(1/27-1)【基礎教学通信】27【2013年1月27日松坂支部落慶記念日】「支部発展のための祈り」を読む27「三帰信者に期待すること」 ⑥万難を排しての精舎研修―『新日本国憲法試案』第一条―『『沈黙の仏陀』諸法無我

支部発展のための祈り

日本国憲法試案 第一条 国民は、和を以って尊しとなし、争うことなきを旨とせよ。また、世界平和実現のため、積極的にその建設に努力せよ。
【大川隆法『新日本国憲法 試案 第一条』】
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本日七の日です。主への感謝と報恩の誓いを捧げさせていただきます。
『精舎霊域護持植福』など各種植福を本日承っています。

また、本日、松坂支部精舎の落慶記念日です。松阪支部精舎は2013年1月27日に落慶しました。われらが愛する三重の地に、大いなる光の灯台をお許しくださった主に心より感謝を捧げます。主よ、まことにありがとうございました。
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「七」は勝利の日 「七」は目覚めの日 「七はあなたの生誕の日」
私たちは 主エル・カンターレ御降臨という
奇跡の時代に 仏弟子として 主と共に歩ませて
いただけますことを 心より感謝いたします

そして 主への報恩として 
日本に 全世界に エル・カンターレ信仰を弘め
地球ユートピアを実現してまいります

私たちは これからも 仏弟子の使命である 伝道に邁進し
必ずや 「七の月」の「七の日」を
主の勝利の記念日とすることを お誓いいたします
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日本の国づくりについて『新日本国憲法 試案』から新しい日本の建国の精神を振り返ります。経典をお持ちでない方は、是非お買い求めください。【税抜1200円】
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■新・日本国憲法 試案
〔前文〕
われら日本国国民は、神仏の心を心とし、日本と地球すべての平和と発展・繁栄を目指し、神の子、仏の子としての本質を人間の尊厳の根拠と定め、ここに新日本国憲法を制定する。

〔第一条〕
国民は、和を以て尊しとなし、争うことなきを旨とせよ。また、世界平和実現のため、積極的にその建設に努力せよ。

〔第二条〕
信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。

〔第三条〕
行政は、国民投票による大統領制により執行される。大統領の選出法及び任期は、法律によってこれを定める。

〔第四条〕
大統領は国家の元首であり、国家防衛の最高責任者でもある。大統領は大臣を任免できる。

〔第五条〕
国民の生命・安全・財産を護るため、陸軍・海軍・空軍よりなる防衛軍を組織する。また、国内の治安は警察がこれにあたる。

〔第六条〕
大統領令以外の法律は、国民によって選ばれた国会議員によって構成される国会が制定する。国会の定員および任期、構成は、法律に委ねられる。

〔第七条〕
大統領令と国会による法律が矛盾した場合は、最高長官がこれを仲介する。二週間以内に結論が出ない場合は、大統領令が優先する。

〔第八条〕
裁判所は三審制により成立するが、最高裁長官は、法律の専門知識を有する者の中から、徳望のある者を選出する。

〔第九条〕
公務員は能力に応じて登用し、実績に応じてその報酬を定める。公務員は、国家を支える使命を有し、国民への奉仕をその旨とする。

〔第十条〕
国民には機械の平等と、法律に反しない範囲でのあらゆる自由を保障する。

〔第十一条〕
国家は常に、小さな政府、安い税金を目指し、国民の政治参加の自由を保証しなくてはならない。

〔第十二条〕
マスコミはその権力を濫用してはならず、常に良心と国民に対して、責任を負う。

〔第十三条〕
地方自治は尊重するが、国家への責務を忘れてはならない。

〔第十四条〕
天皇制その他の文化的伝統は尊重する。しかし、その権能、及び内容は、行政、立法、司法の三権の独立をそこなわない範囲で、法律でこれを定める。

〔第十五条〕
本憲法による、旧憲法を廃止する。本憲法は大統領の同意のもと、国会の総議員の過半数以上の提案を経て、国民投票で改正される。

〔第十六条〕
本憲法に規定なきことは、大統領令もしくは、国会による法律により定められる。

以上
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■『新日本国憲法試案』講義
第一条 国民は、和を以って尊しとなし、争うことなきを旨とせよ。また、世界平和実現のため、積極的にその建設に努力せよ。
【大川隆法『新日本国憲法 試案 第一条』】

