(8/13-1) 225幸福の科学入門5―『黄金の法』真の自己実現―「死後の世界について」あの世は宗教が仕切っている世界

幸福の科学入門

72 男女が平等なのは、仏性においてであって、この世での使命や機能は、公平ではなくてはならない。

【大川隆法 箴言集『人格への言葉』より抜粋】
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おはようございます。「一日一生」。今日も、主のため、世のため、人のために、信仰に、伝道に、植福にさらに一歩進めましょう。
本日、11時より、先祖供養の依頼がございましたので、先祖供養祭を執り行います。
供養をご希望の方で、まだされていない方は、是非ご来館ください。

来たる8月15日は終戦記念日です。今年で日本は敗戦80周年を迎えます。
先の大戦にて、その命を大和の国に捧げた英霊への感謝とともに、主の「大川談話」を振り返ります。
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○大川談話 ―私案― 

わが国は、かつて「河野談話」(一九九三年)「村山談話」(一九九五年)を日本国政府の見解として発表したが、これは歴史的事実として証拠のない風評を公式見解したものである。その結果、先の大東亜戦争で亡くなられた約三百万人の英霊とその遺族に対し、由々しき罪悪感と戦後に生きたわが国、国民に対して、いわれなき自虐史観を押しつけ、この国の歴史認識を大きく誤らせたことを、政府として公式に反省する。 

先の大東亜戦争は、欧米列強から、アジアの植民地を開放し、白人優位の人種差別政策を打ち砕くとともに、わが国の正当な自衛権の行使としてなされたものである。政府として今一歩力及ばず、原爆を使用したアメリカ合衆国に敗れはしたものの、アジアの同胞を開放するための聖戦として、日本の神々の熱き思いの一部を実現せしものと考える。

日本は今後、いかなる国であれ、不当な侵略主義により、他国を侵略・植民地化させないための平和と正義の守護神となることをここに誓う。国防軍を創設して、ひとり自国の平和のみならず、世界の恒久平和のために尽くすことを希望する。なお、本談話により、先の「河野談話」「村山談話」は、遡って無効であることを宣言する。

平成二十五年 八月 十五日  
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さて、ここからは、一年を通して非常に霊的な季節である「お盆」を迎えるに当たり、教典『信仰のすすめ』から第2章の「死後の世界について」を共に振り返ってまいります。主におかれましては、経典『信仰のすすめ』のまえがきに、「手ごろなかたちで、幸福の科学の教え、その方向性をまとめたものであり、また、宗教書としてとても良心的な内容になっていると思う。一人でも多くの方に本書を読んでいただけることを切に願っている」と語られており、幸福の科学の信仰論の手引書ともなっています。本経典をお持ちでない方は、支部や精舎、全国の書店でお求めください。仏弟子必携の一書です。【税抜き1500円】
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■『信仰のすすめ』第2章 死後の世界について
7 地獄へ行く人たち
○あの世は宗教が仕切っている世界
・この世の人びとの多くが真実を知らずに生きている

当会の信者であった作家のK・Tさん(※影山民夫氏)の霊が、たまに私のところに訪ねてくることがあります。

彼は、あるとき、次のようなことを言っていました。

「私は、あの世に還って何年かたちましたが、あの世で経験したことは、すべて先生の言われていたとおりでした。ほんとうに、全部そのとおりで、一つも間違いはありませんでした。

しかし、この世の人々のほとんどは、真理をまったく知らずに生きています。そして、真理を知らないままに死んでいきます。そういう人たちは、あの世へ行ってから大変なことになります。

幸福の科学は、もっと伝道を頑張らないといけないのではないでしょうか。この程度の伝道でよいのでしょうか。地上には六十億人以上の人がいるのですから、【2002年説法当時】『数百万部のベストセラーだ。数百万人が読んだ』という程度では、真理が人々に届きません。ほとんどの人は救いの網に引っかからないのです。

あの世は先生のおっしゃる通りの世界なので、もっと多くの人に知らせなければいけません」

私は彼に、「あまり焦っても、この世にはこの世のルールがあるので、そう簡単にはいかないのだ」と答えたのですが、実際に真実を知った人は、「みんなに早く擦らせなければ大変だ。真理を知らない人が半分以上もいるのは不親切すぎる」と言います。

