36 天知る 地知る 我知る 他人(ひと)知る 悪事は必ず知られる。
【大川隆法 箴言集『人格への言葉』より抜粋】
おはようございます。「一日一生」。今日も、主のため、世のため、人のために、信仰に、伝道に、植福にさらに一歩進めましょう。
7月7日は68回目の主の御生誕日でした。伊勢支部では7月15日まで連日、10時・13時・19時の三回、「御生誕祭」を開催いたします。全国全世界の仏弟子が参集し、主への御生誕への感謝と「復活の祈り」を捧げる最大の期間とさせていただきます。皆様重ねてご参集ください。
7/14(日)は、津支部にて御生誕祭期間の後半における信仰心の結集の機会として、「『地球を包む愛』セミナー」を開催し、全国・海外の主要な精舎・支部にて、導師団を結成し、一同にて御生誕祭版「復活の祈り」を捧げると共に、「主の願われる夢の実現」に向けて救世運動を前進させ、全世界にエル・カンターレ信仰を打ち立てる誓いを捧げてまいります。
御生誕祭に合わせて発刊予定の『地球を包む愛』ならびに、楽曲CD「天御祖神の夢/天御祖神の降臨―Renewal
ver.」を通して、すべての人の心を救済されようとしている主の大いなる愛を学び取り、エル・カンターレ信仰を深めると共に、天御祖神様の御名を全国・全世界に伝える決意を固めます。
楽曲CD「天御祖神の夢/天御祖神の降臨―Renewal
ver.」は、皆様の熱い信仰心の結集により、拝受数で全国一位となりました。献本・献CDをとおして、主と天御祖神の御名を知らしめてまいりましょう。引き続き、楽曲CD拝受・購入に皆様のお力添えをよろしくお願いいたします。
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さて、ここからは、主の御教えを世界へと広げるために、教典『大川隆法
初期重要講演集⑥悟りに到る道』から第2章の「仏陀再誕」を共に振り返ってまいります。主におかれましては、一九九〇年十月二十八日に、一九九一年七月の「エル・カンターレ宣言」に先立ちて、縁生の弟子達へ、仏弟子の本懐である伝道に邁進せよと激励された、再誕の仏陀の獅子吼です。経典をお持ちでない方は、支部や精舎、全国の書店でお求めください。仏弟子必携の一書です。【税抜き1800円】
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■仏陀再誕
2 人類の「第二の創世記」が始まる
過去、あなたがたが学んだるところの人類の精神的遺産なるものは、
わずか三千年、四千年の歴史のなかに残されているものであろう。
それも一つではあるが、それ以前より、悠久の昔より、
この地球に、地上に、あなたがたの魂の修行の場に、真理を打ち立て、
この真理の下に人類の存在を導いたは、わが念いに発している。
その間、億と名の付く歳月を私は見守ってきた。
今日に至るまで、いったい幾千、幾万の文明が、
この地上に生まれては消えていったことであろうか。
その歳月を、地上に下りることなく見つめてきたのが私であります。
すべての人類の思想と、
彼らのよりどころとすべき精神的価値の基盤を決めたのです。
そして、その精神的なる価値の基盤に基づいて、
さまざまなる宗教家が、思想家が、この地に生まれ、
わがこの理想を、さまざまなる個性ある表現として問い続けてきた。
私は、それが、人類の劫初(こうしょ・仏教用語・この世の始め)よりの、
無限に近い昔よりの出発点より決められた方向に基づいて展開してきた事実を、
今、あなたがたの前で再確認するとともに、
これより後、二十一世紀以降の全人類の運命を決するものは、
現代の日本において、わが発する言葉より生まれ出ずる新文明であることを、
明言しておきたいのであります。
すべて、物事には始まりがあり、終りがある。
今、過去の文明が、もう終わる時期が来た。
私は、人類の過去の文明の幕引き役として、今、現れ、
新しき時代の幕を開けるべき役としてもまた、現れた。
わが現れたるは、過去の宗教や思想や信条は、このようなものは、
海の藻屑(もくず)となり果てるとも構わぬという天の意思表示である。
これより、すべてのものは終わり、すべてのものが始まるであろう。
あなたがたは、新しき創世記を、その目に見ることになるであろう。
これから、人類の「第二の創世記」が始まるのです。
今、伝承として語り継がれているところのさまざまな神話のなかに、
あなたがたは、かつての創世記を垣間見ることできるであろう。
窺(うかが)い知ることができるであろう。
しかし、私はあなたがたに言う。
今こそ「第二の創世記」であることを。
後の世の人々は、人類の歴史が、
