38 基本をキチッと学び終えて、プラス・アルファをたくわえていく人は、先輩としてついていくべき人である。
39 前例のない仕事の解決法を考え出す人は、クリエイティブな頭脳の持ち主である。
【大川隆法 箴言集『仕事への言葉』より】
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3月23日は45周年を迎えます「大悟祭」でした。皆様誠におめでとうございます。大悟祭とは、1981年3月23日に、大川隆法総裁先生が、霊的覚醒を経て、自らが、根本仏にして地球神であるエル・カンターレであるという大いなる悟りを得られたことをお祝いする日です。
伊勢支部では、3/29(日)まで、10時・13時・19時に復活の祈りと共に「大悟祭」を開催いたします。大宇宙の根本仏であり、宇宙のマスターでもあられる主エル・カンターレ大川隆法総裁先生の「大悟の瞬間」(1981
年 3 月 23 日)に思いを馳せ、人類救済の原点である主の大悟への心からの感謝を捧げます。
信仰は、悟りの高まりと共に深みを増していくものであると教えていただいています。『永遠の仏陀』ならびに、経典『「永遠の仏陀」講義』からの学びを通して、大宇宙を創られた主の偉大さへの理解を深めるとともに、主に向かって悟りを高めていく精進を誓い、全世界にエル・カンターレ信仰を打ち立てていく決意を固めさせていただきます。
そして、主が「エル・カンターレの法」をお説きくださる未来を心から願い、主の心と一体となる念いを込めて、「復活の祈り」を捧げさせていただきます。
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さて、ここからは2002年7月7日に説かれました御生誕祭御法話『大悟の瞬間―大いなる悟りが明かす多次元空間の神秘』を振り返ります。そののち、『仏説・正心法語』をともに読んでまいります。
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■『大悟の法』第4章「大悟の瞬間―大いなる悟りが明かす多次元空間の神秘」
3エネルギーの本質
〇生命の力と霊的な力は同じ力の裏表
宗教においては、「食・性・眠」、つまり、食欲、性欲、睡眠欲を否定する教えが数多くあります。霊的な自覚を持つために、まず、この世的な力を否定しているのです。
しかし、それを再び、百八十度、ひっくり返してみると、実は、そういうこの世的な力もまた、生きていく力であり、霊的な力であることが分かります。生命の力というものは、実は、霊的な力ときわめて共通したものなのです。これは、同じ力の裏表なのです。この世で生きていく力がなくなれば、霊的にも力は失われていきます。
たとえば、この世において、断食をして自殺すれば済むかというと、そうではないわけです。そのようなことでは、この世を天国化していくことはできません。生きていく力、仕事をしていく力、他を豊かにしていく力は、また、この世の力でもあるのです。
生きていく力は、もちろん、生命エネルギーから出ており、その生命エネルギーは食物から得られます。
では、食物のエネルギーはどこから来ているのでしょうか。もちろん、大地からも来ていますが、大地だけではありません。それは太陽のエネルギーから来ています。
太陽のエネルギーを受け、それを吸収した植物たちが、長年にわたって大地をつくり、その恵みが、また、新しい作物をつくり、エネルギーとなってきたのです。そういう植物を食べて、動物たちが繁栄してきたのです。そして、その動物の肉を食べるものたちもいるのです。
このように、根源を見てみると、生きていく力、生命のエネルギーそのものは、太陽エネルギーに根本があります。
【大川隆法『大悟の法』第4章「大悟の瞬間―大いなる悟りが明かす多次元空間の神秘」より抜粋】
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さて、ここからは、私たち仏弟子の生命ともいえる、「仏説・正心法語」について共に考える機会を得たいと考えています。
教義として主よりたくさんの御教えをいただいていますが、その中心にあるのが、「仏説・正心法語」です。たくさんの仏法真理を主よりいただいていますが、数多の経典は「正心法語」を正しく理解するためにあるといっても、けっして過言ではありません。
「仏説・正心法語」は仏の光であり、仏の生命であり、私たちの力であり、仏弟子の生きていく寄る辺です。
七つの経文が収められていますが、「毎日、全編を繰り返し読誦してください」とお勧めさせていただいています。理屈抜きで、毎日、正心法語を読むと元気になるからです。
