(5/13-2)【阿羅漢への挑戦】133―42『仏陀再誕』を読む―高次なるもののために―『解脱の言葉「仏説・八正道」』13正語【不妄語・不悪口】―『真説・八正道』自分に間違いがあったり相手の感情を害したりしたりしたら、素直に謝る―『釈迦の本心』因果の理法

『仏陀再誕』

47 針の山の向こう側には、もっとけわしい山がそそり立っている。この山は、びっしりと一面に、地面から刀剣の刃が突き出している。針の山では、まだ反省の足りない罪人たちは、体を切り裂かれながら、この千メートル、二千メートル級の山を登らされる。

【大川隆法『地獄へ行かないための言葉』より抜粋】
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こんばんは。主から頂いた奇跡の一日も残りわずかとなりました。
皆様と共に、一日の終わりに「主への感謝」と「復活の祈り」を捧げます。

三宝帰依を寄る辺として、主エル・カンターレへの信仰を貫くために、一日の始まりを希望と共に「四弘誓願」を立て、『エル・カンターレへの祈り』と『仏説・正心法語』で始めました。

そして日中は主のため、世のため、隣人を救うために、「正しき心の探究」と「地上仏国土ユートピアの実現」のために「四正道」と「六波羅蜜多」の実践をなすべく、私たちは御仏の御手足として働きました。本日も本当にお疲れ様でございます。

引き続き、純粋なる信仰を「復活の祈り」と共に主に捧げると共に、信仰・伝道・植福に私たちの最大の感謝と報恩の誓いを捧げさせていただきましょう。

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■何を祈るべきか

「この地球の一員としての自分、
宇宙の一員としての自分、
この自分に与えられた使命を、
全うさせてください。
そして、願わくば、自らに縁のある人々に、
一筋の光明をお与えください。
一握りの愛を与えさせてください。
人々が幸福に生きられるように、
この世においても、
そして、この世を去った世界においても、
幸福に生きられますように」―

このように祈ることが大事です。

【大川隆法『祈りと希望』p61 より抜粋】
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さて、ここからは、私たち仏弟子の生命ともいえる、「仏説・正心法語」について共に考える機会を得たいと考えています。本日は、『仏説・正心法語』第五の経文である『解脱の言葉「仏説・八正道」』についてです。

『解脱の言葉「仏説・八正道」』は、その名の通り、解脱に到るための道です。毎日読誦することで、心の浄化を図ることができます。禅定とは、本来、心静かに座禅して八正道を実習することであると教えていただいています。毎日、短い時間でも構いませんから、心静かに自分の心を見つめる時間をとってまいりましょう。

『解脱の言葉「仏説・八正道」』はこのように続きます。
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第三の 道は 『正語』の 反省なり
不妄語
不悪口
不両舌
不綺語
これが 四つの 指針なり
不妄語とは 嘘・偽りを 言わぬこと
特に 悟りは 偽るな
不悪口とは 他人の 悪口 言わぬこと
不両舌
二枚舌など 使わぬこと
不綺語とは 
過ぎた お世辞を 言わぬこと
但し 仏敵 折伏には
勇気ある 
批判と 智慧を 忘れるな
正語を 弱さと 捉えるな
理想社会の 建設には
積極性を 忘れるな
励ます 言葉を 忘れるな

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The third step is ‘right speech’
Avoid false speech
Abusive words
Deceit
And flattery
Here are four guidelines
Do not lie
And especially, do not make false claims
About your enlightenment
Do not speak ill of others
Do not be deceitful
Do not flatter others with empty words
But have courage to proselytize
Among Buddha’s enemies
And have the wisdom to criticize them
Do not mistake ‘right speech’ for weakness
In order to create an ideal society
Always keep a positive attitude
And do not forget to use encouraging words
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①不妄語
妄語(もうご)とはどういうことかを考える場合、いちばん典型的な例としては、統一教会を考えたらよいでしょう。【※世界平和統一家庭連合(旧統一教会)は、2026年3月に裁判所の解散命令により、宗教法人格を喪失(解散)しました】あのように、「騙しのテクニック」でもって人を騙すやり方のことです。あるいは商売の法でも、人を騙して儲けようとする人が、時どきいます。「そのようなことはするな」と言っているのです。・・・

