(3/23-2)82『仏陀再誕』を読む―信仰と仏国土建設への道―和合僧破壊の罪―人生の大目標

『仏陀再誕』を読む

91 【前回88~90までの論点をふまえて】
こうして「妖狐」や「狸」「蛇神」「稲荷大明神」などの霊力が増して来たのではないかと思う。妖怪世界では、思いで姿を変えられるので、そうした練習の成果により、憑依された村人が騙されたり、修行者や旅の僧が変化身を霊視するようになったのではないか。

【大川隆法『妖怪にならないための言葉』より抜粋】

13 血の池地獄に往かぬためには、『白骨観』をするとよい。相手が白骨となっても、あなたはその魂を愛せるか。

12 血の池地獄は今も存在する。動物的本能が勝って、自制心や、本物の愛が破れた場合に往くのだ。

【大川隆法『地獄へ行かないための言葉』より抜粋】
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こんばんは。主から頂いた奇跡の一日も残りわずかとなりました。
皆様と共に、一日の終わりに「主への感謝」と「復活の祈り」を捧げます。

三宝帰依を寄る辺として、主エル・カンターレへの信仰を貫くために、一日の始まりを希望と共に「四弘誓願」を立て、『エル・カンターレへの祈り』と『仏説・正心法語』で始めました。

そして日中は主のため、世のため、隣人を救うために、「正しき心の探究」と「地上仏国土ユートピアの実現」のために「四正道」と「六波羅蜜多」の実践をなすべく、私たちは御仏の御手足として働きました。本日も本当にお疲れ様でございます。

引き続き、純粋なる信仰を「復活の祈り」と共に主に捧げると共に、信仰・伝道・植福に私たちの最大の感謝と報恩の誓いを捧げさせていただきましょう。

『主エル・カンターレよ、
主のため、世のため、隣人を救い助けるために、
仏国土ユートピア建設のために、
われらの今世の使命を、光の使命を果たすために、
主への道に立ちはだかる、あらゆる障害を取り除きたまえ。
あらゆる悪霊・悪魔を遠ざけたまえ。
われらを真なる幸福へと導きたまえ。』
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はじめに、今日の一日を振り返りつつ、天御祖神の御教えを振り返るために、二〇二一年十二月十四日にさいたまスーパーアリーナでのエル・カンターレ祭大講演会にて説かれました『地球を包む愛―天御祖神の教え』から学びます。
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『地球を包む愛―天御祖神の教えと真の世界正義』
5 救いか滅びか―「亡国への道」を歩むなかれ
〇本当の神は、自力によって豊かさを導く道を説いている

だから、宗教が「ある」と「ない」の問題もあるけれども、
宗教を信じていても国を滅ぼす人たちはいるので、
やはり、一人ひとりの値打ちが高まる方向に、
舵をとらなければいけないということです。
私は、仏教も、日本神道も、インドの宗教も、キリスト教も、
ユダヤ教も理解しています。イスラム教も理解しています。
しかし、イスラム教の「原理主義」は還るべきだと思っています!
変えなかったら、あなたがたは間違った道を転がり落ちていくことになると思う。

変えなさい!
未来を変えなさい!
それしか生きる方法はありません。
燃料を供給して(富むような)豊かな時代は、
もうすぐ終わるようになるでしょう。
だから、今こそ、一人ひとりが仕事をつくって、
国の発展していく道を選び取ってください。
アフリカの人にもそう言いたい。
イスラム教が広がっています。
でも、広がっているのは貧しい国ばかりです。
だから、共産主義に極めて似た政体が広がっています。
しかし、本当の神は、
みなさまがたの自力によって豊かさを導く道を説いています。
わが言葉を軽んずることなかれ!
言いたいことはまだまだあります。
(信者のいる国の)世界百六十四カ国以上のみなさん、
どうか私の話を近隣の方々にも伝えてください。
まだ人類は救えるところにいます!
しかし、私の言葉を聴かなかったら、
人類は半分にまで減る可能性だってあります。
私はそれを十年以内に言うことを、できれば避けたいと思っています。
どうか私の言葉を信じて、ついてきてください!
そして、伝えてください!
ありがとうございました。(完)