経文にも、「ああ 七色が 相集い 仏の御国を 照らし出す」とあるように、「仏説・正心法語」は本来、七つの経文が合わさって一つの法身を表現しています
正心法語は法華経・般若心経の一万倍の力があると教えていただいていますが、私たちサンガは正心法語の威力を十分に使いこなせていないのではないかと思います。
私も含めて皆様の中で、今日からさかのぼって一日のうち、正心法語の全編読んだ人がどれだけいるでしょうか。読経の習慣化が法力を生むことを私たちは主から教えていただき知りながら、なかなか実践できずにいます。実にもったいないことです。
私たちサンガ・幸福の科学の活動は多岐にわたっていますが、あらゆる活動の力の源泉は「仏説・正心法語」から生まれています。だから、この経文を毎日、読誦することを繰り返すことで、私たちは主より法力という名の力を授かることができるようになります。
このメールマガジンでは、日々の活動で「仏説・正心法語」からどのように活動のエネルギーを引き出していくかという視点で、お届けしたいと考えています。この経文に関する主の御解説は経典『信仰論』に説かれていますので、伊勢支部にてぜひご拝受ください。「法力」という名の悟りと救済力と得るために必要な経典です。
それでは、「真理の言葉 正心法語」から始めましょう。「正心法語」はこのように続きます。
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この世の 闇夜は 地獄なり
あの世の 闇夜も 地獄なり
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本日の引用部分は英語版の「正心法語」-The True Words Spoken By Buddha-では、このようになっています。
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The Dark Night of this world is Hell.
It is also the same in Another World.
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地獄は目に見えない世界ではありますが、あの世にだけある世界では決してありません。
目に見えない世界とは、心の世界でありますので、地獄は心の中にも確かに存在します。
これ、天国も同様です。天国もあの世だけに存在するのではなく、私たちの心の中に存在します。
ここで大切なのは、「私たちの心の中で、どのような世界が日頃、展開されているか」ということです。私たちの心の中に、常日頃から神仏が存在しないのであれば、その世界がすでに地獄に通じているということです。地獄とは簡単に言えば、神様、仏様が全く存在しない世界のことです。
だから、私たちは、信仰の大切さを主から日々教えていただいています。心の中に常に神の光、仏の教えが存在する人は、菩薩や天使がいる天国世界に心が通じるからです。これを「波長同通の法則」と呼んでおり、信仰者にとって大切な心の法則です。「心は、自らに似たものを常に引き寄せます」これは宇宙の法則です。
だから、「毎日、常日頃から『仏説・正心法語』を読誦してください」とおススメさせていただいています。『正心法語』は仏の光であり、仏の智慧の結集であり、仏の生命そのものです。正心法語の読経が、心の磁石となり、同質の光を導き入れます。心が光に満たされれば、結果として闇を遠ざけることができます。私たちの心の針を常に仏に向けるために、私たちは主より『正心法語』をいただいています。
仏教は基本的に縁起の理法―「原因と結果」の法則―を説きます。
そして「一念三千論」があり、私たちの心で考えていること、思うこと、外界からの刺激に反応することはすべて、どこかの霊界と通じています。私たちの思いは、三千世界のどこかに必ず通じているのです。
あの世の闇夜が地獄であるのは、神仏が存在しない場所であるからであり、この世の闇夜が地獄であるのは、心に神仏が存在しないからです。原因には必ず結果が伴います。そして、思いは地上界の誰かに通じて、天上界のどこかの霊界に通じています。問題は、自分の発信している思いが、どことつながっているかなのです。
この世において、消極的に心に地獄をつくる者は、まず地上の価値観に染まって、この世は物しかないと考える「唯物論が原因」となり、「科学万能主義が縁」となり、やがて、神仏の存在を否定する「結果―無神論」となって心に闇を作り上げます。消極的に心に地獄を創造する者は、その無知ゆえに心の力の存在を知りません。心の力の最大のものは信仰心なのです。