②不悪口
これは常識的なことですからよくわかると思います。ただこの不悪口と、正当な批判とは、分けて考えたほうがよいと思います。

正当な批判の中には、相手を生かす面があります。相手のことを、親身になって真剣に考えている場合には、正当な批判として言ってあげなければいけないこともあります。知っていても言わずに、そのままでいたために、相手の人が崖から転落することもあるので、その前に、「やめておきなさい」と言わなければいけないこともあるのです。

人生の失敗を見ていると、やめるべき時に、「やめなさい」というひと言を誰も言ってくれなかった、ということがほとんどです。あるいは、「やめるべきだ」と自分で判断できなかったために、失敗することが多いのです。

「あれもやりたい。これもやりたい」と思うことは、非常に光明的でよいのですが、「その道はやめておきなさい」「それはだめです」というひと言が、その人を救うことがあります。そうした忠告は、相手にとって耳障りなので、言いにくいのですが、やはり、「その道は行き止まりです。やめておきなさい」と言ってあげるべきなのです。

たとえば、友人が「脱サラ」をして、事業を起こそうとしているとします。しかし、その人の経験や見識、力量、評判などを見ると、「これは失敗するのではないか」という感じが自分にはしたので、「どのようになして、その会社を起こすのですか」と訊いてみたところ、「銀行から借金して、事業を起こします」と、その友人は答えたとします。

次に、「事業計画はどうなっているのですか」と訊くと、「一年目には、これぐらいの収入があるでしょうから、借金をこのぐらい返済して、三年以内には黒字に転換していけるはずです」と答えたけれども、「そんなうまい話があるはずはない。新規に商売を始めて、そんなにお客が来るはずがない」ということが、自分には直観的にわかったとします。

そこで、「これはだめだ」と思ったら、「あなたの資金計画は甘い。客がその半分ぐらいしかいないと思って計画を立て直し、それでもやれるぐらいでないと、今はやめておいたほうがいいですよ」と言ってあげなくてはいけません。あるいは「銀行から金を借りるというが、あなたは貯金をどのくらい持っているのですか」「そうですか。十年も働いて、それだけしか貯金が貯まらないのですか。そんなことでは、この事業は成功しないのではないでしょうか」と、相手にとっては嫌なことでも、言ってあげなければいけないこともあります。それが、その人を救うことがあるのです。

逆に、それを言わなかったために、子供は学校へと行かなくなり、奥さんは里に帰るというように、一家が不幸になることが現実に起きるのです。これが、一年後に相手の人を待っている姿かもしれないのです。

もちろん、脱サラをして成功する人も、なかにはいますから、「この人は成功するかもれしない」と思える人に対しては、「応援するから頑張れ」と言ってあげないといけないこともあります。

しかし、「会社でうまくいかないので腹が立った。一旗揚げてやろう」と、反逆の気持ちから飛び出す人がいますが、この場合には、たいてい失敗します。会社でも非常に評判がよくて、成功しているような場合には、独立して事業を起こしても成功する可能性がありますが、評判が悪くて会社からたたき出されるような人が独立しても、普通はあまりうまくいかないものなのです。

こうしたことを人生の智慧として学んでくると、他人に対して、厳しいことでもだんだん言えるようになります。ですから、厳しくて少し耳が痛いことでも言えるようでないと、真に人を導くことはできないということです。これは大事なことです。

それから、知性があまり高くない方、あまり頭の好くない方に対しては、お世辞を言いすぎてはいけません。そうした方の場合は、ほめると転落するケースがきわめて多いので、気をつけてください。

