10 神の御手足になり切ることが、自己実現の全てである。
【大川隆法 箴言集『人格への言葉』より抜粋】
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おはようございます。「一日一生」。今日も、主のため、世のため、人のために、信仰に、伝道に、植福にさらに一歩進めましょう。
新しき日を 迎えるにあたり、
主エル・カンターレに
心より お誓いいたします
本日も
正しき心の探究と
愛と
知と
反省と
発展の
幸福の原理を実践し
一層 悟りを高め
地上ユートピアの建設に
力を尽くして まいります。
生命ある限り
この仏法真理を 弘めます。
どうか 私の
今日の誓いを
お聞き届けください
ありがとうございました(合掌)
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本日も、皆様とともに主の新復活を祈り続けてまいりたいと思います。本日も全国・全世界の信者の信仰心を結集し ①10:00~、②13:00~、③19:00~(各回約50分)と世界同時に主の奇跡を願い、復活の祈りを捧げさせていただきます。皆様の祈りの結集をお願いいたします。
109シネマズでの上映時間は
①17:35〜19:45
伊勢支部でも14:00~映画上映会を開催いたします。
是非この機会に入会・三帰へと導いてまいりましょう。
明和109シネマズ、そして伊勢支部での
映画『ドラゴン・ハート』上映に一人でも多くの方をお連れして、天国への道を伝えるために地獄の知識をしっかりと学んでまいりましょう。
今、この映画を観たことが将来の救いの手になることになります。愛する人にこの映画を届けてまいりましょう。そして、一人でも多く方を幸福の科学に入会・三帰へと導いてまいりましょう。
7月7日は主の御生誕日です。
この聖なる日に向けて、純粋なる信仰を「復活の祈り」と共に主に捧げると共に、信仰・伝道・植福に私たちの最大の感謝と報恩の誓いを捧げさせていただきましょう。
7/6(日)~13(日)まで、「御生誕祭」を開催させていただきます。7/6(日)と7/7(月)は、両日とも13
時より、別格本山・聖地エル・カンターレ生誕館を本会場として、全国・海外の精舎・支部・拠点(HSU・学園含む)に中継開催させていただきます。
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さて、ここからは、常に主と共にあるために、教典『大悟の法』から第5章の「常に仏陀と共に歩め」を共に振り返ってまいります。主におかれましては、法シリーズ七巻目の本書において「仏教の根本命題である「上求菩提・下化衆生」の一念を、この書に託した渾身の一冊として仏弟子に開示いただいています。主の御生誕祭に向けて、さらに神秘性と合理性、仏陀とヘルメスの併せ持つ力を日々の救世活動に生かし、「上求菩提・下化衆生」の両輪で、主の御手足としての使命を果たすために、しっかりと学んでまいります。経典をお持ちでない方は、支部や精舎、全国の書店でお求めください。仏弟子必携の一書です。【税抜き2000円】
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■常に仏陀と共に歩め
4 心の平和
○心の安らぎを取り戻す方法
現代社会は非常に忙しい世の中になっていますが、そのなかで、心の安らぎを取り戻すことはとても大切です。
その方法としては、たとえば、独り静かに仏法真理の書籍をひもといてみることです。あるいは、坐禅、瞑想などの経験を経て、自分自身と対面してみることです。あるいは、反省によって、自分の心に刺さったとげを一つひとつ抜いていき、インクのつぼを引っ繰り返したように真っ黒になってしまった心の染み抜き作業を、丹念に行っていくことです。
また、どうしても自力によって心の平和を保つことができず、反省も瞑想も、とてもできないような状態であるならば、もはや祈りに頼るしかありません。
特に、強力な悪霊である「悪霊」に取り憑かれたり、悪魔に惑わされたりしているようなときは、なかなか心の平静を取り戻すことができないのです。
それは、「心が揺れて、考え事がまとまらない。いつも同じところに考えが行ってしまい、心を柔らかくしようとしてもできない。執着から離れようとしても離れられない。さらに、本来の自分とは正反対の思想が、どんどん頭の中に入り込んできて、考え方が逆になっていく」という状態です。
