11 自分に利益がないなら「疑う」という姿勢は、動物とさほど変わらない。
【大川隆法 箴言集『人格への言葉』より抜粋】
本日、6月12日は、名古屋正心館の落慶10周年記念日です。そして、本年は主の降魔成道41周年の年です。主はこの名古屋の地で、一切の衆生救済のために、すべてをなげうち、空手にして立たれ「幸福の科学」立宗のために出家を決意されました。人類救済を悲願とする主に、あらためて心からの感謝と、降魔成道の精舎・名古屋正心館へ心からの感謝を捧げましょう。是非この機会の「降魔成道館」に参拝ください。そして、この地に大いなる光の灯台を賜りましたことを主に心よりの感謝を捧げます。
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7月7日は70周年を迎えます。主の御生誕日です。
この聖なる日に向けて、純粋なる信仰を「復活の祈り」と共に主に捧げると共に、信仰・伝道・植福に私たちの最大の感謝と報恩の誓いを捧げさせていただきましょう。
7/5(日)~7/7(火)まで、「御生誕祭」を開催させていただきます。7/5(日)~7/7(火)は、連日13
時より、別格本山・聖地エル・カンターレ生誕館を本会場として、全国・海外の精舎・支部・拠点(HSU・学園含む)に中継開催させていただきます。
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さて、ここからは、常に主と共にあるために、教典『大悟の法』から第5章の「常に仏陀と共に歩め」を共に振り返ってまいります。主におかれましては、法シリーズ七巻目の本書において「仏教の根本命題である「上求菩提・下化衆生」の一念を、この書に託した渾身の一冊として仏弟子に開示いただいています。主の御生誕祭に向けて、さらに神秘性と合理性、仏陀とヘルメスの併せ持つ力を日々の救世活動に生かし、「上求菩提・下化衆生」の両輪で、主の御手足としての使命を果たすために、しっかりと学んでまいります。経典をお持ちでない方は、支部や精舎、全国の書店でお求めください。仏弟子必携の一書です。【税抜き2000円】
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■『大悟の法』第5章「常に仏陀と共に歩め」
4心の平和
○生きながら「涅槃」の境地に入る
心の自由と同時に、心の平和の大切さを知る必要があります。仏教は心の自由と平和の両方を追い求めているのです。
心の平和の境地のことを、仏教では「涅槃・ねはん」と呼んでいます。死後に還る高次元世界、安らいだ天国の世界も涅槃の世界(無余涅槃・「むよねはん」という)ですが、そういう天国の世界、如来界や菩薩界などの安らぎの世界を、地上に生きていながら手に入れること、生きながらにしてその状態に入ることも涅槃なのです。
これを「生身解脱・しょうじんげだつ」といいます。生前の解脱、すなわち、肉体を持って生きながら、涅槃という安らぎの境地、ニッバーナの世界に入ることです。(有余涅槃「うよねはん」という)。
ニッバーナ、あるいはニルヴァーナとは、炎を吹き消した状態のことをいいます。この炎とは肉体煩悩のことであり、煩悩とは悪しき精神作用の総称です。
悪しき精神作用とは、要するに乱れた音楽のようなものだと思えばよいでしょう。波長の乱れたガシャガシャした音楽は、長くは聴けません。それと同じように、非常に乱れた心の状態のままではいられないのです。
煩悩の炎を吹き消した、非常に静かな状態が涅槃の境地であり、そういう心を求めるものが瞑想なのです。
深い瞑想に入っていくと、この世的なさざ波の部分は消え、仏神と一体の状態になります。
現象としては、まず、心が安らいできて、次に、暖かい光が体のなかに入ってくるのを感じます。さらに、暖かい光を感じるだけでなく、輝く光そのものが見えてきます。光のかたまりが見え、光の存在が現れて、それが自己と一体になってくるのです。こういう感じがよく分かるようになります。
これが、金色の仏像などで表現されている状態です。瞑想のなかで、光と一体になる感覚が現れてくるのです。ここまで来ると、かなり確立された涅槃の状態だと言えます。
仏教の理論によると、この世において、そういう心の状態をつくれば、高次元世界と同通することができます。生きながらにして、たとえば七次元世界と同通する心をつくれたならば、その世界と行き来できるようになります。その世界の人がこちらに来ることもできれば、こちらからその世界に行くこともできるようになるのです。そして、死後にその世界に還ることが確定します。自分の現在の心の状態に応じた世界に、死後、還ることになるのです。これが仏教の理論なのです。