一方、積極的に心に地獄をつくる者は、原因として、まず強力な自己洗脳によって神仏の存在を完全に否定して、悪魔を肯定します。「科学万能主義を縁」として、人を恐怖心やネガティブな感情で支配しようとします。そして結果として、心の中に、あの世を否定して、この世だけが全てであるとする世界―ディストピア(Dystopia)【※ユートピア(utopia)の反対】―を創造します。積極的に心に地獄を創造する者は、心の力に気づいていながら、その力を光と正反対の方向にあえて使っているのです。人は信仰心なしでは光を見ることができないのです。
When you believe it, You will see it. あなたが信じたとき、それを見るだろう。
人は、心のなかに描いたもの、心に信じたものを、やがて、この地上で見ることになります。心が闇に沈むとき、私たちはこの世であらゆる闇を引き寄せます。それは失望であり、絶望です。これは悪魔が使う強力な道具です。私たちは心の力を使って、この力を逆に光に向かう方向に応用しなければなりません。心が光に満たされるとき、私たちは、この世であらゆる光を引き寄せます。それが希望であり、主への信仰です。主エル・カンターレを信じること、これが私たちの希望であり、光です。心を主への信仰で満たしましょう。そのために、毎日『仏説・正心法語』を読みましょう。
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最後に、経典『地獄の法』より抜粋いたします。
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〇地獄界の増大と悪の蔓延のなかで、「一人ひとりの心を救う」という大きな使命を各人がはたせ
今、地獄の界の増大と、
地上世界における、生きている人たちの心のあり方の、悪の蔓延に、
たいへんな心配を重ねています。
どうか、人々に、強くあってほしいと思うし、
「目に見えない世界が本当の世界で、目に見える世界が仮の世界だ」という、
実に、この世的に足場を置いている者にとっては、
分かりにくいことではあろうけれども、
「この世で目が見えている者が実は見えていなくて、
この世のものでないものが見えている者が、
本当に目が見えている者である」という、
逆説的な真理を学んでいただきたいと思います。
これさえ分かれば、
すべての宗教の根本にあることが、その意味がわかると思います。
この世のあらゆる苦しみや悲しみも、来世以降の幸福のためにあるものです。
ですから、この世の苦しみ悲しみを、
そのまま、自分の人生と同一視してはなりません。
経験は経験―。
しかし、そこから学び取ってこそ、真実は光ってくるものだということを、
忘れないでいただきたいと思います。
【大川隆法『地獄の法』第五章「救世主からのメッセージ」より】
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■「釈迦如来の意識で書かれた経典です!」
『仏説・正心法語』は、全編を私の潜在意識である釈迦如来の意識で書いた経典です。古い伝統的な仏教教団では、毎日、さまざまなお経を読んだり、題目を唱えたりしていますが、『仏説・正心法語』という経典が出されたということは、そうした古い経典類はもう要らなくなることを意味しています。
【大川隆法『信仰論』p.114より抜粋】
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最後に、経典から抜粋いたします。
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仏神は光です。
光は、あるときは粒子として顕われ、あるときは波として顕われます。
光が粒子として顕われたとき、そこに物質が出現します。
光が波として顕われたとき、それは想念、念いの作用としてのみ存在します。
仏神の心というものは、
凝集されて一点となれば物質となり、
それが人間となり、地球となり、三次元宇宙となります。
仏神の心というものは、
凝縮されて一点となれば物質となり、
それが人間となり、地球となり、三次元宇宙となります。
仏神の心が、
凝集された粒子というかたちではなく、波として顕われたときには、
想念の波動として、念いとして、宇宙を飛び交う電波としてのみ存在します。
これが大宇宙の秘密なのです。
【大川隆法 『不滅の法』序章「心のなかの宇宙」より抜粋】
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ここで、仏教の基本に立ち返るべく、教典『心の挑戦』を学びます。経典お持ちでない方は、ぜひお求めください。【1800円税込み】
―本書は、神秘的な宗教の世界に憧(あこがれ)、仏教的世界観を探し求めている人生の旅人たちにとって、絶好の案内書となることでしょう。―『まえがき』より