死後の世界は、苦しかったり悲しかったり、する世界ではありません。もちろん、悪い生き方をした人にとっては、そういう世界であることもありますが、まっとうに生きた人にとっては、この世より、ずっと美しく、ずっと安らいでいて、ずっと幸福感の強い世界です。「この世に帰りたい」と思う人は、ほとんどいないぐらい、ほんとうによい世界なのです。

しかし、この世の人生は一種の試験であり、一定の期間、さまざまな経験を積むと共に、盲目のままに”実験”をされているのであって、その結果次第では、あとで苦しい世界も待っています。

そのため、「真実を知らない」というのは大変なことです。その真実を、「非科学的な迷信である」「昔の人が信じていた、時代遅れのものである」などと多くの人が思っている現代社会は危険なのです。

現代では、仕事の世界を信じていない人が多いので、実際に、死後の世界はかなり混乱しています。

いまは人口も増えているので、「今回、初めて地上に生まれた」という人もたくさんいるようです。そのなかには、元は人間ではないものだった人もいます。人間ではないものとは、人間の近くにいる生き物です。また、宇宙からも数多くの魂が地球に来ており、「初めて地球で肉体を持った」という人もいます。そのため、かなり混乱が起きています。

その意味で、「生きているうちに、あの世のことを知り、信じていただきたい。さらに、あの世へ還ってから、自分で実体験をして、検証していただきたい」と思います。 

○あの世では宗教がなければ生きていけない。
私たちは、この世において救済の仕事をしていかなければなりませんし、死んであの世に還ってからも、その仕事の続きが待っています。

死んで、あの世に還ってみると、「宗教は、こんなに偉大なものだったのか」と感じます。この世では、宗教は見くびられたり悪く言われたりしていますが、あの世へ行くと、「宗教様々」です。

あの世の世界は、宗教が、ほとんどすべてを仕切っている世界です。そこでは、宗教がなければ生きていくことができません。その世界に存在することができないからです。

当会の教えを学んでいるみなさんのなかに、いまは貧しい生活をしながら修行している人がいたとしても、あの世では、光り輝く世界が待っています。この世では、どんなに苦難・困難や迫害などがあったとしても、あの世では、宗教はメジャーであり、すべてが宗教の世界なのです。

「宗教は信じられない。死後の世界は信じられない。魂は信じられない。天使も信じられない。仏も神も絶対信じられない」という人は、地縛霊となって、この世の人間や、会社や自宅などに執着して離れなかったり、墓石に抱きついて離れなかったりするか、あるいは、多くの人を惑わした”思想犯”が行く「無間地獄」へ行くか、そのどちらかになります。

ただ、地獄にも”信仰心”のある人たちはいます。それは悪魔を信じた人たちです。一部には、そういう間違った教えを信じる人もいるので、信仰心だけで、すべてを片づけられるものでもありません。そのように、間違った宗教が地獄界に及んでいる部分もあります。

しかし、「あの世は宗教が九十五パーセント以上を仕切っている」と言ってよいので、宗教の仕事は非常に大事な仕事なのです。

○反省や祈りは高級霊とつながる”携帯電話”
この世においては、宗教の戦力はかなり少なく、宗教者の仕事をする人が足りません。そのため、なかなか人々に真理を信じてもらえずに苦労をしています。前述したように、「三十センチの物差しで測って証明せよ」といわれ、それに対して反論ができずに苦しんでいるような状況です。

最終的には、死ねば全員が体験することなのですが、唯物論的な科学主義が、現代人を迷妄の底に落とし、無明の世界に落としているので、何とかして、そこから人々を救わなければいけません。

作家のK・Tさんが霊人として私のところを尋ねてきたときの話をしましたが、彼が言うように、「数百万部のベストセラーなんて、まだ甘い」というのは、確かに、そのとおりなのです。地球の人口から見て少ないですし、私の著書を読んだ人でも、どこまで分かっているかは疑問です。

