(8/23-1)235幸福の科学入門 ⑩知の原理―知識を実体験に生かし、智慧に変えていく(前半)―不死と永遠

幸福の科学入門

82 人生修行の結論が、無神論・唯物論であれば、あなたの今世の人生は失敗である。

【大川隆法 箴言集『人格への言葉』より抜粋】

おはようございます。「一日一生」。今日も、主のため、世のため、人のために、信仰に、伝道に、植福にさらに一歩進めましょう。
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さて、ここからは、幸福の科学の基本書3部作『黄金の法』を通して、エル・カンターレの歴史観を共に学んでまいります。『黄金の法』は、光の菩薩たちが主の悲願である地上仏国土ユートピア建設のためにどのような活躍をなしたのかを記すものです。神の計画を、光の天使・菩薩たちはどのように実行したのか、その一端を学びます。経典をお持ちでない方は、是非この機会に拝受ください。【税抜2000円】

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第一章 黄金の人生を創る
10 不死と永遠

私は、ここでもう一度、人間の欲というものについて、考え直してみたいと思います。つまり、あなたがた人間は、一体、なぜ、欲というものに振り回されてゆくのかということについてです。

情欲の背後にあるのは、動物的な主の保存欲でしょう。人間は、知らず識らずのうちに、生命の糸を切らさずに、綿々と続けてゆきたいと思っているのです。

地位欲や名誉欲の背後にあるものは、一体、何なのでしょう。より多くの人々に、自分の名前を知らしめたいという気持かもしれません。そしてまた、願わくば自分の死んだ後にも、人々に自分の名前を語り継がれたいという気持かもしれません。

金銭欲の背後にある考えとは、物質的な豊かさをありありと目の前にして、自分の存在感を物質に仮託して陶酔したいという気持でしょう。つまり、輝く真珠や煌めく宝石、目を見張る豪邸、デラックスな車、こうしたものを、日々、自分の目で確かめることによって、自分の存在が不滅になったかのような気持ちに酔いしれているのです。

要するに、人間的な欲の背後にあるものは、「不死」への願いだと言えます。ほんとうは、健康な肉体に恵まれて、できれば、二百歳、五百歳、あるいは、千歳までも地上で生き続けてゆきたい。しかし、それが不可能な現実に直面し、何か別の形で、不死性というものを追い求めているのでしょう。すなわち、死にたくないという気持が、人間を欲望にのめり込ませる動機となっているのです。

この不死性への願いは、個人を離れても、集団のなかに、連綿と生き続けております。自分の勤めている会社が、未来永劫つぶれずに続くことを願っている社員は、かつて、お家の安泰を至上命令として報じていた侍の現代版とでも言えるでしょう。しかし、今から百年たってもなお継続している企業は、ほとんど皆無だと言えるのです。

まだ、人間は、国家という名の正体不明なものの永続を願って、惜しみなく戦争で命を捨ててゆきます。人間が死滅した後の国家というものなどありえないのにもかかわらず、国家の不滅のために、滅私奉公型の努力をするのです。

このように、私企業という経済の単位、あるいは、国家という政治の単位のなかにあって、人間は、あくまでも、不死性を追求してやまないのです。それは、なぜなのでしょうか。すなわち、人間は死すべきものだからです。人間は死の下に平等なのです。その人が、たとえ、何人であろうとも、人間は、必ず死ぬという厳粛なる事実の下に、すべて平等なのです。だれひとりとして、国王も、貴族も、美女も、哲人も、死から逃れることはできません。そして、それゆえにこそ、人間は、「不死性」というものをことさらに求めて、地位や名誉、そして、財産を縁として奔走するのです。しかし、そうしたことは、あたかも、石碑に自分の刻まれることによって、いつまでも生き続けることができるがごとく、錯覚しているにすぎないの・
・す。

個人としての不死性が望み薄となると、今度は、経済活動や政治活動のなかに、不死性を見いだしてゆこうといます。つまり、自分が死んでも、会社は安泰だとか、我が党は不滅だということに逃げ道を発見してゆこうとするのです。しかし、残念なことに、たとえ会社のワンマン社長であったとしても、退社して二十年も経てば、社員のだれひとりとして、その人の名前さえ思い出すことはできなくなってしまいます。かくして、不死性への願いは、完全に潰(つい)えてしまうのです。

かつて、「永遠のローマ」と言われた大帝国も、数百年で滅びてしまいました。永遠のローマを守るために血を流した兵士たちの魂は、今、奈辺に彷徨(さまよ)っているのでしょうか。結局、人間は、この地上では、ついに、個人としての不死性も、経済単位や国家としての不死性(不滅性)も、一度として手に入れることはできなかったのです。

