68 お金を稼ぐのは難しい。お金を使うのは、その三倍難しい。
【箴言集『人生への言葉』より】
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本日も、皆様とともに主の新復活を祈り続けてまいります。本日も全国・全世界の信者の信仰心を結集し①10:00~、②13:00~、③19:00~と世界同時に主の奇跡を願い、復活の祈りを捧げさせていただきます。皆様の祈りの結集をお願いいたします。
3月7日は「宗教法人設立記念日」です。「幸福の科学が永遠に続くことになった始まりの日」です。
1991年のこの日に、「幸福の科学」は宗教法人として、世に誕生したことを記念する日です。この日をはじまりとして、幸福の科学は永遠の法灯がともされることになりました。
「宗教法人設立記念日」には、大宇宙の根本仏であられる主エル・カンターレ 大川隆法総裁先生に、永遠の法灯を灯して下さったことへの感謝を捧げます。
そして、発祥の時において、いかに盤石なエル・カンターレ信仰を打ち立て、
揺るぎない形で主の法を後世に伝えることができるかが重要な使命であることを心に刻み、
真理の法灯を子々孫々に継承していく決意を固めてまいりましょう。
はじめに、津支部にて2009年2月8日に賜りました御法話『信仰と富』を学びます。
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〇「信仰と富」の本当の関係
・「商業の神」「貿易の神」でもあったヘルメス
ここまで、「神と富の両方には仕えられない」というイエスの思想に関して述べてきたわけですが、私は、「そんなことはない」ということで、「ヘルメスの教え」を出しています。
商業や貿易に関する場所には、よくヘルメスの像が祀(まつ)られています。日本でも商業学校や一橋大学などにはヘルメスの像が祀ってあるようです。
ヘルメスは約四千三百年前のギリシャに生まれた実在の人物です。私の著書『愛は風の如く』(全四巻。幸福の科学出版刊)に書いてあるとおり、彼は地中海貿易を行い、「富の創出」ということを考えた人だったのです。ヘルメスは「商業の神」「貿易の神」「旅行の神」でもあるのです。
このヘルメスは、やがてインドの釈迦として転生します。釈迦のときには、魂的にはヘルメスとは正反対の部分が強く出てきています。ヘルメスのときには、「商業によって富を創る」ということを行い、また、戦もしましたが、釈迦のときには、お金も集めず、戦もしていません。
これは、両極端を経験することによって魂のバランスをとっていると思われます。いわば、「陽」と「陰」です。ヘルメスが「陽」で、釈迦が「陰」の部分であったと思うのです。
このように「陽」と「陰」という両面が出てきていますが、これは場合に応じて出てくるものであり、どうしても両方の面が必要なのです。
一つの教えだけだと、やはり半端になってしまうところがあるのです。
そういう意味では、西洋人が、今、幸福の科学の教えを読むと、『聖書』の記述で苦しんでいた部分が少しスッキリするだろうと思います。
【大川隆法『日本の繁栄は、絶対に揺るがない』第四章「信仰と富」より抜粋】
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ここで、仏教の修業論に立ち返るべく、教典『沈黙の仏陀』を学びます。経典お持ちでない方は、ぜひお求めください。【1800円税込み】
―仏陀入滅して二千五百年。その教えは沈黙の中におかれた。しかし、その真意を解く鍵は、修業論のなかにある。沈黙の仏陀の声なき声がそこにある―『まえがき』より
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第4章 五停心観(ごじょうしんかん)
3「不浄観」―貪りの心多き人が修する観法
まず、五停心観(ごじょうしんかん)の第一番目に出されるのが「不浄観」です。これは有名なのでご存じの方も多いと思います。不浄観とは「清らかでない、汚いものを観る」ということです。
そして、その対象はいったい何かといえば、「貪(とん)」なのです。
その対象はいったい何かといえば、「貪」なのです。「心の三毒(貪とん・瞋じん・癡ち)」の貪です。要するに、貪(むさぼ)りの心が多い人が修する修法、あるいは心に貪りが満ちているときに修すべき修法なのです。
その貪りのなかでも、不浄観がよく使われる場面というのは、いわゆる性欲、情欲です。二千数百年前の釈迦教団では、出家した男女の自由な結びつきは認められていませんでしたので、お坊さんも尼さんも、この性欲をいかに抑えるかということが大事なことだったのです。