【大川隆法『地球を包む愛―天御祖神の教えと真の世界正義』第一章より抜粋】
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今日の一日を振り返りつつ、教典『真説・八正道』より反省の本質を学びます。妖怪性からの脱却をはかり、「反省からの発展」さらに「中道からの発展」を目指しましょう。
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【正念】忘れることの大切さ
〇【正念】「忘れる」という技法を大切にする

ここで、一つ大切なことを述べておきます。
それは、真の意味で「正念」ができるようになるためには、「忘れる」ということも大切な技法であるということです。これは大事なことなのです。

さまざまな思いにとらわれ、その思いに縛られるということは、実は自己実現を妨げているわけです。

したがって、「忘れる」という技法を大切にしてください。これも大切な「徳」の一つです。

「忘れる」ということは、嫌なことを忘れ、都合のよいことだけを覚えておくといわけではありませんが、例えば、他人が自分を害したような言葉等を忘れるのも、「愛の行為」の一つだということです。

【大川隆法『真説・八正道』第八章「正念」284pより抜粋】
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今日の一日を振り返りつつ、1989年7月に説かれました『仏陀再誕』を振り返ります。
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第七章 信仰と仏国土建設への道 
○和合僧破壊の罪

特に、道に入りて修行せし者を迷わせ、無混乱せしめる罪は重い。
これを和合僧破壊の罪という。
仏法真理の下に集い、そして共に精進し、
信仰を共にして生きている人のなかに入って、彼らの信仰を奪い、
彼らに疑念をはさませ、彼らを攪乱(かくらん)する罪を犯したる者は、
これ和合僧破壊の罪となす。
この罪より逃るるは難(かた)し。
この罪、ひじょうに大きな罪にて、
たとい殺人、強盗、暴力を犯すとも、これほどの罪にはならず、
殺人を犯しても、
これは地上の人間の魂を、肉体から遊離させるにすぎず、
暴行もまた、
地上の人間に、肉体の痛みを起こさせる程度にしかすぎない。
しかし、道に精進し、心正しく生きている者を惑わす者は、
これは、他人の心を苦しめ、他人の魂を腐らせ、迷わせる罪となる。
この罪は重い。
人の信仰を奪い、そして迷わせる者は、
永らく地獄のなかにおいて、反省の時を待つこととなるであろう。
そのようなことは、決してしてはならないことであるのだ。

○謙虚に道を求めよ
さて、信仰ということを数多く説いてきた。
諸々の比丘、比丘尼たちよ。
現代においては、
このような信仰を陳腐なものだと思うであろうか。
時代遅れのものだと思うであろうか。
しかし、私はあなたがたに言っておく。
仏法真理において時代はない。
仏法真理は時代を超える。
仏法真理は時代を超えて、燦然(さんぜん)と輝くものである。
仏法真理のなかにおいて、最も大切なるものは、
いつの時代も同じであり、これを踏みにじることはできない。
これを蔑(ないがし)ろにすることはできない。
仏陀の時代において真実であったことは、
イエスの時代においても真実である。
そして、現代においてもまた真実である。
ということを知らなければならない。
仏の思想の根本は変わらないのだ。
したがって、あなたがたは、
まだまだ自らが小さきものであることを知らねばならない。
まだまだ自らが未熟なものであることを知らねばならない。
まだまだ、自らが、
謙虚に道を求めてゆかねばならないということを
知らなくてはならない。
ゆめゆめ慢心するなかれ。
慢心は修行者にとって、いちばん恐ろしい敵だ。
あらゆる修行も、慢心という一つの敵と出会ったときに、
これを打ち砕くことができなければ、
一夜にしてその修行は水泡(すいほう)に帰してしまうのだ。
修行者よ、よって慢心というものをいちばん恐れよ。
慢心というものを、いちばん警戒せよ。
慢心というものを、最大の敵だと思え。
慢心というのは、自分を甘やかす心だ。
自分をかわいがる心だ。
自分の思い通りにしてやりたいと思う心だ。
自分がこうありたいと思う心だ。
自分が都合のいいように、このようにありたいと思うと、
悪魔がそこに来りて、あなたがたに都合のよいことを囁(ささや)いてゆく。
そして、それを信ずるようになると、
次第に真実の法というものから遠ざかるようになってくるのだ。
あなたがたは、慢心してはならない。
あなたがたは、自らに厳しくなくてはならない。
自分に厳しくなくてはならない。
また、常に謙虚でなくてはならない。
驕り高ぶってはならない。
高慢になってはならない。
師への帰依を忘れてはならない。
師への尊崇を忘れてはならない。
そして、謙虚に確実に一歩一歩、歩みを進めてゆかねばならない。
それが、信仰ある修行者の道であるということだ。

