(4/2-1)【基礎教学通信】92【4月2日】『仏説・正心法語』を読む33来世に悪魔あるべからず―「信仰心と国を愛する心について」霊言集の広告は「日本に精神革命が起きる」ことを示している―『心の挑戦』禅定の目的

『正心法語』を読む

49 女性は察してくれる人が好きなのだ。追いかけてくれる人ではない。
50 職場恋愛の失敗は評判を落とす。配転を覚悟せよ。

【大川隆法 箴言集『仕事への言葉』より】
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4月21日は主の伊勢支部御巡錫記念日です。2013年4月21日大川隆法総裁先生が伊勢支部に御巡錫されて御法話『信仰心と国を愛する心について』を賜りました。この御法話は経典『日本建国の原点―この国に誇りと自信を』の第一章に所収されています。経典をお持ちでない方は支部や精舎、書店にてぜひとも拝受ください。【1800円(税抜)】

この聖なる日に向けて、信仰・伝道・植福に私たちの最大の感謝と報恩の誓いを捧げさせていただきましょう。

本日からは、教典『日本建国の原点』から伊勢支部御巡錫御法話「信仰心と国を愛する心について」を振り返ります。私たち伊勢支部信者にとってはとても大切な経典ですので、お持ちでない方は、是非いただいてください。【税抜1800円】
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■『日本建国の原点』第1章「信仰心と国を愛する心について」
1今、日本の”深層”で起きつつある大きな「精神革命」とは
〇霊言集の広告は「日本に精神革命が起きる」ことを示している

本法話の当日には、産経新聞の朝刊に、当会の霊言集の全面広告が出ました。「大川隆法『公開霊言』シリーズ、ここまで来た『霊界の実証』!」「登場した霊人は二百五十人以上!わずか三年でシリーズ百五十冊突破!私たちは今、世界史上最大の奇跡に直面しているのかもしれない。神の御姿と、その世界計画の一部が、霊言集というかたちで明らかにされつつあるのだから―。」

このようなコピーがダーッと出たのです。(注。二〇一五年六月現在、公開霊言シリーズは三百五十冊に達している)【※2024年時点で、公開霊言シリーズの発刊は600冊を超えています。】

そして、そのときに最新刊だった『守護霊インタビュー 金正恩の本心直撃!』(幸福実現党刊)、『長谷川慶太郎の守護霊メッセージ』『サッチャーのスピリチュアル・メッセージ―死後19時間での奇跡のインタビュー』(共に幸福の科学出版刊)の広告が載りました。

このとき、これ以外に、『守護霊インタビュー 皇太子殿下に次期天皇の自覚を問う』
(幸福の科学出版刊)という本も最新刊だったのですが、”不敬罪”に当たったのでしょうか。なぜか載らなかったようです。ただ、「書店に行けば、ある」ということではすあります。

さて、この広告を見ていて、何となく他人事のようですが「普通ではないな」という感じがしたのです。(笑)(会場笑)。やはり、これは普通ではないでしょう。

例えば、これを「本当か嘘か」という二分法で割ったときに、「本当」であるならば、日本に「精神革命」が今起きようとしているわけですから、このままで終わることはないはずです。

今、幸福の科学は、支部長が満足できる範囲内ぐらいの活動で、みな”平和に”やっていますが、そのようなもので済むはずがありません。他の教団で、このようなことは起こせるところは、かつてなかったのです。日本にもなかったし、世界にもなかったので、これで住むはずは絶対にありません。この運動は今の十倍、百倍の大きな力となって、日本に精神革命が起きるはずなのです。

これが、もし嘘だったら、あるいは、「嘘だ」と思われたら、吉田松陰と同じ道を歩まなければならないのではないかと思います。

いずれにせよ、どのような結果になろうとも、その後の人類の運命に、大きなインパクトを与えることは事実でしょう。

また、「ここまで本を出して迫害が起きていない」というのも、それなりにすごいことではあります。

それは、やはり、過去、約三十年の実績が積み重なってきているからで、にわかにつくったようなものではありません。

私は、「なんでも来い」という感じでやってきましたし、さらに、最近の霊言集等は、深みを増しつつあるので、そう簡単に否定できないものがあるでしょう。

生きている人の守護霊霊言などもやりますが、私が会ってもいない知りもしない人の場合でも、必要とあればやります。その結果、そこにズバッと影響が出てきているので、日本の”深層海流“としては、そうとう大きな動きが今起きつつあるのではないかと思います。