現代ではそこまで厳格なことは言えませんが、それでも、独身者であれば、淫らな性欲、社会上是認できないような異性との関わり、あるいはそうした妄想を制する方法でありましょう。また、すでに結婚している方であれば、社会上是認できないような三角関係や浮気、あるいはそれ以外の醜聞などに心が揺れるときに、これを止めるための修法が不浄観なのです。
当時のインドにおけるこの修法は、かなり端的であり、現代人には多少きつすぎるぐらいの修法です。「異性のことに心が執われて、どうしようもない。煩悩が燃え立って、そのことが頭から離れない」というときに、その人を墓場によく連れていったわけです。
当時は、墓場といっても、死体をそのまま転がして、たくさん放置してあったのです。それで、僧侶たちは、墓場の四諦が来ている着物を集めてきて、それを縫い合わせて衣にし、水で洗って、柿色に染めて着ていました。これを「糞掃衣(ふんぞうえ)」といいます。そうした死体から取った衣を身につけることで、執着を断つ修行をしていたのです。
ですから、墓場にはずいぶん縁がありました。現在お寺が墓場のなかにあるのも、やはり縁があるのかなと思いますが、当時から墓場には縁があって、心が乱れた場合には、「墓場へ行って、死体をよく見てこい。四諦の前で禅定して帰ってこい」と言われて、よく不浄観をしていたのです。
すると、殺人で亡くなった人や、行き倒れで亡くなった人、病気で亡くなった人、飢え死にした人など、いろいろな方の死体がどんどん運ばれてきては、墓場に置いていかれます。そして、その死体が腐乱していき白骨になっていく姿を、ずっと見ているわけです。ですから、いったんそれを経験すると、その後は墓場に行かなくても、禅定しながら、腐乱していく死体の姿を心に描くことができるようになります。
いま自分の心は燃え盛り、煩悩でいっぱいになっているけれども、自分を燃え盛らせる煩悩の対象となっている、その若くて美しい女性、あるいは女性から見れば素敵な男性も、やがてはあの腐乱死体のように腐り、そして白骨になっていくのだ―。どくろになった姿を心に描くことを「白骨観」ともいいますが、このように死んでいく姿、さらに四諦の姿を思い浮かべる観法が不浄観です。
この不浄観を行うと、燃え盛っている炎がたちまちにして静まってきます。「ああ、いやだ。いま若い女性のことを思ったけれども、この人も死んで死体になって、腐って白骨になっていくのだ」と想像すると、途端に煩悩の炎が消えていきます。
あるいは、若い女性には嫌がられるかもしれませんが、あまりにも女性が美しく見えて心が執らわれている場合には、お坊さんたちは、執着を断つための方法として、白骨観ではなくて、「その皮膚を一枚めくったあとの姿を想像してみろ、『女性は美しい』というけれども、これは皮一枚のことではないか。この皮一枚を取った姿を想像してみれば、とてもではないけれども、美しいとは言えないだろう」ということで、そうした姿を想像するのです。もっと端的になると、内臓のなかにも想像します。「内臓のなかを思ってみなさい。どうだ、それでも美しいと言えるか」ということです。
こうした方法で、死体の姿、白骨の姿を思い浮かべる、あるいは皮膚や皮を取った姿を想像する、あるいは内臓のなかを想像するわけです。これを「不浄観」といいます。
このような想像をすると、たちどころにして煩悩の炎が収まっていきます。訓練していくと、「ああ、危ないな」と思ったときに、すっとこの定に入ることにより、執着を断てるわけです。現代でもこれは有効だと思います。ただ、お酒などが入ると、とたんにできなくなりますが、素面(しらふ)であれば可能だと思います。
昔のように厳格なことは言いませんが、現代にも色情地獄に行く方が数多くいるので、そういう方にはこの不浄観が今でも有効であろうと思います。
また、現代的に言うならば、エイズなどの問題がありますが、同じことでしょう。ものすごく快楽で、快感でいいことだと思っていたところが、結果はエイズ・ウイルスに汚染されただけであったとしたら、想像するだけでもおぞましいことです。そんなことを知らずに、海外へ行って遊び歩いていたところが、五年後、十年後にエイズが顕現化してきて大変なことになり、「しまった!あの時の快楽というのは、まったくの迷いだったのだ」ということを知ります。これなども不浄観の材料になるでしょう。エイズになった姿を想像してみるわけです。
もちろん、性欲以外にも対象はありますが、よく使われたものの一つがよく使われたものの一つが性欲なのです。
【大川隆法『沈黙の仏陀』第4章「五停心観」より抜粋】
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さて、