しかし、「不死」と双子の兄弟のようによく似ておりながら、その本質において、異なっているものがあります。すなわち、「永遠」です。人間は、この地上での不死の願いを断たれても、永遠という名の希望の道があるのです。では、永遠とは、どういうものでしょうか。それは、真理のなかに生き続ける人間の姿です。この世的なもののなかには、何一つとして不滅のものはありません。しかし、真理の内に生きるとき、人間は、永遠の時間のなかにあるのです。永遠の今を生きているのです。真理とは、すなわち、人間が本来、仏の子であり、永遠の転生輪廻のなかを生きているということを意味します。その魂を磨くために、一時期、この地上に肉体を持つという事実なのです。

そいして、この真理のなかに生きてこそ、人間は、死の持つ呪縛性から解き放たれ、永遠の時間と天空のなかを天翔けることができるのです。自らを、可死の、すなわち一回限りの、有限の、雑巾のごとく使い捨てられる値打ちなきものだと思うべきではありません。人間は、墓穴のなかに小さく納まっているお骨(こつ)が、その最後の哀れなる姿ではないのです。死してまた、自由自在の、生き通しの存在なのです。ですから、不死への願いを捨て、永遠の大道に入ることです。そこに、真の生命の大河があるのです。

【大川隆法『黄金の法』第一章「黄金の人生をつくる」より抜粋】
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本日も、皆様とともに主の新復活を祈り続けてまいりたいと思います。本日も全国・全世界の信者の信仰心を結集し ①10:00~、②13:00~、③19:00~(各回約50分)と世界同時に主の奇跡を願い、復活の祈りを捧げさせていただきます。皆様の祈りの結集をお願いいたします。

9/28(土)朝10時〜10時45分 三重テレビ7チャンネルで2022年エル・カンターレ祭御法話「地球を包む愛」の放送が決定いたしました。「小さな地方局かも知れませんが、象徴的闘いでした。この勝利はとても大きい」

一般放送に当たっては、メディア支援植福という形で、テレビ放送の経済的支援を伊勢支部にて支えさせていただいています。法人での提供も募集していますので、詳しくは支部までお問い合わせください。主の奇蹟の復活を祈り続ける今、私たちの信仰心をこの植福に結集してまいりましょう。

幸福の科学は、この地上に真のユートピアを建設するために、日夜努力しています―経典『ユートピア創造論』にあるように、私たちが「正しき心の探求」として「愛・知・反省・発展」の四正道の教えの実践と四正道の全世界への布教に向けて伝道しているのは、「仏国土ユートピア建設」のためです。

さて、ここからは、「幸福の科学」の原点に立ち返り、幸福の科学が全世界に広げようとしている教えを共に再確認させていただきます。幸福の科学に入会・三帰されて間もない方や、これから、新しい方を伝道するに当たって、幸福の科学の教えをどのようにお伝えしたらよいのか。ヒントになれば幸いです。以下2003年に発刊されました主の著書である、経典『幸福の法』の第四章「幸福の科学入門」を引用しながら、幸福の科学の基本教義を学んでまいります。経典をお持ちでない方は、この機会に拝受ください。【税抜1800円】
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〇知の原理―知識を実体験に生かし、智慧に変えていく
幸福の原理の二番目は「知の原理」です。
現代は偉大な情報社会でもあるので、皆さんの魂の転生輪廻の過程においては、今回ほど、よく勉強のできる時期は、おそらくないだろうと思います。今回ほど勉強できるチャンスはないでしょう。

本も数多く出ていますし、学習教材も非常に発達していて、人々の知的レベルも最高度に高くなっています。これほどまでに、マスインテリというか、秀才が集団で大量に出てくるような時代はなかったはずです。そういう意味では、「現代人は、昔の時代でいえば、神のような知識を持っている。あるいは、持つチャンスが与えられている」と言えます。

こういう時期なので、ほんとうの意味での真理というものを徹底的に学んでいただきたいと思います。そこで、知の原理をあえて挙げたのです。

この知の原理の内容は、出発点としては、もちろん、「仏法真理の知識を学ぶ」ということなのですが、同時に、「それを単に知識として得るだけではなく、その知識を、悟りの実体験や伝道の実体験、あるいは、職場での実体験、生活の実体験など踏まえて、智慧に変えていく」ということなのです。