「死後に人生を回顧する」という話もしましたが、当会の信者は、反省の教えにおいて、自分の過去のシーンを思い出して反省したり瞑想したりしているので、生きているあいだに、すでに人生の回顧を始めているわけです。

また、そういう静寂な時間を持たなければ、異次元との交流も始まりません。

みなさんが、万一、死後に、暗い世界へ行くことがあったときには、祈りを使ってください。祈りは電話と同じようなものであり、必ず届きます。

「生前、自分なりに反省したり修行したりしたつもりであったのに、生き方を間違ってしまい、光の世界に還れなかった」というときには、祈ってください。祈りは必ず届き、何らかの救いの手段が働きます。天使が救いにくることもあれば、何か救いの手立てが与えられることもあります。

祈りを忘れないことです。短い祈りであっても効きます。

したがって、「できるだけ多くの人に、私の著書を読むだけでなく、信者になって、霊界の知識を持つと同時に、生きているうちに、きちんと人生を反省していただきたい。また、祈りや瞑想を精舎などで経験していただきたい」と思います。

それが高級霊とのコンタクト(接触)のツール(道具)になります。そういうものを持っていることが大事です。反省や祈り、経文の読誦などは、異次元の高級霊界とのつながるための”携帯電話”なのです。それを一人でも多くの人に経験していただきたいのです。

実在界、あの世を見ると、「この世の仕事には積み残しがずいぶんあるな」と感じます。それが、この世の難しいところでもあります。

その意味でも、幸福の科学の教えや活動を広げていきたいと私は思います。(完)

【大川隆法『信仰のすすめ』第2章「死後の世界ついて」より抜粋】
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さて、ここからは、幸福の科学の基本書3部作『黄金の法』を通して、エル・カンターレの歴史観を共に学んでまいります。『黄金の法』は、光の菩薩たちが主の悲願である地上仏国土ユートピア建設のためにどのような活躍をなしたのかを記すものです。人類の歴史に隠されていた地球神を、光の天使・菩薩たちはどのように実行したのか、その一端を学びます。経典をお持ちでない方は、是非この機会に拝受ください。【税抜2000円】

『エル・カンターレが観た歴史観であるとともに、エル・カンターレが立案したところの、地球的仏法真理の大河の鳥瞰図でもあります』(「『黄金の法』まえがき」より)
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第一章 黄金の人生を創る
5 真の自己実現

金色に光る未来を考えるとき、あなたがたは、自己実現ということをどうしても考えざるをえません。現代は、あちらこちらで、自己実現ばかりです。とくに欧米を中心として、自己実現の法則、成功の法則というものがさかんに唱えられ、それが日本にも広がってきているようです。

自己実現の法則、成功の法則を、真理の立場からいうと、次に挙げる二つの面が考えられます。

ひとつは、その正しい面です。自己実現の法則の中心は、願いを具体化、具象化して、視覚的なヴィジョンとして描き出し、日々、それを強く念じていると、まったく思いもかけないような方法で、みごとに実現されてゆく、というところにあります。

確かに、法則としては、そのとおりです。実際、実在界では、念による自己実現、祈りによる自己実現は日常茶飯事です。ですから、この実在界の法則を、ここ三次元世界で応用したのが、自己実現の法則であり、成功の法則であり、また、願望実現の法則であると言えます。

しかし、問題は、法則は法則として正しいものであっても、それを用いる人の心が正しいかどうかです。ここが、いちばん重要な点なのです。間違った自己実現は、地獄行き特急列車の指定席を予約することと同じだということを、あなたがたは知らなければなりません。

すなわち、行く先を間違えてはならないということです。自己実現の方向が、仏の方向、つまり、天国に向いているのか。それとも悪魔の方向、地獄に向いているのか、その点をよくよく自問しなければなりません。

