(1/2-1)2「支部発展のための祈り」セミナー②優曇華(うどんげ)の花と盲亀浮木(もうきふぼく)

支部発展のための祈り

⑥毎日の一歩、一歩を大事にせよ。
【箴言集『人生への言葉』より】

新年あけましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願いいたします。
本日は、名古屋正心館にて行われます「ゴールデンエイジ菩薩誓願式典」に参加するため、蒲原は終日不在となります。10時と13時の復活の祈りは在家リーダーにて執り行い支部はボランティア開館となます。19時~は新年大祭を開催いたします。
本日も「一日一生」。今日も、主のため、世のため、人のために、信仰に、伝道に、植福にさらに一歩進めましょう。

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新しき年を
迎えるにあたり
主エル・カンターレに
心より お誓いいたします。
本年も
正しき心の探求と
愛と
知と
反省と
発展の
幸福の原理を実践し
一層 悟りを高め
地上ユートピア建設に
力を尽くして まいります
生命(いのち)ある限り
この仏法真理を 弘めます
どうか 私の
新年の誓いを
お聞き届けください
ありがとうございました
(合掌)

【祈願文②「新年の誓い」より】
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本日も、皆様とともに主の新復活を祈り続けてまいりたいと思います。本日も全国・全世界の信者の信仰心を結集し新年大祭と合わせて①10:00~、②13:00~、③19:00~と世界同時に主の奇跡を願い、復活の祈りを捧げさせていただきます。皆様の祈りの結集をお願いいたします。

伊勢支部は1月24日に落慶16周年を迎えます。支部精舎建立をお許しくださった主に心からの感謝を捧げさせていただきます。

さて、ここからは経典『希望の法』第五章「光の使命を果たせ」を学んでまいります。
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『幸福の法』第五章「光の使命を果たせ」―地上を光で満たすために
1 心に使命感の灯がともっているか
〇ほんとうは「明かりに満ちた世界」に生きている
世の不幸のほとんどは自分中心の考え方によって起こります。

もちろん、「光が光の使命を果たす」という意味での自分中心であるならば、問題はないのですが、光がない状態、無明の暗がりの状態のなかで、「光がない。明かりがない」と叫び、他の人に対して、「光を持ってこい。明かりが欲しい」と求める人々で満ちてきたときに、、この世が地獄になるのです。

そういう状態を創造してみてください。

たとえば、戦争の真っただなかにおいては、この世が地獄のように思えるでしょう。あるいは、不況と倒産の嵐のなかにおいても、そうでしょう。家族が病人だらけであったり、親戚に不幸が続いたりするときも、そう見えるでしょう。それは、明かりがない状態です。

そういう状態のときに、他の人に愚痴や不満を言い、「世間が悪い」「政治家が悪い」などということはできますし、それを言うべきチャンスもあります。また、言っていることが正論である場合もあります。

しかし、まず、みずからの内を点検し、「やっていないことがあるのではないか」ということを考えていただきたいのです。それが始まりなのです。

ほとんどの人が、明かりのない状態のなかで、「明かりをくれ、明かりをくれ」と言っています。そのことを、「自我我欲」「自己保存欲」といいます。

しかし、ほんとうは、明かりはあるのです。ただ、それを覆っているものがあるために、明かりがないように見えているだけなのです。

いま、あなたが置かれている状況において、光をともすことは可能です。

嘘だと思うならば、「いま、自分が、マイナス要因、あるいは人生の底と思っている状況と同じか、それよりも悪い状況において、世のため人のために尽くした人がいなかったか」ということを点検してみてください。

「自分は身体の具合が悪い」と思っている人は、「自分以上に体の具合が悪い人で、努力した人はいなかったか」ということを点検してみてください。また、「自分は勉強ができない」と思っている人は、「自分以上に努力・精進した人はいなかったか」ということを点検してみてください。

このようなことは、数え上げれば切りがありません。

家庭の問題にしてもそうです。不満はありましょう。収入面の不安や不満、きょうだいへの不満、親の性格に対する不満など、いろいろなものがありましょう。しかし、家庭のない人だっているのです。それを考えたことがあるでしょうか。収入に不満があるかもしれませんが、収入の道さえ絶たれている人だっているのです。それを考えてみたことがあるでしょうか。