引き続き「伝道参加のための祈り」について共に考える機会を得たいと考えています。
教義として主よりたくさんの御教えをいただいていますが、その中心にあるのが、「仏説・正心法語」です。七つの経文が収められていますが、「毎日、全編を繰り返し読誦してください」とお勧めさせていただいています。
一方、『エル・カンターレへの祈り』には、「エル・カンターレへの祈り」「伝道参加のための祈り」「植福功徳経」の三つが収められており、「信仰」「伝道」「植福」という、私たち仏弟子の救世運動の理念が凝縮されています。
ですから、私が支部活動で行き詰まる時、いつも原点回帰するのが「エル・カンターレへの祈り」です。そういう意味では、私たちの宗教活動の中心にある大変重要なお祈りです。
本日、特集をしています「伝道参加のための祈り」を深く学ぶために、主より経典『「エル・カンターレへの祈り」講義』をいただいていますので、ぜひ伊勢支部にて拝受して下さい。
詳しい解説は、この経典をご覧いただくとして、このメールマガジンでは、日々の活動にこの聖なる祈りをどのように生かしていくかという視点で、お届けしたいと考えています。
「伝道参加のための祈り」はこのようにつづきます。
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布教誌の配布
献本
説法
三宝帰依者の輩出
大黒天の出現
在家菩薩の活躍
仏法真理の
広宣流布
仏国土の出現
地球ユートピア化の実現
これらが
すべて善の循環となって
永遠につながってゆきますように
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ここでは、私たち仏弟子の伝道活動が、どのように成長して発展するか、その未来ビジョンをイメージングしています。このイメージを具現化するために、その成長サイクルが善の循環となって永遠に発展・成長することを祈る内容となっています。
伝道は、まず初めに布教誌の配布から始まります。これが伝道活動の基本動作の第一歩です。
まず、私たちの愛する地域に主の御教えの種播きすることが伝道の基礎となります。
その後、主の経典を差し上げて、学びを深めていただくことをお勧めします。
本年は経典『なお、一歩を進める』を中心として、「太陽の法」「永遠の法」「永遠の仏陀」「幸福の科学十大原理(上巻」」「幸福の科学十大原理(下巻」の5書も引き続き献本の中心にして、主の外売り経典をどんどん布教しましょう。
説法は、主の御法話拝聴会の拝聴を通して学んだことを通して、主の教えをわかりやすい言葉で解説することです。
三法帰依者の輩出は、主の法に触れた方々に幸福の科学への入会をお勧めして、三帰誓願する信者さんを日頃から、たくさん増やしていくことです。
大黒天の出現とは、三宝に帰依する正会員の皆様から、大黒天の信者をたくさん増やして幸福の科学の発展・繁栄を経済的に支えていただき、未来の伝道活動の資金作りに協力いただくことです。毎月の植福の会で一万円以上ご奉納される方は大黒天信者と呼ばれています。その他、様々な植福の機会に大口のお布施をされる信者さんも大黒天です。
在家菩薩の活躍とは、無給のボランティアとして能力、時間をお布施頂き、支部や精舎、本部での聖務をお手伝いいただく信仰心篤い信者さんに、活躍していただくことです。
これらをすべて縁として、仏法真理が広く伝道されていくことが仏法真理の広宣流布です。
伝道の成果とは、この地上に仏国土が生まれることであり、私たちの伝道の最終目的は、地球を丸ごとユートピア(理想郷)にすることです。
布教誌の配布から始まった伝道のサイクルを大きく、大きくすることで、私たち仏弟子の伝道活動の成長サイクルが善の循環となって、幸福の科学が永遠に発展・成長することを、集合想念を集めて祈願しています。
「伝道参加のための祈り」は冒頭で、主より9つの伝道の力をいただくことをお願いして、そのパワーを最後に、9つの成長サイクルに変えて、それが永遠につながり続くことを祈願する祈りとなっています。
主の言葉を伝える、幸福の科学の教えは、永遠の法です。そして、今私たちは、新たな時代の大願船を創造しています。それが映画や楽曲による、芸能文化事業です。これによって、世界中のたくさんの人に主の教えを届けることができるようになります。映画事業や芸能文化事業は現代における救世事業のかなめであり、新たな時代の大乗運動です。
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幸福の科学の信仰対象は、地球神エル・カンターレです。