仏法真理は、知識としてはいくらでも得ることは可能であり、私は、いろいろな人に通用するように、いろいろな知識を出してありますが、そのなかで、皆さんの人生の問題集を解くための知識には、やはり一定の偏りがあるだろうと思います。何らかの偏りがあり、特に愛のところに問題がある人もいれば、ほかのところに問題がある人もいるだろうと思います。各人の人生の問題集を解く場合には、一定の方向性があり、その中心に必要な真理知識があると思うのです。

それを、実践に生かしながら体得していくことが大切です。自分自身で、「なるほど、こうすればよかったのか。これで迷いは吹っ切れるのだ。これで悩みは切れるのだ。これで解脱することができるのだ」という、小さな悟り、いわゆる「小悟」(しょうご)を得ることです。「小悟、限りなし」であり、毎日毎日、あるいは、一週間に一回か、一か月に一回ぐらいは、何らかの悟りはあると思うので、そういう悟りを積み重ねていくことが大事です。

【大川隆法『幸福の法』第四章「幸福の科学入門」 より抜粋】
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続いて、『幸福の法』第三章「人間を幸福にする四つの原理から」重ねて引用いたします。
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〇頭の悪さを嘆く暇があれば勉強を(知の原理)
・たいていの人は「頭が悪い」と悩んでいる

二番目に、「頭の悪さを嘆く暇があれば、勉強を」ということを述べたいと思います。これは「知の原理」についての話です。・・・

「自分は人から愛が貰えなくて、不幸だ、不幸だ」と言っている人に対し、幸福になる道として、愛の原理を述べ、「実際は、人に愛を与えることにおいて幸福になれるのだ」という話をしましたが、「自分は頭が悪い、悪い」と嘆いてばかりいる人も多いのです。

これを自分のことだと思っている人が多いのですが、世の中の人を見てみると、そのうち九十九・九九九九九九九パーセントぐらいまでは、頭が悪いことを悩んでいます。不思議なもので、他の人のことは、心の中を覗けないので分からないため、自分だけがそうだと思っているのですが、たいていの人は、「自分は頭が悪い、悪い」と悩んでいるのです。・・・

〇「頭がよいから成功する」とは言えない
それでは、その高学歴の人のなかでも成績がよければ幸福かというと、そうでもありません。今度は、「成績がよいのに、なぜ自分は出世しないのか」「成績がよいのに、なぜ自分に対する評価は悪いのか」「成績がよいのに、なぜ自分はお金が儲からないのか」などという悩みがあります。この悩みは、かなり大きいのです。

これは、よくある普遍的な悩みであり、「勉強ができればできるほど、お金がたまらない」というのは一つの法則です。勉強がよくできる人は、たいていは、お金が儲からないのです。

逆に、勉強をあまりせず、上手に遊んで人生経験を積んだ人のほうが、学校を卒業してから、お金が儲かるようになります。・・・

したがって、「頭が悪いから失敗する。頭がよいから成功する」ということは、必ずしも一律に言えるようなものではないのです。・・・

学歴や試験での勝利は一つの手掛かりではあるのです。その自分が得たきっかけを手掛かりにして、さらに努力していけば、成功への道になります。しかし、そこであぐらをかいたら、それで終わりであり、大したことはないのです。やはり、汗水垂らして働く人のほうが、その後、成功していくのです。

そういうものなので、学歴評価的なもの、あるいは学力評価的なものを絶対視してはいけません。実際、それで勝者になった人でも、その後は苦しんでいることがあることは、知っておいたほうがよいでしょう。それを知ったほうが、敗者になった人も、たぶん心は安らぐだろうと思います。・・・

そういう意味で、天は公平であり、ある人に対して、何らかの才能を与えたら、他の才能は与えないものです。そのため、「自分には、この才能はない」という場合、その人に何かほかの才能があることがよくあるのです。

したがって、「才能というものは、どこに埋もれているか分からないけれども、いろいろな人が、それぞれ才能を持っているのだ」ということを知らなければいけません。

【大川隆法『幸福の法』第三章「人間を幸福にする四つの原理」より抜粋】
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幸福の科学の教えの第二は「知」です。
知は愛を広げる時に必要な教えです。なぜなら、知恵をもって愛を与えなければ、結果的に他人を不幸にすることがあるからです。

本日の教えでは、
「現代は偉大な情報社会でもあるので、皆さんの魂の転生輪廻の過程においては、今回ほど、よく勉強のできる時期は、おそらくないだろうと思います。今回ほど勉強できるチャンスはないでしょう」