〇国の何外に「仏国土ユートピア」を広げよ
第一条として、聖徳太子の「十七条憲法」の第一条に近い精神を持ってきました。「十七条憲法」の第一条は、日本の精神をつくったものの一つなので、これを持ってくることで、日本の「国是」というもが明らかになってくるだろうと思います。

「和を以って尊しとなし、争うことなきを旨とせよ。とは、「平和、調和、寛容というものを基本的な精神としなさい」ということです。

「国民は争いごとをあまり好むべきではなく、平和や秩序、安定、調和を旨とする社会を日本国のなかで求めなさい」ということを、まず挙げてあります。

国のなかで、内戦や、いろいろな争い事がたくさん起きるのは、好ましいことではありません。

また、「これは、ある意味で、行きすぎた競争社会になることを戒めたものでもある」と考えなければなりません。「個人主義が行きすぎて、あまりにも敵対意識が強すぎるような国家にするつもりはない」ということです。

「また、世界平和実現のため、積極的にその建設に努力せよ。」と書いてあります。

これは、聖徳太子の時代にはなかったことでしょうが、現在の日本の国力を鑑みると、やはり、世界へのさまざまな貢献ということを常に考えるべきでしょう。

国のなかにおいては、融和し、調和することが大事であり、国民が一致団結して、平和で幸福な社会をつくることを旨とすべきですが、ただ、一国のみの平和にとどまらず、世界平和の実現、その建設のために、積極的に努力しなければならないのです。

要するに、「世界の国々において、苦しんでいる人や困っている人、虐(しいた)げられている人、圧政や暴力のなかで現に悩み苦しんでいる神の子、仏の子を助けるべく、国内のみならず、海外にも広げるべく、努力しなさい」ということです。

【大川隆法『新日本国憲法 試案』より抜粋】
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ここで、仏教の修業論に立ち返るべく、教典『沈黙の仏陀』を学びます。経典お持ちでない方は、ぜひお求めください。【1800円税込み】
―仏陀入滅して二千五百年。その教えは沈黙の中におかれた。しかし、その真意を解く鍵は、修業論のなかにある。沈黙の仏陀の声なき声がそこにある―『まえがき』より
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■『沈黙の仏陀』第一章「沈黙の仏陀」
2仏教の教えの基本
②諸法無我

第一の法印として「諸行無常」を挙げましたが、第二の法印として「諸法無我」という言葉が挙げられます。これは、「諸行無常」とも非常に深い関係がありますが、「諸行無常」が、時間的な流れののなかで、一切のものが変転していくことを中心に捉えているとするならば、第二の法印の「諸法無我」は、空間的観点から考えても、「一切のものは実在ではない。すべてのものは、本来の世界から見たならば、夢幻の世界なのである」という思想です。

あなた方が「ほんとうのものだ」と思っているこの世の出来事は、
ちょうど夢のなかで見ている世界と同じで、
目が覚めてみれば、何ひとつほんとうのものではない。
しかし、夢の見ている最中にあっては、
あなた方は、夢のなかであっている人と、
実際にあっているような感じがするであろう。
食べものも実感があるであろう。

相手の笑顔や仕草まで分かるであろう。
握手しても、手を握っている実感がするであろう。
けれども、目が覚めたときに、
すべてが夢であったことがわかる。
しかし、それが単なる夢ではなく、
現実こそが夢であり、夢こそが顕実であるという、
恐るべき逆説が、人生最大の逆説が、
そこに現われてくるのである。
私たちがこの世において現実だと思っているものこそが、
実は夢なのである。

この世に生まれ、魂として肉体を被って生きているけれども、
これが実は、実在界と言われる世界から見たら、
あの世における死なのである。
あの世において魂が死んでしまい、
いったいどこに行ったのだろうと思っているあいだに、
夢のような状態で、この地上で肉体に宿り、
生・老・病・死をくり返しているのである。
そしてまた還ってくるのである。
こうしてみると、この世において、
私たちが実際に見ているすべてのものが仮の存在なのである。
これを、諸法は無我である、
すべての存在は無我である、と言っているのである。
要するに、自性(じしょう)なるものがない、自ずからなる性質がない、
すなわち、それ自体として恒常(こうじょう)なるもの、永遠なる存在は、
この世においてはないということである。