したがって、「今後、みなさんが今見ているものや感じているもの、十倍、百倍の大きな衝撃度のものがやって来る」ということを、今から想定しておいてください。

それは、「今、支部長が一人で受けているぐらいの重みや衝撃波に対する抵抗を、信者のみなさん一人ひとりが受けて立たなければいけないぐらいになってくる可能性が高い」ということです。

【大川隆法『日本建国の原点―この国に誇りと自信を』第一章「信仰心と国を愛する心について」より抜粋】
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さて、ここからは、私たち仏弟子の生命ともいえる、「仏説・正心法語」について共に考える機会を得たいと考えています。

教義として主よりたくさんの御教えをいただいていますが、その中心にあるのが、「仏説・正心法語」です。たくさんの仏法真理を主よりいただいていますが、数多の経典は「正心法語」を正しく理解するためにあるといっても、けっして過言ではありません。
「仏説・正心法語」は仏の光であり、仏の生命であり、私たちの力であり、仏弟子の生きていく寄る辺です。

七つの経文が収められていますが、「毎日、全編を繰り返し読誦してください」とお勧めさせていただいています。理屈抜きで、毎日、正心法語を読むと元気になるからです。

経文にも、「ああ 七色が 相集い 仏の御国を 照らし出す」とあるように、「仏説・正心法語」は本来、七つの経文が合わさって一つの法身を表現しています

正心法語は法華経・般若心経の一万倍の力があると教えていただいていますが、私たちサンガは正心法語の威力を十分に使いこなせていないのではないかと思います。
私も含めて皆様の中で、今日からさかのぼって一日のうち、正心法語の全編読んだ人がどれだけいるでしょうか。読経の習慣化が法力を生むことを私たちは主から教えていただき知りながら、なかなか実践できずにいます。実にもったいないことです。

私たちサンガ・幸福の科学の活動は多岐にわたっていますが、あらゆる活動の力の源泉は「仏説・正心法語」から生まれています。だから、この経文を毎日、読誦することを繰り返すことで、私たちは主より法力という名の力を授かることができるようになります。

このメールマガジンでは、日々の活動で「仏説・正心法語」からどのように活動のエネルギーを引き出していくかという視点で、お届けしたいと考えています。この経文に関する主の御解説は経典『信仰論』に説かれていますので、伊勢支部にてぜひご拝受ください。「法力」という名の悟りと救済力と得るために必要な経典です。

それでは、「真理の言葉 正心法語」から始めましょう。「正心法語」はこのように続きます。
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地上に 悪霊 あるべからず
来世に 悪魔 あるべからず

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本日の引用部分は英語版の「正心法語」-The True Words Spoken By Buddha-では、このようになっています。

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There shall not be Evil Spirit in this world.
There shall not be The Devil in the Next World.

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本日の解説は、経典『信仰論』から引用させていただきます。
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これは言葉の力によって悪霊や悪魔をはね飛ばしているのです。
みなさんは、生活や仕事において厳しい環境にある時や、悩みの中にある時などには、悪霊や悪魔に取り憑かれることもあるでしょう。

平凡な人には悪魔はあまり寄ってこないので、なかには、「悪魔が来たということは、俺は大物なのだ。俺は偉いのだ」と喜ぶ人もいるかもしません。

しかし、悪霊や悪魔を相手にしていてはいけません。やはり、彼らを一喝しなければいけない時があるのです。

私も、霊界と同通してしばらくの間は悪霊成仏をずいぶん行いましたが、悪霊は浜の真砂(まさご)ほど存在するのです。成仏させても成仏させても、いくらでも仲間が出てきます。これをやっていると、それだけで一生が終わってしまいます。