正しい自己実現の基準とは、次に挙げる三ヵ条を満たしたものです。

一 その自己実現によって、自分だけでなく、周りの人々、世の人々をも幸せにできるか。

二 その自己実現が達成されることによって、他人を不幸にすることはないか。

三 その自己実現によって、自らの人格を高めることができるか。

以上の三点を満たすとき、その願いは正しい願いであり、その祈りは正しい祈りだということができます。

強い念願、祈願に対しては、その種類、内容を問わず、四次元以降の実在界で、必ず感応する霊たちがおります。しかし、他人の不幸をかえりみず、自我我欲のままに祈りばかりをやっていると、やがて、その祈りは、地獄の亡者たちに通じてしまうのです。ですから、一時期、運が好転したかに見えても、必ず地獄霊の憑依によって、なすがままの状態におかれ、病気、事業の失敗、人生の行き詰まりなどの不幸に追い込まれてしまいます。

祈りには、病気回復の祈りなどもあるでしょう。しかし、これとても、自らの過去の過ちを仏に詫び、十分に反省をし、お世話になった自分の周りの人々に感謝をしながら祈らないと、肉体さえ治れば、自分は幸せになるんだという執着となり、ますます地獄霊に憑依され、どんどん病気が重くなっていってしまうでしょう。こういうことは、実際に、よくあることなのです。

金さえ手に入ればよい、出世さえできればよいなどの願望も、同じことがいえます。経済的に豊かになったら、その結果、どうするのか。あるいは、出世できたら、それからどうするのか。そういう点について、しっかりと考えておく必要があります。出世して、世の人々を益してゆきたいと思っているのならば、それは正しい願いです。しかし、大きなイスにすわってただ威張りたいというならば、間違っています。お金をもうけて、人よりいい生活をしたいというだけならば、赤信号です。豊かな資金を、人生の正しい目的のために、大いに活用してゆきたいというならば、もちろん合格です。

成功それ自体、繁栄それ自体は、悪ではありません。しかし、成功も、繁栄も、仏の心のなかにあるのです。ですから、あくまでも、正しい人生観の裏づけと、正しい使命観、目的意識を持って、自己実現を願うことが大切だと言えます。正しい人が、大いに成功し、発展してゆくことは、世の中の希望の光なのです。

そこで、私がここで警告を発しておきたいのは、「自らの願望の念の性質に注意せよ」ということです。

念が地獄に向くことは問題外としても、超能力者になりたいとか、他人ができないような奇蹟を起こしたいとか、そういうことばかりを考えていると、どうなるか。そうした念は、あの世の天狗界や仙人界に通じてしまい、やがて、彼らに支配されてゆき、奇行が多くなり、世人から奇人変人扱いされるようになってしまうはずです。

たとえば、スプーン曲げや空中浮遊、易や占い、催眠術、こうしたものには、あの世の天狗や仙人、場合によっては悪魔が、このときとばかりに、協力しているのです。表側の高級霊は、決してそうしたことには関わりません。しかし、人々に対する愛念を持って、日々、生きるとき、その人の自己実現の祈りは、高級諸霊に聴かれ、必ず調和とやすらぎの世界が開けてくるのです。そのことを、心して、知っていただきたいと思います。

【大川隆法『黄金の法』第一章「黄金の人生をつくる」より抜粋】
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さて、ここからは、「幸福の科学」の原点に立ち返り、幸福の科学が全世界に広げようとしている教えを共に再確認させていただきます。幸福の科学に入会・三帰されて間もない方や、これから、新しい方を伝道するに当たって、幸福の科学の教えをどのようにお伝えしたらよいのか。ヒントになれば幸いです。以下2003年に発刊されました主の著書である、経典『幸福の法』の第四章「幸福の科学入門」を引用しながら、幸福の科学の基本教義を学んでまいります。経典をお持ちでない方は、この機会に拝受ください。【税抜1800円】
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〇「愛の原理」
・「奪う愛」ではなく「与える愛」の実践を
幸福の原理の第一原理として、私は「愛の原理」を挙げました。

組み立て方はいろいろあろうかと思いますが、最初の原理は、法門として、要するに、教えの入り口の幅として、広いほうがよいと考えたのです。「第一の原理としては、どんな人も参加できるような広い教えがよいだろう。広い教えとしては、やはり愛の原理がよいだろう」ということです。

