(3/27-1)86真理の言葉『正心法語』を読む ㉗闇夜を照らす光なり―エネルギーの本質

『正心法語』を読む

36 物腰が柔らかくて、話し方がていねいな人は、恐るべきである。相手は数段上手だ。
37 大局観をもって、詰めてくる人は、教わるべき人である。
【大川隆法 箴言集『人生への言葉』より】

おはようございます。
本日3月27日七の日です。
この聖なる日に、支部に相集い、主への感謝と報恩の誓いを捧げさせていただきます。
『精舎霊域護持植福』など各種植福を本日承っています。
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「七」は勝利の日 「七」は目覚めの日 「七はあなたの生誕の日」
私たちは 主エル・カンターレ御降臨という
奇跡の時代に 仏弟子として 主と共に歩ませて
いただけますことを 心より感謝いたします

そして 主への報恩として 
日本に 全世界に エル・カンターレ信仰を弘め
地球ユートピアを実現してまいります

私たちは これからも 仏弟子の使命である 伝道に邁進し
必ずや 「七の月」の「七の日」を
主の勝利の記念日とすることを お誓いいたします
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本日も、皆様とともに主の新復活を祈り続けてまいりたいと思います。本日も全国・全世界の信者の信仰心を結集し ①10:00~、②13:00~、③19:00~(各回約50分)と世界同時に主の奇跡を願い、復活の祈りを捧げさせていただきます。皆様の祈りの結集をお願いいたします。

4月21日は主の伊勢支部御巡錫記念日です。2013年4月21日大川隆法総裁先生が伊勢支部に御巡錫されて御法話『信仰心と国を愛する心について』を賜りました。この御法話は経典『日本建国の原点―この国に誇りと自信を』の第一章に所収されています。経典をお持ちでない方は支部や精舎、書店にてぜひとも拝受ください。【1800円(税抜)】

この聖なる日に向けて、信仰・伝道・植福に私たちの最大の感謝と報恩の誓いを捧げさせていただきましょう。

さて、ここからは2002年7月7日に説かれました御生誕祭御法話『大悟の瞬間―大いなる悟りが明かす多次元空間の神秘』を振り返ります。そののち、『仏説・正心法語』をともに読んでまいります。
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3エネルギーの本質
〇本物の宗教が教えてきたものとは
悟りというものは広大無辺であり、さまざまな説き方、説明の仕方がありますが、第一点として言えることは、「霊的存在を無視しての悟りはありえない」ということです。それを否定するものは、近現代の間違った思想に毒された宗教解釈、仏教解釈であると言ってよいとと思います。

そして、「霊的存在としての自分があり、それはまた、広大な霊的宇宙ともつながっていて、他の霊的存在とも、共につながっているのだ」ということを知らなくてはなりません。

「天国・地獄は外の世界にあるわけではなく、自分の心の内にもあるのだ。心はいかようにも動き、心の針は三百六十度、どの方向にも動いて、霊界の、どの世界にも通じていくのだ。また、生きている人間として持っている、その心の針が、他の人とも影響し合っているのだ」ということを知る必要があるのです。

そういう宇宙観を知ったときに、人は自分を愛するがごとく他を愛さざるをえなくなります。いわゆるゴールデンルール、「自分がしてほしいように、他の人になせ」という黄金律は、個々から導き出されてくるのです。

こうしてみると、さまざまな宗教の教えが、いったい何を意味していたのかが分かってきます。

一つは、「はるかなる昔に個性を得た魂たちが、肉体に宿ったときに、肉体を自分だと錯覚し、地と他を分けて、自我が強くなるという誤りを犯すことがあるので、それを修正する必要がある」ということです。

もう一つは、「肉体的な自分が自分でないということを悟り、霊的な我というものを悟ったときに、その霊的なる我が、大宇宙の調和のなかに生きていること、共に慈しみ合う世界のなかに生きていることを、悟らねばならない」ということです。