そこで、「悪霊を相手にするより、高級霊を相手にし、光そのものを広めていけば、闇は消えていく」という考え方に方向を変えました。

悪そのものを無くそうとして、悪霊ばかり相手にしても、きりがないのです。したがって、彼らに対しては「悪霊あるべからず」「悪魔あるべからず」と一蹴してしまうことが大事です。

「あなたがたは、自分が悟っていないのは自分自身の責任であるということを、もっと深く自覚しなさい」ということです。

禅の教えには、「冷暖自知」という言葉があります。「水が冷たいか温かいかは、自分で感知するしかない」という意味です。こうした厳しい教えがありますが、それと同じことなのです。

悪霊に対して、「彼らもかわいそうだ」と考え、慈悲魔になって相手をしていると、「それでは助けてくれ」と、彼らはいくらでもやってくるようになります。

地上の人間のなかにも、優しくされるとつけあがり、「これはいい金づるができた」などと思って、いくらでもしぼり取っていくような人がいますが、同様なタイプが悪魔にもいるのです。

こちらの性格が弱いために、そうしたことが起きる場合もあるので、悪霊がずっと居すわっているようなときには、悪霊を一喝することが大事です。

このあとに、ユートピアを目指す文言が続きますが、ユートピアを目指す前に、悪を否定する必要があります。「不和はあるべきでない。不信もあるべきではない。悪事もあるべきではない。悪霊もあるべきではない。悪魔もあるべきではない」と、まず徹底的に悪を否定しておいて、そのあとにユートピアが来るという論理展開です。ここをよく理解してください。

【大川隆法 『信仰論』 より抜粋】
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ここまで、「地上に①不和、②不信、➂悪事、④悪霊あるべからず」と説かれて、最後は「来世に⑤悪魔あるべからず」と説かれてきました。

これを仏教の原因と結果の法則、因果の理法で理解しようとすると、
「不和」が原因で、「不信」という結果を生み、
「不信」という原因が、「悪事」という結果を生み、
「悪事」という原因が、地上に「悪霊」を結果を生む
というように、今世の地上世界で四つの要素が連鎖していることがわかります。

そして、地上世界において、仏の教えに反する生き方をしてきたならば、最終的には、結果としてあらわれた後に、死後の世界(来世)に、今まで生きてきた思いの集積(今世)の報いとして人間が「悪魔」になることがあります。

仏は、今世において地上に、不和、不信、悪事、悪霊があること、来世における悪魔を認めておらず、積極的に消し去り、無くしていかなければならないものであることをお示しになっています。

また、仏説・正心法語」の最後の経文「正義の言葉『仏説・降魔経』」では、
「仏法 流布を 妨ぐる
悪魔は これを 許すまじ」
に始まり、

「地上の 悪魔は 撃退せん
地下の 悪魔は 粉砕せん」
を経て

「これより後
如来の 法を 妨ぐる
悪は この世に 許すまじ
降魔の 剣を 降りおろし
最後の 悪を 打ち砕かん」
にて最後を飾っています。

主におかれましては、悪霊・悪魔の存在を粉砕し撃ち砕き、
如来の法を守り抜くこと、仏法が広がることを願われています。

「正心法語」では、「不和はあるべからず」「不信あるべからず」「悪事あるべからず」「悪霊あるべからず」「悪魔あるべからず」と五つの「あるべからず」が説かれています。

このように、不和→不信→悪事→悪霊→悪魔というように、不和から始まる悪想念が悪魔になる衰退段階が示されています。これもネガティブな原因と結果の法則です。これらの五つの「あるべからず」を実現して、地上から闇を一掃するのが、私たち菩薩の地上や天上界での仕事になります。
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仏の国への導きについて、経典『大悟の法』より抜粋いたします。
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〇人は支え合って生きている
縁起の理法には空間的な面もあります。
人はお互いに支え合って生きています。そういう空間のなかを生きているのです。

