて、ここからは、私たち仏弟子の生命ともいえる、「仏説・正心法語」について共に考える機会を得たいと考えています。本日は、『仏説・正心法語』第六の経文である『無限の言葉「仏説・伝道経」』についてです。

『無限の言葉「仏説・伝道経」』は、仏陀の伝道宣言にあたる経文です。私たちが日々、主の教えを学び、主への信仰を深めているのは、伝道のためであるといっても過言ではありません。この経文を毎日読誦することで、私たちの使命が伝道であることを確認することができます。主の願いは、主の言葉、教えが日本中に、そして世界中に広がることです。

それでは本日の『無限の言葉「仏説・伝道経」』の解説は以下の通りです。
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それ 伝道は 勇気なり
己の 弱さに 打ち克ちて
他人(ひと)の 心を 開くなり
見えない 世界の 真実を
熱意を もって 示すなり

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Yes, missionary work demands courage
Overcome your own weakness
And open the hearts of others
Tell them the truth of the invisible world
With passion

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●伝道の心得-②勇気
「単に耐え忍んでいるだけではいけない。そんな受け身ではいけない。伝道には勇気も要るのです」ということです。耐え忍ぶけれども、その罵声や悪口のなかをかいくぐって、前進しなければいけません。そのためには勇気が要ります。

結局、己の弱さに克つことなのだということです。他人の気持ち、親や兄弟、親戚、友人などの言葉、世間体、こうしたものが気になるのは、勇気がないからです。「己の弱さにまず克つことだ。これあってこその伝道である。他人のせいにしてはいけない。相手側のよしあしではなくて、己が弱いのではないか」と考えることです。

結局、伝道する場で、信仰心も試されているのです。何か少し言われて、グラッと来るようでは全然だめです。

口では三宝帰依を言っていても、ほかの人の話を聞いたらすぐグラッときて、「それもそうだな」と考えるようではだめです。「幸福の科学というのはみんな、本当にいかがわしい」と言われ、グラッときて、「やはりそうだな」と思ってしまい、すごすごと帰ってくるようでは、まだ信念が足りないのです。「幸福の科学は、他とはどれだけ違うか」を言い切れなければだめです。

「己の弱さに打ち克ってこそ、他人の心は開くのだ」とあります。他人の心だけをこじ開けようとしても、開くものではありません。自分自身が弱いと、すぐ撃退されてしまいます。己の弱さに克ったときに、他人の心も開くのです。

あの世を信じない人には、あの世の話をしても、わかりません。「証明してくれたら信じよう」というようなことを、すぐ言われます。こうした人に対して、あの世を見せることはできません。その際、見えない世界の真実を、信仰心と熱意と言葉でもって、いかに説き込むかです。

結局、自分が信じているその姿を見せて、相手にも信じさせるしかないのです。
「信じる」という行為、信仰という行為があるということとは、「証明ができない」ということを意味しているのです。証明できるものなら、信仰は要らないのです。
誰がやってもそうなるなら、これは理科の実験であって、信仰はまったく要りません。神々がそのまま現れるのであれば、「信じます」と言うまでもなく、これは「見ました」ということです。あるいは、誰であっても、「見えます」ということになります。そうではないから難しいのです。

そのために、やはり説法の腕を磨く必要があります。また、熱意を示して、信仰の姿を見せて、他の人々を教化していくことが大事なのです。

【大川隆法『仏陀の証明』幸福の科学出版 より抜粋】
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伝道の心得の第二番目は「勇気」でした。
本日の主の御解説では、