当会の会員は、みんな本当に人が好くて、よく人をほめるのです。ですから、いままでほめられたことのない人は、当会の支部集会に来たりすると、いろいろな人たちにほめられるものですから、気分がよくなって、なんとなく有頂天になったりしてしまいます。そして、自分がとてもよくできるようになったと錯覚したり、悟ったようなきになったりして、転落する人がいるのです。

ですから、ほめすぎるよりは、その人の間違っているところ、すこし気になるところを、指摘してあげたほうがよいこともあるのです。このへんの親切心が足りないために、相手をだめにすることもあります。

これは、後で述べる「不綺語」などもそうです。「お世辞」とも言いますが、少し気をつけたほうがよいかもしれません。

【大川隆法『仏陀の証明』幸福の科学出版 より抜粋】
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つづいて、経典「八正道の心」より抜粋をご紹介いたします。
この経典は、もともと会内経典でしたが、HSU開学を前に、一般書として書店でも頒布されている大変ありがたい経典です。お持ちでない方は是非拝受ください。【税抜き1500円】
主におかれましては、正語についてこのように教えていただいています。
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・正語と正思の兼ね合い
当会は、正語について比較的、いろいろなことを教えています。

私は今回、わりに早い段階、最初の悟りを得る段階において、八正道というかたちではありませんでしたが、正語のところに反省が入りました。私は、正語のところで、ずいぶん苦しみ、いろいろなことを考えたので、正語に対しては思いが深いのです。(注・今世、悟りを開いたときの順序として「正語」を八正道の第二番目として説明したこともある。『「悟りの発見」講義 宗教法人幸福の科学刊 参照』

正見は、前述したとおり、意外に難しく、初期の段階、悟りを開く前の段階で、「正しい信仰」「正しい信条」「正しい見解」などと言っても、そんなにスパッとはわからないものなのです。しかし、正語のほうは、わりと簡単に反省できます。

なぜなら、「正しく語ったかどうか」ということは、この世の法、ルールと、それほど大きく変わらないことだからです。

言葉をどう使ったかを点検して、正思との兼ね合いで、「正しく考えたかどうか」ということを点検していくと、よくわかるのです。心のなかで思ったことというのは、なかなか点検しにくいのですが、外に出たものは、わりによく分かります。自分が発した言葉と、人から受けた言葉を分析していくと、心のあり方はよく分かってきます。

正語の反省は具体的なので、初心者にとっても、比較的やりやすいだろうと思います。

【大川隆法 『八正道の心』より抜粋】
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今日の一日を振り返りつつ、教典『真説・八正道』より反省の本質を学びます。妖怪性からの脱却をはかり、「反省からの発展」さらに「中道からの発展」を目指しましょう。
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■『真説・八正道』第4章「正語」
3プライドを捨て、素直に謝罪する
〇自分に間違いがあったり相手の感情を害したりしたりしたら、素直に謝る

プライドの高い人は、自分を救いたくて、自分をどうにかしたくて、かわいくて仕方がないのです。そうであるならば、間違ったら素直に謝ることです。

他人の感情を害したと思ったら、もし、それが誤解によるものであったとしても、自分に縁として起きたことであるならば、「それは自分の表現の仕方が悪かった」と素直に認めるぐらいの度量は要るでしょう。

コミュニケーションというものは、百パーセントは行かないものです。たとえ、「自分の真意はそうではなかったけれども、みんなに誤解されている」と思い、真意とは違っていることがあったとしても、誤解されたのであれば、そのコミュニケーションの仕方に間違いがあったということですから、その部分は認めなければいけません。

それは自分の表現が悪かったのです。その部分については、やはり自分に間違いがあったのです。「本心においては間違っていない」と言い張りたいところでしょうが、理解されなかったということはコミュニケーションの仕方が悪かったのです。あとになって、「本当はあなたを愛していた」などと言っても、もはや手遅れになっているようなこともあるのです。