この理論が現実にそのとおりであることは、私の長年の経験で、すでに実証済みです。自分の心の状態に合ったものが必ず同通してきますし、その世界が、肉体を去って心だけになった時の自分が行くべき世界なのです。
ただ、高次元世界の波長を出そうとしても、普通はなかなか出せるものではありません。
たとえば、楽器の演奏でも、普通の人が「世界一のバイオリニストやピアニストのような演奏をしてみよ」と言われても、それは難しいでしょう。演奏の上手な人が「下手に演奏せよ」と言われれば、できるかもしれませんが、下手な人が「上手に演奏せよ」と言われても、できないのです。
やはり、自分としての最高レベルというものがあり、そのレベルがどの程度まであるかは各人の能力によります。そして、練習を積むに従って、常に最高に近い状態が出せるようになってくるのです。
心の波長も、これとよく似ています。このようなものを求めることが、涅槃を求める心なのです。
【大川隆法『大悟の法』第五章「常に仏陀と共に歩め」より抜粋】
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さて、ここからは、私たち仏弟子の生命ともいえる、「仏説・正心法語」について共に考える機会を得たいと考えています。本日は、『仏説・正心法語』第五の経文である『解脱の言葉「仏説・八正道」』についてです。
『解脱の言葉「仏説・八正道」』は、その名の通り、解脱に到るための道です。毎日読誦することで、心の浄化を図ることができます。禅定とは、本来、心静かに座禅して八正道を実習することであると教えていただいています。毎日、短い時間でも構いませんから、心静かに自分の心を見つめる時間をとってまいりましょう。
『解脱の言葉「仏説・八正道」』はこのように続きます。
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第四には 『正業』を こそ
反省せよ
正業とは 正しき 行為の
別名なり
人間として
恥ずべき 行為を 行なうな
身体の 行為を 慎み 反省せよ
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The fourth step is ‘right action’
Right action means behaving in the right way
Avoiding whatever is shameful
As a human being
Be careful about what you do
And reflect on what you have done
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正業とは、「正しき行為」ということですが、もともとの意味は、身体行為、すなわち、殺し、盗み、姦淫、こうしたものにたいする禁止なのです。
「人を殺すな」「盗みをなすな」などということを、経文として書いて、会員に毎日読んでいただくのも少し忍びなかったので、「恥ずべき行為を行なうな」「慎みなさい」というように書いています。しかし、原意は、「殺すなかれ」「盗むなかれ」「姦淫するなかれ」などということなのです。
みなさんは、殺人を犯すことはめったにないとは思いますが、暴力その他に対しては、やはり気をつけたほうがよいと思います。
「盗むなかれ」というのは、単に「窃盗や強盗をするな」というだけではなく、「与えられていないものを取るなかれ」ということでもあります。相手が与えてくれるものならよいのですが、与えられていないものを取るということは、よくありません。
「犯すなかれ」「姦淫するなかれ」というのは、「実社会で認められた性道徳から外れた行為はしないようにしなさい」ということを言っているのです。これも現代に多い間違いだと思います。肉体を持っている悲しさで、人間はどうしても煩悩の虜になりがちですが、社会的妥当性のある範囲内に止めておかないと、思わぬところで一生を棒に振ることもあります。・・・
会社でも、社長が色情系統で曲がり込んでいくと、たいてい社運が傾くという法則性があります。経営コンサルタントが入ったとしても、社長が色情系統の遊びをいろいろと始めると、たいてい会社が傾くのです。
