(1/3-1)3「支部発展のための祈り」セミナー③「人生最大の幸福とそれを伝える使命」

支部発展のための祈り

10 万人から、一つでも二つでも何かを学びとれ
【箴言集『人生への言葉』より】

新年あけましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願いいたします。
本日も「一日一生」。今日も、主のため、世のため、人のために、信仰に、伝道に、植福にさらに一歩進めましょう。

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新しき年を
迎えるにあたり
主エル・カンターレに
心より お誓いいたします。
本年も
正しき心の探求と
愛と
知と
反省と
発展の
幸福の原理を実践し
一層 悟りを高め
地上ユートピア建設に
力を尽くして まいります
生命(いのち)ある限り
この仏法真理を 弘めます
どうか 私の
新年の誓いを
お聞き届けください
ありがとうございました
(合掌)

【祈願文②「新年の誓い」より】
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本日も、皆様とともに主の新復活を祈り続けてまいりたいと思います。本日も全国・全世界の信者の信仰心を結集し新年大祭と合わせて①10:00~、②13:00~、③19:00~と世界同時に主の奇跡を願い、復活の祈りを捧げさせていただきます。皆様の祈りの結集をお願いいたします。

伊勢支部は1月24日に落慶16周年を迎えます。支部精舎建立をお許しくださった主に心からの感謝を捧げさせていただきます。

さて、ここからは経典『希望の法』第五章「光の使命を果たせ」を学んでまいります。
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『幸福の法』第五章「光の使命を果たせ」―地上を光で満たすために
1 心に使命感の灯がともっているか
〇豊かな社会における悩みの正体は「選択の豊富さ」

「悩み」「苦しみ」といわれるものの正体は何であるかというと、たいていの場合、選択の豊富さです。

豊かな社会における悩みは、ほとんどがそうです。いくつもの選択肢があり、あれもれも選べるので、「選び放題に最高のものを選べば、あそこまで選べるかもしれない」と思うなかにおいて、「思うようにならない」と悩むのです。

そのような、”恵まれた悩み”が大部分です。考えてみれば、そのとおりのはずです。その恵まれた悩みを、本当の悩みだと思っている人が、ほとんどなのです。

日本以外の世界各地を見ると、いろいろな地域で、人々は、そもそも選択ができないような状況にあります。

日本では、「学校のなかが荒れている」「学校の先生の出来が悪い」「家庭内での勉強の環境がよくない」ということもあるでしょう。

しかし、ミサイルや砲弾が飛び交っているところであったら、どうでしょうか。そういうところでは、「一日も早く学校が再開されるといいな。勉強ができる平和な日が戻てくるといいな」と、誰もが願っています。

日本で「不況だ」と言っても、世界全体から見たら、どうでしょうか。日本の国民は、ほかの国の人びとの何倍も何十倍も豊かな生活を享受しています。これが、ほんとうの意味での不況といえるでしょうか。

また、「国が何もしてくれない」という人も数多くいますが、ほんとうにそうでしょうか。日本には、行き届いた、実にさまざまな行政サービスがあります。先進国では、各国において、さまざまな社会保障があり、弱者に優しい政治がおこなわれています。発展途上国であればまったくありえないような環境が、先進国では整えられています。

そういう環境のなかにおいて、「もっと、もっと」と求める人たちが不平不満を述べ続けています。国の保護、庇護が、あまりにも強いために、自分の足で立とうとせず、自分で努力しようと思わず、不平不満ばかりを述べる人たちも増えてきています。

しかし、そういう人たちに、原点に帰っていただきたいのです。

経済の後退によって、一時期、不況のように見えたり、時代が何十年か前に戻ったように見えたりすることもあるでしょう。それはあなたがたに対して、「自分が、わがままを言ったり、贅沢をしたり、他人の力に頼りすぎたりしたところを振り返り、人間の原点に帰って、なすべきことをなし、努力せよ」ということを教えているのです。