私たちが西暦と呼んでいるところの、この一九〇〇年代の終わりから、
始まることを知るでしょう。
これより以前にあったことは、
おそらく、人々の記憶の底から消えることになるでしょう。
それは、人間が地上に住む以前の、神代の世界の出来事であって、
人間がこの地上に住むようになって文明をつくったのは、
それだけの天変地異もまた、起きるということです。
文明の大部分が姿を消すかに見えるような、
そうした時節が近づいてきております。
【『大川隆法初期重要講演集⑥悟りに到る道』第2章「仏陀再誕」より抜粋】
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本日も、皆様とともに主の新復活を祈り続けてまいりたいと思います。本日も全国・全世界の信者の信仰心を結集し ①10:00~、②13:00~、③19:00~(各回約50分)と世界同時に主の奇跡を願い、復活の祈りを捧げさせていただきます。皆様の祈りの結集をお願いいたします。
さて、ここからは、私たち仏弟子の生命ともいえる、「仏説・正心法語」について共に考える機会を得たいと考えています。本日は、『仏説・正心法語』第七番目、最後の経文である『仏説・降魔経』についてです。
『正義の言葉「仏説・降魔経」』は、『仏説・正心法語』の最後を飾るお経であり、今までにない経文だと言われています。悪魔との対決についても、「幸福の科学」の基本教義として、明確に根本経典の中に入っています。それでは、引き続き経典『仏陀の証明』より主の御解説をご紹介いたします。
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●悪魔の軍隊 ④妄執(もうしゅう)
「妄執」は、狂ったように何かに執われ、執着することです。
情欲でも、異性全体に対してではなくて、特定の人に対して狂ったようになる人がいます。それも、たとえば、許されるはずもない人妻に狂ってみたりします。
あるいは、特定の地位などに、すごく執われることもあります。「なんとしてでも・・・」と、そのポスト、椅子にこだわって、「この出世が遂げられなければ窓から飛び降りてもかまわない」と思うような人も、なかにはいます。そこまでこだわる人もいます。
哀れといえば哀れなのですが、この妄執に捕われている人というのは、なにがなんでもそれに熱中してしまい、それ以外には聴く耳を持たないのです。バケツで水でもかけないと、目が覚めません。「なぜそのようなことに捕われるのか」と言っても、どうしてもわからないのです。
このように、念いが集中する部分も、魔が狙ってくるところです。本人がそう思っている部分を、さらに魔が、輪をかけるように攻撃してきます。火に油を注いてくるのです。
【大川隆法『仏陀の証明』幸福の科学出版 より抜粋】
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「マッチポンプ」という言葉がありますが、これは、自分の感情にマッチで火をつけて、ポンプで油を注いで、その感情を自分で燃え上がらせるようなことを指しますが、時折、自分の心を点検していると、自分がマッチポンプになってしまっていることに気が付くことがあります。ネガティブな感情の火が燃え続けてしまい、心がどんどん炎上する感じでしょうか。
また、グルグル思考に陥って、同じことばかり繰り返し考え続けていることがあります。
それも、何かの解決方法があるならいいのですが、それを今考えても解決方法がないことを、本当に犬が同じところを回り続けるように考え続けて、ひとり疲労していることがあります。こんな時は、魔が近くにて、私たちの負の感情をあおっていますので、注意しましょう。
こんな時は、さっぱりあきらめることも重要です。性格的なさわやかさを取り戻すために、物事にこだわり過ぎないという心がけも必要です。何かにこだわって、執着して拳を握りしめてしまっている手を放してみると、心がすごく楽になることがあります。そのために、しっかり正心法語を読誦して、瞑想・反省をして、湧き上がるネガティブな感情をしっかりと止めなければなりせん。それをせずしてほっておくと、心境がどんどん悪くなって、ひどい場合には、その感情が、生霊の発生や、呪いや憑依につながります。このあたりは経典『地獄の法』の第三章「呪いと憑依」に詳しく教えていただいていますので、読み返してみましょう。心のコントロールはとても大切です。
考えてもしかたがないことに関しては、さっぱりあきらめましょう。自分のためにも、そして相手のためにも。