そうしたときには、いろいろな悪霊が入ってきはじめますから、判断を間違えるようになるのだと思います。まだ、心が千々に乱れたりすると、判断がくるってくるものです。業務時間中から、「きょうはあの娘を誘おうかな」などということを考えていたら、仕事になりません。
仕事は、心を空しくしてやらなければいけないのです。これは気をつけてください。
【大川隆法『仏陀の証明』幸福の科学出版 より抜粋】
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つづいて、経典「八正道の心」より抜粋をご紹介いたします。
この経典は、もともと会内経典でしたが、HSU開学を前に、一般書として書店でも頒布されている大変ありがたい経典です。お持ちでない方は是非拝受ください。【税抜き1500円】
主におかれましては、正業についてこのように教えていただいています。
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〇八正道の第四-「正業」
これは、「正しい行為」ということです。ずばり言えば、「きょう一日、正しい行為をしたか」ということを考えればよいのです。
ただ、正しい行為といっても、職業によっていろいろと違うので、一般化しにくいところがあります。
道元は、正業を、永平寺などのお寺での、お坊さんの修行生活のところに持ってきています。・・・
私は以前、正業(しょうごう)のことを正業(しょうぎょう)と言って、「正しい仕事」という意味を持たせたことがありますが、それは道元的な考えなのです。道元的には、そういうことになります。お寺のお坊さんなら、読経をしたり座禅をしたりすることが仕事なので、それが正業なのです。
正業のもともとの思想、オリジナルな思想は、「戒律に違反する行為をしてはいけない」ということです。
例えば「殺すなかれ」ということです。・・・人は、みな、「一生、修行したい」と思っているので、その機会を途中で奪うことは、よいことではありません。少なくとも、正しい行為ではないのです。・・・
そして、「盗むなかれ」というものもあります。・・・これは、単に物を盗むことだけではなく、「与えられていないものを取ってはいけない」ということなので、応用範囲は広いでしょう。
現代であれば、情報もその対象になります。自分が入手する立場にない情報を入手した場合には、盗みになるでしょう。
さらに、「邪淫をするなかれ」という邪淫戒もあります。・・・邪淫のところは、その依って立つ原点を考えると、基本的に、「職業的に認められないものは、いけない」「社会全体の安定に反するようなことは、勧められない」という、この三点ぐらいが点検基準になります。・・・
大まかに言って、だいたい、この三つについては戒があってよいと思います。
ただ、個別の問題については、いろいろな考えがあり、各宗教の意見は必ずしも一致していません。
これについては、説明すると長くなるので、親鸞の話でもするときに、くわしく述べることにしたいとおもいます。
【大川隆法 『八正道の心』より抜粋】
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大乗仏教に十善戒というものがあります。八正道の正思では、「無貪」(むどん)・無瞋(むじん)・不邪見の三つの項目があげられています。正語から「不妄語」「不悪口」「不両舌」「不綺語」の四つの項目があげられています。そして、正業から「不殺生」・「不偸盗」・「不邪婬」の三項目が挙げられています。「身・口・意」の三業から生まれた十の戒律が大乗の十善戒と言われているものです。
心を正しくコントロールするために、戒を守りましょうということでした。経文の中には詳しくは出てはいませんが、本来「正業」の反省には「不殺生」・「不偸盗」・「不邪婬」が含まれていることが本日の解説で明らかにされています。経文を毎日読むとき、正業の反省に入るときに常に念頭に入れたい項目でした。
幸福の科学で教える「人生の問題集」の解き方の基本は、「四諦・八正道」の一言に尽きます。人生の諸問題を解決するプロセスには4つあります。それが「苦・集・滅・道」の四聖諦です。そこで示された解脱(滅諦)への道、つまり悟りへの道とは「八正道」による中道の道です。それが、「正見」「正思」「正語」「正業」「正命」「正精進」「正念」「正定」の八つからなる仏へ道です。「八正道」は主からいただく光―法力にバランスを与えてくれます。八正道こそが仏教の奥義にあたる修法です。修慧は、知識(聞慧)や、考えを深める(思慧)を習慣化すること(修慧)によって得られる法力です。繰り返し習慣化できるまで共に粘り強く頑張りましょう。