このように、強力な悪魔などに憑かれているときは、残念ながら、反省や瞑想に入れる状態ではありません。その場合には、強い祈りに頼るしかないので、幸福の科学の支援霊団に対して祈ってみてください。
祈れば必ず助けがやってきます。それは確実です。幸福の科学の信者の場合は、「主への祈り」や「エル・カンターレへの祈り」などで、私に対して祈れば、幸福の科学霊系団の誰かが必ず助けに来て、光を入れてくれます。そういう祈りに頼らなければいけないときもあるのです。
○忙しくても湖面のような澄んだ心を
反省・瞑想・祈りによって、心を穏やかに、安らかにすることが大切です。心の穏やかな状態が続けば続くほど、あの世に還ったのち、より高次元の世界に生きられることになります。
高次元世界に住んでいる人たちは何も仕事をしていないかといえば、そのようなことはなく、非常に忙しく仕事をしています。
仏像のなかには、顔が十一もある十一面観音や、手が千本もあるとされる千手観音などがありますが、これは、高次元の霊人がさまざまな仕事を非常に忙しく行っていることを表しているのです。彼らは、あちこちで、たくさんの人を救済しているので、非常に忙しいわけです。
ただ、どんなに忙しくても、それで心が千々に乱れて不安定になってはいけないのです。高度な仕事をし、幅広い活躍をしつつも、常に平和な心を維持し、澄んだ心でいなければなりません。これは、高次元の霊人に課せられた責務ともいうべきものなのです。
成功にも、成金的な成功とさわやかな成功があるように、忙しく働く人のなかにも、地獄的に働いている人と、千手観音のように天国的に働いている人がいます。したがって、仕事そのものは多忙で大変であっても、いつも山上の湖面のような澄んだ心、平和な心を持っていなければならないのです。
それは、この世においても同じです。
したがって、まず、独りで心を静めることから始めるべきです。
ただ、心を静めた坐禅の状態というのは、特別な環境においてのみ行われるものではありません。常にそういう心境を維持できるようになれば、「歩いていても、仕事をしていても、電話をしていても坐禅である。『業務即坐禅』である」ということになります。心の修行を続け、自分の心を静めながら、また、自と他の関係、世界の関係、宇宙を貫く関係をじっと見つめながら、仕事をしていくわけです。
坐禅とは、坐ることだけを言うのではありません。禅の心自体が、一日の生活そのものを律していくものなのです。
【大川隆法『大悟の法』第五章「常に仏陀と共に歩め」より抜粋】
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さて、ここからは、私たち仏弟子の生命ともいえる、「仏説・正心法語」について共に考える機会を得たいと考えています。本日は、『仏説・正心法語』第五の経文である『解脱の言葉「仏説・八正道」』についてです。
『解脱の言葉「仏説・八正道」』は、その名の通り、解脱に到るための道です。毎日読誦することで、心の浄化を図ることができます。禅定とは、本来、心静かに座禅して八正道を実習することであると教えていただいています。毎日、短い時間でも構いませんから、心静かに自分の心を見つめる時間をとってまいりましょう。
『解脱の言葉「仏説・八正道」』はこのように続きます。
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第三の 道は 『正語』の 反省なり
不妄語
不悪口
不両舌
不綺語
これが 四つの 指針なり
不妄語とは 嘘・偽りを 言わぬこと
特に 悟りは 偽るな
不悪口とは 他人の 悪口 言わぬこと
不両舌
二枚舌など 使わぬこと
不綺語とは
過ぎた お世辞を 言わぬこと
但し 仏敵 折伏には
勇気ある
批判と 智慧を 忘れるな
正語を 弱さと 捉えるな
理想社会の 建設には
積極性を 忘れるな
励ます 言葉を 忘れるな
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The third step is ‘right speech’
Avoid false speech
Abusive words
Deceit
And flattery
Here are four guidelines
Do not lie
And especially, do not make false claims
