(11/25-2)57『仏陀再誕』を読む―政治と経済―政治・経済のなかで―阿羅漢の修行

『仏陀再誕』を読む

63 妖怪「ぬらりひょん」の特徴としては、すぐに人の背後に回り込む点があげられる。正面から人に見られるのを嫌がり、後ろで、お茶など飲みながら、エネルギーを吸ったり、耳元でささやいたりする。人が夕方にくたびれている時は、「ぬらりひょん」にエネルギーを抜かれていることが多い。

【大川隆法『妖怪にならないための言葉』より抜粋】

40 黒いカラスが急降下して、動物たちの背中の毛を抜いていた。巨大パンダに化けた黒鬼と白鬼が、口から炎を吹いて、悪いカラスを焼き尽くした。生前、タカリ屋だった魂たちだった。

【大川隆法『地獄へ行かないための言葉』より抜粋】
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11環境に感謝する姿勢【正業】
〇「上司」や「自分を引き立ててくれる立場の人」を批判しない

それと、もう一つは、宗教的人格のなかには考え違をする人が多いのですが、特に、強きを挫(くじ)く性格の人は、みなさんのなかにもそうとういるのではないでしょうか。

真理を学んでいる人のなかには、どうしても、「この世的権力」、あるいは「成功者」へ背を向ける部分があります。そうしたものに背を向けて、「自分はそういう世界の人間ではなく、別の世界の人間なのだ」と考えやすいのです。そして、「上司」を批判したり、「本来なら自分を引き立ててくれている立場の人」を批判したりするようになることがあります。これは、やはり、成功の原理を知らないのです。

いくら下の者をかわいがっても出世はできないものです。それは、そういう”力学”があるからです。いちばん出世するタイプは、上にかわいがられ、下に愛される人なのです。

転職する際にも、「自分はどれだけ多くの人に愛されていたか」ということは、よく分かるはずです。自分が去っていっても、誰もまったく困らず、誰も「残念だ」とも言ってくれないというのは、寂しいかぎりです。しかし、時折、こうした人間になっていることもあります。

ですから、私たちは、成功していると思うときに、よくよく自分の周りを見なければなりません。「ある人たちの力によって現在の自分があるのではないか」「それに対する感謝ができたか」「報恩ができたか」、また、「その報恩は、さらなる自己改革と自助努力というステップを生み出しているかどうか」ということを考えなければなりません。「太陽」と「月」の比喩を、よくよく思い出して下さい。

以上は、極めて現代的な「正業」論である。

釈尊の説いた根本仏教では、「正業」は「正行」でもあり、転生の際の〈カルマ〉の元となるものである。すなわち、戒律や法律、道徳に反する行為をしなかったか。犯罪に当たる行為をしなかったか。などが中心であった。(『太陽の法』第2章第10節参照)

【大川隆法『真説・八正道』第五章「正業」205pより抜粋】
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こんばんは。主から頂いた奇跡の一日も残りわずかとなりました。
皆様と共に、一日の終わりに「主への感謝」と「復活の祈り」を捧げます。

三宝帰依を寄る辺として、主エル・カンターレへの信仰を貫くために、一日の始まりを希望と共に『エル・カンターレへの祈り』と『仏説・正心法語』で始めました。

そして日中は主のため、世のため、隣人を救うために、地上仏国土ユートピアの実現のために「六波羅蜜多」の実践をなすべく、私たちは御仏の御手足として働きました。本日も本当にお疲れ様でございます。

引き続き、純粋なる信仰を「復活の祈り」と共に主に捧げると共に、信仰・伝道・植福に私たちの最大の感謝と報恩の誓いを捧げさせていただきましょう。

11月23日は初転法輪記念日です。初転法輪とは、今から38年前の1986年11月23日に、主エル・カンターレ大川隆法総裁先生が、東京・日暮里の地(現初転法輪記念館)にて、初めての説法をされて、法輪を転じられたことです。この聖なる日に仏弟子相集い、心からの感謝を捧げるとともに、たとえ何があろうとも、主の御名と主の教えを地の果てまでも伝えていく伝道の発願を捧げさせていただきます。

『主エル・カンターレよ、
主のため、世のため、隣人を救い助けるために、
仏国土ユートピア建設のために、
吾らの今世の使命を、光の使命を果たすために、
主への道に立ちはだかる、あらゆる障害を取り除きたまえ。
あらゆる悪霊・悪魔を遠ざけたまえ。
吾らを真なる幸福へと導きたまえ。』