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ここで、宗教の原点に立ち返るべく、教典『宗教の挑戦』を学びます。経典お持ちでない方は、ぜひお求めください。【1300円税込み】
―私が目指しているものは、民族的なるものではなくて、普遍的なものである。軽佻浮薄(けいちょうふはく)なるものではなくて、根源的なるものである。宗教のほんとうの敵は、マスコミや政治であるべきではない。宗教の敵は宗教であるべきだ。私が言いたいのは、ほんとうの宗教批判は宗教の内部からなされるべきであるということだ。聖か邪か、神か悪魔か、宗教自体がこの問いに答えてゆかねばなるまい。―『まえがき』より
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■『宗教の挑戦』
第3章「信仰は美しい」
〇白き道と導きの声
そのときに、目の前に広がった白い一本の道、わずか幅四、五寸(※約15cm)の白い一本の道とは何でしようか。これが清浄な信仰の道でしょう。まっしぐらに歩んでゆくべき道でしょう。「白い」ということが、進むべきことを鮮やかに示しているということでしょう。
しかし、その幅が狭いということが示すのは、これは本当に狭き門であって、誰もがくぐれる門ではないということです。その人一人しか通れない。大勢で通ることはできない。火と水の河に挟まれた幅四、五寸の道であるために、あなた一人しか通れない。そして大変な困難を伴う。しかし、まっしぐらに歩いてゆくべき道である。そもそも西方浄土に向かって進んでゆこうとしたのであるならば、たとえ道が狭くとも、危機が多くとも、この道をまっしぐらに歩んでゆけ―。これが信仰の道を意味しているわけです。
では、背後の東側からかかった声、「おまえは、ただ決心してこの道を突き進んでゆきなさい。死ぬことはないであろう」という声はいったい何でありましょうか。善導の解釈によれば、これは釈迦の遺した遺教(いききょう)、すなわち経典です。
善導の千年も前にインドに存在した釈迦が遺した教え、遺教としての言葉、これが背後から聞こえてきたのです。「私がこのように説法し、書き遺した教えに基づいて歩んでいるのだから、お前は死ぬことはないであろう」という趣旨の言葉だったのです。
そして前方から励ます声、「おまえは、一心正念にして来なさい。私はおまえを護ってあげよう」という声が、西方浄土の阿弥陀仏の声であったと解釈されると思うのです。
これが浄土系でよく使われているたとえです。信仰ということを語るに際して、私たちの置かれている立場を、本当に見事に説明し尽くしているように私には思えるのです。
【大川隆法『宗教の挑戦』第3章「信仰は美しい」より抜粋】
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本日も、皆様とともに主の新復活を祈り続けてまいります。
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〇「地の果てまでも伝道せよ。」
エル・カンターレとは、地球の光です。
エル・カンターレとは、天上界の光です。
エル・カンターレは、始まりであり、
エル・カンターレは、終りです。
エル・カンターレは、最後の審判です。
エル・カンターレは、最後の審判であり、
世界の人々にとっての新たな希望なのです。
どうか、エル・カンターレを信じてください。
どうか、この新しい信仰を持ってください。
どうか、この新しい信仰を地の果てまでも伝えてください。
それが、あなたがたの使命です。
それが、あなたがたの使命です。
忘れないでください。
それが、あなたがたの使命なのです。
エル・カンターレを信じてください。
エル・カンターレ信仰が、いま求められているのです。
どうか、エル・カンターレ信仰を中心に据えてください。
それが、あなたがたの使命です。
そして、エル・カンターレ信仰を、世界の人々に伝えてください。
地の果てまでも伝えてください。
人々に伝えてください。
それが、あなたがたの使命です。
それが、私の願いです。
それが、すべてです。
【大川隆法 英語説法『Focusing on El Cantare-Belief』の和訳を抜粋】
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■伊勢支部 十五戒■
