28妖怪は、時に、「権力者を演じ切る。」しかし、本当の実力者であることは、めったにない。
【大川隆法『妖怪にならないための言葉』より抜粋】
68 ある時、モンゴル(元)の軍団がヨーロッパを席巻した。その後、ペストが、はやり、三分の二の人口が死滅した。地獄には、ネズミの大軍と、ゴキブリの大軍が現われた。亡者の群れだ。何百頭もの百象が出現して、ネズミやゴキブリを踏みつぶして駆け抜けた。
【大川隆法『地獄へ行かないための言葉』より抜粋】
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こんばんは。主から頂いた奇跡の一日も残りわずかとなりました。
皆様と共に、一日の終わりに「主への感謝」と「復活の祈り」を捧げます。
三宝帰依を寄る辺として、主エル・カンターレへの信仰を貫くために、一日の始まりを希望と共に「四弘誓願」を立て、『エル・カンターレへの祈り』と『仏説・正心法語』で始めました。
そして日中は主のため、世のため、隣人を救うために、「正しき心の探究」と「地上仏国土ユートピアの実現」のために「四正道」と「六波羅蜜多」の実践をなすべく、私たちは御仏の御手足として働きました。本日も本当にお疲れ様でございます。
引き続き、純粋なる信仰を「復活の祈り」と共に主に捧げると共に、信仰・伝道・植福に私たちの最大の感謝と報恩の誓いを捧げさせていただきましょう。
『主エル・カンターレよ、
主のため、世のため、隣人を救い助けるために、
仏国土ユートピア建設のために、
われらの今世の使命を、光の使命を果たすために、
主への道に立ちはだかる、あらゆる障害を取り除きたまえ。
あらゆる悪霊・悪魔を遠ざけたまえ。
われらを真なる幸福へと導きたまえ。』
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はじめに、今日の一日を振り返りつつ、天御祖神が始まりとされる武士道について、経典『現代の武士道』から学びます。
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第1章 武士道の根本―武士道の源流―
2 『古事記』『日本書紀』に見る武士道精神
〇世界的な英雄ロマンにも匹敵するエピソードの数々
ただ、そのような意図が相手にも分かってしまったため、日本武尊は、焼津(やいず・静岡県)あたりの、背丈ほどもある茅(かや)が生えているようなところで罠にはまり、絶体絶命のピンチに陥ります。そのときに手にしていたのが、「草薙剣(くさなぎのつるぎ)」と後にいわれるものです。
それは、伊勢のほうから出ていくときに、伯母である倭媛(やまとひめ)から、「これは、昔、須佐之男命(すさのおのみこと)が八岐大蛇(やまたのおろち)を退治したときに、尻尾(しっぽ)から出てきた刀、『天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)』です。これは御神器になっているものですが、お前に授けるので持っていきなさい」と言われて、持っていったものでした。
この草薙剣で焼津のあたりの草を薙ぎ払ったら、風向きが変わり、今度は敵のほうに火が行って、彼は助かります。そのようなことがあったのです。
帰途では、浦賀水道(三浦半島と房総半島に挟まれた海峡)のあたりで、今度は海がすごく立ち騒いで、荒れるようなことがありました。そのとき、これは当時の風習でもあったのですが、「海神が暴れているので、妻である弟橘媛(おとたちばなひめ)がそれを鎮めようとして身を投げ、実際に海が凪いでしまう」というようなこともありました。
これも「日本的な精神」として言われているのですが、日本武尊はこれで妻を亡くすわけです。ただ、弟橘媛として、入水しましたが、理由はそれだけではなかったかもしれません。自分が日本武尊と結婚したために、自分の実家や親族一同が大和朝廷に成敗されることになってしまったわけで、「もう、里を失っていた」ということもあったのかもしれません。そのへんは分かりませんが、そういうものもあります。
また、日本武尊は、群馬から軽井沢(嬬恋村・つまごいむら)に入るあたりで、振り返って東の国を見て、「吾妻(あずま)やは(吾が妻よ)」・・・」と嘆いています。それで関東地方は「東(あずま)の国」と言われるようになったわけです。
そのあと、朝廷に帰ってこようとして歩いていくのですが、三重の国に到達したときに、最期を迎えました。
その直後、これも不思議なことなのですが、それだけの「剣の達人」が、草薙剣を置いて山に登っています。そして、山で、猪に化けた山の神に襲われて、その牙に刺され、それがもとで死ぬのです。
「三重」の語源は、「足が三重に折れるぐらい、くたくたになった」という意味なのですが、大和に入れずして三重で亡くなり、白鳥になって飛んでいくという伝説が残っています。
世界的に通用するような英雄ロマンに極めて近く、「アーサー王伝説」などにも十分匹敵するようなものが、このころからあります。おそらくは、二世紀から三世紀ぐらいのことではあろうと思うので、そのころに、やはり「実の兄でも、父である天皇に対する貢ぎ物を横領するような者は許せない」としたり、「自分の妻の親戚であっても、天皇の命令ならば、天下平定のためには成敗に行かなければいけない」というようなことも遂行したりしているのです。
【大川隆法 『現代の武士道』第1章「武士道の根本―武士道の源流―」より抜粋】