こういうことを、世界各国の本物の宗教は教えてきたのだと思います。

これを忘れて、肉体的な自我観、自己観に引きずられて生きると、死後、霊的存在が残ったときに、その霊的存在は、行く所がなくて地上世界をさまよい、生きている人に取り憑いたり、地獄界という、光の差さない世界をつくって、そこで生きつづけているつもりになったりするのです。

そういう人々を救うためには、霊的に正しい世界観、正しい生き方、正しい人生観を教えることです。そして、その正しい生き方に自分の思いを併せていくことを教えることです。

釈尊の教えに出てくる悪魔などについて、「それは単なる心の迷いのことである」として、哲学的、心理学的に片づけようとする人もいますが、釈尊の語っていることは、そのままとらえてよいのです。悪魔という存在もありますし、梵天や神々といわれる存在もあります。

そして、「自分もまた、そのような存在になる可能性がある」ということも、知らなくてはいけません。

地獄的な生き方をしていると、地獄のものたちが、すり寄ってきます。天使は天使の仲間を増やそうとしていますが、地獄界に生きているものたちも、常に仲間を増やそうとしているのです。そして、地上世界は物質波動がかなり強いので、地獄の法の影響を受けやすいのです。それを悟らなければいけません。

この意味での観の転回、思いの転回をさせるために、宗教では伝統的に、物質的なものを否定したり、この世的な生き方を否定したりするのです。

まず、一喝を与えて、この世的な生活を否定します。「物質を求めてはいけない。お金を求めてはいけない。異性を求めてはいけない。よい家をまとめてはいけない」など、いろいろな否定を説きます。

しかし、これは、否定すること自体に意味があるわけではなく、この世的な生き方に執着する心を去るために言っているのです。

この執着を去って、霊的覚醒を得たときには、「この世のなかにも、人々の生活を助け、豊かにし、心を引き上げるような、さまざまなものがある」ということが分かってきます。

このような「否定の否定」は「単なる肯定」とは違うということを知らなければいけません。霊的な自己という視点をいったん得たうえで、この世というものの積極的な意味を見いだしていく必要があるのです。

【大川隆法『大悟の法』第4章「大悟の瞬間―大いなる悟りが明かす多次元空間の神秘」より抜粋】
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さて、ここからは、私たち仏弟子の生命ともいえる、「仏説・正心法語」について共に考える機会を得たいと考えています。

教義として主よりたくさんの御教えをいただいていますが、その中心にあるのが、「仏説・正心法語」です。たくさんの仏法真理を主よりいただいていますが、数多の経典は「正心法語」を正しく理解するためにあるといっても、けっして過言ではありません。
「仏説・正心法語」は仏の光であり、仏の生命であり、私たちの力であり、仏弟子の生きていく寄る辺です。

七つの経文が収められていますが、「毎日、全編を繰り返し読誦してください」とお勧めさせていただいています。理屈抜きで、毎日、正心法語を読むと元気になるからです。

経文にも、「ああ 七色が 相集い 仏の御国を 照らし出す」とあるように、「仏説・正心法語」は本来、七つの経文が合わさって一つの法身を表現しています

正心法語は法華経・般若心経の一万倍の力があると教えていただいていますが、私たちサンガは正心法語の威力を十分に使いこなせていないのではないかと思います。
私も含めて皆様の中で、今日からさかのぼって一日のうち、正心法語の全編読んだ人がどれだけいるでしょうか。読経の習慣化が法力を生むことを私たちは主から教えていただき知りながら、なかなか実践できずにいます。実にもったいないことです。

私たちサンガ・幸福の科学の活動は多岐にわたっていますが、あらゆる活動の力の源泉は「仏説・正心法語」から生まれています。だから、この経文を毎日、読誦することを繰り返すことで、私たちは主より法力という名の力を授かることができるようになります。

このメールマガジンでは、日々の活動で「仏説・正心法語」からどのように活動のエネルギーを引き出していくかという視点で、お届けしたいと考えています。この経文に関する主の御解説は経典『信仰論』に説かれていますので、伊勢支部にてぜひご拝受ください。「法力」という名の悟りと救済力と得るために必要な経典です。

それでは、「真理の言葉 正心法語」から始めましょう。「正心法語」はこのように続きます。
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これは 久遠の 法にして
現在・未来を 貫いて
闇夜を 照らす 光りなり

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本日の引用部分は英語版の「正心法語」-The True Words Spoken By Buddha-では、このようになっています。

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This is the Eternal Law,
Which penetrates The Present and The Future.
Yes, indeed, The Light of the Dark Night.