「人」という字は、二つの束ねた麦わらが支え合っている姿をかたどったものだとも言われていますが、この文字の形が示すとおり、人は相支えている存在です。夫婦でも、親子でも、友人でも、あるいは職場においても、支え合って生きています。これを「相依性(そうえせい)」といいます。

このように、「人はお互いに依存しあって生きている存在だ」ということを知らなくてはいけません。

それはちょうど、日本とアメリカの貿易が連鎖していることにも似ています。日本がアメリカに物を安く売れば、日本人にとって利益になるだけではなく、アメリカの人びとにとっても利益になります。そのように、連鎖し、お互いに関連し合って、世界が発展し、繁栄しているのです。

こうした商業行為における縁起がありますが、人間関係においても同じことが言えます。

人がこの世に生きるということは、この世の空間におけるお互いの関係論のなかを生きるということ、すなわち、「空間縁起」のなかを生きるということにほかならないのです。

そして、人が支え合って生きているということは、この世のなかに愛の原理が働いているということを意味しています。

人は、原因・結果の縦の連鎖のなか、時間の流れのなかにおいて、責任を持って生きなければならない存在であると同時に、横の広がりである空間のなかにおいて、お互いに支え合って生きている存在でもあるのです。

これは、前述した、慈悲の行為としての伝道につながっていく面もあります。「お互いに支え合って、この時代をつくり、社会をつくっている。だから、多くの人を救わなければいけないのだ」ということです。空間縁起から言っても、伝道は非常に大事な行為なのです。

それは、伝道する相手をよくするだけではなく、同時に、自分が住んでいる世界をよくすることは、ほかの人をもよくしていき、それはまた、自分が住んでいる世界をもよくしていきます。このように循環していくのです。さらに、それは未来をもよくしていきます。

要するに、空間縁起とは、「縦横無尽の人生である」ということなのです。

魚を捕る網は、縦と横のロープが結び合ってできています。その十文字(じゅうもんじ)になっている結び目のところが、いわば各人の個性の部分です。それぞれの名前を持っている、この個性の部分が、結び目のところに当たっているわけです。

結び目は、一つひとつ別のものでありますが、お互いに縦横の十文字をつくり、一つの網になって初めて、「魚を獲る」という使命を果たすことができます。

そのように、人間は、共同生活をしながら大きな使命を果たしているのであり、自分一人だけ、結び目一つだけでは仕事ができないのです。

この縦横に全宇宙に結びついているものを、「インドラの網」(帝釈網)ともいいます。

各人は、大きな網の一部であって、独立した個人でもありながら、同時にすべてのものと結びついてもいるのです。

そして、その網をつくっているもの自体は、大宇宙の真理であり、大宇宙の仏の心なのです。

人は、全体のなかの一部でありながら全体でもあります。一人でありながら、一人ではなく、大勢でありながら、また個人でもあります。それが真実の人生なのです。

【大川隆法『大悟の法』第五章「常に仏陀と共に歩め」より】
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ここで、仏教の基本に立ち返るべく、教典『心の挑戦』を学びます。経典お持ちでない方は、ぜひお求めください。【1800円税込み】
―本書は、神秘的な宗教の世界に憧(あこがれ)、仏教的世界観を探し求めている人生の旅人たちにとって、絶好の案内書となることでしょう。―『まえがき』より
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第3章 禅定の本質
1 禅定の目的

本章では、「禅定」という言葉の意味について、深く掘り下げて述べてみたいと思います。

「禅定」という言葉を聞くと、普通は座禅やヨーガなどを思い浮かべるというのが、みなさんの一般的な反応ではないかと思います。確かに、そういう想像をすることは、特に不思議なことではありません。坐禅やヨーガは、この禅定そのものでもあるからです。ただ、禅定のことを、単に坐ること、あるいは作用に則って坐ることといった、一つの肉体訓練のようなものと誤解をしている。私はこれを大変残念なことであると思っております。

そもそも、何のために坐禅をするのか、この点についての追究が不十分で、禅定のかたちにこだわったり、あるいは禅定を一つのスタイルの追究のように考えたりしている方が、多いのではないでしょうか。私は、その点をもっともっと深く掘り下げて考えるべきであると思います。