職場での仕事がおもしろくないといっても、病院で寝たきりになっている人よりは、はるかに恵まれた環境にあるのではないでしょうか。

そのように、「自分は、最悪の状況、他人に同情を乞うべき状況にある」と思ったとしても、それは真に同情を乞うべき立場ではないのです。そのことを知らなければなません。

もっと苦しんでいる人から見れば、ほんとうは、明かりに満ちた、とても明るい世界に生きているのに、その明かりが見えていないだけなのです。

【大川隆法『希望の法』第5章 「光の使命を果たせ―地上を光で満たすために」より抜粋
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続きまして、伊勢支部の発展を祈念して、教典『なお、一歩を進める』より抜粋いたします。経典をお持ちでない方は、ぜひご拝受ください。【税抜き2000円】
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なお、一歩を進める―あたらしい付加価値をつくる知の力
1長い時間、努力を続けて到達した「著作三千書」
〇二十九歳で最初の本を出し、三十七年で三千書に到達

でも、私の本では、外国の大統領とか日本の政府とかにもガンガン厳しいことを言って叱っておりますので、実は「分を過ぎているな」と思ってはいるのです。

私自身も、決して、特別に世間からそんなに尊敬されたり偉く言われたりするような道を生きてきたわけではありませんので、本当に、庶民のかなから普通に当たり前の努力をして青春期を過ごして、それから、長い長い時間をかけて現在までカタツムリのように歩んできております。

二十九歳のときに最初の本を出して、それから三十七年かかって、やっと三千書に到達したとのことであります。(説法当時。二〇二四年十一月現在、三千二百書以上発刊)。

決して無理をしたこともなければ、特別に急いだこともありません。「延々、延々とやり続けている」というだけで、認めてくださらない世間様の”おかげさま”で、延々と出し続けています。認めてくださると、もうそれで仕事が終わってしまって、「もういいかな」という気になるのですけれども、なかなか認めてくださらないので、「まだまだ、まだまだ」と思い、延々と仕事が続いているということです。

特に大手新聞社のみなさまがたは無視をずーっとしてくださって、本当にありがたいなと思います。(会場笑)。もう三十年以上、無視してくれているので、やはり「これでもか、これでもかと書かざるをえない」というファイトを燃やさせてくださって、本当にありがたいなと思っております。

書店のみなさまがたからはまた全然違う反応もありまして、初期のころ、まだ宗教法人もとれていない時代でも、紀伊國屋の社長とか副社長をやっていたかたからも、最初の段階で、「これは良書だ。漁師書だから、しっかり売らなくてはいけない」というようなことを言われまして、私のほうが恐縮してしまいました。

「そんな、いいんでしょうか。大書店がそんなことを言っていいのかな。まだ隅っこのほうにチョロッとおいてあるぐらいの本なので、まだ世間の人は誰も知らないぐらいの本なのに、いいのかなあ」とか、保田氏のほうでも思っていたぐらいです。

また、名刺を持って出て、紀伊國屋書店の若い二十代ぐらいの男性社員に、私の本のコーナーの辺りにいた方に名刺を初めて渡してみたのです。そうしたら、その方は受け取って顔をポーッと赤らめたのです。

私は、これにはびっくりしました。「大川隆法なんか知らないだろう」と思っていたのですが、顔を赤らめて恥ずかしそうにしたので、「ああ、書店さんっていうのは、やっぱり違うんだな」と思ったのです。まだ昨日今日で多様な人でも、「物書きだ」と思うと、ちゃんと、それなりに対応されるのだなと見て、驚きました。

まあ、うれしかったのですが、その後、当会の会員がコーナー周りによくいることになって、(会員がいたので)トイレまで逃げたところ、やはりトイレまで追いかけてこられたりしました。これを「雪隠(せっちん)詰めというのですが、逃げ場がなくなるような経験もあって、そんなに楽には書店に行けなくもなってはおります。

【大川隆法『なお、一歩進める』第4章「なお、一歩進める」―新しい付加価値をつくる知の力―より抜粋】
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さてここからは伊勢支部の発展を祈念して、経文「支部発展のための祈り」から一つずつポイントをご紹介させていただきます。
私も毎日ありがたく読誦させていただいています。お持ちでない方はぜひご拝受ください。