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光とは、仏の生命であり、光とは仏の教えです。
光である仏の教えは、永遠の教えであり、今というこの瞬間から未来に向かって、
仏を知らないという無明の闇、地獄的なこの世の暗闇を照らす光です。
このように、主は私たちに、仏の教えである光を人生のよりどころとして生きていきなさいと教えてくださっています。

仏の生命である光―仏の教え―が現在と未来をつらぬいて、人間の希望であると同時に、
過去については、自らの過ち悔い改めて反省することを私たちに勧めています。

主の教えは永遠の法なんですね。
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私たち人間は、すべての人に仏の性質である仏性を魂に宿しています。これは、造物主である根本仏の被造物である人間に対する慈悲の表れです。

仏が転生輪廻のシステムをつくったのは、根本仏によって創造された、すべての人間が、元なる親である根本仏のもとに還るために―自らも悟りを得て仏と一体となる可能性を与えるためでした。根本仏であるエル・カンターレは魂を仏へと誘うために転生輪廻の仕組みと時間を創造し、また、根本仏につながる階層―三次元宇宙から地球では九次元までにいたる多次元構造の空間を創造しました。

根本仏によって創造された魂は、地球という磁場で、人間の形をした肉体にその魂を宿して、地上や天上界での魂修行を、天上界と地上を行ったり来たりしながら、繰り返しています。人間は、自分の本質が魂であり、霊である確信を「悟り」によって深めることで、最終的に造物主である仏と一体となる心の修行を永遠に続けている存在です。

今世において、仏法真理の学習の速度に違いがあるのは、今世だけではなく、過去世における魂の兄弟たちの転生に大きな原因があります。このように主エル・カンターレは、私たちに魂の自由―心の自由を完全に与え、私たちが仏に至るまでの成長の道のりが、それぞれにあることもお許し下さいました。その点において、主はとても忍耐強く、優しい方であると言えます。

主におかれましては、「(悟りを得るための)原因としての平等」と「(悟りにいたる)結果としての自由」を私たちに保証してくださっています。この平等と自由をつなぐのが精進の力である「勤勉の精神」ということになります。

これは本当にありがたいことです。

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久遠の法について経典「永遠の仏陀」から抜粋いたします。
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〇仏は法なり、仏は教えなり

くり返し、おまえたちに告げる。
このわが教えは、
単に、おまえたちの心を救うがためにのみ、
説かれているのではない。
この教えを本として、全宇宙を統べられているのだ。
この教えを実現すべく、
人類の過去・現在・未来があり、
人類なき過去にも、
この教えは厳然としてあり、
人類なき未来にも、
また、あるであろうということを、
私は明言しておく。
このわが説く法は、
人間の出現に先だち、
人間の消滅におくれて、
なおもあるものである。

教えとは、姿を変えたる仏そのものであるということを、
おまえたちは知らなくてはならない。
わが教えを読むは、仏を見ると同じなのである。
仏を知らんと欲せば、わが教えを見よ。
その教えこそが、姿形なき仏の実体なのである。
おまえたちは、空を見上げて、仏を見んとするか。
おまえたちは、目を閉じて、仏を見んとするか。
おまえたちは、想像のかなで、仏を見んとするか。
それとも、
おまえたちは、霊的なる目を開いて、仏の姿を見んとするか。
いずれの試みも、虚しく終わるであろう。
そう、仏とは、
この地上を超えた実在世界にある高級霊の姿をとった、
その霊的実在でもない。