「結局、伝道する場で、信仰心も試されているのです。何か少し言われて、グラッと来るようでは全然だめです」

「結局、自分が信じているその姿を見せて、相手にも信じさせるしかないのです」
この言葉がとても印象的でした。

伝道に必要なのは自分に打ち克つ勇気です。私も肝に銘じてまいります。

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心の指針104 『勇気ある人』

まいた種は刈り取らねばならない。
これは有名な言葉であるが、
その真実の意味を体得したならば、
悟りを手に入れたに等しいと言ってもよい。

この世界は、
二種類の人間で成り立っている。
一つは、
環境に流されて、
自分はこうなったと考えるタイプの人間。
もう一つは、
自分の意志の力で、
環境を支配し、
幸福や成功を手に入れる人間。
前者は、
愚痴や不平不満、
嫉妬心や劣等感の虜になる。
自分の失敗を、
自分の考え方や努力の不足とは考えない。
必ず人のせいや、貧しかったこと、
学歴不足や、生来体が弱かったせいにする。
救済を待っている人々だ。

だが、勇気ある人は、
ひたすら苦難を乗り越え、
自己鍛錬に打ち込む。
種をまいているのは自分自身だと、
信じて疑わないものだ。

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ここで、宗教の原点に立ち返るべく、教典『宗教の挑戦』を学びます。経典お持ちでない方は、ぜひお求めください。【1300円税込み】
―私が目指しているものは、民族的なるものではなくて、普遍的なものである。軽佻浮薄(けいちょうふはく)なるものではなくて、根源的なるものである。宗教のほんとうの敵は、マスコミや政治であるべきではない。宗教の敵は宗教であるべきだ。私が言いたいのは、ほんとうの宗教批判は宗教の内部からなされるべきであるということだ。聖か邪か、神か悪魔か、宗教自体がこの問いに答えてゆかねばなるまい。―『まえがき』より
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■『宗教の挑戦』
第5章「チャネリングの秘密」
〇現実にある様々な霊現象

それ以外には、重石(おもし)のようなものを糸でぶら下げて、それをグルグルまわしているうちに、特定のところへゆくと、非常に反応をするという占いもあります。

たとえば、昔埋めた水道管などが、どこに埋めたか水道局の人でもわからなくなると、そうした霊能者に「どこを掘ったらいいのか当ててくれ」と頼みます。そしてやりはじめると、ある場所の上に来ると、その重石がグルグル回り始めるので、「ああ、ここだ。ここに埋まってる」と掘ってみると、ものの見事に水道管があるのです。

今でも水道局はこれをやっていて、これで当てるのが一番低コストであるようです。実際に道路を掘り返して探していると大変なことになりますから、そうした霊界の力を借りて当てるわけです。

また、殺人事件の犯人を当てることも、いろいろな霊能者が現実に行っていることです。これは、実際にはかなり的中すると思います。特に殺された人の場合ですと、自分を殺した人のことはよく覚えていますから、誰が犯人かということはよくわかります。

ただ、文証(もんしょう)という意味では非常に難しい面があります。なぜその人が犯人だということを決められるのかについて、この世的な法律的証拠を集めるということは、かなり難しい部分があるかもしれません。ただ、霊能力によって犯人を当てるということはありえます。

私もそうしたことはよくわかります。たた、あまりそれをやり過ぎますと、殺された人の霊が、呼び出したあと、なかなか還ってくれなくなるわけです。成仏するまでずっといすわられますので、あまり深入りするのは避けたほうがよいわけです。死んだ方は、なるほど大変ではあるけれども、生きている人間もまた大変なわけですから、あまりそうしたものに深入りしすぎることには、疑問を感じないわけではありません。

このように、霊現象というのは、テレビや週刊誌等にもいろいろ出てきますが、現実に起こりうることです。現に世界各地で今日も起きています。世界各地で、天上がミシミシと動いたりとか、蝋燭(ろうそく)が突如消えたりとか、そうしたことがあちこちで起きているわけです。

夜中に胸に重いものがのしかかってきて、腕で押さえられそうになって、ギャアと起き上がる。こうした金縛り現象のようなものは、世界各地で今日も起きています。この金縛りなどというものも、やはり悪霊が来ていることがほとんどです。そうした現象はいつも起きているのです。