About your enlightenment
Do not speak ill of others
Do not be deceitful
Do not flatter others with empty words
But have courage to proselytize
Among Buddha’s enemies
And have the wisdom to criticize them
Do not mistake ‘right speech’ for weakness
In order to create an ideal society
Always keep a positive attitude
And do not forget to use encouraging words
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③不両舌
「不両舌」(ふりょうぜつ)というのは、相手方をお互いに仲たがいさせるようなことを言うことです。これも、自信のなさによって起きることが多く、とくに「ネクラ」というような暗いタイプの人に多いのです。相手にストレートにものが言えない場合に、Aさん、Bさん、Cさんにそれぞれ違うことを言って、お互いに仲たがいさせてしまうようなことがあるのです。気をつけましょう。
④不綺語(ふきご)
特に、相手を利用する気持ちがあると、どうしても、お世辞などが出てしまいます。しかし、やがて必ず反作用がやってきますので、正直を常としてやっていくのがよいと思います。厳しくとも正論を言ってくれる人のほうに、むしろ信用がついてきますから、長い目で見たときには、そのほうがよいのかもしれません。
⑤積極的な言葉
これも、最近少し言っておかないといけないことです。外部にいる人は悪口が言いたい放題なのに、内部からは何も言ってはいけないとなると、外部の人は、相手が反撃しないと見て、襲いかかってくることがあるのです。あまり感心できる性格ではありませんが、現代社会では、あちこちで散見される事態です。
これは、職業的特性としては、特にマスコミに非常に強い特徴です。相手が反撃してこないと見ると、集団で襲いかかります。しかし、相手が手痛い反撃をしてくると思うと、手を出さなくなるのです。ですから、弱い者をいつも探しているというところがあります。
こうしたものに対しては、飼い犬と同じで、たとえば、「二メートル以内に近寄るとわっと吠えつかれる」ということを見せておくのも、一つの方法かもしれません。そうすると、無駄な争いをしないで済みます。
ですから、「何も反撃しません」ということを、あまり言いすぎることによって、攻撃を呼び込むことになってもいけないのです。やはり、適度に、言うべきことは言わなければいけないと思います。あまり弱すぎると、これがまた、悪を増長させることにもなります。
そして、
「理想社会の 建設には
積極性を 忘れるな
励ます 言葉を 忘れるな」
ということです。
【大川隆法『仏陀の証明』幸福の科学出版 より抜粋】
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つづいて、経典「八正道の心」より抜粋をご紹介いたします。
この経典は、もともと会内経典でしたが、HSU開学を前に、一般書として書店でも頒布されている大変ありがたい経典です。お持ちでない方は是非拝受ください。【税抜き1500円】
主におかれましては、正語についてこのように教えていただいています。
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八正道の第三―「正語」
正思の次は「正語」です。
正語の一般的な内容は、まず、「嘘、偽りを言ってはいけない」ということです。これは道徳的にもそのとおりです。
次は、「二枚舌を使わない」ということです。
この二枚舌は、宗教的な人には比較的多いのです。性格が弱いために、そうなるわけです。AさんとBさんに違うことを言ったり、告げ口をしたりして、けんかさせるようなことをするのは、弱い人に多いのです。
こういう言い方をすると、「差別だ」と怒る人がいるかもしれませんが、二枚舌を使う人には、やや女性的な人が、わりに多いのです。相手に直接、「あなたは駄目だ」と言えない場合に、ほかの人に何かを言って、その人とけんかをさせるわけです。そういう感じの二枚舌が多いのです。