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第2章 仏性とは何か
2 仏陀の教えの原点に帰る
今、釈迦が、現時点での日本の仏教のあり方をみたら、これとまったく同じ思いがして当然であると私は思うのです。釈迦が四十五年にわたって説いてきた教えというものは、人間の心のあり方を、いかにして鍛錬して、素晴らしい境地にまで引き上げるかということであったのです。そのプロセス、あるいは教えの内容というものを、まったく取り去ってしまって、「とにかく、これだけをすれば救われる」というような安易な思想が、この世紀末の日本には跋扈(ばっこ)しています。まことにまことに情けないことであると私は思っております。
そして、その結果、幸福の科学のような正しい団体が出てきて、人類救済の理想のもとに、人々の一人ひとり機根に合わせた優れた教えを数多く出していっても、そのことの意味が分からない人がいるのです。そして、「そんなことを言っても、いったい何の教えか分からないから、何を拝んだら救われるのか、それを教えてくれ」―こういうことを言ってくるのです。
「他の宗教では、例えば阿弥陀様を拝むとか、観音様を拝むとか、これを唱えたら救わるとか、いろいろなことを言う。お線香をあげればいいとか、先祖に手を合わせて法華経を上げればいいとか、これをすればいいのだということがある。幸福の科学はいったい何をすればよいのか、それをひと言で言ってくれ」というようなことを言われます。そして、それに対して明確な答えがなければ、「これはおかしな宗教だ」「宗教になっていない」「教義が分からない」―このような批判をなさる方がいますが、「それは、そのように言うほうが間違っている」と私は思うのです。
そもそも、釈迦の教え、仏陀の教えというものは、万人の一人ひとりにさまざまな機根があるということを前提として、いろいろな人にいろいろな教えを説いて、どんな方でも悟りに到れるように、豊富な教えを説いたものなのです。その結果が、お弟子たちによってお経として編纂されて、八万四千ともいわれるような、経蔵、お経の蔵に入れるような豊富なお経、無尽蔵のお経になったわけです。
お経の量だけをみますと、仏教はキリスト教の何百倍、何千倍、いや、それ以上の教えがあります。教えとしての厚みがまったく違うものなのです。そして、そのすべては、一つのこと、すなわち、「この地上に生きている、ありとしあらゆる人を、悟りの彼岸に渡したい」という念いから始まっているのです。
ところが、先ほどの「大海と水たまりのたとえ」ではありませんが、現代人のなかには、心というものについて理解できない人間が数多くいるのです。心というものがどうしても分からず、「心というのは神経作用の一種だ」というように思っている方もいます。あるいは、「脳が心なのだ。つまり、脳にある皴(しわ)、それから、いろいろな反応に対して現われる化学的、あるいは電気的な作用、これが心なのだ。要するに、人間というのは、コンピューターのような、反応する機械なのだ」と、人間を機械として捉えている方もいます。
そうすると、心の教えを説いた仏陀の、その心の教えそのものが、抽象的な空理空論であって、霊的世界についての教えなども、単なるたとえ話や比喩と捉える方が出てくるわけです。心というものが、わからなくなってしまったら、そういうことになってしまいます。これが唯物論の結果でもありましょうし、あるいはカント以降の、あまりにもゆきすぎた理性主義の結末でもあるのかもしれません。
やはり、私たちは原点に帰らなければならないと思います。仏陀が教えたことを、もう一度、謙虚に学びなおすことです。
【大川隆法『心の挑戦』第2章「仏性とは何か」より抜粋】
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本日も、皆様とともに主の新復活を祈り続けてまいります。
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〇「地の果てまでも伝道せよ。」
エル・カンターレとは、地球の光です。
エル・カンターレとは、天上界の光です。
エル・カンターレは、始まりであり、
エル・カンターレは、終りです。
エル・カンターレは、最後の審判です。
エル・カンターレは、最後の審判であり、
世界の人々にとっての新たな希望なのです。
どうか、エル・カンターレを信じてください。
どうか、この新しい信仰を持ってください。
どうか、この新しい信仰を地の果てまでも伝えてください。
それが、あなたがたの使命です。
それが、あなたがたの使命です。
忘れないでください。
それが、あなたがたの使命なのです。
エル・カンターレを信じてください。