【大川隆法『希望の法』第5章 「光の使命を果たせ―地上を光で満たすために」より抜粋
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続きまして、伊勢支部の発展を祈念して、教典『なお、一歩を進める』より抜粋いたします。経典をお持ちでない方は、ぜひご拝受ください。【税抜き2000円】
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なお、一歩を進める―あたらしい付加価値をつくる知の力
1長い時間、努力を続けて到達した「著作三千書」
〇「本をしっかり読んでいる人」が新しい付加価値を生む時代へ

書籍の時代も厳しくなって、だんだん、本を読まない方が増えてきているやに聞いております。ネット社会になってきておりますし、また、アマゾンなどが自宅まで本を届けてくれるので、書店のみなさまがたもご苦労されている時代に入っていると思います。

ただ、この場を借りて、お世辞抜きではっきり言わせていただきますと、「これから先の時代は、どういうふうになるか」ということでご心配は多いと思うのですけれども、私は、これから先は、むしろ、「本をしっかり読んでいる人」が新しい付加価値を生んで、出世していって、仕事を大きくするようになると思います。

昔もあまり本は読まれなかったのですれども、みなさん読まなかったというのはそうなのです。日本人でも、年間に二、三冊ぐらい本を読んで、週刊誌を月二、三冊ぐらいよんでいるのが平均というような感じではありましたので、昔も読まなかったのですけれども、今はもっと読まなくなりつつあるのではないかと思います。

ところが、一方では、書籍園のものは一年間に八万点近くも出るのではないかと思うのです。昔は七万点出るとか六万点出るとかでしたので、ちょっと前、昔に戻れば、もうちょっと少ないのですが、「売れないのに点数のほうは増えていっている」ということなのです。

年間に八万点も本が出るとしたら、これを読むのは大変ですし、また、書店に並べられても、もう、三日か四日、一週間もすれば、返本されてなくなってしまうような時代に入っておりまして、書籍も「受難の時代」に入っているのだと思います。

書店さんに行きますと、幸福の科学出版が頑張ってくれて、けっこう書棚をたくさんとってくださるのですけども、私の本を見て、「初版第一刷」とか書いてあるのを見たら、「あ、売れてない!ああ、申し訳ないな。店長に見つからないように、早く逃げて帰らなくてはいけない」と思って、そーっと帰っているのです。

飛ぶように売れていたら、もっと胸を張っていけるのですが、こうした宗教の本というのは、なかなか、そんなに飛ぶように売れるものではありません。

“大本営発表”としては、「たいへん売れている。ベストセラーが続いている」というふうに言っていますし、一般的に見れば、そういうふうには言われるのですが、私の気持ちから言うと、全然、売れているうちに入っていないので、こんなものでは、もう本当に売れていないのです。

最初のころ、本を出したころでも、ちょっと常識を疑うような話ですが、出版関係の書店さんとか取次さん系から聞く話でも、「今、出版界では、一万冊売れる本を探しているんだ。一万冊、本が売れない。一万冊売れたらベストセラーなので、一万冊売れる本を探しているんだ」と言っているのを見て、「えっ?」と思い、もう、本当にちょっと衝撃でした。「えっ、一万冊でベストセラーなんですか」というふうな感じで、私の感覚と全然違うのです。

私は、ベストセラーというのは、「百万部からあとぐらいがベストセラーかな」と思っていたので、「一万冊売れる本を探しているのかあ。八万点も出れば、そういうこともあるかな」とは思いますけれども、「ああ、そんな時代なんだなあ」と思いました。

テレビなんかをつければタダで観られますし、もっと安く情報を手に入れられる時代になりましたから、そうなのかもしれないとは思います。

やはり、私は、今、「成功している」と自分ではとても思えないのです。まだ「成功の入り口にようやく滑り込んだあたり」にいて、だいたい六十五歳からあとに、「成功者」と言われる人が晩節を汚して消えていく時代がこれから始まります。

私は、「これからあと、消えるか消えないか」がかかっているというか、「晩節を汚さないように、週刊誌に気を付けよう」という世界にもう入っていて、「変なことを書かれないで棺桶に入れたら、いちおう成功かな」と思っている段階であるのです。

【大川隆法『なお、一歩進める』第4章「なお、一歩進める」―新しい付加価値をつくる知の力―より抜粋】
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さてここからは伊勢支部の発展を祈念して、経文「支部発展のための祈り」から一つずつポイントをご紹介させていただきます。
私も毎日ありがたく読誦させていただいています。お持ちでない方はぜひご拝受ください。