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今日の一日を振り返りつつ、教典『真説・八正道』より反省の本質を学びます。妖怪性からの脱却をはかり、「反省からの発展」さらに「中道からの発展」を目指しましょう。
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4天上界における意思統一【正思】
〇自分の認識を超えた「神仏の創られた世界」があることを受け入れる
本書の序論でも、大きな意味における信仰心という土台に立っての仏法真理の「探求・学習・伝道」であると述べたはずです。
それは自然科学的なものではないのです。単に実験をして、「これはプラスと出たからオーケー」「これはマイナスと出たから違う」という意味での探究を言っているのではないのです。
神仏の創られた世界は、人間が探求しようがしまいが厳然としてあるのです。また、この世界の法則は厳然としてあるのです。それは、人間が見ようと見まいと、聞こうと聞くまいとあるのです。これが前提であって、そうした前提が分からない者は、探求の入り口に立てないということなのです。
自分の目を通して認識できるものだけを理解することが探求だというのであれば、これは大変なことになります。そのようなものは、顕微鏡を通して宇宙を見ようとしているのだと同じことでしょう。あるいは、万華鏡を通して宇宙を見ようとしているのと同じことです。それほどに違いがあるのだと考えてください。
【大川隆法『真説・八正道』第3章「正思」103pより抜粋】
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今日の一日を振り返りつつ、1991年7月に説かれました『永遠の仏陀』を振り返ります。
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第四章 跳躍の時
〇魂の生地の洗濯
しかし、この際に、
おまえたちに、さらに、分かりやすく話をしてゆくとしよう。
おまえたちは、偉大な考えを持つということを、
非凡な考えを持つことと捉え
他の人が考えないようなことを考えることと捉えるだろう。
けれども、私は言う。
確かに、そのように、非凡な内容のことを考え、
他の人が決して思いつかないような
偉大なことを考えることは、
重要なことであるが、
その前に、前提があるということを。
それは、おまえたちの心が清らかでなければ、
どのような偉大な思想も無駄になるということなのだ。
人間の魂にとって、いちばん大切なことは、
その魂の基(もとい)が清らかであるということなのだ。
魂の根っこがよく洗われ、
不純なものがないということなのだ。
魂が透明であるということなのだ。
これがまず先決のことであり、
これを考えることなく、膨大な知識を詰め込んでも、
残念ながら、それは実りあるものとならないのだ。
そう、これもまた、砂上の楼閣(ろうかく)の一つにしかすぎないのだ。
見よ。
世の中で、成功したと言われる人を。
彼らは、まさに、
この砂上の楼閣を築いているのではないだろうか。
人間としての、その本性において、
清らかなるものを持っているか。
無私なるものを持っているか。
そういう心を持つことなく、
自分の事業欲のために、
知識欲のために、
出世欲のために、
さまざまな思想を詰め込み、
学問をし、専門知識を吸収したとしても、
それらのものは不毛である。
一陣の風が吹いてきた時に、
やがて、砂上の楼閣は、もろくも崩れてゆくであろう。
この一陣の風とは、無常の風である。
あの世から吹いてくる風である。
どのような人間も逃れることのできない、
人生の終わりの時に吹いてくる風である。
この一陣の風に見舞われたら、
このような砂上の楼閣は、ひとたまりもないのだ。
その土台から崩れてゆかざるをえないのだ。
ゆえに、魂が跳躍する前には、土台を固めよ。
これが大事なことなのだ。
日々、己の心を振り返り、
邪悪なるものが、そのなかにないかどうかを振り返るのだ。
みずからの心のなかに、よこしまなる思いはないか。
みずらかの心のなかに、虚栄心に満ちたものはないか。
みずからの心のなかに、他を見下す心がないか。
みずからの心のなかに、
自分自身の魂を破壊させるようなものがないかどうか。
そうしたことを考えるのだ。
こうして、日々、己の魂の生地を洗濯するのだ。
魂の生地をきれいに洗濯し、それを乾かしてこそ、
見事な色柄をつけることも可能であるのだ。
白い生地には、さまざまな絵を描くことができるのだ。
このことを大事にしなさい。
【大川隆法『永遠の仏陀』第四章「跳躍の時」より抜粋】
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続いて、仏陀の教えに原点回帰すべく『釈迦の本心』を共に学びます。
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第三章 六波羅蜜多の思想
9 般若波羅蜜多
六波羅蜜多の最古の徳目は「般若波羅蜜多」です。
「般若(はんにゃ)」という言葉は、『般若心経』などによって有名ですが、これは「智慧」という意味です。それも単なる知識的な知恵ではなく、深いところから出てくる叡智のことなのです。
これは「般若の智慧」ともいわれます。深いところから、こんこんと智慧があふれ出るさま、湧き出て止まらないさまが、真の智者の姿です。般若の智慧を得る段階に至ると、この世的なる学問や経験は、砂と砂金にふるい分けられ、砂金のみがいっそう光を増すのです。
