(4/22-2)【阿羅漢への挑戦】112―21『永遠の仏陀』を読む―魂の処方箋―『釈迦の八正道』3【正見】正しい信仰に基づく見解(2)―『真説・八正道』生かされている世界が見えるか―『釈迦の本心』内在する叡智

『永遠の仏陀』を読む

26 生前、情事、酒、麻薬、覚醒剤などにおぼれていた者が、蛇の姿になって、地をはいながら、何十体もからみ合っている姿を見た。

【大川隆法『地獄へ行かないための言葉』より抜粋】
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こんばんは。主から頂いた奇跡の一日も残りわずかとなりました。
皆様と共に、一日の終わりに「主への感謝」と「復活の祈り」を捧げます。

三宝帰依を寄る辺として、主エル・カンターレへの信仰を貫くために、一日の始まりを希望と共に「四弘誓願」を立て、『エル・カンターレへの祈り』と『仏説・正心法語』で始めました。

そして日中は主のため、世のため、隣人を救うために、「正しき心の探究」と「地上仏国土ユートピアの実現」のために「四正道」と「六波羅蜜多」の実践をなすべく、私たちは御仏の御手足として働きました。本日も本当にお疲れ様でございます。

引き続き、純粋なる信仰を「復活の祈り」と共に主に捧げると共に、信仰・伝道・植福に私たちの最大の感謝と報恩の誓いを捧げさせていただきましょう。

『主エル・カンターレよ、
主のため、世のため、隣人を救い助けるために、
仏国土ユートピア建設のために、
われらの今世の使命を、光の使命を果たすために、
主への道に立ちはだかる、あらゆる障害を取り除きたまえ。
あらゆる悪霊・悪魔を遠ざけたまえ。
われらを真なる幸福へと導きたまえ。』
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さて、ここからは、「お釈迦様の八正道」を共に学んでまいります。復刻版で経典『真説・八正道』が再販されていますが、これは、主が現代の時代に合わせて再整理されたものです。その意味では八正道の現代応用ともいえる尊い経典なのですが、これを学ぶ前段階として仏教オリジナルの八正道を共に学んでまいりたいと考えています。
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〇正見―正しい信仰に基づく見解
(前回の続き)
それから、最近、当会が追及している事実として、天上界も一枚岩ではなく、表と裏があるということがあります。裏のほうから見た場合には、表のほうが変に見えるわけです。裏側である天狗界・仙人界から見ると、表が異常に見えるということです。しかし、この見解は排除していかないと正見になりません。

たとえば、天狗的な魂の人から見れば、お坊さんはみんな、非常に線が細くて、弱弱しく、覇気がなく、仕事能力が高くないように見えたりすることもあります。しかし、お坊さんはその実、諄々と法を説いて、着実に人を導いているようなところがあるわけです。これは、価値観のひとつの違いなのです。

仙人的価値観から仏教を見ると、霊現象的なものには価値があると思えても、法で人を救うという点は、なかなか理解しがたいのです。それは迂遠な方法であって、「そんなことをするより、てっとり早く霊現象をした方がいいではないか」というようなことになります。

このように、天上界の見解でも、表と裏では見方が違っていて、「裏側からの見方では正見がなかなかできない」ということがわかると思います。

【大川隆法『仏陀の証明』幸福の科学出版 より抜粋】
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今日の一日を振り返りつつ、教典『真説・八正道』より反省の本質を学びます。妖怪性からの脱却をはかり、「反省からの発展」さらに「中道からの発展」を目指しましょう。
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■『真説・八正道』第2章「正見」
9 環境に対する視点【正見】
〇生かされている世界が見えるか

そのほかに、「正しく見る」ということにおいては、他人と自分の見方だけでなく、「周りの世界をどう見るか」ということも非常に大事です。

「生かされている世界が見えるか、見えないか」ということです。これは、「環境を見る」という言葉に言い換えてもよいかもしれません。幸・不幸の原因のほとんどは、「自分を取り巻く環境をいかに見たか」にかかっていることが多いのです。これは、私たちの理論を学んでいる人であれば、十分お分かりのはずです。「幸・不幸の原因は、環境をいかに見るかにかかっている。ここに相当大きな比重がある」ということを学んでいるはずです。

というのも、百パーセント完全な理想的環境というものはないからです。人の置かれている環境はうらやましく思えるかもしれませんが、その環境に自分が置かれたときに、それが百パーセントのものであるかと言えば、そうではないのです。やはり環境において百パーセントということはないのです。

例えば、贅沢をしたい人であれば、王宮に住むことは一つの夢かもしれません。しかし、仏法真理を学ぶ人にとっては、王宮に住むことは、別な意味での苦しさになってくることもあります。環境という客観的なものがあって、それさえ満たされればすべて幸福に転ずるかといえば、そうではないのです。

【大川隆法『真説・八正道』第2章「正見」82p】
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今日の一日を振り返りつつ、1991年7月に説かれました『永遠の仏陀』を振り返ります。
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■『永遠の仏陀』
第3章 不滅の力 
〇魂の処方箋