さて、以上のことで、私が一体何を述べたいのか、お分かりでしょうか。すなわち、「禅定の目的とは、いったい何であるのか」ということを、もう一度考えてみる必要がある、ということを述べたいわけです。

「無目的にただ坐る」―道元禅師の言葉にも「只管打坐(しかんたざ)」徒いう言葉がありますが―「ただ黙って坐る」ということを中心とした禅定があります。それはそれで禅宗の一つの大きな流儀であって、当然のように思われています。また、ヨーガのなかにも、健康法、あるいは身体の訓練としか思えないようなものもかなりありますから、これも、インド、中国と続いてきた、前章に関わる一つのスタイルであることには間違いありません。

ただし、やはり不満があります。すなわち、その禅定の本質なるものを、やはり三次元的なるものに求めているのではないか、という感じがするわけです。

では、そもそも禅定はいったいどこから始まっているのでしょうか。

禅定そのものは、もちろんゴーダマ・シッダールタ、釈迦牟尼仏が始めたことでありません。禅定は、釈迦以前のインドにおいても、伝統的な行法としてあったことは事実ですし、仏教以外の他の宗教のなかにおいても、禅定に替わるような、なんらかの精神統一のスタイルがあることは事実です。そういう意味で、宗教に付随するものであることは間違いがありません。

結局、いったい何のための禅定であるのかというと、はっきり言うならば、「禅定とは、霊天上界、すなわち高級霊界との交流をなすための作法であるのだ」というところに、答えを求めざるを得ません。この本質がわからない人は、「健康のためにやる」とか、「ただただ坐ることが尊いことなのだ」とか、「目的などないほうが実際は尊いことなのだ」などといってみたり、「何も考えずにただ坐っておればよいのだ」というようなことに美感を感じたりしています。

もちろん、それもまた一つの修行のスタイルであることには違いなのですが、人間は木石ではありません。じっと立っているだけであれば、木でも立っています。じっと座っているだけであれば、石でも坐っています。人間は木や石ではありません。「動かざること山の如し」ということで、それだけが人間の生まれてきてなすべきことであったならば、人間ではなくて木石に生まれてきた方が、よかったかもしれません。ただ坐る、ただ立っている、そういうことであるならば、彼ら(木石)のほうが、むしろ人間よりも立派なスタイルを維持していると言えるかもしれません。そうではないのです。

「人間は木石にあらず、心が人間の本質である」―それを知らなくてはなりません。

みなさんが日常活動しているこの三次元の物質世界の波動のなかでは、非常に粗雑な思考波、思念が飛び交っています。そしてともすれば、その三次元的思念なるものは、きわめて地獄的なるものであることが多いのです。

みなさんは、非常に生々しい衝撃的なニュースを聞いたあとには、心が乱れるでしょう。あるいは、人と口角泡を飛ばしての議論をやったあとも、心が乱れるでしょう。悲しい出来事に遭っても乱れるでしょう。また、酒を飲んで歌を歌っていても、結局、自分自身とは何であるかを忘れていくでしょう。

要するに、そのような三次元的なさまざまな日常生活から、いったん自分自身を隔離させ、遊離させて、三次元的なる波動というものを断ち切って、本来の自己とはいったい何であるのか、自分自身の本来の姿とは何であるのか、それを見つめ直す行為こそが、禅定の本来のあるべき姿なのです。

【大川隆法『心の挑戦』第3章「禅定の本質」より抜粋】
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本日も、皆様とともに主の新復活を祈り続けてまいります。
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〇「地の果てまでも伝道せよ。」
エル・カンターレとは、地球の光です。
エル・カンターレとは、天上界の光です。
エル・カンターレは、始まりであり、
エル・カンターレは、終りです。
エル・カンターレは、最後の審判です。
エル・カンターレは、最後の審判であり、
世界の人々にとっての新たな希望なのです。
どうか、エル・カンターレを信じてください。
どうか、この新しい信仰を持ってください。
どうか、この新しい信仰を地の果てまでも伝えてください。
それが、あなたがたの使命です。
それが、あなたがたの使命です。
忘れないでください。
それが、あなたがたの使命なのです。