経文「支部発展のための祈り」に次のように続きます。
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われら仏縁に恵まれ

仏陀の直説金口の説法を

この目で見

この耳で聞けたことは

人生最大の幸福でございます

この幸福を伝え

拡げることこそ

我ら支部信者の使命でございます

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仏縁とは仏とのつながり(縁)のことです。これはつまり、主 エル・カンターレとのご縁を意味しています。

ユダヤ教やキリスト教、イスラム教など、旧約聖書を共通の聖典とする一神教といわれる宗教では、人間は神によってつくられた存在であるとしながらも、神様と人間とははっきりとした区別があります。そして人間には、「原罪」があると信じられています。

一方、幸福の科学の教えでは、人間は根本仏によってつくられ、人間の魂は、その根本仏から分かたれたものであるという事実から、人間の魂とその中心にある心には、仏性(仏と同じ性質)が宿いると伝えられています。そして人間は自らの心を磨く修行によって、自らの仏性を発見し、神近き存在になれると様々な経典で伝えられています。詳しくは『太陽の法』をご覧ください。

まとめますと、
幸福の科学では人間には「仏性」があると信じられています。これが仏との縁です。

現代、世界が抱える問題は、一神教の教えのなかの、神と人間の絆がはっきりしないところにスキがあり、宗教間の兄弟げんかや仲間割れともいえる争いによって混迷を極めています。また人間はロボットのように、魂や心などなく、単なるものであるという、神や仏の存在を否定する唯物論によって、人間の精神性や尊厳が失われ、人間性が動物の世界にまで堕落するような状況を生み出しています。

この神仏と人間の関係を明確にして、唯物論やあらゆる宗教間対立を平和のもとに調和させる教えが主・エル・カンターレの教えであり、幸福の科学の教義です。

そういう意味でも人間が「仏縁」もつ存在であると認識できることは信仰上とても大切な考え方です。

「支部発展のための祈り」では、私達はその仏縁に恵まれて、信仰心によって、地上にて再び主を信じることができること、そして、主の説法を直接聞けることができることが、私達の人生最大の幸福であると教えていただいています。直説金口(じきせつこんく)とは、大川隆法総裁先生の口から直接語られた教えのことです。

主の説法を聞くことができる、人間最大の幸福を、自分だけのものとせずに他の方々にも、お知らせすること、主の言葉(仏言)を、私たちの愛する地域に拡げることが私達伊勢支部信者の使命です。

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新年大祭にて皆様と誓願を新たにさせていただく「四弘誓願」について経典『沈黙の仏陀』より抜粋いたします。経典をお持ちでない方はぜひ拝受ください。菩薩の修業論がまとめてありますので、修行者必携の一緒です。【税抜き1800円】
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3 煩悩無尽誓願断(ぼんのうむじんせいがんだん)

二番目は「煩悩無尽誓願断」です。

「煩悩は尽きることがないけれども、これを断じよう」と誓い願うことです。この言葉をくり返して唱えると、ほんとうに胸にジーンときます。「煩悩は尽きることがない、無尽である。なるほどそうだな」と思います。

煩悩は、毎日毎日、手出来ます。きのうの煩悩を刈り取っても、きょうはまた朝から出てきます。きょう刈り取っても、またあした出てきます。もう夏草みたいに生えてきて、抜いても抜いても、刈っても刈っても、また生えてきます。煩悩とは、まさしくそういうものにたとえられます。「きのうまでのことは清算したのだから、もう何も出なければいいのに」と思っても、また出てきます。「きのう確か反省したのに、どうしてまた煩悩が出てくるのだろうか」と思いますが、実際には出てきます。これは生きているかぎりで出くるものです。

なぜなら、煩悩というものは、人間の生存エネルギー、生命エネルギーと不可分一体のものであり、そう簡単に根こそぎにするわけにはいかないからです。夏草が生えたらいやだというので、除草剤を庭に散布すると、確かに雑草も生えないけれども、草花も生えない、果樹も育たないということになるのと同じです。赤土だらけの、石がごろごろしている、砂漠のような荒れた不毛の土地になってしまうでしょう。それがはたして天国かといえば、そうではないのです。

