2 置き去りにした記憶を想起しよう。
4 病院のベッドで「自由」であることの喜びを思い浮かべよう。
【大川隆法 箴言集『病の時に読む言葉』より抜粋】
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5月14日は新復活記念日でした。2004 年 5 月14
日に、主が死の淵からご復活された奇跡に心からの感謝を捧げると共に、主が大宇宙の造物主であられることへの確信を深め、あらゆる既成の常識を打ち破り、主のご復活への確信を強めてまいります。
5/14(木)~5/17(日)まで、連日、「新復活祭」を開催致します。皆様この機会にご来館ください。『新復活祈願』のご奉納は本来5万円目安ですが、この特別期間(奉納目安:3
万円、学生 1 万円)で祈願が可能です。主とともに私たち自身も新復活をなしとげましょう。
『新復活祈願』のご奉納は本来5万円目安ですが、この特別期間(奉納目安:3 万円、学生 1
万円)で祈願が可能です。主とともに私たち自身も新復活をなしとげましょう。
新復活祭では、全智全能なる造物主としての主エル・カンターレの御力を信じ切り、全仏弟子の純粋な信仰心を結集し、奇跡の神オフェアリス神の「信仰、復活、再生、奇跡」の御光と、始原の神アルファの異次元パワーと一体となることを目指し、新復活祭版「復活の祈り」を執り行います。
この聖なる日に、純粋なる信仰を「復活の祈り」と共に主に捧げると共に、信仰・伝道・植福に私たちの最大の感謝と報恩の誓いを捧げさせていただきましょう。
ここからは、経典『新復活』―医学の「常識」を超えた奇蹟の力―の第一章に所収されています「新復活」を振り返り、主の「第三の死」について振り返ります。奇蹟の復活の物語です。お持ちでない方は、支部や精舎、全国の書店でお求めください。仏弟子必携の一書です。【税抜き1600円】
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■『新復活』第1章「新復活」
3医学的にはすでに「死んでいたはず」
○「お迎え」が来ないので「死なない」と思っていたが、孤独だった夜
なお、周りの人たちのだいたいの合意としては、「私は夜は越せない」と見ていたのでしょう。映画「世界から希望が消えたなら。」の”ネタばらし”になるので、あまり言ってはいけないのですが、映画では、家族が病室のテーブルの上に家族写真を持ってくるシーンがあります。
実際は、移動式の机がベットの上にあったのですが、当時の家内が、そこに家族写真を置いていったのを見て、私は、「ああ、『あなたは死ぬんだ』ということを言いたいんだな」ということは、いちおう理解できました。「ああ、そういうことか」という感じがしたのです。
また、ドクターも含めて宗務本部の幹部三人が、本当に親切にも、お別れの挨拶に来ました。「全員来るわけにはいかないので三人だけ」ということで、お別れの挨拶に来たのです。
しかし、私は、まだ頭も目をしっかりしていて、三人とも霊症になっていることまでしっかりと視えたので、「君たちは、三人とも霊障だよ。悪霊が憑いているから、もう、見舞いに来たら駄目だ。そんなことだと、こちらの状態が悪くなるから、もう見舞いに来るな」と言って、早々に追い返したのを覚えています。
そのように、宗務本部長と、もう一人とドクターが、三人とも霊障だったのを記憶しています。
ただ、それでも、孤独な夜は来ました。夜になると、「やはり、自分が思っているのとは違うのかなあ」という気もしてきたのです。
とはいえ、指導霊は「退院できる」と言っているし、もし、私のような人間が死ぬなら、先に亡くなった家族や先祖など(の霊)が必ず迎えに来るはずです。しかし、一人も来ないので、「これは死ぬはずがない」という判断を自分ではしていたのです。
当時、その前の年(二〇〇三年)に父親(善川三朗名誉顧問)は亡くなっていましたし、すでに、伯母(作家・中川静子)も兄(法名・富山誠)も亡くなっていましたから、自分が死ぬなら絶対に迎えに来るはずの身内が誰も来ないので、「これは死ぬはずがないのではないか」と思ったのです。
しかし、そう思ってはいたものの、やはり、夜中になると、なかなか眠れず、すぐに目が覚めるような状態でした。
○ありがたかった看護婦、何とも言えない反応をした看護婦
ところで、夜中になると、夜勤の看護師さんが回ってくるのですが、ある一人の看護師さんは、こちらが思っていることを感じ取っていたのでしょうか。