したがって、コミュニケーションが悪かった部分についても、自分の責任として受け止めるべきです。相手が誤解したのであるならば、誤解させるような言い方をし、行動したのは自分の責任です。最低限、その部分については反省をしなければなりません。

もちろん、それでも分かってくれない人はいるでしょう。しかし、そこまで言っておけば、少なくとも自分自身としては、いちおう眠れるようになります。これだけは確実なことです。

【大川隆法『真説・八正道』第4章「正語」146pより抜粋】
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今日の一日を振り返りつつ、1989年7月に説かれました『仏陀再誕』を振り返ります。
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■『仏陀再誕』
第1章 我、再誕す 

○高次なるもののために
諸々の比丘、比丘尼たちよ。
執着を断てと語った、私の教えを思い出すことができるであろうか。
執着と語ったものの内容を思い出すことができるだろうか。
人間の地上での意志はともすれば弱くなり、肉体に隷属しがちである。
肉体の欲望に、
あるいは肉体を基盤として発生するところの欲望に流される。
そういう傾向があると、私は語った。
人間の欲そのものを悪しきものとは言うまい。
なぜならば、人間も一種の生物として
その種族の保存という、法則のもとに生きているからだ。
しかして、この種族の保存は、
ただ単に、動物・植物のように
保存されることのみをもって、よしとはされない。
あなたがた、法を学んだ者たちは、
やはり、それ以上のものでなくてはならない。
単なる地上での生存を目的としてはならない。
地上での生存は、生存以上の目的があって、
はじめて肯定されるものなのである。
したがって、生存のための手段を、目的と間違えてはならない。
生存は、
それはより高次なるものを支えるための手段であるということ、
地上に生存するということ自体が、
より高次なる目的に奉仕するものであるということ、
それを忘れてはならない。

あなたがたにも、欲望はあるであろう。
その欲望そのものは、
あなたがたの生命力と不可分になっているであろう。
欲望すべてを断つということは、
生命力を断つということにも等しいかもしれない。
それゆえに、私はつねづねあなたがたに語っていたはずだ。
淫らな想いを断てと、
よこしまな想いを断てと、
そのように語っていたはずだ。

よこしまなる金銭欲を断て。
よこしまなる支配欲を断て。
よこしまなる飲食癖を断て。
そうしたことを、私は言っていた。
淫らな言葉を語るな。
よこしまなる心のもとに行動するな。
そうしたことを、いつもいつも我は語ってきたはずである。

○正しき心の探究
諸々の比丘、比丘尼たちよ。
この我が教えが、
今、いかに展開されているかを気づいているか。

我は今世、正しき心の探究を標榜しているはずである。
これは、過去、わが教えたところの、
よこしまなる欲望や、淫らなる考えや、
邪悪なる感情を排除せよと言ったことと、まったく同じであるのだ。
これは、別の側面から見たならば、
正しさの探究ということであるのだ。
あなたがたは、正しい道に入らねばならない。
正しい道を探究せねばならない。
正しい道を探究するためには、
人間として生きている途中で生まれてくるところの、
感情や想念や行為を統御してゆかねばならない。
自分の心のなかに浮かんできたその想いを、統御せねばならない。
自分の行動の動機を統御せねばならない。
そしいて、自分の行動が、
もし、悪なる行為を意味しているならば、
それは、すなわち反省を必要とするものなのだ。

我は許しの原理をも、あなたがたに説いたはずだ。
人間である以上、間違った念いを心に抱くこともあるであろう。
人間であるからには、間違った行為をしてしまうこともあるであろう。
完全無欠でない、地上の迷える人間である以上、
そうした誘惑に身をさらし、
そうした誘惑のなかに、生きてゆかねばならぬことは、
数多くあるであろう。
しかれども、自らがそのような苦しみのなかにあることを、
嘆き、悲しんではならない。
自らがそのような苦しみのなかにあっても、
あなたがたには、反省という行為を通して、
自らの悪を消し、自らの心を清める方法が与えられているではないか。
これが、常づね私があなたがたに説いてきた
八正道ということではなかったか。
よくよく、それを考えなさい。

