『永遠の仏陀』を読む (4/19-2)22『永遠の仏陀』を読む―仏の本願―報恩の道 〇「心が変われば環境も変わって見える」「心に応じた環境が現れてくる」 ここに、環境に関する二通りの見方があります。第一の見方は、「心が変われば環境も変わって見える」という考え方です。これは、「三界は唯心の所現(しょげん)※」という考え方に近... 2024.04.20 『永遠の仏陀』を読む
『永遠の仏陀』を読む (4/18-2)21『永遠の仏陀』を読む―仏の本願―魂の処方箋 〇生かされている世界が見えるか 「生かされている世界が見えるか、見えないか」ということです。これは、「環境を見る」という言葉に言い換えてもよいかもしれません。公・不幸の原因のほとんどは、「自分を取り巻く環境をいかに見たか」にかかっていること... 2024.04.18 『永遠の仏陀』を読む
『永遠の仏陀』を読む (4/17-2)20『永遠の仏陀』を読む―仏の本願 〇多様な見方をした上で、神仏に近い判断を出す必要がある いったん多様な見方をした上で、是が非とも、神仏の心に近い判断をしなければなりません。「こういう見方もできる。ああいう見方もできる」と、さまざま考えた上で、「では、現在ただいまの自分の仏... 2024.04.17 『永遠の仏陀』を読む
『永遠の仏陀』を読む (4/16-2)19『永遠の仏陀』を読む―伝道の本質 〇霊的に成長するほど、多様な見方ができるようになる このように、見方の可能性はいろいろとあり、これを探求していくときに、私たちの魂はどんどん進化していきます。飛躍していくのです。「いろいろな見方ができる」ということ自体、「私たちの霊格、人格... 2024.04.16 『永遠の仏陀』を読む
『永遠の仏陀』を読む (4/15-2)18『永遠の仏陀』を読む―僧団の仕事 18『永遠の仏陀』を読む―僧団の仕事その人に愛を与えるに際して、こういう傾向性のある人で危険性があるならば、事前によくそのことを見抜いて、このように接していくべきではなかったのか。あるいは、順序を追って、その人の成長を図っていくべきではなか... 2024.04.15 『永遠の仏陀』を読む
『永遠の仏陀』を読む (4/14-2)17『永遠の仏陀』を読む―人生最大の悦び (第一段階・映像を客観的に捉える。第二段階・自分の感じ方を知る。第三段階・相手を相手の立場から見る。第四段階・仏法真理の立場から見る。に続き) もう一つ違った方法があります。 それは何であるかというと、「心を空しゅうして、神仏と心を通わせる... 2024.04.14 『永遠の仏陀』を読む
『永遠の仏陀』を読む (4/13-2)16『永遠の仏陀』を読む―不滅の力―努力・精進 (第一段階・映像を客観的に捉える。第二段階・自分の感じ方を知る。第三段階・相手を相手の立場から見る。に続き) こうして三つの見方で見た映像を通過した上で、四番目にしなければならないことは、「仏法真理の基準から見たときに、自分が見た相手の像の... 2024.04.14 『永遠の仏陀』を読む
『永遠の仏陀』を読む (4/12-2)15『永遠の仏陀』を読む―真実の人となれ―仏弟子の本懐 その次にあるのが、「自分の目に映じたその人の姿を、自分はどう感じるか」ということです。これが第二段階になります。まず、客観的にその姿を見、その次に、「それを自分はどう感じるか」を知るのです。・・・これが第二の段階です。そして、第三段階は「自... 2024.04.12 『永遠の仏陀』を読む
『永遠の仏陀』を読む (4/11-2)14『永遠の仏陀』を読む―真実の人となれ―仏の悦び 他の人を見る際の判断基準を述べると、第一段階においては、「目に映った他人の姿」を情報として客観的に捉えることが大事です。 第一段階においては、主観で交え、それを判定しようとしてはなりません。まず客観的に見ることです。どういう人となりであるか... 2024.04.11 『永遠の仏陀』を読む
『永遠の仏陀』を読む (4/10-2)13『永遠の仏陀』を読む―真実の人となれ―無償のなかの悦び したがって、「他を見る」ということと「自己を見る」ということは、合わせ鏡を見ているようなものであり、自と他の両方を見て初めて、本当の姿が見えてくるのです。自と他はまさに合わせ鏡なのです。 「他人だけが見えて自分が見えない人」もいなければ、「... 2024.04.10 『永遠の仏陀』を読む