さらに、「綺語を言わない」ということです。綺語とは飾り言葉です。
例えば、ある人が自分のことをずいぶんほめてくれるので、「いい人だな」と思って付き合っていると、その人は、誰に対しても同じように言っているということがあります。いわゆる「おべんちゃら」です。お世辞を言ったり、おだてたりすることです。
これは、本心からいっているならよいのですが、自分にとって都合がよいからといって、習性で、いつも言っている人の場合は、度が過ぎると、やはり地獄領域に入ります。・・・
特に、おべんちゃらを言う人には、劣等感を持っている人が多いのです。過去に失敗の経験が多い人は、世渡りの術、潤滑油として、人をおだてたり、おべんちゃらを言ったり、人をほめあげたりする傾向があります。そういうことを言うと、「いい人だ」といってもらえるからです。
ただ、地位も低く、仕事のレベルもたいしたことのない段階においてはよいかもれしれませんが、ある程度、仕事が固まったってきたり、地位を得てきたりしたならば、気をつけなければいけません。やはり、立場相応の言い方というものがあるのです。
平社員のときはよかったとしても、部長になってからも一生懸命におべんちゃらを言っていたら、相手はそれを本気にしてしまいます。「部長さんが言ったのだから、本当なのだろう」と思ってしまうのです。
そのため、影響力の大きい立場になったときには、言葉に気をつけて、抑えた言い方をしなければいけません。
このように、言葉にはいろいろな問題があるので、言葉をよく点検してください。これが正語です。
【大川隆法 『八正道の心』より抜粋】
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よりよい家庭環境や、職場環境は、言葉によって、ユートピアをつくることができますので、普段から、正語を徹底したいところです。また、人を害するような言葉や、仏様が残念に思うような言葉を出してしまったら、その言葉を生み出した思いの点検をしてみるとよいでしょう。人を呪う言葉や、人を嫉妬する言葉が反省されないまま放置されると、心に少しずつ光が差さない場所が生まれてしまいますので、注意が必要です。このように正語の反省は、言葉として形になっているので、比較的入りやすい反省法と言えます。常に点検を怠らないように心がけましょう。
日々の日常生活では、正しい言葉を使わない、または、使えないがために人間関係を見事に壊してしまう人が絶えません。正しい言葉―正語をつねに心がけましょう。これだけで、家庭に、仕事場に、支部に、調和が生まれます。正しい言葉遣いを考えるために、正しくない言葉の代表である四つの口から出る災い【妄語・悪口・両舌・綺語】を日常生活から徹底的になくすことを心掛けましょう。心が乱れるときは、口を閉じて沈黙を守ることも一つの智慧ではないかと思います。
そして、正しい信仰の立場で、正見ができ、考え方や判断が仏の御心にかなう正思ができるならば、口から出る災い【妄語・悪口・両舌・綺語】の反対である光の言葉【正語】を常日頃使えるように努力しましょう。
・嘘偽りではなく、素直で正直な言葉を使うこと。【不妄語】
・他人のあら捜しではなく、人のよいところを祝福する言葉を使うこと。【不悪口】
・他人を仲たがいさせるような言動を慎み、人と人とが支え合い、結ばれる愛の言葉。【不両舌】
・他人を利用しようとする下心からお世辞・おべっかを使うのではなく、相手に対して、本心から誠実な言葉を使うこと。【不綺語】
言葉の力で、私たちはユートピア世界を家庭に、職場に、支部や拠点・布教所にもたらすことができます。心の平和は言葉から創られると言っても過言ではありません。
素直で正直な言葉、隣人を祝福し感謝する言葉、隣人の心と心を結びつける言葉、心に偽りのない誠実な言葉、隣人を愛し生かす積極的な言葉を一日の枠の中で数多くつくることで、自分の身の回りをユートピア世界に変えることができます。言葉にはそれだれの力があります。その言魂の力を呪いではなく、祈りの力に変えて、主のため、世のため、隣人のために使いましょう。これも重要な日々の人生修行です。ともに頑張りましょう。