【大川隆法『仏陀再誕』第1章「我、再誕す」より抜粋】
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続いて、仏陀の教えに原点回帰すべく『釈迦の本心』を共に学びます。
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■『釈迦の本心』
第5章 縁起の法
2 因果の理法

縁について簡単な説明をしましたが、次に「因果の理法」について語っていきましょう。これも仏教のなかに色濃くある教えです。

たとえば、「今世で夫婦になったのは、過去世で縁があったからだ」という考え方があります。この考え方を一般的に展開すると、「ある原因行為があると、それが何らかの結果を生むことになる。よい原因をつくると、よい結果が生まれ、悪い原因をつくると、悪い結果が生まれる」という法則になります。

これは人生における最も基本的な法則の一つであり、仏教が哲学としても成功したのは、因果の理法について深い洞察がなされているからです。

親子や兄弟、夫婦の縁が、今世のみならず過去世からもきている理由は何でしょうか。過去世において、親子や兄弟、夫婦であって、「お互いに幸福だった」という思いがあるからこそ、今世においても、親子や兄弟、夫婦の縁となって表われてきているのです。

このように考えると、「人間は日々に因果の種をまいて生きている」と言えます。日々に種まき作業を行ない、その結果、まいた種がどのように発芽し、どのように成長していくか―そこに成果が見られるようになります。

したがって、因果の理法は仏教における成功哲学であり、また、幸福哲学でもあります。仏教は人生の苦しみばかりを説き、苦悩ばかりを見つめたように語られがちですが、実はそうではありません。多くの偉大な哲学者がそうであったように、釈迦もまた幸福哲学を説いたのです。そして、仏教の幸福哲学は何に集約されるかというと、それが「因果の理法」という言葉なのです。

すなわち、幸福という結果を手に入れるためには、幸福という果実が実るだけの種をまき、水や肥料をやり、日ざしをあてて、成長させる必要があります。これが成功哲学の一法則なのです。

これはあらゆるところに見受けられる法則です。「一生懸命に努力すれば、その努力は必ず何らかの形で実る」というのは、人間の経験則にもあてはまることです。

なかには、一生懸命に勉強したけれども、大学受験に合格しなかったということもあるでしょう。しかし、一生懸命に努力したことは、本人の将来のどこかで必ず良い影響を与えるものです。また、「悪事、千里を走る」といいますが、悪いことをしていると、やがてどこかで必ず露見し、破滅を生むことになるのです。

このように、人生を一つの法則、運動のダイナミズムとしてとらえるならば、「人生は原因・結果の連鎖によってできている」と言えます。まいた種は、今世では必ずしも実らないかもしれませんが、少なくとも朝顔の種をまかねば、朝顔の花は咲かないことも事実なのです。

それゆえ、釈迦は次のように説きました。

「みずからの不幸という結果を嘆いてばかりいるのではなく、将来に向かって、幸福の種をまいていきなさい。そのために、努力・精進があるのではないのか。そのために、人に布施をするのではないのか。そのために、多くの人びとを教化し、導こうとするのではないのか。

そうした功徳が、結果として、その人を幸福にしていくのではないのか。この地上では、結果が出なくても、天に還ってから、やがて必ずどこかで、その収穫に巡り合うことができるのではないのか。このように、『天の蔵に宝を積む』という考え方もあるのではないのか」