何か少し光を感じたので、そういう方だったのかもしれないし、あるいは、指導霊か何かが来ていたのかもしれませんが、その看護師さんは、「あなたを絶対に死なせません」と言ってくれました。そのように、医者の意見とは違うことを言う方がいたのは、とてもありがたかったと思います。
ただ、夜の間、眠れなくて、いろいろなことを回想したり考えたり、思ったりはしました。その内容が、主題歌の歌詞のテーマになっているはずです。
なお、その翌朝も、幸いなことに死ぬことなく、まだ生きていたので、朝番の看護師にメモ用紙とボールペンを要求し、理事長への「仕事の進め方についての指示書」を書いたり、家族に「考えていること」を書いたりしました。
そのように、看護師にメモ用紙とボールペンを要求したとき、やはり、その看護師はギョッとしていたのを覚えています。
それは何とも言えない反応で、私は「そんなにギョッとしないで、もう少し喜びなさいよ」と言いたくなったのですが、その人にとっては、「ありえないこと」だったのでしょう。
【大川隆法『新復活』より抜粋】
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さて、ここからは、私たち仏弟子の生命ともいえる、「仏説・正心法語」について共に考える機会を得たいと考えています。本日は、『仏説・正心法語』第五の経文である『解脱の言葉「仏説・八正道」』の前に、「お釈迦様の八正道」を共に学んでまいります。復刻版で経典『真説・八正道』が再販されていますが、これは、主が現代の時代に合わせて再整理されたものです。その意味では八正道の現代応用ともいえる尊い経典なのですが、これを学ぶ前段階として仏教オリジナルの八正道を共に学んでまいりたいと考えています。
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実は、八正道の考え方の外側には、あと二つあって、ほんとうは全部で十正道なのです。十正道の中の八つを取り出して、八正道として行じているのです。
十正道の最初には「正信」、最後には「正解脱」というものがあります。これは八正道の前提および結果なのです。八正道の前提としての正信―正しい信仰があって、八正道の結果としての正解脱―正しい解脱が現れてくるという考え方です。その前提と結果を外し、やり方だけを取り出して、正見から正定までを八正道と呼んでいるわけです。
八正道理解のポイントは正見と正定にあります。正見から正定までは論理的につながっていくものであって、最初と最後の二か所が実は重点部分なのです。そうしたことを念頭に置いて解説をしていきたいと思います。
〇釈迦の八正道
・正信―正しい信仰
・正見―正しい見解
・正思(正思唯)―正しい考え
・正語―正しい言葉
・正業―正しい行為
・正命―正しい生活
・正精進―ただしい精進
・正念―正しい精神の集中
・正定―正しく定に入る
・正解脱―正しい解脱=八正道の結果
※正信を正見に含める場合は、正見・正思・正語・正業・正命・正精進・正念・正定・正智・正解脱の十正道の形をとる場合もあります。
【大川隆法『仏陀の証明』幸福の科学出版 より抜粋】
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有名な八正道はもともと十正道だったのですね。驚きの事実です。
八正道の前に大前提として「正信」―正しい信仰があり、八正道の結果得られるものとして「正解脱」―正しい解脱があるということでした。前提である「正信」だけでもマスターするのがとても大変であることを考えると八正道に至るまでに求められるレベルの高さがよくわかります。しかし、毎日、努力をこつこつ積み上げていくことで必ずマスターできるようになります。何事も継続が大切なのです。
幸福の科学で教える「人生の問題集」の解き方の基本は、「四諦・八正道」の一言に尽きます。人生の諸問題を解決するプロセスには4つあります。それが「苦・集・滅・道」の四聖諦です。そこで示された解脱(滅諦)への道、つまり悟りへの道とは「八正道」による中道の道です。「八正道」は主からいただく光―法力にバランスを与えてくれます。八正道こそが仏教の奥義にあたる修法です。修慧は、知識(聞慧)や、考えを深める(思慧)を習慣化すること(修慧)によって得られる法力です。繰り返し習慣化できるまで共に粘り強く頑張りましょう。
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つづいて『永遠の仏陀』から、八正道の要点について確認をさせていだきます。