さすれば、どうすればよいのか。
その第一が、
仏法真理を弘めるということなのだ。
そして、次に、
仏法真理を学びつくしてもらうということなのだ。
仏法真理とは、要するに、魂の健康法であるのだ。
魂が病気になっている多くの者たちに、
「この処方箋のとおりに生きたならば、
その魂の病は治る」ということを教えているのだ。
だからこそ、これは尊いのだ。

「なぜ」と、おまえたちは問うかもしれない。
「仏の創られた国に生きる人間たちであるならば、
なぜ、それほどまでに魂が病むのであろうか」と言うであろう。
しかし、私は言っておく。
幾百転生、幾千転生の過程で、
人間は、さまざまに、この地上に生まれてきたが、
その一つひとつ、どれをとっても、
まったく同じ、魂の環境というものはない。
魂修行の環境は、いつの時代も違っている。
違った魂環境のなかで、
どう生きればよいかということは、
新たな修行であり、
新たな修行であるからこそ、
ここに過ちが生じてくるのだ。
この過ちを生じさせないために、
まったく同じ環境に魂を生まれ変わらせるとするならば、
過ちは生じない半面、
一切の進歩はなくなり、
人類は停滞のなかに置かれるであろう。

仏は、停滞を捨て、進歩を選んだ。
進歩があるがゆえに、
新たな環境のなかでの魂修行が始まった。
それゆえに、その環境に適合しない人々が、
次々と失敗もしはじめたということになる。
だから、そうした者たちに、
「初心を忘れるな」
「本来の心を忘れるな」と言って、
その処方箋を出しているのだ。
この処方箋を患者に伝えることこそ、
おまえたちの使命であるのだ。

よいか、
この使命において、充分ということは決してない。
この使命において、やり過ぎたということも決してない。
この使命は、
どこまで、その内容を深め、
どこまで、その外縁(がいえん)を広げてゆくか、
これに終わりはないと言ってもよいであろう。

【大川隆法『永遠の仏陀』第3章「不滅の力」より抜粋】
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続いて、仏陀の教えに原点回帰すべく『釈迦の本心』を共に学びます。
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■『釈迦の本心』
第3章 六波羅蜜多の思想
1内在する叡智

釈迦の思想のなかで最も特徴のあるものは何かと言えば、「内在する叡智があふれ出してくる」という考え方だと思います。

それゆえに、原始釈迦仏教は、現代のさまざまな宗教のような、祈りや祈願の対象を持つ信仰ではなかったと言えます。すなわち、自力が出発点だったということです。(もちろん、仏教が歴史を下るにつれて大乗化していく過程で、実在界の仏陀への信仰が始まり、他力化していくことにも、仏陀の意志が働いていましたが)。

その自力の根拠として、「内在する叡智(パンニャー・パーラミター)というものが湧き上がってくる、浮かび上がってくるという考え方がありました。釈迦自身の考え方によれば、この「内在する叡智」こそが、大宇宙の意志や仏神そのものに通じるものであるということでした。

したがって、他力思想というものは、厳密な自力修行という考え方からすれば、存在の根拠がゆるやかなものとなるのです。

つまり、釈迦の生前の思想は、一人ひとりの人間が仏となるための思想、仏へと進化していくための教えだったため、「みずからの外にある仏神を信仰する」という他力思想は、仏教の出発点においてはなかったと言えるのです。その点が、他の宗教と大きく違っているところだと思います。

もちろん、釈迦はさまざまな高級霊の霊示を受けていたので、高級霊たちの力を十分に知っていましたし、根本仏の存在も知悉(ちしつ)していました。(※知悉・知りつくすこと。細かい点まで知っていること)しかし、自分の修行過程に照らして、弟子を導く際にも、「自己の本質を掘り下げていって、内在する叡智を発見する」という方法をとったのです。

「内在する叡智を、いかにして掘り出し、涌出させるか」ということが仏教の根本であるということを、まず知っていただきたいと思います。

したがって、仏教とキリスト教とは、その出発点において、かなり違った面があると言えます。

キリスト教における「人間罪の子」の思想は、必ずしもイエス自身の考えではないかもしれませんが、内在する叡智を涌出させるという仏教の考え方は、キリスト教と比較すると、数段先を行っていると言えるのです。なぜなら、キリスト教においては、みずからが神になっていくという方法論は構築されていないからです。

キリスト教では、「父と子と精霊」というように、「父なる神、子なるキリスト、そして精霊たちが、厳然として存在している」という事実が述べられるにとどまり、他の多くの人びとは、救われるべき衆生、子羊の群れとしてしか存在を許されていないように受け取られかねない点があります。そうした物悲しい風景として、人びとの姿があるように見えます。