したがって、「因果の理法は、時間の流れのなかにおける一種の幸福論である」ということに気づかされるのです。

【大川隆法『釈迦の本心』第5章「縁起の法」より抜粋】
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明日も、皆様とともに主の新復活を祈り続けてまいります。
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■伊勢支部精舎の理念■
100 パーセントエル・カンターレ信仰
―天御祖神と共に―
伊勢から世界に伝える強い信仰
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・「信仰心と国を愛する心」という問題について言えば、やはり国民の信仰心がなくなったら、その国は衰退に入っていくし、いずれ滅びると私は思います。
・みなさんには、どうか強い信仰の思いを全国に発信していただきたいと思います。
 ―「信仰心と国を愛する心について」 ―2013 年4月21 日 伊勢支部精舎御巡錫―
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■伊勢支部の行動指針■
【菩薩の本懐である六波羅蜜多を推進して妖怪性を払拭する】
私たち、伊勢支部信者は、エル・カンターレ信仰をキチッと確立して、天御祖神の武士道精神のもと、仏教的精神を打ち立て、伝道に邁進し、隣人を救い、私たちの愛する街に、必ず仏国土ユートピアを建設します。
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大宇宙の根本仏 唯一なる 主エル・カンターレよ
伊勢支部精舎は、今年落慶17周年、そして御巡錫13周年を迎えました。
2009年1月24日、日本の中心とも言われる伊勢の地におおいなる光の灯台を賜りましたことを仏弟子一同・伊勢支部信者一同心より感謝申し上げます。

そして、2013年4月21日に、伊勢支部精舎に御巡錫を賜り、御法話『信仰心と国を愛する心について』をお説きくださいました。主の御慈悲に心より感謝申し上げます。

私たち伊勢支部信者一同、主への純粋なる信仰の下、「主の復活の祈り」を通して
エル・カンターレ信仰を確立し、「愛」と「知」と「反省」と「発展」の四正道を日々実践し、主の御名と御教えを伝えます。

そして、われらが愛する、この伊勢の地を、三重の地に主の悲願である仏国土ユートピアを必ずや建設いたします。

私たち、伊勢支部信者は、菩薩の本懐である六波羅蜜多を推進して、自らの心に巣くう妖怪性を払拭します。そのために、三宝を熱く敬い、「愛」「知」「反省」「発展」の四正道に帰依して、エル・カンターレ信仰をキチッと確立し、「天御祖神」の武士道精神のもと、仏教的精神を復活させて、伝道に邁進し、隣人を救い、私たちの愛する街に、必ず仏国土ユートピアを建設するために、以下のことを改めてお誓いいたします。

①私たちは、主から頂いた仏性を輝かせ、自らの善きものを隣人に分け与え、一切のみかえりを求めません。主から頂いた教えを必ず伝え伝道します。【布施波羅蜜多】

②私たちは、自らの戒を持ち、戒を守り、仏法真理の教学に力をつくします。
そして法友の育成・養成に力を尽くします。【持戒波羅蜜多】

③私たちは、主の御心を実現するために、目標を明確に持ち、実現するまで計画を実行しつづけます。【せん提波羅蜜多】

④私たちは、主の御手足となる本物の菩薩になるために、救世活動を日々の精進として積み重ねます。【精進波羅蜜多】

⑤私たちは、常に主を信じ、主を愛し、主と一体となるために反省と瞑想を重ね、祈りの生活を送ります。【禅定波羅蜜多】

⑥私たちは、主から既にすべてを与えられていること、主から愛されている自分を発見し、エル・カンターレ信仰さえあれば、あとは何もいらないという絶対幸福をえて、隣人と分かち合います。【般若波羅蜜多】

私たちは、主への報恩として 日本に 全世界に 「天御祖神」と共に、エル・カンターレ信仰を弘め地球ユートピアを実現してまいります。

主よ、私たちの信仰心が主の復活の力となり、主から預かりました伊勢支部精舎が、光の灯台として、一人でも多くの方に主の光を届けることができますよう、お導きください。主よ、まことにありがとうございました。
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100%エル・カンターレ信仰
―天御祖神とともに―
伊勢から世界に伝える強い信仰
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エル・カンターレ・大好き

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