頭のよい人に対しては、悟りに到るための難しい議論もよいのですが、勉強した人ばかりがいるわけではありません。また、現実に苦しんでいる人、悩みの中にある人は、それほど理性的に悩んでいるわけではありません。みな感情で苦しんでいます。たいていは、感性的な苦しみ、感情の苦しみが中心でしょう。

したがって、「世界共通の大きな法門としての原理を取り出すならば、愛の教えがよいだろう」ということです。これがいちばん広く、すぐに入れます。しかし、低級というわけではありません。誰でも入れるけれども、誰も卒業することのできない法門、それが愛の原理です。

愛の原理のなかには、説くべことはたくさんありますが、まず、悟りへの一転語として、「皆さんが愛だと思っていることは、実は『奪う愛』ではありませんか。人から貰うこと、人からとることを愛だと思っていませんか。そうではないのです。貰うことを考えているから、苦しんでいるのではありませんか」ということを説いたのです。

そういう愛は、昔、原始仏教が「愛」と呼んだ、執着としての愛です。原始仏教では、執着のことを「愛」と呼び、私が教えている「与える愛」のほうは「慈悲」と呼んでいました。当会の愛の教えは執着の法手はなく慈悲の教えなのです。慈悲とは与えきりのものです。見返りを求めない、与えきりの心が慈悲です。

「与える愛」という言い方をしていますが、これは、この世的に分かりやすくするために言った言葉です。「慈悲」といってもよかったのですが、言葉としては古いので、現代人にとって理解しにくい場合もあるだろうと考え、現代的に翻訳して、「与える愛」と言っているのです。「慈悲」と言うと、ちょっとわからないかもしれませんが、「与える愛」という言葉であれば、小学生や中学生でもわかるでしょう。

【大川隆法『幸福の法』第四章「幸福の科学入門」より抜粋】
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続いて『幸福の法』第3章「人間を幸福にする四つの原理」より抜粋します。
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〇「奪う愛」の苦しみからの脱却(愛の原理)
・「評価されていない」という苦しみ
一番目に、「『奪う愛』の苦しみからの脱却」ということを述べたいとおもいます。
世の中の人々の苦しみを見ていると、たいていの場合は、欲しいと思うものが手に入らないことによる苦しみです。

「欲しいと思うものが手に入らない」という苦しみは、結局、「自分は他の人から愛されていない。評価されていない」という苦しみです。その評価が精神的なものであれ、物質的なものであれ、「自分は評価されていない」という苦しみなのです。

精神的なものであれば、人の優しい言葉や気持ち、扱いであったり、名誉や肩書などであっったりするでしょう。物質的なものであれば、食べる物、着る物から始まって、お金や、その他、車とか、家とか、いろいろあります。これらも、自分自身で手に入れるというよりは、まわりから与えられるという要素も多分にあるので、そういう点を強く見ていくと、苦しみのもとになっていきます。

そのように、現代人の苦しみを見てみると、その多くは、他から与えられていないことに対する苦しみなのです。

「これだけよく働いているのに、給料が安い」「これだけよく働いているのに、出世が遅い」ということもあれば、「汗水垂らして働いているのに、女房や子供からの評価が悪い」ということもあるでしょう。「こんなに一生懸命、勉強をしたのに、女性にもてない」ということもあるかもしれません。あるいは、「こんなに一生懸命、仕事しているのに、なかなか才能が生かし切れない」ということもあるでしょう。

苦しみの根源を探ってみると、結局、「自分は、こんなにがんばっているのに、自分に対する、まわりの人の評価、あるいは、周りの人の評価、あるいは、周りの人の手を通じての扱いが非常に悪い」ということに対する欲求不満、得られないことに対する欲求不満だと思うのです。

物質的な面については、ある程度、諦めがつくこともあるのですが、精神的な面、特に人間関係における精神的な面については、苦しみからの脱却は、なかなか難しいものがあります。なぜなら、他の人の気持ちというものは、なかなか自分の自由にならないからです。