とくに、本日のテーマ「妄執」のように、何かにこだわる気持ちを自ら起こして、それに対する執着を倍加するために、常にそのことばかり考えてしまうところは、悪魔が常に狙うところです。悪魔は、人の持つネガティブな感情を増幅するために、欲やこの世的価値観で私たちの心を揺さぶってきます。
人の世の苦しみのなかに、「求不得苦・ぐふとっく」というものがあり、求めても得ることができない苦しみは、人の世の常です。欲しい欲しいという妄執の煩悩の炎を打ち消して心の平和を取り戻すことで、魔の攻撃から心の調和を守ることができます。
悪魔の攻撃である「妄執」に対しては、仏教の教え「三法印」を思い出すだけでも、打ち返すことができます。例えば「諸行無常」の教え―この世に常なるものはなく、常に変転してゆきとどまることがない―や、「諸法無我」の教え―本来、我なし、我がものなし、すべては仏によって生かされているもの―さらに、「涅槃寂静」という、禅定を通して、心のなかの引っかかりをすべて断ち切り、すべての執着や煩悩の炎を吹き消したら、魔は近づくことさえできません。このように「空」と「無我」の考え方によって心の執着を取り去ることが、魔を退けることにおいては大変重要になります。難しい教えではありますが、ともに学んでまいりましょう。
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If You build it, He will come. あなたがそれを建てたとき、彼はやってくる。
When You believe It, You will see It. あなたが信じるとき、あなたはそれを見るだろう。
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「神戸正心館エル・カンターレ像開眼祈念植福」について
2024年、主エル・カンターレを信じる皆様と共に救世活動に邁進できますこと、心より感謝申し上げます。
本年も、全国、全世界の天変地異調伏と疫病調伏と発展・繁栄の未来を創造する誓いを込めて、「神戸正心館建立祈念植福―エル・カンターレ像開眼祈念植福―」に伊勢支部信者の信仰心を結集させていただいています。
【趣旨① 「神戸正心館建立」エル・カンターレ像開眼祈念植福を祈念して】
奈良時代に様々な内乱・大飢饉・疫病が流行った時には、聖武天皇が詔を発し、行基菩薩が勧進役となって、東大寺の毘盧遮那仏が建立されました。結果、様々な病気が無くなったと言われています。
災厄に対して信仰心と法力で戦うのは宗教の使命です。当時、お金や材木の布施・人夫などで携わった人々は延べ二百六十万人ものぼるとも言われており、人口の 半数にもあたりました。そのように、毘盧遮那仏建立は、国家を挙げて、国民にエル・カンターレ信仰を伝える一大伝道事業でもありました。
この度の神戸正心館建立は〈天変地異調伏祈念〉という願いが込められています。エル・カンターレ下生を全世界に告げ知らせ、数多の天変地異を調伏せんとする 信仰心の結集運動が神戸正心館の建立です。これは、あらゆる厄災から人々を護らんと願う大いなる愛の実践そのものでもあります。
【趣旨② 「神戸正心館建立」は一大霊場づくり】
また、昨年末には、<聖地>エル・カンターレ生誕館が別格本山となりました。 その光が淡路島を参道として本州に流れてくる神戸の地に、神戸正心館は建立されます。
神の戸が開き、聖地が一大霊場として大きく広がることで、主エル・カンターレ御降臨とその奇跡が日本全国、全世界へと広がって参ります。
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100%エル・カンターレ信仰
―天御祖神とともに―
伊勢から世界に伝える強い信仰
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E-mail:ise@sibu.irh.jp
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https://hsise.com/
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TEL:0596-31-1777
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FAX:0596-31-1778
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文責:蒲原宏史
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