幸福の科学で教える「人生の問題集」の解き方の基本は、「四諦・八正道」の一言に尽きます。人生の諸問題を解決するプロセスには4つあります。それが「苦・集・滅・道」の四聖諦です。そこで示された解脱(滅諦)への道、つまり悟りへの道とは「八正道」による中道の道です。それが、「正見」「正思」「正語」「正業」「正命」「正精進」「正念」「正定」の八つからなる仏へ道です。「八正道」は主からいただく光―法力にバランスを与えてくれます。八正道こそが仏教の奥義にあたる修法です。修慧は、知識(聞慧)や、考えを深める(思慧)を習慣化すること(修慧)によって得られる法力です。繰り返し習慣化できるまで共に粘り強く頑張りましょう。
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ここで、宗教の原点に立ち返るべく、教典『宗教の挑戦』を学びます。経典お持ちでない方は、ぜひお求めください。【1300円税込み】
―私が目指しているものは、民族的なるものではなくて、普遍的なものである。軽佻浮薄(けいちょうふはく)なるものではなくて、根源的なるものである。宗教のほんとうの敵は、マスコミや政治であるべきではない。宗教の敵は宗教であるべきだ。私が言いたいのは、ほんとうの宗教批判は宗教の内部からなされるべきであるということだ。聖か邪か、神か悪魔か、宗教自体がこの問いに答えてゆかねばなるまい。―『まえがき』より
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■『宗教の挑戦』
第3章「信仰は美しい」
〇炎と水の河と猛獣、盗賊による危機
善導のこのたとえ話のなかに出てきたものの説明をします。【前回紹介した「二河白道」のたとえ】
南側に現われた炎の河とは、「瞋恚(しんに)」すなわち怒りの炎です。この世に生きていて、人間は心が怒りに燃えることがあるけれども、そうした怒りの炎を表わしているのが、この火の河です。
では、北側の水の河はいったい何でしょうか。それは「貪愛(とんあい)」なのです。貪愛とは、自己の信条に合う好ましい対象に強く執着することです。激しい欲望・愛着・貪りの心。これが水の河で象徴されているわけです。
一途に西に行かんと思っても、それを遮るものが怒りの炎です。これはおそらく、信仰を邪魔しようとする他の多くの人が出す怒りの心でありましょう。身内であるか、友人であるか、親類であるか、どのような人であるかはわかりません。職場の方かもしれませんが、「そんな信仰はやめなさい。そんなばかなことはしてはいけない」と多くの人が怒ります。それがこの炎の河で表されているのでしょう。
一方、「貪(とん)」―「出世がしたい」「お金を儲けたい」「妻や子供のことが心配だ」などといった、いろいろなこの世的な欲望に基づいた貪りの心が強くても信仰の邪魔になるでしょう。さらには、「信仰の道などへ入ってゆくと、会社でのお前の出世は、どうなるかわからないぞ」「経済的にやってゆけるかどうか、わからないぞ」「せっかく長年勉強したのに、その学歴をお前は捨ててしまうつもりか」といった、この世的な誘惑も出てきます。これが水の河のイメージでありましょう。
それでは、後ろからきた猛獣たち、刀を持って追いかけてきた盗賊たちは、いったい何でしょうか。これは、人間の「眼・耳・鼻・舌・身・意」という「六根に基づく「煩悩」そのものでしょう。
まず、目に基づく欲があります。それから耳に基づく欲もあります。鼻に基づく欲は、よい香りをかぎたいというような欲望です。また、口で味わう食べ物の味についての欲望があります。それから、女性の美しい髪や柔肌など、手で触るものに対する欲望があります。それから心のなかで思うさまざまな欲望もあります。
こうした、「眼・耳・鼻・舌・身・意」による「六根煩悩」、その他もろもろの人間の煩悩そのものが、こうした猛獣や盗賊となって追いかけてきたのでしょう。
どれも、あなたがたを進退極まらせるに十分なだけの恐るべき危機である、と言ってもよいでしょう。
【大川隆法『宗教の挑戦』第3章「信仰は美しい」より抜粋】
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本日も、皆様とともに主の新復活を祈り続けてまいります。
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Lord EL Cantare is my All. 主こそ私のすべて。
We are One, with our Lord. 我々は主と共に一体である。
One for All. All for The One. 一人は主のため、隣人のために。みんなは主の悲願のために。