ちょうど都合よく、自分が、「この人に評価してほしい」と思う人が、自分を評価してくれたり、自分が「この人に愛されたい」と思う人が、自分を愛してくれたりはしないものです。その反対に、自分が「こんな人から評価を受けたくない」と思う人が、自分を評価してくれたり、自分が「こんな人は嫌いだ」と思う人が、自分を好きになってきたりするものです。これが世の中の常なのです。

こういうことがあって、なかなか思うようにはいかないのです。

【大川隆法『幸福の法』第三章「人間を幸福にする四つの原理」より抜粋】
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本日『黄金の法』では、真の自己実現について学びました。

神の御手足になりきることが、自己実現の全てである。
【箴言集『人格をつくる言葉』⑩より】

私たちに共通する最高の自己実現は、主の救済の助力者としての菩薩になることであり、主の御手足としての働きをなすことです。

私たちの真なる自己実現は、仏・法・僧の三宝帰依が大前提です。主エル・カンターレへの100%の信仰心がいま求められています。心を尽くして、魂を尽くして、力の限り主への信仰を貫いてまいりましょう。

そして、『幸福の法』からは愛を学びました。
幸福の科学の教えの第一は「愛」です。
ある意味において、幸福の科学の教えのなかで一番大事な教えであると言えます。
人生の問題はそのほとんどが愛に関する問題であるからです。
そして、根本仏である主は「愛の神」「慈悲の神」でもあると教えていただいています。

そして、「愛は人から奪うものではなく、愛は人に与えるもの」と教えていただいています。

「誰でも入れるけれども、誰も卒業することのできない法門、それが愛の原理です」
この言葉がとても印象的でした。
愛の教えはとても奥深いもののようです。私たちの人生は魂の修行として仏から与えられたものです。地上に生命あるかぎり、できるだけ多くの与える愛の実践を共に成し遂げてまいりましょう。

今日も主の愛を広げ、伝えるために、自らの務めを果たしてまいりましょう。
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8月に入り、お盆という霊的な季節を迎えるにあたり、皆様とともに「永遠の生命」についてともに考える機会を持ちたいと思います。経典『復活の法』第4章「因果応報」を学びます。この法話の英語タイトルは「As 
You Sow, So Shall You Reap【蒔いた種は、刈り取らねばならない】」となっています。 
経典『復活の法』をお持ちでない方は、全国の書店・支部・精舎で購入可能です。この機会にぜひ拝受ください。【税抜き1800円】
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■『復活の法』―第4章「因果応報」―人生を「前世・現世・来世」で捉える
1 人間には「前世・現世・来世」がある
○仏教には三世にわたる「因果の理法」を説く

この世だけを取ってみると、必ずしも「原因・結果の法則」のとおりになっていないこともあるため、仏教は、この考え方を三世の因果にまで広げ、「前世・現世・来世」という三世にわたる「因果の理法」について説きます。

現世、すなわち今世だけで見ると、たとえば、すごく悪いことをしているのにお金をたくさん儲ける人もいます。そして、大勢の人をいじめて苦しめたのに、大金持ちのまま死ぬことがあります。れそでは「悪いことをしたほうが得ではないか」と見えなくもありません。ただ、仏教では、「死んだあとには来世というものがあって、生前の行為の報いは必ず来る」と考えるのです。

また、赤ちゃんとして生まれたときには、体重や容貌に多少の差があるだけなのに、大人になると、職業の面での才能など、いろいろなものに大いに違いが出てくるのは、今世の原因だけでは考えられません。親を比べてみると、だいたい似たような感じの親に思えるのに、その子供の段階では、ずいぶん違うことがあるのです。

こういう場合に、仏教では、「それを今世の原因だけで考えることは難しい。前世、過去世にも必ず原因がある。過去世の宿題を背負って、今回、生まれてきている。その部分も計算に入れなくてはいけない。生まれてからのことを今世だけで考えると、あまりにも不公平や不平等に思えて、天を恨み、神を恨み、仏を呪いたくなるようなことだってあるだろう。しかし、人生は今世限りではない。そう考えたときに初めて、前世からの宿題、持って生まれた宿題の大きさが、それぞれ、人によって違うことを知ることができる」と考えます。