やはり、黒々とした大地に、草花や樹木がいろいろに生えてくるという豊かさが必要です。その場合、次々と雑草も生えてきますが、それを上手に刈り取っていく、摘み取っていくことが大事なのです。雑草も生えないような土地では、何も育たないのです。そういう不毛な土地になってはいけません。

煩悩を断てばよいからといって、まったく生命力のない人間、生きているか死んでいるかわからないような無反応人間、無気力人間になってしまってはいけません。雑草も生えないかわりに、肝心なものも何も育たないことになりますから、それではいけません。

ですから、みなさんの土地、畑、田んぼが、ひじょうに豊かであること、土壌が肥えていること自体はいいことなのです。ただ、それに付随して当然雑草も生えてきます。これを生え放題の夏草のように思い、投げ出したくなるけれども、努力してそのつど刈り取っていかなければいけないのです。

煩悩という悪しき精神作用は、次から次へと湧いてきて、いま反省したばかりなのに、次の瞬間には違ったものが出てくることがあります。けれども、「この無尽に見える煩悩を何とかして断ち、日々の刈り取り作業をしていきましょう」ということです。

煩悩無尽誓願断は、「一切の煩悩を断とうと誓うこと」と定義することも可能です。この「無尽」のところを「無量」あるいは「無数」という言葉に置き換えて、「煩悩無量誓願断」「煩悩無数誓願断」ということもありますけれども、「無尽」のほうが、グイグイと湧いてくる感じがして、いかにも力強い雑草の感じがするのではないかと思います。

【大川隆法 『沈黙の仏陀』第2章「四弘誓願」より抜粋】
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四弘誓願とは、修行中の菩薩や仏(如来)が、必ず達成したいと願って起こす大きな誓いのことです。救済の助力者として、仏の御教えを広げる伝道師としての誓いでもありまする。詳しくは、経典『沈黙の仏陀』第二章を参集ください。菩薩の修業論がまとめてありますので、修行者必携の一緒です。四弘誓願の内容を簡単にまとめると以下の通りになります。

(一)衆生無辺誓願度(しゅじょうむへんせいがんど)
四弘誓願の第一は、「数限りない人を救っていきたい、数限りない人びとを悟りの彼岸に渡そう」と誓うことです。すべての人を救うということですから、非常に大きな「愛」の心と言えます。

今、世界的な疫病、戦争、経済危機、天変地異などが続き、今後さらに厳しい時代が予想されます。経典『地獄の法』では、地獄界の増大と、地上の人たちの心の悪が蔓延しているため、「一人ひとりの心を救う」という使命を、各人が果たしてほしいと説かれています。「衆生無辺誓願度」という言葉を心に刻み、全ての人を救っていく決意を固めましょう。

(二)煩悩無尽誓願断(ぼんのうむじんせいがんだん)
四弘誓願の第二は、「煩悩は尽きることがないけれども、これを断じよう」「一切の煩悩を断とう」と誓うことです。

煩悩とは、心の迷い、迷妄、心の曇りなどの悪しき精神作用の総称のことであり、具体的には、「貪・瞋・癡」という「心の三毒」や、さらに、「慢・疑・悪見」を加えた「六大煩悩」があります。子の悪しき煩悩を断つ方法が「反省」です。具体的には「八正道」をお勧めてしています。経典では『真説・八正道』がございますので、ぜひ拝受ください。

(三)法門無量誓願学(ほうもくむりょうせいがんがく)
四弘誓願の第三は、「仏の教え(仏法真理)のすべてを学びとろう」と誓うことです。ともすると、「幸福の科学の教えは、たくさんあって学びきれない」と思う方もおられるかもしれませんが、主が説かれる教えは、全ての人を救わんとする「仏の慈悲」であり、「宝の山」です。たとえば経典『永遠の仏陀』では、「大宇宙の秘密」や「人間の秘密」を教えられ、「地上を離れた世界(霊的世界)がある」と確信した時の悦びは、「王侯貴族の位とも代えがたいものだ」「それは、人間として生まれて味わえる、最大の悦びであるのだ」「この事実は、何度繰り返しても、十分すぎることはない」と説かれています。