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●正思の道
そして、その魂向上の道の一つに、
反省的瞑想という方法がある。
我は、かつておまえたちに八正道を説いた。
八つの正しい道を説いた。
正しく見よ。
正しく語れ。
正しく思え。
正しく生活せよ。
正しく仕事をなし、
正しく道に精進し、
正しく念じ、
正しく定に入れ―と。
この八つの正しき道こそ、
おまえたちが、人生の途中で仏法真理に目覚め、
その人格を向上させ、
珠玉の宝へと変えてゆくための秘法であるのだ。
この八正道のなかで、
特に大事なことを、ただ一つ取り出すとするならば、
すべては、「正しく思う」という、この一点に集約される。
あたりを見渡してみよ。
おまえたちを取り囲んでいる人たちの、
心の様相を見よ。
なんとも見下げ果てたことを、
一日中、考えていることではないか。
いや、ほとんど考えなきに等しい人が、
どれほどの数、いることであろう。
考えなき人生を生きるとは、
昆虫の人生も劣ると言わざるをえまい。
昆虫でさえ、みずからのえさを探して、
考え考え、道を歩み、
みずからを害するものを避け、
そうして生業を立てているのではないか。
考えることもなく生きているということは、
昆虫以下の人生であるとさえ、言うことができよう。
人間として生まれ、そして生きてゆくことの、
いちばんの意味は、
人間が考えというものを持つことができるという点に
帰着するのだ。
すなわち、「正しく思う」とは、
「正しく考える」と言いかえてもよいだろう。
おまえたちの人間性を決定しているものは、
すべて、おまえたちの考える中身にある。
もし、他人の心がガラス張りだとして、
だれもがその中身を見ることができるとしたならば、
おまえたちは、いったい、どのように感じるだろうか。
まさしく、それは驚愕でしかあるまい。
もし、おまえたちの首から黒板がぶら下がっていて、
その黒板に、おまえたちの考えていることが、
チョークの文字となって現れているとしたら、どうするか。
街を歩くことさえできまい。
人と視線を合わせることさえできまい。
何しろ、おまえたちの考えていることが、
すべて外に書かれ、
そして、他の人の目にさらされているというのだから。
この際に、どうすればよいのか。
そう、基本的には、二つのことが重要となろう。
一つは、見られても恥ずかしくないような、
仏法真理に則ったことを考えるということである。
そして、いま一つは、
もし仏法真理に反したことを考えたとしても、
即座に修正を入れるということなのだ。
「ああ、自分は間違ったことを考えていた。
これは、自分の良心に照らして、
まことに恥ずべきことであった」と、
即座に修正することなのだ。
それによって、魂は洗われ、
その汚(けが)れは取り去られるのだ。
このようにして、
自分の正しき思いというものを探究してゆく過程において、
その魂は、次第しだいに力を帯びてくることになるのだ。
偉大なる人物とは、
偉大なることを考えた人間のことであるのだ。
これが大事なポイントとなる。
【大川隆法『永遠の仏陀』第四章「跳躍のとき」より抜粋】
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ここで、仏教の基本に立ち返るべく、教典『心の挑戦』を学びます。経典お持ちでない方は、ぜひお求めください。【1800円税込み】
―本書は、神秘的な宗教の世界に憧(あこがれ)、仏教的世界観を探し求めている人生の旅人たちにとって、絶好の案内書となることでしょう。―『まえがき』より
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■『心の挑戦』
第7章 悟りと霊能力
3 悟りと霊能力の関係
以上いろいろと述べてきましたが、私は、悟りと霊能力の関係というものは、実は切っても切れないものがあると思います。
ところが現実には、霊能者でありながら悟っていない方は数多くいます。地獄霊にそそのかされ、支配されている方が数多くいます。そうした方がたは、やはり基本的には、霊能者というよりは、”霊障者”であり、悪霊に取り憑かれたままになっていて、彼らのなすがままになっているということか、その原因であると思います。
その”悪霊能力者”を見抜くことは簡単です。彼らの行いを見てみれば、すぐわかります。奇妙きてれつな、常識を逸した生活をしているような方は、たいていの場合、悪霊の支配下にあります。また、世にもおかしな人、他人の目を驚かすようなことばかりをして注目を集めているような方も、やはり悪霊のほうに通じていると言ってもよいでしょう。