仏教は、このようにして、因果の理法を組み立てていくのです。

【大川隆法『復活の法』―第4章「因果応報」より抜粋】
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本日も、皆様とともに主の新復活を祈り続けてまいります。
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Lord EL Cantare is my All. 主こそ私のすべて。
We are One, with our Lord.  我々は主と共に一体である。
One for All. All for The One. 一人は主のため、隣人のために。みんなは主の悲願のために。
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○幸福実現党の目指すもの

この国の政治に一本、精神的主柱を立てたい。
これが私のかねてからの願いである。
精神的主柱がなければ、国家は漂流し、
無国の民は、不幸のどん底へと突き落とされる。
この国の国民の未来を照らす光となりたい。
暗黒の夜に、不安におののいている世界の人々への、
灯台の光となりたい。
国を豊かにし、邪悪なるものに負けない、
不滅の正義をうち立てたい。
人々を真なる幸福の科学の実現へと導いていきたい。
この国に生まれ、この時代に生まれてよかったと、
人々が心の底から喜べるような世界を創りたい。
ユートピア創りの戦いは、まだ始まったばかりである。
しかし、この戦いに終わりはない。
果てしない未来へ、はるかなる無限遠点を目指して、
私たちの戦いは続いていくだろう。

大川隆法
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■大川隆法 新日本国憲法 試案 前文
われら日本国国民は、神仏の心を心とし、日本と地球のすべての平和と発展・繁栄を目指し、神の子、仏の子としての本質を人間の尊厳の根拠と定め、ここに新・日本国憲法を制定する。

■日本国憲法試案 第一条 
国民は、和を以って尊しとなし、争うことなきを旨とせよ。また、世界平和実現のため、積極的にその建設に努力せよ。

■新日本国憲法 第二条 
信教の自由は、何人に対してもこれを保証する

■日本国憲法試案 第三条 
行政は、国民投票による大統領制により執行される。大統領の選出法及び任期は、法律によってこれを定める。

■日本国憲法試案 第四条 
大統領は国家の元首であり、国家防衛の最高責任者でもある。大統領は大臣を任免できる。

■新日本国憲法 第五条 
国民の生命・安全・財産を護るため、陸軍・海軍・空軍よりなる防衛軍を組織する。また、国内の治安は警察がこれにあたる。

■新日本国憲法試案 第六条
大統領令以外の法律は、国民によって選ばれた国会議員によって構成される国会が制定する。国会の定員及び任期、構成は、法律に委ねられる。

■新日本国憲法試案 第七条 
大統領令と国会による法律が矛盾した場合は、最高裁長官がこれを仲介する。二週間以内に結論が出ない場合は、大統領令が優先する。

■日本国憲法試案 第八条 
裁判所は三審制により成立するが、最高裁長官は、法律の専門知識を有するものの中から、徳望のある者を国民が選出する。

■新日本国憲法試案 第九条 
公務員は能力に応じて登用し、実績に応じてその報酬を定める。公務員は、国家を支える使命を有し、国民への奉仕をその旨とする。

■新日本国憲法試案 第十条 
国民には機会の平等と、法律に反しない範囲でのあらゆる自由を保障する。

■新日本国憲法試案 第十一条 
国家は常に、小さな政府、安い税金を目指し、国民の政治参加の自由を保障しなくてはならない。

■新日本国憲法試案 第十二条 
マスコミはその権力を濫用してはならず、常に良心と国民に対して、責任を負う。

■新日本国憲法試案 第十三条 
地方自治は尊重するが、国家への責務を忘れてはならない。

■日本国憲法試案第十四条 
天皇制その他の文化的伝統は尊重する。しかし、その権能、及び内容は、行政、立法、司法の三権の独立を損なわない範囲で、法律でこれを定める。

■新日本国憲法試案 第十五条
本憲法により、旧憲法を廃止する。本憲法は大統領制の同意のもと、国会の総議員の過半数以上の提案を経て、国民投票で改正される。

■新日本国憲法試案 第十六条 
本憲法に規定なきことは、大統領令もしくは、国会による法律により定められる。

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―天御祖神とともに―
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文責:蒲原宏史

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