そして、この「法」というものは、
単に「存在」の説明にとどまることなく、
もっともっと深い意味において、
大宇宙の神仏の経綸【けいりん・国家を治めととのえること】をも感じさせるものがある。

すべての物質、物体、存在を無我ならしめているもの、
そこに流れているものは、いったい何であるか。
そこに、神のひとつの念いというものが流れている、
あるいは、神の念いというものが、
すべての現象を仮に表わしてくれている、ということに気がつく。
無我であるということは、
本来は存在しないものであると同時に、
また、ある念いによって仮に存在しているということである。
そして、あなたがたの魂修行の場を提供してくれている。
本来、あるものでないにもかかわらず、
ある偉大なる力によって仮に存在せしめられていて、
それが魂修行の場になっている。
これが「諸法無我」という教えなのである。
だから、この世をあらしめているその力のなかには、
また我なるものはない。
すべてを生かしめ、育み、大調和のなかにおいている、
そのような、滞ることもなく、引っかかることのない、
偉大なる、目に見えぬ力というものが、そこに働いている。
その本源なる力もまた、無我なる力である。
無我なる力のうえに、無我なる諸存在が浮かんでいる。
これが、大宇宙の実相なのである。

【大川隆法『沈黙の仏陀』第1章「沈黙の仏陀」より抜粋】
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さて、主の復活と伊勢支部の発展を祈念して、「支部発展のための祈り」から一つずつポイントをご紹介させていただいいています。本日は『三帰信者に期待すること』についてです。
まず、『支部発展のための祈り』という経文がございますが、こちらは、三帰信者の私たちが、2000円の奉納目安でいただける大変ありがたい経文です。
私も毎日ありがたく読誦させていただいています。

『支部発展のための祈り』の経文には、主より「幸福の科学の正会員である三帰信者に期待すること」をわかりやすく教えてくださっています。三法帰依したら10のことを中心に日々の信仰生活を組み立ててもらいたいという願いが込められています。

本日は『三帰信者に期待すること』の第6です。
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主が三帰信者に期待すること
⑥ 万難を排して、一年に一度は精舎での一泊以上の研修をお受けください。気軽にお泊りいただくだけでも、信仰の境地は深まります。
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三帰信者になったら、一年に一度は精舎での一泊以上の研修を受けていただくことが、主が私達仏弟子に望まれていることです。それに加えて、気軽に精舎に泊まるだけでも、信仰の境地は深まるとありがたい言葉もいただいています。

精舎に泊まることを、「禅定宿泊」といいます。宿泊も禅定修行という位置づけなのですね。私も精舎に来ると、一つ思うことがあります。「娑婆(しゃば)の波動はとても荒い」という実感です。娑婆とは、仏教において、釈迦が衆生を教化するこの世界、すなわちこの世のことです。

救世主が生まれる時代は、世の中の人々が信仰心を失い、生きる希望を失ってしまっている時代です。今世においては、世界にかつて存在した様々な神の教えが形骸化して、形ばかりになってしまっています。その隙間に、目に見えるものだけが実在で、あの世の存在や、神仏の存在を認めない唯物論・無神論が人の世にはびこっています。

いま、日本神道の中心にいる神の信仰心がたいへん問題になっています。日本の民俗信仰の領域から出ることができずに、地球神や大宇宙の根本仏への信仰を持つことができず、本仏である主エル・カンターレへ純粋な信仰としての三宝帰依ができていないという問題があぶり出させています。

本来あるべき、信仰心が薄れることで、人間存在が、本来神仏から分かれた分け御霊として、仏性を持つ尊い存在であるという尊厳を忘れてしまい、動物・獣の類に堕落しがちな世の中となっています。まさに末法の世です。

だから、娑婆の世界に慣れ親しんでしまうと、心の領域が、今の世相に染まってしまうことになってしまいます。この点は、とても気をつけなければならないことであると思います。普段の生活では、私たちはたくさんのものに囲まれて、便利な道具に心を奪われてしまいがちだからです。実際おうちの中で本格的な宗教修行をすると言っても、なかなか大変なことであると思います。

そこで、必要なのが、支部や精舎での教学・反省・瞑想・祈りなどの基本的な宗教修行です。その中で支部は、伝道の最前線基地であることもあり、伝道活動の中で、支部の磁場が世間との摩擦により、一時期、波動が荒くなることも正直ございます。