しかし、仏教においては、その根本に、仏性思想を中心とする、もっと力強い人間像があります。釈迦は人間の本質を、うつろいやすい肉体とは別の、よきもの、可能性に富むものと見ていたのです。仏教は「業」(かるま)の思想というネガティブな面だけでなく、「人間の心の奥には無限の叡智がある」という考え方も持っており、それが「六波羅蜜多」という考え方に通じていくのです。

釈迦の考えは「六波羅蜜多の六つの徳目を実践することによって、内在する叡智が涌出してくる。仏のエネルギーそのものが噴水のごとく溢れ出てくる」という大乗仏教の思想として結実し、「人間は、根本において非常に価値のあるもの、本質において、仏と変わらないものである」という積極的な人間観へと展開していきました。

その意味で、仏教には、その出発点から大乗運動への過程を通じて、「みずからの手で、自らを救っていく」、あるいは「人間はすでに救われているのだ」という肯定的な考え方があると言えるのです。

【大川隆法『釈迦の本心』第3章「六波羅蜜多の思想」より抜粋】
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明日も、皆様とともに主の新復活を祈り続けてまいります。
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■伊勢支部精舎の理念■
100 パーセントエル・カンターレ信仰
―天御祖神と共に―
伊勢から世界に伝える強い信仰
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・「信仰心と国を愛する心」という問題について言えば、やはり国民の信仰心がなくなったら、その国は衰退に入っていくし、いずれ滅びると私は思います。
・みなさんには、どうか強い信仰の思いを全国に発信していただきたいと思います。
 ―「信仰心と国を愛する心について」 ―2013 年4月21 日 伊勢支部精舎御巡錫―
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■伊勢支部の行動指針■
【菩薩の本懐である六波羅蜜多を推進して妖怪性を払拭する】
私たち、伊勢支部信者は、エル・カンターレ信仰をキチッと確立して、天御祖神の武士道精神のもと、仏教的精神を打ち立て、伝道に邁進し、隣人を救い、私たちの愛する街に、必ず仏国土ユートピアを建設します。
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大宇宙の根本仏 唯一なる 主エル・カンターレよ
伊勢支部精舎は、今年落慶17周年、そして御巡錫13周年を迎えました。
2009年1月24日、日本の中心とも言われる伊勢の地におおいなる光の灯台を賜りましたことを仏弟子一同・伊勢支部信者一同心より感謝申し上げます。

そして、2013年4月21日に、伊勢支部精舎に御巡錫を賜り、御法話『信仰心と国を愛する心について』をお説きくださいました。主の御慈悲に心より感謝申し上げます。

私たち伊勢支部信者一同、主への純粋なる信仰の下、「主の復活の祈り」を通して
エル・カンターレ信仰を確立し、「愛」と「知」と「反省」と「発展」の四正道を日々実践し、主の御名と御教えを伝えます。

そして、われらが愛する、この伊勢の地を、三重の地に主の悲願である仏国土ユートピアを必ずや建設いたします。

私たち、伊勢支部信者は、菩薩の本懐である六波羅蜜多を推進して、自らの心に巣くう妖怪性を払拭します。そのために、三宝を熱く敬い、「愛」「知」「反省」「発展」の四正道に帰依して、エル・カンターレ信仰をキチッと確立し、「天御祖神」の武士道精神のもと、仏教的精神を復活させて、伝道に邁進し、隣人を救い、私たちの愛する街に、必ず仏国土ユートピアを建設するために、以下のことを改めてお誓いいたします。

①私たちは、主から頂いた仏性を輝かせ、自らの善きものを隣人に分け与え、一切のみかえりを求めません。主から頂いた教えを必ず伝え伝道します。【布施波羅蜜多】

②私たちは、自らの戒を持ち、戒を守り、仏法真理の教学に力をつくします。
そして法友の育成・養成に力を尽くします。【持戒波羅蜜多】

③私たちは、主の御心を実現するために、目標を明確に持ち、実現するまで計画を実行しつづけます。【せん提波羅蜜多】

④私たちは、主の御手足となる本物の菩薩になるために、救世活動を日々の精進として積み重ねます。【精進波羅蜜多】

⑤私たちは、常に主を信じ、主を愛し、主と一体となるために反省と瞑想を重ね、祈りの生活を送ります。【禅定波羅蜜多】

⑥私たちは、主から既にすべてを与えられていること、主から愛されている自分を発見し、エル・カンターレ信仰さえあれば、あとは何もいらないという絶対幸福をえて、隣人と分かち合います。【般若波羅蜜多】

私たちは、主への報恩として 日本に 全世界に 「天御祖神」と共に、エル・カンターレ信仰を弘め地球ユートピアを実現してまいります。

主よ、私たちの信仰心が主の復活の力となり、主から預かりました伊勢支部精舎が、光の灯台として、一人でも多くの方に主の光を届けることができますよう、お導きください。主よ、まことにありがとうございました。
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。゜+. With Savior 。゜+.
100%エル・カンターレ信仰
―天御祖神とともに―
伊勢から世界に伝える強い信仰
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E-mail:ise@sibu.irh.jp
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https://hsise.com/
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TEL:0596-31-1777
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