この言葉が印象的でした。主が沢山の説法をして、経典にあたる本を数多く出版しているのは、全人類を救い助けるためであり、この地上を仏国土ユートピアにするためです。主は、地上に今生きている人だけではなく、これから地上に生まれくる人のためにも法を説いてくださっています。

その教えを、この地にあまねく広げるために、現在は、教えを旋律にのせた楽曲や、映画事業をとおして、仏法真理を日本中に世界中にあまねく広げる活動を展開しています。これも主の智慧です。知恵を使って愛を広げることが大切です。

また、知の原理について、知識を智慧へとレベルアップするために、学んだ仏法真理を実人生に応用するための経験や実体験の大切さが以下のように説かれました。

『知の原理の内容は、出発点としては、もちろん、「仏法真理の知識を学ぶ」ということなのですが、同時に、「それを単に知識として得るだけではなく、その知識を、悟りの実体験や伝道の実体験、あるいは、職場での実体験、生活の実体験など踏まえて、智慧に変えていく」ということなのです』

また、さらに、「頭の悪さを嘆く暇があれば、勉強をしなさい」という主の教えは、私たちにとってはつらい現実ですが、まったくそのとおりです。つべこべ言わずにコツコツ努力を共に重ねていくことが大切であることを痛感しました。頭の悪さをごまかしたり、うわべだけ繕うことで、知ったふり、悟ったふりをしていると、妖怪になってしまうことも、昨今私たちは学んでいます。知的正直さは、知の原理の基礎にあるマインドです。才能やポテンシャルだけで、成功できるほど世の中は甘くなく、長続きする成功はできなうようになっているようです。

そうであるならば、
「知」を積み上げて、小悟を重ねて、愛ある人生を今日も一歩ずつ踏み出してまいりましょう。今すぐに。

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本日も、皆様とともに主の新復活を祈り続けてまいります。
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If You build it, He will come. あなたがそれを建てたとき、彼はやってくる。
When You believe It, You will see It. あなたが信じるとき、あなたはそれを見るだろう。
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◆「天御祖神 感謝報恩植福」について

・この度、日本文明の祖にして、武士道の源流にあたる天御祖神が日本に降臨され、いまもなお、霊的にご指導を賜っていることへの感謝を捧げるために、箱根強羅の地に天御祖神を讃える「天御祖神記念館」を建立させていただくこととなりました。

・本植福を通じて、天御祖神への感謝を深めていくとともに、武士道精神を復活させ、神国・日本としての誇りを取り戻していくことで、この日本の地を主エル・カンターレの教えを発信するにふさわしい地としていくことを誓ってまいります。

日本神道の屋台骨である高天原が、日本人の不信仰と愛国心の欠落により、崩れてしまっている今、私達伊勢支部信者が先頭となって、日本神道の屋台骨を支え、日本国の誇りを取り戻すべく先頭に立たなければならないのではないでしょうか。伊勢支部としては、「天御祖神記念館」建立事業を全力で応援致します。私たちの信仰心をここに結集して参りましょう。

・「天御祖神感謝報恩植福」(2022/1/1~)は、天御祖神の日本への御降臨と、いまもなおご指導を賜っていることへの感謝を捧げ、報恩への誓いを固める植福として、1 
口 10 万円からお受けいたします。

・本植福に参加された方には、「『天御祖神 
感謝報恩の誓い』奉納書」を拝殿の基壇部分に御奉納させていただき、大きな貢献をされた方につきましては、記念碑建立時に銘板をもうけ、そのお名前を記名し、顕彰させていただきます。

・私は二〇一五年ぐらいから公開しておりますけれども、実は日本文明というのは、今から三万年ほど前に、天御祖神という方が、今の富士山があるところの近くに、宇宙より降臨したところから、始まっているということを、何冊かの本で説いております。(略)

(天御祖神の)教えの中心は、今も片鱗としては伝わっています。一つ、言わなければならないことは、「神の子、仏の子としての人間」として生きるということは、「正しく生きる」ということであるということですね。これが大事な柱でした。(「地球を包む愛」)

・「天御祖神の教え」とは何でしょうか。(略)おそらくは、「鍛錬ということの大切さ」や、「自分を鍛えて力強くあることの重要さ」というものも教えていたのではないかと思います。 
(『現代の武士道』)

・葬られているのは、今で言うと、強羅温泉の近くです。
 (「超古代リーディング―天御祖神と日本文明のはじまり―」)

日々のご支援に心より感謝申し上げます。

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100%エル・カンターレ信仰
―天御祖神とともに―
伊勢から世界に伝える強い信仰
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TEL:0596-31-1777
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文責:蒲原宏史 

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