【大川隆法『仏陀再誕』第七章「信仰と仏国土建設への道」より抜粋】
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続いて、地上への執着と煩悩を断つ修行法として『漏尽通力』を共に学びます。
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第五章 仏法真理と学習
6 人生の大目標

さて、本章を閉じるにあたって、「人生の大目標」ということに関して述べておきたいと思います。

人間を分けるのに二通りの見方があろうかと思います。それは、「大目標を持っている人」と、「持っていない人」ということです。

小さな目標というのは、どんな人間でも持っています。それは、「明日の暮らしをどうするか」というようなことであったり、「今月のわが家の家計をどうするか」というようなことであったり、「車を買いたい」といようなことであったり、「来月、進学がある」というようなことであったりします。

ただ、こうした小さな目標でとどまっているというのは、その人が平凡であることの証明になることが多いのです。そうした小さな目標を持って生きているうちに、いつの間にか大人物になったという方も世の中にはいますが、たいていの場合、九割以上はそうではないといえると思います。

やはり、大人物の大人物たるゆえんは、大目標を持っていたということなのです。しかし、大人物になる可能性を秘めた大目標を持っている若者であっても、子供たちであっても、いつしか、その大目標を忘れていくということが現実ではなかろうかとおもいます。

では、どうして、そういう現実があるのでしょうか。なぜ、大目標を忘れていくのでしょうか。それは、「志を長く引き止めておくだけの材料がない」ということではないでしょうか。「そこに人生の志を長く引き止めていられない」ということではないでしょうか。「現実に蹉跌(さてつ・物事がうまく進まず、しくじること。挫折。失敗。)し、転んでしまう」ということではないでしょうか。あるいは、その大目標そのものが、自分自身のエゴのために出た大目標ではなかったでしょうか。そうした反省基準があると思うのです。

こうしてみると、人生の大目標を立てるときに、その基準が幾つかあると思います。その基準としては、やはり「何が神近き方向、仏近き方向であるかということを、仏法真理を学ぶことによって設定し、認識している」ということが大事です。この世的に大成功しても、あの世に還ったらそれが地獄界での生活を意味しているならば、そうした大成功はまったく不毛です。「まったく意味がない」と言ってもよいでしょう。

そうではなくて、「この世での大成功が、あの世での大成功につながっていく」からこそ、この世も意味が出てくるのではないでしょうか。結局、大成功の目標、大目標としての成功目標を立てるときに、いちばん大切なことは、そうした神仏の心に沿わない目標を排除しておくということではないかと思います。

では、神仏の目標に合致しない、神仏の心に合致しないような人生の目標とは、いったい何でしょうか。それは、一言で言うならば、「その人の霊性の進化につながらないような目標」だということが言えるでしょう。