だからこそ、私たちは、時々、精舎の磁場の中で、自らの霊体についてしまった三次元波動を祓い清める必要があるということです。私自身も、普段伊勢支部にいますが、一カ月に一回は世間の喧騒を離れて、心を整える時間を精舎で求めています。精舎の礼拝室で禅定をしていると、いつも実感するのが、「こんなに疲れていたんだ」ということです。三次元波動を断ち切って主と対面する時に、力がみなぎってくるのを実感するからです。

私たちは、知らず知らずのうちに、周りの磁場や波動に自らの霊体が染まってしまいがちです。毎日、毎日、少しずつちりやほこりが、本来ピカピカの光る鏡を曇らせしまうように、心に積もるちりにも気づけないものです。だから支部や精舎が私たちの生活には絶対不可欠であるのです。精妙な磁場に身をおけば、自らの心の塵や、自らが発する荒い心の波動を実感できるからです。

また、時々、自らの生活の場を離れて、自分を客観視することも必要です。普段、生活する周辺では、習慣的に自分の心から出る思い-念-が自分自身を縛り上げてしまうため、それをほどくように、普段いる場所からこの世的に離れてみる必要があります。

もう少しはっきり言えば、私たちは、外部の環境から様々な人が発信する思い、考え、感情に触れながら生活しています。人は、自分の波長とそっくりの思いを引き寄せてしまうからです。自ら発する心の波動が、神仏の光に満たされたものであれば問題はありません。また、他の人が発信する思いが神仏に祝福されたものであれば問題ありません。

しかし、救世主降臨の時代、今世の三次元世界で、娑婆世界で、飛び交う思いは、欲得にまみれた荒い波動そのものであるため、無防備に染め上げられてしまえば、その心が神仏の心をはじいてしまい、逆に悪霊・不成仏・貧乏神・疫病神を引き付けてしまいます。目に見えない世界では、普段こんなことが身の回りで起きています。ちょっと驚きですね。それを普段忘れてしまっている自分がとても恐ろしく感じることがあります。

そうならないために、普段から「仏説・正心法語」の全編読誦をお勧めしていますが、習慣化するのは大変なことです。だから、定期的に、精舎修行に取り組んでくださいとお勧めしています。特に一泊以上することで効果がとてもよくわかります。可能ならば、24時間、丸一日、精舎の波動に自分の心を染めていただきたいです。

是非、近隣の精舎、名古屋正心館・琵琶湖正心館・中部正心館・大阪正心館に参拝ください。皆様が精舎研修で得た悟りをぜひ伊勢支部の発展のためにもお使いいただけば、私にとって望外の幸せです。私はこれも、立派な布施行であると考えています。

「そうだ、精舎に行こう」
精舎の聖な空間で、主と出会う、聖なる時間を求めましょう。
そして、主の完全な新復活を信者一同心より祈念いたしましょう。

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〇「地の果てまでも伝道せよ。」
エル・カンターレとは、地球の光です。
エル・カンターレとは、天上界の光です。
エル・カンターレは、始まりであり、
エル・カンターレは、終りです。
エル・カンターレは、最後の審判です。
エル・カンターレは、最後の審判であり、
世界の人々にとっての新たな希望なのです。
どうか、エル・カンターレを信じてください。
どうか、この新しい信仰を持ってください。
どうか、この新しい信仰を地の果てまでも伝えてください。
それが、あなたがたの使命です。
それが、あなたがたの使命です。
忘れないでください。
それが、あなたがたの使命なのです。

エル・カンターレを信じてください。
エル・カンターレ信仰が、いま求められているのです。
どうか、エル・カンターレ信仰を中心に据えてください。
それが、あなたがたの使命です。
そして、エル・カンターレ信仰を、世界の人々に伝えてください。
地の果てまでも伝えてください。
人々に伝えてください。
それが、あなたがたの使命です。
それが、私の願いです。
それが、すべてです。

【大川隆法 英語説法『Focusing on El Cantare-Belief』の和訳を抜粋】
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Focus on Lord El Cantare―時代は今、主エル・カンターレ―
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。゜+. With Savior 。゜+.
100%エル・カンターレ信仰
―天御祖神とともに―
伊勢から世界に伝える強い信仰
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E-mail:ise@sibu.irh.jp
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https://hsise.com/
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TEL:0596-31-1777
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FAX:0596-31-1778
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文責:蒲原宏史 

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