その霊的実在を超えたるものが、真実の仏であり、
真実の仏の姿は、教えに表れているのだ。

よくよく聴くがよい。
手で仏をさわらんとし、目で仏の姿を見んとし、
その体の大きさに合わせて仏を測ろうとする者たちよ。
仏とは、
おまえたちの五官によって捉えられるものではない。
おまえたちの想像するようなものでもない。
仏とは、法であり、
仏とは、教えであるのだ。
わが説く、この法こそが、
わが説く、この教えこそが、
仏の実体の本質であるのだ。
わが教えを学ぶ時、
おまえたちは仏の姿を見たのである。
わが教えを聴く時、
おまえたちは仏の声を聞いたのである。
わが教えを理解する時、
おまえたちは仏の心を理解したのである。
くりかえし、くりかえし、言う。
仏とは、姿形なきもの。
仏とは、人間を超えたるもの。
しかして、霊を超えたるものでもある。
仏とは、人間的なる感覚を超越し、
この宇宙を統べるところの、
教えそのものとなっている存在なのだ。

おまえたちは、
その手にしているページの一枚、一枚に、
仏の姿を見ているのである。
仏とは何であるかを知りたくば、
わが説く教えを、深く深く、理解せんとせよ。
そこに、
仏とは何であるかという、その問いに対する答えが、
明らかに現れてくるであろう。

【大川隆法『永遠の仏陀』第五章より抜粋】

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仏に三身ありと言われており、仏のお姿には「応身」「報身」「法身」の三種類あります。そのなかの最も尊いのが「法身です。これは、肉体存在や目に見えるものではなく、宇宙を統治する法則としての存在です。たとえば、「原因・結果の法則」「波長同通の法則」「生々流転の法則」など、仏教で言えば「諸行無常」「諸法無我」「涅槃寂静」の「三法印」も仏の法身です。また幸福の科学の基本教義である「愛」「知」「反省」「発展」の四正道もエル・カンターレの法身仏にあたります。
そして、何よりも「光とは何か」を教える『仏説・正心法語』こそが、私たちの主、エル・カンターレの法身そのものなのです。

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■「読むことで、宇宙の叡智、人類の叡智とつながることができます!」
『仏説・正心法語』という経典は、釈迦の生命体から発された言魂で書かれているものです。これは宇宙の叡智、人類の叡智です。この光がみなさんの黄金のパイプを通じて伝わってくるのです。こういう経典が現にある以上、これを通じて無限の叡智へとつながっていくことです。         
【大川隆法『幸福の原点』p.155より抜粋】
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ここで、仏教の基本に立ち返るべく、教典『心の挑戦』を学びます。経典お持ちでない方は、ぜひお求めください。【1800円税込み】
―本書は、神秘的な宗教の世界に憧(あこがれ)、仏教的世界観を探し求めている人生の旅人たちにとって、絶好の案内書となることでしょう。―『まえがき』より
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第2章 仏性とは何か
1 悟りの可能性と仏の基準

本章では「仏性」について述べてみたいと思います。

仏性とは「仏の性質」ということです。では、仏の性質とはいったい何であるかというと、要するに「悟ることができる性質」ということなのです。仏とは「仏陀」のことですけれども、仏の仏たるゆえんは、悟りを得ることができる、あるいは、できたということで、「悟った者」のことを仏というわけです。

つまり、仏性とは「悟りの性質」という意味です。ですから、みなさん一人ひとりの心のなかに仏性があるということは、言葉を換えるならば、「一人ひとりに悟りの性質がある」ということです。これは「悟りの可能性」と言い換えても構わないと思います。

ただ、ここで心すべきことは、『悟りの挑戦(下巻)』(幸福の科学出版刊)第六章「仏性と成仏」でも述べたように、「悟りの可能性は、あくまでも可能性であって、可能性がすなわち結果と一緒ではない」ということです。これはとても大事な論点ですので、忘れずに踏まえておく必要があると思います。

「すべての人に、仏になる可能性がある、悟りの性質がある」ということは、必ずしも、「すべての人が、如来になれる、仏陀になれる」ということではないのです。それまでのあいだに、きちんとした適正なる過程を経なければならないということが、一つの注意事項として入る、ということを忘れてはいけません。