では、さらに個別具体的に、「霊性の進化につながるとはどういうことか、つながらないとはどういうことか」ということを考えてみたいと思います。

まず、何が霊性の進化につながらないものでしょうか。それは、「物質がすべてである」という唯物思想、唯物論です。こうした思想をいくら突き詰めても、本当の意味での人生の大目標ともならないし、神仏の心に適った生き方ともなりません。単なる唯物思想、物質万能思想というものは、断断乎(だんだんこ)として排除すべきです。こうした思想を声高に叫び、人生を生きてきた人たちは、死後、あの世で厳しい試練が待っていることが多いのです。魂の真実に目覚めなければいけません。「物がすべてである」という考え方に毒された人たちは、何らかのかたちで、あの世に還って反省を余儀なくされるのです。これは警告しておきたいと思います。

では、霊性の進化につながるものとは、いったい何でしょうか。それは、結局のところ、「愛の実践」ということであろうと思います。愛とは、人と人との間にあって、人と人とを結びつける力です。人を育む力、人を向上させる力です。人間と人間とを結びつけ合ってお互いの力を二倍にも三倍にもしていくことです。より幸福感を高めていく力です。これが愛です。結局、こうした愛への貢献、愛の発展ということを伴わない人生の大目標は、虚しいということです。なぜならば、神仏とは愛そのものであるからです。こうした、「愛の向上」というものを内包しているような大目標であってほしいと思います。

また、もう一つの観点はいったい何かというと、それは結局のところ、「多くの人々によい影響を与えうる目標であるかどうか」ということだと思います。「できるだけ多くの人たちに、できるだけよい影響を与えるということ。最大多数の人に最大の幸福を与えるということ。最大の感化を与えるということ」といったことなくして、本当の大目標とは言えません。「最大多数の最大幸福」であるということ、その幸福が仏法真理に合致した「この世とあの世を貫く幸福」であるということが大切なのです。

そのようなわけで、霊的な進化に奉仕するような大目標というのはどのようなものかというと、まず、「唯物思想ではない。物がすべてであるというような、この世的なる成功ではない」ということです。これが消極要件としてあるわけです。

それ以外に、積極要件としては、「愛の発展に寄与する」ということ、また、「大多数の人によい影響力、感化力を与えられる」ということがあると思います。

さて、それを前提として、さらに、「人生の大目標とはいったい何か」ということを考えてみたいと思います。結局、それは、「神仏近き人間になっていくこと」だと思います。この一言に尽きるのではないでしょうか。

「どれだけ神仏近き人間になるか。わずか数十年、あるいは、百年の与えられた人生において、いったいどれだけ神近き人格を築いていくか。そうした人間になっていくか」ということです。これが、「人生の大目標」と言いうるものだろうと思います。

では、みなさんは、どのように生きれば、神近き存在、仏近き存在になれるのでしょうか。そのような、自分にとっての人生の大目標を、自分自身の育った環境、教育、思想、習慣と照らし合わせ、あるいは、自分自身の性格や特性といったものと照らし合わせて発見していくことこそ、本当の意味での人間の生き方だと私は思います。

こうした本当に神仏近き自分、あるいは、神仏近き存在としての自分を発見するためにも、「仏法真理と学習」というテーマが必要なのではないでしょうか。そうしたことを特に注意して、今後とも大いに精進していきたいものだと考えています。

【大川隆法 『漏尽通力』第5章「仏法真理と学習」より抜粋】
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明日も、皆様とともに主の新復活を祈り続けてまいります。
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Lord EL Cantare is my All. 主こそ私のすべて。
We are The One, with our Lord.  我々は主と共に一体である。
One for All. All for The One. 一人は主のため、隣人のために。みんなは主の悲願のために。
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◆映画「ドラゴン・ハート」伝道植福について
5月23日(金)に全国の映画館にて公開されます映画「ドラゴン・ハート」は大川隆法総裁先生制作総指揮による28作目の映画となります。この映画の大成功に伊勢支部信者全員の信仰心を結集させていただきます。皆様の尊い布施をどうぞ、この映画伝道植福に託して、私たちに縁ある方々の心と魂を救うべく、この映画を主の御名と共に、全国・全世界で広宣流布してまいります。映画伝道植福への喜捨を何卒宜しくお願い致します。