経文「支部発展のための祈り」に次のように続きます。
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『主なる仏陀よ 

仏陀の転生に出会うは

三千年に一度咲く

優曇華(うどんげ)の花を

見るが如く

大海を泳ぐ盲亀(もうき)が

浮木にたどりつくが如く

困難なことでございます』

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優曇華(うどんげ)とは、仏教では、花が人の目に触れないため、咲いたときを瑞兆(いいしらせ)とみられ、経典には三千年に一度咲くと伝えられています。 
咲くときは転輪聖王(てんりんじょうおう=仏陀)が出現するという花です。

このように私たちが仏陀に出会うことができるのは、
3000年に一度しか咲かない優曇華の花を見ることができるくらい貴重なことであり、また、目が見えないウミガメが海面に顔を出したとき、その首を海面に浮いている木に開いた穴に通すくらい稀なことであると教えていただいています。これほど尊い経験をできることはありえない。ということを象徴した言葉です。

仏陀が生まれることができるのは、3千年に1度きりされています。しかし、今はその確率をさらに上回る奇跡の時代に私達はいます. 
既に、映画「宇宙の法」でも伝えられたように, 
大宇宙の根本仏の本体意識が地球に降臨するのは、エローヒムの時代から1憶5千万年という気の遠くなるような時間を経て、なお一瞬のことであると教えていただいています。

エル・カンターレ下生されている現代は、まさに奇跡の時代です。例えば、100年後の地上には、主は地上にはいらっしゃいません。1億5千万年という気の遠くなるような時間のなかで、たった100年、地上に生まれる時間が違うと主に出会うことができないのです。そう意味において、私たちは、ご先祖様に感謝をしなければならないとつくづく思います。ご先祖さまや、これから地上に誕生する未来の子孫たちは、主と共に生きることができないからです。そういう観点での先祖供養の在り方も私はあって良いと思います。

私たちが数多くの仏弟子たちの代表として主と共に生きることが許されました。許されたということがとても重要です。これを私たちは奇跡であると教えていただいています。すでに私たちは奇跡のなかに存在しているんですね。

毎日毎日訪れる一日が大宇宙の根本仏の慈悲であり、奇跡です。それを感じると本当にありがたいと感じます。しかも、私たちは主と同じ日本人に生まれ育つことができました。これも奇跡です。なぜなら、来来世(死後天上界に帰って後、再び地上に生まれ変わる時)、私たちが再び地上に降りるとき、すでに日本という国はないかもしれないからです。恐らく、来来世は今と違う国で今と違う言葉を私たちは話していいます。もしかしたら宇宙人と共存している世界が展開しているかもしれません。その時に、残された仏典として伝えられているのは、主が現在の言葉で説いている説法や経典、楽曲などの教えです。

過去の事象を学びなおすことがとても困難なことは、外国語の学習や歴史や古典を読むこと以上に困難であることは想像に難くありません。だから今、主と同じ言葉で、主の教えを学ぶことができること自体が奇跡であると思います。この経文に触れるにつけ、毎日が奇跡であると感じます。本当にありがたいことです。

主の直説金口の説法を、その場に拝聴することができるということは何事にも代えがたい魂の宝物なのです。

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新年大祭にて皆様と誓願を新たにさせていただく「四弘誓願」について経典『沈黙の仏陀』より抜粋いたします。経典をお持ちでない方はぜひ拝受ください。菩薩の修業論がまとめてありますので、修行者必携の一緒です。【税抜き1800円】
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2 衆生無辺誓願度(しゅじょうむへんせいがんど)

まず最初が「衆生無辺誓願度」です。

「衆生」とは、生きとし生けるもの、一切の生きものと言ってよいですが、具体的には、もちろん人間が中心です。ガンジス河の砂の数ほどもいるかと思える人間、およびそれ以外の生きものということになりましょう。「無辺」は、無数の生きものたち、人間ということです。「度」とは、「度する」ということであり、「渡す」という意味に近い意味です。衆生済度の度です。要するに「救う」という意味、あるいは「悟りの彼岸に連れていく」という意味を表わしています。