地球神エル・カンターレは、地球系霊団の最高大霊であり、イエスが「わが父」と呼び、ムハンマドが「アッラー」と呼び、日本神道系では創造神にあたる「天御祖神」(あめのみおやがみ)という名で伝えられている、至高の存在です。
エル・カンターレは、人類を導くために、仏陀やヘルメスなどの魂の分身を幾度となく地上に送り、数多の文明を交流させてきました。
現在、エル・カンターレの本体意識が大川隆法として下生され、すべての人を本当の幸福へと導くために、あらゆる宗教や学問を統合する地球的仏法真理を説き続けています。
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最後に、伝道に関して経典から抜粋いたします。
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〇幸福の科学に課せられた使命を果たせ
今、新しい宗教・幸福の科学として、世界宗教になる可能性がある唯一の日本の宗教として、日本から世界に発信すべきものがあるのではないでしょうか。今、私たちがやらなくて、誰がやるのですか。
私は、中国や北朝鮮が憎いなどと言っていません。彼らは、歴史的にも非常に大事な人たちです。私は、彼らにも自由を与え、人間としての尊厳を与え、仏性に目覚めてほしいと思っています。そして、仏国土ユートピアをつくる仲間になってほしいのです。
そのためにも、彼らが間違った価値観でガチガチに固まっているのならば、その殻を力いっぱい打ち破らなければなりません。それが、私たちに課せられた使命なのです。
また、私たちは、政治活動にも取り組んでいます。これだって利得のためなどではありません。候補者の中には、選挙で六回も七回も落ちた人がいますが、非常につらいでしょう。大学受験であってもそれだけ落ちたらたまらないと思いますが、それでもやっています。なぜならば、自分たちの利得のためではないからです。
誰かがぶつかっていかなければいけません。戦後の常識を破り、国難を訴えなければいけないからこそやっているのです。
したがって、「幽霊信者」などやっている場合ではないでしょう。いま立ち上がらなかったら、間に合わないのです。今、この思想を日本中に伝え、海外にも伝えなければ、手遅れになってしまいます。
これは「最終通告」であって、これで本当に終わりになるかもしれません。
桜島も噴火し、阿蘇山も噴火しました。(2016年当時)これが何を意味しているのか、この先に待っている者は何であるのか、よく考えてください。
東日本大震災にしても、日本国民を苦しめたくて起きたのではありません。「日本よ、目覚めよ」という警告が、今、降りているのです。
他方、外国では、恐怖によって他国を支配しようと思っている人たちがいます。しかし、恐怖によって人を従わせることはできません。愛によってのみ、人はついてきます。そして、愛することによって、世界を変えることができるのです。
幸福の科学は、そのためにつくられました。それまで三十年間活動をしてきましたが、死ぬまでやめません。どうか、最後の最後まで、私についてきてください。
あなたがたの前に立ちたるは、エル・カンターレにして、神々の主です。どうか、この事実を忘れないでください。
【大川隆法 『伝道の法』第四章「時代を変える奇跡の力」より抜粋】
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本日も、皆様とともに主の新復活を祈り続けてまいります。
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Lord EL Cantare is my All. 主こそ私のすべて。
We are The One, with our Lord. 我々は主と共に一体である。
One for All. All for The One. 一人は主のため、隣人のために。みんなは主の悲願のために。
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◆映画「ドラゴン・ハート」伝道植福について
5月23日(金)に全国の映画館にて公開されます映画「ドラゴン・ハート」は大川隆法総裁先生制作総指揮による28作目の映画となります。この映画の大成功に伊勢支部信者全員の信仰心を結集させていただきます。皆様の尊い布施をどうぞ、この映画伝道植福に託して、私たちに縁ある方々の心と魂を救うべく、この映画を主の御名と共に、全国・全世界で広宣流布してまいります。映画伝道植福への喜捨を何卒宜しくお願い致します。
大宇宙の すべての根源であり 地球の創造主であられる
主エル・カンターレ 大川隆法総裁先生