今日の一日を振り返りつつ、1989年7月に説かれました『仏陀再誕』を振り返ります。
そののち、仏陀の教えに原点回帰すべく『釈迦の本心』を共に学びます。
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第四章 政治と経済 

諸々の比丘、比丘尼たちよ。
私の言葉をよく聞きなさい。
私は、かつてあなたがたに、
心について、心の教えについて、
さまざまに語ってきたはずである。
そして、心の教えとは、
時代を超え、地域を超え、人種を超えて、
いつも妥当する教えであると説いてきたはずである。

○政治・経済のなかで
しかし、
諸々の比丘、比丘尼たちよ。
あなたがたが生まれているこの時代、この地域には、
あなたがたが過去、修行によって学ばなかったものがある。
あなたがたは今の時代において、
政治をどうとらえたらよいかが、わからないであろう。
あなたがたは今の時代において、
経済をどうとらえたらよいかが、わからないであろう。
その通り、
私は、過去あなたがたに政治の道は説かなかった。
私は、過去あなたがたに経済の道は説かなかった。
わたしは、過去あなたがたに、政治や経済を離れ、
ただ心の安らかさを求めよ、と説いた。
しかり、しかり。
今の時代においても、心の平安こそが、心の調律こそが、
そして、悟りの道こそが、至高の徳であることは変わりがない。

しかし、
諸々の比丘、比丘尼たちよ。
この時代に、この政治のなかに、この経済のなかに、
生きているあなたがたは、
いかに惑い、いかに戸惑うことであろうか。
そうしたあなたがたの姿を見ていると、私は涙を禁じえないのである。
比丘、比丘尼たちよ。
しかし、惑ってはならない。
この世に現れたるものは、すべて真実の仏の心が、
何らかの形で展開しているのである。
したがって、
あなたがたは、いたずらに政治から逃れようとするな。
あなたがたは、いたずらに経済から逃れようとするな。
あなたがたの今世の修行は、
この政治のなかにあって、この経済のなかにあって、
心清く、心正しく、心穏やかに生きるとは、そして、
仏の心にかなって生きるとは、
いかなることであるかを示すことではないか。
そう、時代は変わった。
されど、永遠の法は変わらない。
その永遠の法を人びとに伝えるためには、
あなたがたは、この世の中のものをすべて否定してはならない。
この世の中に潜むあらゆる善を発掘し、
この世の中に現れる、あらゆる悪を消し去ろうと努力せよ。
そして、そのなかに真の修行者の道を得なければならない。

○精神の支柱
諸人よ、よく聞きなさい。
今、私が法を説いているこの日本という国は、
世界をリードする時代に入ってきた。
しかし、世界をリードする国が、
その拠りどころとすべき精神的支柱を持っていない。
これは、憂うべきことだ。
一家において、主人が、家長が、
心正しくよく働き、みなのものを善くまとめていってこそ、
家庭は繁栄する。
同じように、国の政治を司る者が、
心清く、心正しく、欲望から離れ、執着から離れて、
そうして民の幸福をのみ考え、
多くの者どもを幸せにすることのみを考えて、政(まつりごと)を行うとき、
国は自ずから治まり、そして平らかとなる。
されど、今、この日本の国には、帰依すべき法がない。
国家が帰依すべき法がない、教えがない。
嘆くべきことである。
私は、そう思う。
国家というものを、永遠不滅のように考えているのか。
それは、時代により、地域により、人びとにより、変わってきたものだ。
その名前が変わろうとも、その地域が変わろうとも、
しかし、その背後にあって永遠不滅の法があった。
永遠なる法があったのだ。
永遠なる法は、仏から流れ出て、
そして、仏の心を忠実に地上に顕(あら)わさんとして出てきたのだ。

【大川隆法『仏陀再誕』第四章「政治と経済」より抜粋】
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続いて、仏陀の教えに原点回帰すべく『釈迦の本心』を共に学びます。
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第六章 人間完成の哲学
7 阿羅漢の修行

阿羅漢の修行について、さらに話を進めましょう。

千人の人が修行に打ち込んだ場合、指導者がよく、各人の心掛けもよければ、千人が千人、阿羅漢向に達することが可能です。そして、少なくとも一週間や二週間は、その状態を維持することが可能だろうと思います。

しかし、そこから阿羅漢果に達することができる人は、その千人のうち五十人ぐらいだけなのです。そして、そこから菩薩になっていくのは、その五十人のなかで五人内外にすぎません。これほど厳しい試練が待ち受けているのです。