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◆映画「ドラゴン・ハート」映画伝道について
5月23日(金)に全国の映画館にて公開されます映画「ドラゴン・ハート」は大川隆法総裁先生制作総指揮による28作目の映画となります。この映画の大成功に伊勢支部信者全員の信仰心を結集させていただきます。皆様の尊い布施をどうぞ、この映画伝道植福に託して、私たちに縁ある方々の心と魂を救うべく、この映画を主の御名と共に、全国・全世界で広宣流布してまいります。
映画『ドラゴン・ハート❘霊界探訪記❘』は 未知なる世界に飛び込む勇気を与え
人類に真実への目覚めを与える映画です
全世界の人々に霊的真実と
主エル・カンターレの御存在を弘めてまいります
仏弟子一同 力を合わせて
一人でも多くの方を 主のもとへと誘(いざな)ってまいります
■映画『ドラゴン・ハート―霊界探訪記―』四つのポイント■
①「天国・地獄」の存在を知らしめ、全人類の魂を救済する映画です。
映画では、霊界探訪記として現代の地獄の有様を詳細に描いています。つまり、今死んで地獄に落ちるとしたらどんな世界なのかということがリアルに映像体験できる映画です。死後の世界を詳細に紹介することで、「あの世はない」「霊界なんてばかばかしい」と考える人の間違えた考えをカブト割りする映画です。この映画は、このままでは地獄に落ちてしまうたくさんの方々に救いの縁を届ける「魂の救済」映画です。正しい霊界観や信仰を持たない人にこそ届けたい映画です。
②地球の霊的中心地・シャンバラの危機を救う映画です。
今、地球の霊的中心であるシャンバラは、地上世界で、信仰心が薄れ、神仏や霊的世界を信じない人が非常に増えていること、巨大な唯物論科学国家である中国が、インドやネパール等への覇権を強めていることによって、非常な危機にあります。現に中国・洞庭湖のほとりにあるシャンバラの入り口は発見するのが相当難しくなっています。
シャンバラという地球の霊的センターが護られていることで、魂修行の場としての地上世界も安定いたします。もし、シャンバラが崩壊するようなことがあれば、地球を護る霊的結界が失われ、宇宙の邪神やダークマターの悪想念による更なる地球介入を招く事態となります。
本映画は、霊界思想を地球の霊的センターとしてのシャンバラの存在を全世界へと知らしめることによって、崩壊への危機にあるシャンバラを護るという「神の戦い」そのものを描いた映画です。
③全世界の人々が主なる神エル・カンターレと出会い、一つなる道を示す映画です。
この映画は、全世界の人々に造物主エル・カンターレのご存在を知らしめる映画であり、本年の幸福の科学の活動テーマである「日本全国・全世界にエル・カンターレ信仰を打ち立てよう。なお、一歩を進める」の中心となる作品です。
主人公たちの地獄巡りは、現代社会の諸相そのもの。しかし、そうしいた人類の、かつてない混乱、混迷の先には、大いなる規模、救い主の存在があることを示す映画であり、宗教の違いや、民族や国家の枠を超えて、全人類が、主なる神への共通認識の下、一つになる道を示される希望の映画です。
④仏弟子(まだ気づいていない仏弟子)たちがドラゴン・ハートに目覚め、霊的覚醒をうながす映画です。
この映画は、川で河童を追って溺れた主人公の二人が、霊界の天日鷲神に出合い、「霊界探訪で本来の自己に目覚めることができたなら地上に還してあげる」と告げられ、地獄巡りなどの一種の修行を経て、魂の親エル・カンターレと出会い、本来の自分の使命に目覚めるという、宗教的なメッセージが込められた映画です。
純粋な信仰心、そして、救世への本物の念いの確立が求められている今、私たち仏弟子や、まだ目覚めていない一般の方たちの中にいる仏弟子予備軍に対して、霊的覚醒を促す導きの映画であり、私たちのドラゴン・ハートに導かれた旅は、映画公開までに、すでに始まっていると言えるのが本年の活動です。
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100%エル・カンターレ信仰
―天御祖神とともに―
伊勢から世界に伝える強い信仰
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エル・カンターレ・大好き
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文責:蒲原宏史