エル・カンターレを信じてください。
エル・カンターレ信仰が、いま求められているのです。
どうか、エル・カンターレ信仰を中心に据えてください。
それが、あなたがたの使命です。
そして、エル・カンターレ信仰を、世界の人々に伝えてください。
地の果てまでも伝えてください。
人々に伝えてください。
それが、あなたがたの使命です。
それが、私の願いです。
それが、すべてです。

【大川隆法 英語説法『Focusing on El Cantare-Belief』の和訳を抜粋】
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■伊勢支部 十五戒■
主のため、世のため、隣人を救うために、ユートピア建設のために、なお、一歩を進めよう。心の焦点を主エル・カンターレに合わせよう。

■信仰の五戒【毎年の戒】―エル・カンターレ信仰がわれらの全て
一、主エル・カンターレを信じきる―【戒・定・慧・教学を徹底する】
二、主を愛し、隣人を愛する―【「進歩」と「調和」を顕現するために「四無量心」と「四摂時」を徹底する】
三、三宝帰依を徹底する―【反省(八正道)を実践する】
四、四正道を徹底する―【瞑想を実践しエル・カンターレ信仰を確立する】
五、六波羅蜜多を推進する―【仏国土ユートピア実現のために祈り、伝道を習慣にする】

■伝道の五戒【毎年の戒】―主が一番喜ばれることは伝道・主の御名と御教えが世界中に広がること
一、一人を三帰信者に導く
二、二人の三帰信者を育成する(フォロー)
三、三人を入会伝道に導く
四、四人の入会者を三帰に導くために育成する(フォロー)
五、新たに出会う五人の一般の方に主の御名と主の御教えを伝える

■植福の五戒【毎年の戒】―植福は執着を断つ大切な修行・三千年先の未来の希望のために福を植える
一、「一切は空」―悟りのために、この世への執着を断つために植福する
二、主への感謝を込めて「御生誕祭」と「エル・カンターレ祭」に植福する
三、三宝への感謝を込めて「宗教記念日」に植福する
四、四正道へ感謝を込めて「支部」「精舎」「聖地」に植福する
五、主のため、世のため、隣人を救うため、3000年先の幸福の科学の発展のために、仏国土建設のために植福を習慣にする

信仰の凡事徹底に関して、戒を持つことが仏道修行の第一歩です。主の悲願である、一切の衆生を救済と仏国土ユートピア建設を成就するために、戒を持ち、阿羅漢を目指して、天使菩薩になるために毎日、仏道修行を共にしましょう。
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〇「沈黙の仏陀」の教え

戒めを守り、禅定を行い、そして智慧を得る。
智慧を得ることによって
この世的な束縛、執着というものを断ち切る力を得ていく。
そして、解脱を味わう。
解脱を味わったところで、
また、この世が神仏の偉大なる慈悲の場であることを悟る。
そしてまた、現界において努力する。
そこに、多くの人びとを此岸から彼岸へと渡していくために、
渡し守(もり)としての菩薩の仕事が現われてくる。
一人でも多くの人びとを悟りの彼岸へ導いていこうとする、
渡していこうとする、
そのような肉身の菩薩の仕事がそこから始まってくる。
すべては、己れというものの執らわれを去り、
真実の自己というものを知り、
真実の自己というものを中心として、
この世のあり方を、もう一度まったく違った目で見、
そこに感謝とよろこびを感じて、
他の人びとをも、悟りの彼岸へと渡そうとする。
一切の衆生の苦しみを救おうとする。
そのような大いなる大悲の心が沸き起こってくる。

これが私がみなさんに勧めていきたい人生修行の道です。
【大川隆法『沈黙の仏陀』より抜粋】
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Focus on Lord El Cantare―時代は今、主エル・カンターレ―
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。゜+. With Savior 。゜+.
100%エル・カンターレ信仰
―天御祖神とともに―
伊勢から世界に伝える強い信仰
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TEL:0596-31-1777
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文責:蒲原宏史 

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