大宇宙の すべての根源であり 地球の創造主であられる
主エル・カンターレ 大川隆法総裁先生

映画『ドラゴン・ハート❘霊界探訪記❘』を賜り
心より感謝申し上げます

本作は 未知なる世界に飛び込む勇気を与え
人類に真実への目覚めを与える映画です
全世界の人々に
霊的真実と主エル・カンターレの御存在を
弘めてまいります

仏弟子一同 力を合わせて 
一人でも多くの方を 主のもとへと誘(いざな)ってまいります

■映画『ドラゴン・ハート―霊界探訪記―』四つのポイント■

①「天国・地獄」の存在を知らしめ、全人類の魂を救済する映画です。
映画では、霊界探訪記として現代の地獄の有様を詳細に描いています。つまり、今死んで地獄に落ちるとしたらどんな世界なのかということがリアルに映像体験できる映画です。死後の世界を詳細に紹介することで、「あの世はない」「霊界なんてばかばかしい」と考える人の間違えた考えをカブト割りする映画です。この映画は、このままでは地獄に落ちてしまうたくさんの方々に救いの縁を届ける「魂の救済」映画です。正しい霊界観や信仰を持たない人にこそ届けたい映画です。

②地球の霊的中心地・シャンバラの危機を救う映画です。
今、地球の霊的中心であるシャンバラは、地上世界で、信仰心が薄れ、神仏や霊的世界を信じない人が非常に増えていること、巨大な唯物論科学国家である中国が、インドやネパール等への覇権を強めていることによって、非常な危機にあります。現に中国・洞庭湖のほとりにあるシャンバラの入り口は発見するのが相当難しくなっています。

シャンバラという地球の霊的センターが護られていることで、魂修行の場としての地上世界も安定いたします。もし、シャンバラが崩壊するようなことがあれば、地球を護る霊的結界が失われ、宇宙の邪神やダークマターの悪想念による更なる地球介入を招く事態となります。

本映画は、霊界思想を地球の霊的センターとしてのシャンバラの存在を全世界へと知らしめることによって、崩壊への危機にあるシャンバラを護るという「神の戦い」そのものを描いた映画です。

③全世界の人々が主なる神エル・カンターレと出会い、一つなる道を示す映画です。
この映画は、全世界の人々に造物主エル・カンターレのご存在を知らしめる映画であり、本年の幸福の科学の活動テーマである「日本全国・全世界にエル・カンターレ信仰を打ち立てよう。なお、一歩を進める」の中心となる作品です。

主人公たちの地獄巡りは、現代社会の諸相そのもの。しかし、そうしいた人類の、かつてない混乱、混迷の先には、大いなる規模、救い主の存在があることを示す映画であり、宗教の違いや、民族や国家の枠を超えて、全人類が、主なる神への共通認識の下、一つになる道を示される希望の映画です。

④仏弟子(まだ気づいていない仏弟子)たちがドラゴン・ハートに目覚め、霊的覚醒をうながす映画です。
この映画は、川で河童を追って溺れた主人公の二人が、霊界の天日鷲神に出合い、「霊界探訪で本来の自己に目覚めることができたなら地上に還してあげる」と告げられ、地獄巡りなどの一種の修行を経て、魂の親エル・カンターレと出会い、本来の自分の使命に目覚めるという、宗教的なメッセージが込められた映画です。

純粋な信仰心、そして、救世への本物の念いの確立が求められている今、私たち仏弟子や、まだ目覚めていない一般の方たちの中にいる仏弟子予備軍に対して、霊的覚醒を促す導きの映画であり、私たちのドラゴン・ハートに導かれた旅は、映画公開までに、すでに始まっていると言えるのが本年の活動です。

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。゜+. With Savior 。゜+.
100%エル・カンターレ信仰
―天御祖神とともに―
伊勢から世界に伝える強い信仰
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E-mail:ise@sibu.irh.jp
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TEL:0596-31-1777
■□■
FAX:0596-31-1778
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エル・カンターレ・大好き

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