現代の日本には、さまざまな宗教が流行っています。それらを見ていて気になるのは、新宗教のなかには、因果の理法を踏まえていない、奇妙奇天烈なものが非常に多いことです。そういうことをすれば、なぜ悟れるのか、それが分からないようなことをやらせるところが、ずいぶん多いので、問題だとは思っています。一方、伝統的宗教のなかにも、もうすでに化石化し、形骸化し、一つの堕落した形態にまでなってしまっているのではないか、と思われる宗教が数多くあります。

それら、新宗教であれ、伝統宗教であれ、共通した傾向性として、「仏性という思想について誤解をしている」ということがあると思います。つまり、「悟りを得るということを、非常に簡単なことのように考えているのではないか」ということです。要するに、「みんなが努力して仏にならなければいけない」という考え方から、仏の基準を引き下げてしまうことによって、「だから、みんな仏になれるよ」と言っている、そういうところがあるのです。

たとえば、「人間は、大海を漕ぎ渡って、向こうの大陸まで渡ることが可能である」という考え方があるとしますと、「人間には、本来、太平洋や大西洋のような大きな海を漕ぎ渡って、向こうまで行くだけの力がある」という思想があったのを、それを言っても誰も船出しないので、ついには大会の定義を変えてしまって、「人間は水たまりを跳び越すことが可能である」というような、小さなレベルに下ろしてしまっているわけです。

そうすると、確かに、みんな水たまりを飛び越えることはできるし、ひと跨(また)ぎすることができるようにはなるけれども、そもそも、いったい何が言いたかったのかという、もとの趣旨が分からなくなってきてしまいます。

水たまりを跳び越すことが修行であったのかどうか。そんなことであったのだろうか。悟りとはそういうことであったのだろうか―。

確かに、ミズスマシのような動物であれば、水たまりを渡ることも大きな事業なのかもしれませんけれども、人間が雨後の田舎道にできた水たまりをひと跨ぎで越えるぐらいのことに、いったいどれほどの手柄がありましょうか。功績がありましょうか、喜びがありましょうか、また修行がありましょうか、そうではないのです。

たとえば、太平洋をヨットで横断するならば、その間には、非常に艱難辛苦(かんなんしんく)を伴います。雨も降る、太陽も照りつける。食糧がなくなる。水がなくなる、筋肉は痛む。身体はジリジリと日焼けしてくる。そのなかで、苦労をしながら大海を渡ると、その間の、たとえようもない試練のなかで、魂が鍛えられることもある。そして人生が磨かれることがある。また雄大な海のなかで思想を深めることができる―。

そういう、他の誰もが経験していないようなことを経験できた人がいて、海を渡っていく素晴らしさをこんこんと説いたところ、「なるほど、私たちも海を渡れるのか」ということで、最初のころの人たちは、努力して、ボートを漕いだり、ヨットに乗ったりして、湾のなかで練習をしていた。ところが、それが二千数百年後には、いつの間にか、「水たまりを一つと渡ることが悟りである」というよう思想になって広がっていたとしたら、どうでしょうか。

最初に太平洋を渡って、その素晴らしさを人びとに伝えた人は、それを知ったらどうなりましょう。「私は水たまりを跳び越すことをもって悟りとは言わなかった。そんなことではなかった」と、きっと言うに違いありません。

【大川隆法『心の挑戦』第2章「仏性とは何か」より抜粋】
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本日も、皆様とともに主の新復活を祈り続けてまいります。
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Lord EL Cantare is my All. 主こそ私のすべて。
We are The One, with our Lord.  我々は主と共に一体である。
One for All. All for The One. 一人は主のため、隣人のために。みんなは主の悲願のために。
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◆映画「ドラゴン・ハート」伝道植福について
5月23日(金)に全国の映画館にて公開されます映画「ドラゴン・ハート」は大川隆法総裁先生制作総指揮による28作目の映画となります。この映画の大成功に伊勢支部信者全員の信仰心を結集させていただきます。皆様の尊い布施をどうぞ、この映画伝道植福に託して、私たちに縁ある方々の心と魂を救うべく、この映画を主の御名と共に、全国・全世界で広宣流布してまいります。映画伝道植福への喜捨を何卒宜しくお願い致します。