「衆生は無辺鳴れども、渡したい」という誓願ですから、数限りない人を救っていきたい、数限りない人々を悟りの彼岸に渡そうと誓うこと、これが「衆生無辺誓願度」です。

幸福の科学の言葉で言えば、「地球五十五億あまりの人びとをすべて救いたい」という願いが「衆生無辺誓願度」になります。「五十五億といえども我往かん」ということです。「たとえ、五十五億であろうが、八十億であろうが、百億であろうが、その数は限りなくても、私たちたちはこの修行をやめることはない。また、彼らを救おうとする活動をやめることはない。すべての人を救ってみせる」という決意です。

これは、ひじょうに大きな愛の心です。一部の人に時どき誤解されることがありますが、けっして全体主義的な思いとは違います。すべての人を救い上げたいという思いですから、これは菩薩の本心そのものです。

【大川隆法 『沈黙の仏陀』第2章「四弘誓願」より抜粋】
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ここで大事なのは、仏道修行、悟りへの道、地上ユートピア建設への道に心を絞り込み、「志を高く掲げる」ことです。なぜなら、どの程度の志を持つかで自分の人生は決まるのであり、人間は自分が掲げた志以上の存在になることはできないからです。

このように、四弘誓願はすべての仏弟子が持つべき共通の願いとなります。これを「総願」と言いますが、仏法僧が一体となって、「愛と悟りとユートピア建設」を成就するために必要な心がけであるといもいます。

これとは別に、「別願」というものがあり、これは、「修行者一人ひとりが立てる願」「自分の魂の個性にあった願」のことです。

このように、三宝帰依の精神に則り、「総願」である「四弘誓願」と私たち一人ひとりが各自で持つべき「別願」を主にお誓いして日々の教学・反省・瞑想・祈りと私たちの隣人を救い助ける「救世活動」に邁進してまいりましょう。

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本日も、皆様とともに主の新復活を祈り続けてまいります。
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If You build it, He will come. あなたがそれを建てたとき、彼はやってくる。
When You believe It, You will see It. あなたが信じるとき、あなたはそれを見るだろう。
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◆「天御祖神 感謝報恩植福」について

・この度、日本文明の祖にして、武士道の源流にあたる天御祖神が日本に降臨され、いまもなお、霊的にご指導を賜っていることへの感謝を捧げるために、箱根強羅の地に天御祖神を讃える「天御祖神記念館」を建立させていただくこととなりました。

・本植福を通じて、天御祖神への感謝を深めていくとともに、武士道精神を復活させ、神国・日本としての誇りを取り戻していくことで、この日本の地を主エル・カンターレの教えを発信するにふさわしい地としていくことを誓ってまいります。

日本神道の屋台骨である高天原が、日本人の不信仰と愛国心の欠落により、崩れてしまっている今、私達伊勢支部信者が先頭となって、日本神道の屋台骨を支え、日本国の誇りを取り戻すべく先頭に立たなければならないのではないでしょうか。伊勢支部としては、「天御祖神記念館」建立事業を全力で応援致します。私たちの信仰心をここに結集して参りましょう。

・「天御祖神感謝報恩植福」(2022/1/1~)は、天御祖神の日本への御降臨と、いまもなおご指導を賜っていることへの感謝を捧げ、報恩への誓いを固める植福です。

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・私は二〇一五年ぐらいから公開しておりますけれども、実は日本文明というのは、今から三万年ほど前に、天御祖神という方が、今の富士山があるところの近くに、宇宙より降臨したところから、始まっているということを、何冊かの本で説いております。(略)

(天御祖神の)教えの中心は、今も片鱗としては伝わっています。一つ、言わなければならないことは、「神の子、仏の子としての人間」として生きるということは、「正しく生きる」ということであるということですね。これが大事な柱でした。(「地球を包む愛」)

・「天御祖神の教え」とは何でしょうか。(略)おそらくは、「鍛錬ということの大切さ」や、「自分を鍛えて力強くあることの重要さ」というものも教えていたのではないかと思います。 
(『現代の武士道』)

・葬られているのは、今で言うと、強羅温泉の近くです。
 (「超古代リーディング―天御祖神と日本文明のはじまり―」)

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。゜+. With Savior 。゜+.
100%エル・カンターレ信仰
―天御祖神とともに―
伊勢から世界に伝える強い信仰
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E-mail:ise@sibu.irh.jp
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https://hsise.com/
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TEL:0596-31-1777
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FAX:0596-31-1778
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文責:蒲原宏史 

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