また、『地獄の法』では、地上での修行は霊界での修行の十倍に値すると教えていただいたように、目隠しをして手さぐりで生きるような地上生活のなかで、仏法真理に出会い、学べることは「最大の奇跡」でもあります。

(四)仏道無上誓願成(ぶつどうむじょうせいがんじょう)
四弘誓願の第四は、「仏道は無上なれども、成し遂げる」「この上ない悟りに到ろう」と誓うことです。この誓は、今世限りの誓いではなく、「何転生も持ち続けるべき誓でもある」と説かれていました。

ここで大事なのは、仏道修行、悟りへの道、地上ユートピア建設への道に心を絞り込み、「志を高く掲げる」ことです。なぜなら、どの程度の志を持つかで自分の人生は決まるのであり、人間は自分が掲げた志以上の存在になることはできないからです。

このように、四弘誓願はすべての仏弟子が持つべき共通の願いとなります。これを「総願」と言いますが、仏法僧が一体となって、「愛と悟りとユートピア建設」を成就するために必要な心がけであるといもいます。

これとは別に、「別願」というものがあり、これは、「修行者一人ひとりが立てる願」「自分の魂の個性にあった願」のことです。

このように、三宝帰依の精神に則り、「総願」である「四弘誓願」と私たち一人ひとりが各自で持つべき「別願」を主にお誓いして日々の教学・反省・瞑想・祈りと私たちの隣人を救い助ける「救世活動」に邁進してまいりましょう。

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本日も、皆様とともに主の新復活を祈り続けてまいります。
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If You build it, He will come. あなたがそれを建てたとき、彼はやってくる。
When You believe It, You will see It. あなたが信じるとき、あなたはそれを見るだろう。
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◆「天御祖神 感謝報恩植福」について

・この度、日本文明の祖にして、武士道の源流にあたる天御祖神が日本に降臨され、いまもなお、霊的にご指導を賜っていることへの感謝を捧げるために、箱根強羅の地に天御祖神を讃える「天御祖神記念館」を建立させていただくこととなりました。

・本植福を通じて、天御祖神への感謝を深めていくとともに、武士道精神を復活させ、神国・日本としての誇りを取り戻していくことで、この日本の地を主エル・カンターレの教えを発信するにふさわしい地としていくことを誓ってまいります。

日本神道の屋台骨である高天原が、日本人の不信仰と愛国心の欠落により、崩れてしまっている今、私達伊勢支部信者が先頭となって、日本神道の屋台骨を支え、日本国の誇りを取り戻すべく先頭に立たなければならないのではないでしょうか。伊勢支部としては、「天御祖神記念館」建立事業を全力で応援致します。私たちの信仰心をここに結集して参りましょう。

・「天御祖神感謝報恩植福」(2022/1/1~)は、天御祖神の日本への御降臨と、いまもなおご指導を賜っていることへの感謝を捧げ、報恩への誓いを固める植福です。

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・私は二〇一五年ぐらいから公開しておりますけれども、実は日本文明というのは、今から三万年ほど前に、天御祖神という方が、今の富士山があるところの近くに、宇宙より降臨したところから、始まっているということを、何冊かの本で説いております。(略)

(天御祖神の)教えの中心は、今も片鱗としては伝わっています。一つ、言わなければならないことは、「神の子、仏の子としての人間」として生きるということは、「正しく生きる」ということであるということですね。これが大事な柱でした。(「地球を包む愛」)

・「天御祖神の教え」とは何でしょうか。(略)おそらくは、「鍛錬ということの大切さ」や、「自分を鍛えて力強くあることの重要さ」というものも教えていたのではないかと思います。 
(『現代の武士道』)

・葬られているのは、今で言うと、強羅温泉の近くです。
 (「超古代リーディング―天御祖神と日本文明のはじまり―」)

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。゜+. With Savior 。゜+.
100%エル・カンターレ信仰
―天御祖神とともに―
伊勢から世界に伝える強い信仰
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E-mail:ise@sibu.irh.jp
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TEL:0596-31-1777
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文責:蒲原宏史 

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