また、典型的な霊能者は教祖になることが多いと思いますが、霊能者型教祖で悪霊に取り憑かれている方を見抜くには、その人の持っている欲をみればわかります。「奪う愛」に生きているということが判明すれば、それが悪霊に取り憑かれている証拠です。とにかく奪うことに汲々としているような思いを持っていれば、すぐに地獄界に通じていきます。
このように、霊能力というものは、霊界を知るためには非常に重要な能力ではありますけれども、この脆弱なる価値世界である三次元に生きている以上、やはり、とても不安定な能力であることも事実です。
ですから、霊能力を得ても、日々、自らの生活を正しくして、心を調和し、驕らず、いばらず、謙虚に努力精進していく態度をとりつづけないかぎり、すぐ地獄界につながっていくものだ、と自戒しなければなりません。そのためには、日々、自らに戒めを課し、そして努力精進していくことが大事です。
霊的な能力そのものを見ると、残念ながら、この世で霊能者といわれる方の九十数パーセントは”悪霊能力者”であることは否めません。
ですから、「悟りには、霊能力、あるいは霊能力によって得られた知識情報は、必ず必要なものだ」とは思いますが、しかし、「霊能力が必ずしも悟りにつながるものではない」ということも知っておいていただきたいのです。
【大川隆法『心の挑戦』第7章「悟りと霊能力」より抜粋】
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心の指針236
『私は、人間としての義務を果たすために…』
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夏の夜は、寝苦しくて、
朝起きるのがつらい。
冬の朝は肌寒くて、
やはり朝起きるのがつらい。
私の今朝も、
そんな巡り合わせだった。
もう二十年分も、
この『心の指針』を書き続けて来た。
二〇〇四年に、
「心不全」で、病院に運び込まれ、
「今晩で、この世とお別れです。」
と医者に宣告されて、
家族と弟子三人が、
夕方六時に、ICU(集中治療室)に、
最期の別れにやってきた。
しかし、私は死ななかった。
死ぬとも思っていなかった。
別室に移されてから、
『一条の光』を皮切りに、
九年分の『心の指針』、百八回分を書いた。
信者の皆さんへの遺書のつもりだった。
私は同時に、
病室のベッドの上の机で、『成功の法』の、
まえがき、あとがきを書いて、
三百冊目の本の原稿を完成させた。
この本は、今は、アフリカのケニアで、
学校の副読本として読まれている。
だから今朝も、
「私は、人間としての義務を果たすために起きるのだ。」
と、古代ローマの哲人政治家の言葉をつぶやいて起きた。
一日、一日を、生かされている奇跡と観じよう。
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本日も、皆様とともに主の新復活を祈り続けてまいります。
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〇「地の果てまでも伝道せよ。」
エル・カンターレとは、地球の光です。
エル・カンターレとは、天上界の光です。
エル・カンターレは、始まりであり、
エル・カンターレは、終りです。
エル・カンターレは、最後の審判です。
エル・カンターレは、最後の審判であり、
世界の人々にとっての新たな希望なのです。
どうか、エル・カンターレを信じてください。
どうか、この新しい信仰を持ってください。
どうか、この新しい信仰を地の果てまでも伝えてください。
それが、あなたがたの使命です。
それが、あなたがたの使命です。
忘れないでください。
それが、あなたがたの使命なのです。
エル・カンターレを信じてください。
エル・カンターレ信仰が、いま求められているのです。
どうか、エル・カンターレ信仰を中心に据えてください。
それが、あなたがたの使命です。
そして、エル・カンターレ信仰を、世界の人々に伝えてください。
地の果てまでも伝えてください。
人々に伝えてください。
それが、あなたがたの使命です。
それが、私の願いです。
それが、すべてです。
【大川隆法 英語説法『Focusing on El Cantare-Belief』の和訳を抜粋】
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■伊勢支部 十五戒■