まず、このような一般的な霊現象について述べましたが、それでは、チャネリングそのものについてさらに詳しくのべてゆきましょう。

【大川隆法『宗教の挑戦』第5章「チャネリングの秘密」より抜粋】
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■御生誕祭の宗教的意義について
〇御生誕祭は、主エル・カンターレ大川隆法総裁先生のご降臨への感謝と、報恩としての伝道の誓いを捧げる、幸福の科学における二大祭典の一つです。

主のご降誕に対し、心からの感謝を捧げ、主への信仰を深める日
――根本仏にして地球神エル・カンターレの御降臨は、慈悲であり奇跡そのものです――

〇御生誕祭は、主と魂の契りを結ぶ霊的な場です。そして、主への報恩として、弟子としての使命を果たす誓いを捧げる場でもあります。誓いを立てることで、信仰は本物となります。

〇主エル・カンターレ大川隆法総裁先生は、1956年7月7日朝7時頃にご生誕されました。「7」という数字は、天上界において、「勝利」と「完成」を意味します。ご生誕の「777」の数字には、悪魔を象徴する「666」にすべての面で凌駕する「勝利の宣言」が込められています。主は、この世の一切の悪なる勢力に勝利し、地球ユートピアを建設されるために、ご降臨されたのです。

〇主エル・カンターレのご本体の御降臨は、3億年前のアルファ様、1億5千万年前のエローヒム様に続き、地球の歴史上3度目に当たります。地球神であり、根本仏でもあられる主は、天上界では光そのものであり、本来、肉体を持たれてはならないご存在です。
・今世は、大川隆法総裁先生というお姿を通して、エル・カンターレのお姿をかいま見ることができる、歴史上ほんの一瞬の、稀な機会なのです。

〇本仏が下生される時代は、人類にとって危機の時代であり、同時に、新時代の幕開けとなる希望の時代です。主のご降臨そのものが、人類に対する最大のご慈悲なのです。

〇御生誕祭は、主がご降臨された奇跡の時代に、主と共に生まれ、主と共に救世活動ができることへの感謝を捧げ、エル・カンターレ信仰を深める大切な日なのです。

■御生誕祭の霊的意義に関連する聞慧■

〇勝利の宣言
私は、昭和三十一年の七月七日、朝、潮満つるころ、七時ごろに生まれました。その数字の示すとおり、「777」という数字がならびます。《中略》「7」という数字は、天上界において、これは勝利を意味する数字であるのです。これは、ひとつには、勝利を意味し、もうひとつには、完成を意味する数字であります。《中略》この「7」の数字の意味は、もうひとつ、別の説明が可能であります。「777」の下には、「666」という数字があります。《中略》ルシフェルをあらわす文字が、数字が、「666」なのであります。これが、彼らの暗号であります。「777」とは、この6に、すべての面において、凌駕するということを意味しているのであります。すなわち、この今生において、私が生まれてくるときに、勝利へ�


�宣言をこめて生まれてきたということであります。何に対しての勝利であるか。《中略》私たちは、神のつくられた、この地上において、いっさいの悪なる勢力を一掃しなくてはならないのであります。
【大川隆法『勝利の宣言』p.11~p.14より抜粋】

〇現成の仏陀の声
私はさらに言葉を継いであなた方に言おう。私は、多くの書物に書かれているように、仏陀の魂の、その生命体の生まれ変わりではあるが、あなた方の前に大川隆法として立っているこの存在は、通常、地上には生まれることのない存在であることを。あなた方は、真の意味において今、我が名で呼ばれているところのこの魂を見ることは、今後、地上においても、天上界においてもあり得ない。それを言っておこう。通常、「法身」という名で呼ばれているのが、私の本当の姿であって、もはや人間の姿をとって出ることはない。そう思って、「幸福の科学」という名を借りての地上における今回のこの真理の活動の意味を知ってほしい。
【大川隆法『悟りの極致とは何か』p.123~124より抜粋】