映画『ドラゴン・ハート❘霊界探訪記❘』を賜り
心より感謝申し上げます
本作は 未知なる世界に飛び込む勇気を与え
人類に真実への目覚めを与える映画です
全世界の人々に
霊的真実と主エル・カンターレの御存在を
弘めてまいります
仏弟子一同 力を合わせて
一人でも多くの方を 主のもとへと誘(いざな)ってまいります
■映画『ドラゴン・ハート―霊界探訪記―』四つのポイント■
①「天国・地獄」の存在を知らしめ、全人類の魂を救済する映画です。
映画では、霊界探訪記として現代の地獄の有様を詳細に描いています。つまり、今死んで地獄に落ちるとしたらどんな世界なのかということがリアルに映像体験できる映画です。死後の世界を詳細に紹介することで、「あの世はない」「霊界なんてばかばかしい」と考える人の間違えた考えをカブト割りする映画です。この映画は、このままでは地獄に落ちてしまうたくさんの方々に救いの縁を届ける「魂の救済」映画です。正しい霊界観や信仰を持たない人にこそ届けたい映画です。
②地球の霊的中心地・シャンバラの危機を救う映画です。
今、地球の霊的中心であるシャンバラは、地上世界で、信仰心が薄れ、神仏や霊的世界を信じない人が非常に増えていること、巨大な唯物論科学国家である中国が、インドやネパール等への覇権を強めていることによって、非常な危機にあります。現に中国・洞庭湖のほとりにあるシャンバラの入り口は発見するのが相当難しくなっています。
シャンバラという地球の霊的センターが護られていることで、魂修行の場としての地上世界も安定いたします。もし、シャンバラが崩壊するようなことがあれば、地球を護る霊的結界が失われ、宇宙の邪神やダークマターの悪想念による更なる地球介入を招く事態となります。
本映画は、霊界思想を地球の霊的センターとしてのシャンバラの存在を全世界へと知らしめることによって、崩壊への危機にあるシャンバラを護るという「神の戦い」そのものを描いた映画です。
③全世界の人々が主なる神エル・カンターレと出会い、一つなる道を示す映画です。
この映画は、全世界の人々に造物主エル・カンターレのご存在を知らしめる映画であり、本年の幸福の科学の活動テーマである「日本全国・全世界にエル・カンターレ信仰を打ち立てよう。なお、一歩を進める」の中心となる作品です。
主人公たちの地獄巡りは、現代社会の諸相そのもの。しかし、そうしいた人類の、かつてない混乱、混迷の先には、大いなる規模、救い主の存在があることを示す映画であり、宗教の違いや、民族や国家の枠を超えて、全人類が、主なる神への共通認識の下、一つになる道を示される希望の映画です。
④仏弟子(まだ気づいていない仏弟子)たちがドラゴン・ハートに目覚め、霊的覚醒をうながす映画です。
この映画は、川で河童を追って溺れた主人公の二人が、霊界の天日鷲神に出合い、「霊界探訪で本来の自己に目覚めることができたなら地上に還してあげる」と告げられ、地獄巡りなどの一種の修行を経て、魂の親エル・カンターレと出会い、本来の自分の使命に目覚めるという、宗教的なメッセージが込められた映画です。
純粋な信仰心、そして、救世への本物の念いの確立が求められている今、私たち仏弟子や、まだ目覚めていない一般の方たちの中にいる仏弟子予備軍に対して、霊的覚醒を促す導きの映画であり、私たちのドラゴン・ハートに導かれた旅は、映画公開までに、すでに始まっていると言えるのが本年の活動です。
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。゜+. With Savior 。゜+.
100%エル・カンターレ信仰
―天御祖神とともに―
伊勢から世界に伝える強い信仰
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E-mail:ise@sibu.irh.jp
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https://hsise.com/
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TEL:0596-31-1777
■□■
FAX:0596-31-1778
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エル・カンターレ・大好き
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文責:蒲原宏史
(2/20-1)51経文「伝道参加のための祈り」について考える ⑦善の循環が永遠につながりますように