主のため、世のため、隣人を救うために、ユートピア建設のために、なお、一歩を進めよう。心の焦点を主エル・カンターレに合わせよう。
■信仰の五戒【毎年の戒】―エル・カンターレ信仰がわれらの全て
一、主エル・カンターレを信じきる―【戒・定・慧・教学を徹底する】
二、主を愛し、隣人を愛する―【「進歩」と「調和」を顕現するために「四無量心」と「四摂時」を徹底する】
三、三宝帰依を徹底する―【反省(八正道)を実践する】
四、四正道を徹底する―【瞑想を実践しエル・カンターレ信仰を確立する】
五、六波羅蜜多を推進する―【仏国土ユートピア実現のために祈り、伝道を習慣にする】
■伝道の五戒【毎年の戒】―主が一番喜ばれることは伝道・主の御名と御教えが世界中に広がること
一、一人を三帰信者に導く
二、二人の三帰信者を育成する(フォロー)
三、三人を入会伝道に導く
四、四人の入会者を三帰に導くために育成する(フォロー)
五、新たに出会う五人の一般の方に主の御名と主の御教えを伝える
■植福の五戒【毎年の戒】―植福は執着を断つ大切な修行・三千年先の未来の希望のために福を植える
一、「一切は空」―悟りのために、この世への執着を断つために植福する
二、主への感謝を込めて「御生誕祭」と「エル・カンターレ祭」に植福する
三、三宝への感謝を込めて「宗教記念日」に植福する
四、四正道へ感謝を込めて「支部」「精舎」「聖地」に植福する
五、主のため、世のため、隣人を救うため、3000年先の幸福の科学の発展のために、仏国土建設のために植福を習慣にする
信仰の凡事徹底に関して、戒を持つことが仏道修行の第一歩です。主の悲願である、一切の衆生を救済と仏国土ユートピア建設を成就するために、戒を持ち、阿羅漢を目指して、天使菩薩になるために毎日、仏道修行を共にしましょう。
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〇「沈黙の仏陀」の教え
戒めを守り、禅定を行い、そして智慧を得る。
智慧を得ることによって
この世的な束縛、執着というものを断ち切る力を得ていく。
そして、解脱を味わう。
解脱を味わったところで、
また、この世が神仏の偉大なる慈悲の場であることを悟る。
そしてまた、現界において努力する。
そこに、多くの人びとを此岸から彼岸へと渡していくために、
渡し守(もり)としての菩薩の仕事が現われてくる。
一人でも多くの人びとを悟りの彼岸へ導いていこうとする、
渡していこうとする、
そのような肉身の菩薩の仕事がそこから始まってくる。
すべては、己れというものの執らわれを去り、
真実の自己というものを知り、
真実の自己というものを中心として、
この世のあり方を、もう一度まったく違った目で見、
そこに感謝とよろこびを感じて、
他の人びとをも、悟りの彼岸へと渡そうとする。
一切の衆生の苦しみを救おうとする。
そのような大いなる大悲の心が沸き起こってくる。
これが私がみなさんに勧めていきたい人生修行の道です。
【大川隆法『沈黙の仏陀』より抜粋】
*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜
Focus on Lord El Cantare―時代は今、主エル・カンターレ―
*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜
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。゜+. With Savior 。゜+.
100%エル・カンターレ信仰
―天御祖神とともに―
伊勢から世界に伝える強い信仰
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E-mail:ise@sibu.irh.jp
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https://hsise.com/
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TEL:0596-31-1777
■□■
FAX:0596-31-1778
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文責:蒲原宏史
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