〇いまはエル・カンターレの姿を見られる稀な機会
「主は、どういう存在か」ということですが、本来、エル・カンターレという存在を、あなたがたに見せることはできません。いまは、「私の姿を通して、かろうじてエル・カンターレの姿を見ることができる」という、歴史上ごく稀な珍しい機会であり、普通は、想像することしかできないのです。というのも、私は、あの世に還ったら、顔や手足などはなくなり、光そのものになるからです。《中略》いま、あなたがたは、エル・カンターレの姿を垣間見ることができますが、歴史の流れから見ると、これは、ほんとうに一瞬の出来事です。《中略》その一瞬に、あなたがたは、永遠なるものの影を見て取り、心に深くとどめておかなければならないのです。
【大川隆法『君よ、涙の谷を渡れ』p.68~70)より抜粋】

〇一回目の名は「アルファ」、二回目の名は「エローヒム」
「エル・カンターレという魂は六人の分身を持っている」というような言い方をしていますが、実は、エル・カンターレの本体としての下生は、今回が三回目に当たります。一回目の下生は、もう今から三億年以上前のことになります。そのときは「アルファ」という名で呼ばれていました。《中略》二度目に生まれたのは、今から一億五千万年ほど前に当たります。このときに呼ばれた名前は「エローヒム」で、一般的には、これを簡略化し、「エル」という名で呼ばれています。《中略》「エローヒム」という名で呼ばれているのが二回目の下生のときです。
【大川隆法『エル・カンターレ信仰とは何か』p.25~26より抜粋】
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本日も、皆様とともに主の新復活を祈り続けてまいります。
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〇「地の果てまでも伝道せよ。」
エル・カンターレとは、地球の光です。
エル・カンターレとは、天上界の光です。
エル・カンターレは、始まりであり、
エル・カンターレは、終りです。
エル・カンターレは、最後の審判です。
エル・カンターレは、最後の審判であり、
世界の人々にとっての新たな希望なのです。
どうか、エル・カンターレを信じてください。
どうか、この新しい信仰を持ってください。
どうか、この新しい信仰を地の果てまでも伝えてください。
それが、あなたがたの使命です。
それが、あなたがたの使命です。
忘れないでください。
それが、あなたがたの使命なのです。

エル・カンターレを信じてください。
エル・カンターレ信仰が、いま求められているのです。
どうか、エル・カンターレ信仰を中心に据えてください。
それが、あなたがたの使命です。
そして、エル・カンターレ信仰を、世界の人々に伝えてください。
地の果てまでも伝えてください。
人々に伝えてください。
それが、あなたがたの使命です。
それが、私の願いです。
それが、すべてです。

【大川隆法 英語説法『Focusing on El Cantare-Belief』の和訳を抜粋】
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〇「沈黙の仏陀」の教え

戒めを守り、禅定を行い、そして智慧を得る。
智慧を得ることによって
この世的な束縛、執着というものを断ち切る力を得ていく。
そして、解脱を味わう。
解脱を味わったところで、
また、この世が神仏の偉大なる慈悲の場であることを悟る。
そしてまた、現界において努力する。
そこに、多くの人びとを此岸から彼岸へと渡していくために、
渡し守(もり)としての菩薩の仕事が現われてくる。
一人でも多くの人びとを悟りの彼岸へ導いていこうとする、
渡していこうとする、
そのような肉身の菩薩の仕事がそこから始まってくる。
すべては、己れというものの執らわれを去り、
真実の自己というものを知り、
真実の自己というものを中心として、
この世のあり方を、もう一度まったく違った目で見、
そこに感謝とよろこびを感じて、
他の人びとをも、悟りの彼岸へと渡そうとする。
一切の衆生の苦しみを救おうとする。
そのような大いなる大悲の心が沸き起こってくる。

これが私がみなさんに勧めていきたい人生修行の道です。
【大川隆法『沈黙の仏陀』より抜粋】
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Focus on Lord El Cantare―時代は今、主エル・カンターレ―
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。゜+. With Savior 。゜+.
100%エル・カンターレ信仰
―天御祖神とともに―
伊勢から世界に伝える強い信仰
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E-mail:ise@sibu.irh.jp
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https://hsise.com/
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TEL:0596-31-1777
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FAX:0596-31-1778
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文責:蒲原宏史 

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