主のため、世のため、隣人を救うために、ユートピア建設のために、なお、一歩を進めよう。心の焦点を主エル・カンターレに合わせよう。
■信仰の五戒【毎年の戒】―エル・カンターレ信仰がわれらの全て
一、主エル・カンターレを信じきる―【戒・定・慧・教学を徹底する】
二、主を愛し、隣人を愛する―【「進歩」と「調和」を顕現するために「四無量心」と「四摂時」を徹底する】
三、三宝帰依を徹底する―【反省(八正道)を実践する】
四、四正道を徹底する―【瞑想を実践しエル・カンターレ信仰を確立する】
五、六波羅蜜多を推進する―【仏国土ユートピア実現のために祈り、伝道を習慣にする】
■伝道の五戒【毎年の戒】―主が一番喜ばれることは伝道・主の御名と御教えが世界中に広がること
一、一人を三帰信者に導く
二、二人の三帰信者を育成する(フォロー)
三、三人を入会伝道に導く
四、四人の入会者を三帰に導くために育成する(フォロー)
五、新たに出会う五人の一般の方に主の御名と主の御教えを伝える
■植福の五戒【毎年の戒】―植福は執着を断つ大切な修行・三千年先の未来の希望のために福を植える
一、「一切は空」―悟りのために、この世への執着を断つために植福する
二、主への感謝を込めて「御生誕祭」と「エル・カンターレ祭」に植福する
三、三宝への感謝を込めて「宗教記念日」に植福する
四、四正道へ感謝を込めて「支部」「精舎」「聖地」に植福する
五、主のため、世のため、隣人を救うため、3000年先の幸福の科学の発展のために、仏国土建設のために植福を習慣にする
信仰の凡事徹底に関して、戒を持つことが仏道修行の第一歩です。主の悲願である、一切の衆生を救済と仏国土ユートピア建設を成就するために、戒を持ち、阿羅漢を目指して、天使菩薩になるために毎日、仏道修行を共にしましょう。
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〇「沈黙の仏陀」の教え
戒めを守り、禅定を行い、そして智慧を得る。
智慧を得ることによって
この世的な束縛、執着というものを断ち切る力を得ていく。
そして、解脱を味わう。
解脱を味わったところで、
また、この世が神仏の偉大なる慈悲の場であることを悟る。
そしてまた、現界において努力する。
そこに、多くの人びとを此岸から彼岸へと渡していくために、
渡し守(もり)としての菩薩の仕事が現われてくる。
一人でも多くの人びとを悟りの彼岸へ導いていこうとする、
渡していこうとする、
そのような肉身の菩薩の仕事がそこから始まってくる。
すべては、己れというものの執らわれを去り、
真実の自己というものを知り、
真実の自己というものを中心として、
この世のあり方を、もう一度まったく違った目で見、
そこに感謝とよろこびを感じて、
他の人びとをも、悟りの彼岸へと渡そうとする。
一切の衆生の苦しみを救おうとする。
そのような大いなる大悲の心が沸き起こってくる。
これが私がみなさんに勧めていきたい人生修行の道です。
【大川隆法『沈黙の仏陀』より抜粋】
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Focus on Lord El Cantare―時代は今、主エル・カンターレ―
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。゜+. With Savior 。゜+.
100%エル・カンターレ信仰
―天御祖神とともに―
伊勢から世界に伝える強い信仰
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E-mail:ise@sibu.irh.jp
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https://hsise.com/
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TEL:0596-31-1777
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FAX:0596-31-1778
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文責:蒲原宏史
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