エル・カンターレ信仰が、いま求められているのです。
どうか、エル・カンターレ信仰を中心に据えてください。
それが、あなたがたの使命です。
そして、エル・カンターレ信仰を、世界の人々に伝えてください。
地の果てまでも伝えてください。
人々に伝えてください。
それが、あなたがたの使命です。
それが、私の願いです。
それが、すべてです。
【大川隆法 英語説法『Focusing on El Cantare-Belief』の和訳を抜粋】
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■伊勢支部 十五戒■
主のため、世のため、隣人を救うために、ユートピア建設のために、なお、一歩を進めよう。心の焦点を主エル・カンターレに合わせよう。
■信仰の五戒【毎年の戒】―エル・カンターレ信仰がわれらの全て
一、主エル・カンターレを信じきる―【戒・定・慧・教学を徹底する】
二、主を愛し、隣人を愛する―【「進歩」と「調和」を顕現するために「四無量心」と「四摂時」を徹底する】
三、三宝帰依を徹底する―【反省(八正道)を実践する】
四、四正道を徹底する―【瞑想を実践しエル・カンターレ信仰を確立する】
五、六波羅蜜多を推進する―【仏国土ユートピア実現のために祈り、伝道を習慣にする】
■伝道の五戒【毎年の戒】―主が一番喜ばれることは伝道・主の御名と御教えが世界中に広がること
一、一人を三帰信者に導く
二、二人の三帰信者を育成する(フォロー)
三、三人を入会伝道に導く
四、四人の入会者を三帰に導くために育成する(フォロー)
五、新たに出会う五人の一般の方に主の御名と主の御教えを伝える
■植福の五戒【毎年の戒】―植福は執着を断つ大切な修行・三千年先の未来の希望のために福を植える
一、「一切は空」―悟りのために、この世への執着を断つために植福する
二、主への感謝を込めて「御生誕祭」と「エル・カンターレ祭」に植福する
三、三宝への感謝を込めて「宗教記念日」に植福する
四、四正道へ感謝を込めて「支部」「精舎」「聖地」に植福する
五、主のため、世のため、隣人を救うため、3000年先の幸福の科学の発展のために、仏国土建設のために植福を習慣にする
信仰の凡事徹底に関して、戒を持つことが仏道修行の第一歩です。主の悲願である、一切の衆生を救済と仏国土ユートピア建設を成就するために、戒を持ち、阿羅漢を目指して、天使菩薩になるために毎日、仏道修行を共にしましょう。
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〇「沈黙の仏陀」の教え
戒めを守り、禅定を行い、そして智慧を得る。
智慧を得ることによって
この世的な束縛、執着というものを断ち切る力を得ていく。
そして、解脱を味わう。
解脱を味わったところで、
また、この世が神仏の偉大なる慈悲の場であることを悟る。
そしてまた、現界において努力する。
そこに、多くの人びとを此岸から彼岸へと渡していくために、
渡し守(もり)としての菩薩の仕事が現われてくる。
一人でも多くの人びとを悟りの彼岸へ導いていこうとする、
渡していこうとする、
そのような肉身の菩薩の仕事がそこから始まってくる。
すべては、己れというものの執らわれを去り、
真実の自己というものを知り、
真実の自己というものを中心として、
この世のあり方を、もう一度まったく違った目で見、
そこに感謝とよろこびを感じて、
他の人びとをも、悟りの彼岸へと渡そうとする。
一切の衆生の苦しみを救おうとする。
そのような大いなる大悲の心が沸き起こってくる。
これが私がみなさんに勧めていきたい人生修行の道です。
【大川隆法『沈黙の仏陀』より抜粋】
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Focus on Lord El Cantare―時代は今、主エル・カンターレ―
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。゜+. With Savior 。゜+.
100%エル・カンターレ信仰
―天御祖神とともに―
伊勢から世界に伝える強い信仰
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E-mail:ise@sibu.irh.jp
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TEL:0596-31-1777
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文責:蒲原宏史
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