大宇宙の すべての根源であり 地球の創造主であられる
主エル・カンターレ 大川隆法総裁先生

映画『ドラゴン・ハート❘霊界探訪記❘』を賜り
心より感謝申し上げます

本作は 未知なる世界に飛び込む勇気を与え
人類に真実への目覚めを与える映画です
全世界の人々に
霊的真実と主エル・カンターレの御存在を
弘めてまいります

仏弟子一同 力を合わせて 
一人でも多くの方を 主のもとへと誘(いざな)ってまいります

■映画『ドラゴン・ハート―霊界探訪記―』四つのポイント■

①「天国・地獄」の存在を知らしめ、全人類の魂を救済する映画です。
映画では、霊界探訪記として現代の地獄の有様を詳細に描いています。つまり、今死んで地獄に落ちるとしたらどんな世界なのかということがリアルに映像体験できる映画です。死後の世界を詳細に紹介することで、「あの世はない」「霊界なんてばかばかしい」と考える人の間違えた考えをカブト割りする映画です。この映画は、このままでは地獄に落ちてしまうたくさんの方々に救いの縁を届ける「魂の救済」映画です。正しい霊界観や信仰を持たない人にこそ届けたい映画です。

②地球の霊的中心地・シャンバラの危機を救う映画です。
今、地球の霊的中心であるシャンバラは、地上世界で、信仰心が薄れ、神仏や霊的世界を信じない人が非常に増えていること、巨大な唯物論科学国家である中国が、インドやネパール等への覇権を強めていることによって、非常な危機にあります。現に中国・洞庭湖のほとりにあるシャンバラの入り口は発見するのが相当難しくなっています。

シャンバラという地球の霊的センターが護られていることで、魂修行の場としての地上世界も安定いたします。もし、シャンバラが崩壊するようなことがあれば、地球を護る霊的結界が失われ、宇宙の邪神やダークマターの悪想念による更なる地球介入を招く事態となります。

本映画は、霊界思想を地球の霊的センターとしてのシャンバラの存在を全世界へと知らしめることによって、崩壊への危機にあるシャンバラを護るという「神の戦い」そのものを描いた映画です。

③全世界の人々が主なる神エル・カンターレと出会い、一つなる道を示す映画です。
この映画は、全世界の人々に造物主エル・カンターレのご存在を知らしめる映画であり、本年の幸福の科学の活動テーマである「日本全国・全世界にエル・カンターレ信仰を打ち立てよう。なお、一歩を進める」の中心となる作品です。

主人公たちの地獄巡りは、現代社会の諸相そのもの。しかし、そうしいた人類の、かつてない混乱、混迷の先には、大いなる規模、救い主の存在があることを示す映画であり、宗教の違いや、民族や国家の枠を超えて、全人類が、主なる神への共通認識の下、一つになる道を示される希望の映画です。

④仏弟子(まだ気づいていない仏弟子)たちがドラゴン・ハートに目覚め、霊的覚醒をうながす映画です。
この映画は、川で河童を追って溺れた主人公の二人が、霊界の天日鷲神に出合い、「霊界探訪で本来の自己に目覚めることができたなら地上に還してあげる」と告げられ、地獄巡りなどの一種の修行を経て、魂の親エル・カンターレと出会い、本来の自分の使命に目覚めるという、宗教的なメッセージが込められた映画です。

純粋な信仰心、そして、救世への本物の念いの確立が求められている今、私たち仏弟子や、まだ目覚めていない一般の方たちの中にいる仏弟子予備軍に対して、霊的覚醒を促す導きの映画であり、私たちのドラゴン・ハートに導かれた旅は、映画公開までに、すでに始まっていると言えるのが本年の活動です。

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。゜+. With Savior 。゜+.
100%エル・カンターレ信仰
―天御祖神とともに―
伊勢から世界に伝える強い信仰
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E-mail:ise@sibu.irh.jp
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https://hsise.com/
□■□■
TEL:0596-31-1777
■□■
FAX:0596-31-1778
□■
エル・カンターレ・大好き

文責:蒲原宏史

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