それでは、阿羅漢の修行として最も大切なことは何でしょうか。これには、主として二つの徳目があります。

第一の徳目は、「一生涯、すなわち死ぬまで自分を磨きつづける」という心構えを持つことです。人間の心はガラスのようにすぐ曇りができて汚れるので、ガラスを磨くがごとく、毎日、自分を磨き続けることが必要なのです。

そのためには、自分を磨くことを日常生活に取り込んでしまわなければなりません。食器を洗うがごとく、洗濯や掃除をするがごとく、毎日毎日、みずからの心を磨いていき、それを一生涯、続けていくのです。

第二の徳目は、謙虚な姿勢です。なぜなら、阿羅漢の段階でいちばん危険なのは増上慢であり、小さな悟りで満足し、小成してしまう人が出やすいからです。

特に、阿羅漢の状態では霊的現象が起きやすいので、注意が必要です。阿羅漢の状態になると他人のオーラが見えたり、守護霊の声が聞こえたりすることがあるので、「自分は偉大な光の菩薩である」と錯覚することも多いのです。

したがって、みずからを謙虚に見つめていくことが大切になります。霊的現象が起きたとしても、それに慢心することなく、一つの経験として静かに受け止め、玉石のなかの玉を選んでいく工夫をすることです。

すなわち、霊的感覚においても安定感が大事なのです。優れたドライバーが自動車を手足のごとく扱って安全運転するように、霊的現象を難なく動かせるようになれば問題はなのですが、現実にはそうでない人が多いのです。

第一に、一生涯を通じて己を磨いてく姿勢を忘れないこと。第二に、謙虚さを特に肝に銘ずること。そして、謙虚さを忘れる原因の一つに霊的現象があるので、それに対して注意すること。

阿羅漢の修行においては、これらが大事なのです。

【大川隆法『釈迦の本心』第六章「人間完成の哲学」より抜粋】
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明日も、皆様とともに主の新復活を祈り続けてまいります。
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If You build it, He will come. あなたがそれを建てたとき、彼はやってくる。
When You believe It, You will see It. あなたが信じるとき、あなたはそれを見るだろう。
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◆「天御祖神 感謝報恩植福」について

・この度、日本文明の祖にして、武士道の源流にあたる天御祖神が日本に降臨され、いまもなお、霊的にご指導を賜っていることへの感謝を捧げるために、箱根強羅の地に天御祖神を讃える「天御祖神記念館」を建立させていただくこととなりました。

・本植福を通じて、天御祖神への感謝を深めていくとともに、武士道精神を復活させ、神国・日本としての誇りを取り戻していくことで、この日本の地を主エル・カンターレの教えを発信するにふさわしい地としていくことを誓ってまいります。

日本神道の屋台骨である高天原が、日本人の不信仰と愛国心の欠落により、崩れてしまっている今、私達伊勢支部信者が先頭となって、日本神道の屋台骨を支え、日本国の誇りを取り戻すべく先頭に立たなければならないのではないでしょうか。伊勢支部としては、「天御祖神記念館」建立事業を全力で応援致します。私たちの信仰心をここに結集して参りましょう。

・「天御祖神感謝報恩植福」(2022/1/1~)は、天御祖神の日本への御降臨と、いまもなおご指導を賜っていることへの感謝を捧げ、報恩への誓いを固める植福です。

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・私は二〇一五年ぐらいから公開しておりますけれども、実は日本文明というのは、今から三万年ほど前に、天御祖神という方が、今の富士山があるところの近くに、宇宙より降臨したところから、始まっているということを、何冊かの本で説いております。(略)

(天御祖神の)教えの中心は、今も片鱗としては伝わっています。一つ、言わなければならないことは、「神の子、仏の子としての人間」として生きるということは、「正しく生きる」ということであるということですね。これが大事な柱でした。(「地球を包む愛」)

・「天御祖神の教え」とは何でしょうか。(略)おそらくは、「鍛錬ということの大切さ」や、「自分を鍛えて力強くあることの重要さ」というものも教えていたのではないかと思います。 
(『現代の武士道』)

・葬られているのは、今で言うと、強羅温泉の近くです。
 (「超古代リーディング―天御祖神と日本文明のはじまり―」)

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100%エル・カンターレ信仰
―天御祖神とともに―
伊勢から世界に伝える強い信仰
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E-mail:ise@sibu.irh.jp
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TEL:0596-31-1777
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文責:蒲原宏史 

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