人格が完成して、ある程度の人物、偉人となるためには、確かに、数多くの読書や経験を経ることが必要であり、そうして得た知識や経験は珠玉のごとく輝いています。
しかし、そうした知識や経験も、般若の智慧が出てきたときには、もはや光を失っていくように見えます。それほど、般若の智慧は偉大なものなのです。というのは、心の窓を開かなければ、般若の智慧に至ることは決してできないからです。
八正道を中心にして、自らの心を正していくと、やがて心の扉が開き、自らの守護霊や指導霊の声が聞け、彼らと話ができるようになります。実在界の守護・指導霊たちは、地上の人間をはるかにしのぐ智慧を出す力があります。なぜなら、実在世界においては、それぞれの霊たちが、過去世で経験したことや学んだことをすべて持っているからです。
地上においては、表面意識はわずか一割程度になり、残り九割近くは潜在化してしまいます。しかし、霊的世界においては、反対に、潜在化していた九割の部分、すなわち過去世の知識の部分が表面意識として顕在化し、地上に生きていたときの意識が、残りの一割として潜在化していることが多いのです。
したがって、比率だけで見ると、霊人は地上の人間の約九倍の智慧を持っていることになります。これが霊人の本質です。同じ霊格であっても、地上に降りている人間の智慧と比較して、霊人は約九倍の智慧を持っているのです。
ましてや、霊的世界には、自分より高い霊格の人たちが数多くいます。地上では同時代に会うことができないような最高の知者たちが、実相の世界にはキラ星のごとくいるのです。
現代の日本において、どれほど頭がよいと言われる人であっても、どれほど優秀な大学教授であっても、はたしてソクラテス以上の叡智を持っているでしょうか。あるいは、孔子を凌駕するほどの思想家でありえましょうか。
実在の世界には、そうした人たちが数多くいます。また、歴史上、名前が残っている人だけでなく、過去の文明において活躍した数多くの高級霊たちもいます。その数はとても数え上げることができないほどです。こうした霊人たちが結集して指導にあたったとき、地上的な知識や努力が何ほどの力を持ちうるでしょうか。
高級霊たちは私にさまざまな霊示を送ってきていますが、それは地上の人間の三次元的知識では及びもつかないほどの質と量を持っています。こうした霊示を受けることも、「般若波羅蜜多」の実践を行っていることになるでしょう。
「人間として最大の智慧を得る段階に至るために、努力というものがある」ということを知らねばなりません。それは結局、「仏法真理を知ることが、自分を自由自在となし、大力量人へと変えていく」ということを意味しているのです。
【大川隆法『釈迦の本心』第三章「六波羅蜜多の思想」より抜粋】
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明日も、皆様とともに主の新復活を祈り続けてまいります。
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Lord EL Cantare is my All. 主こそ私のすべて。
We are The One, with our Lord. 我々は主と共に一体である。
One for All. All for The One. 一人は主のため、隣人のために。みんなは主の悲願のために。
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「神戸正心館エル・カンターレ像開眼祈念植福」について
2025年、主エル・カンターレを信じる皆様と共に救世活動に邁進できますこと、心より感謝申し上げます。
本年も、全国、全世界の天変地異調伏と疫病調伏と発展・繁栄の未来を創造する誓いを込めて、「神戸正心館建立祈念植福―エル・カンターレ像開眼祈念植福―」に伊勢支部信者の信仰心を結集させていただいています。
【趣旨① 「神戸正心館建立」エル・カンターレ像開眼祈念植福を祈念して】
奈良時代に様々な内乱・大飢饉・疫病が流行った時には、聖武天皇が詔を発し、行基菩薩が勧進役となって、東大寺の毘盧遮那仏が建立されました。結果、様々な病気が無くなったと言われています。
災厄に対して信仰心と法力で戦うのは宗教の使命です。当時、お金や材木の布施・人夫などで携わった人々は延べ二百六十万人ものぼるとも言われており、人口の 半数にもあたりました。そのように、毘盧遮那仏建立は、国家を挙げて、国民にエル・カンターレ信仰を伝える一大伝道事業でもありました。
この度の神戸正心館建立は〈天変地異調伏祈念〉という願いが込められています。エル・カンターレ下生を全世界に告げ知らせ、数多の天変地異を調伏せんとする 信仰心の結集運動が神戸正心館の建立です。これは、あらゆる厄災から人々を護らんと願う大いなる愛の実践そのものでもあります。
【趣旨② 「神戸正心館建立」は一大霊場づくり】
また、昨年末には、<聖地>エル・カンターレ生誕館が別格本山となりました。その光が淡路島を参道として本州に流れてくる神戸の地に、神戸正心館は建立されます。
神の戸が開き、聖地が一大霊場として大きく広がることで、主エル・カンターレ御降臨とその奇跡が日本全国、全世界へと広がって参ります。
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。゜+. With Savior 。゜+.
100%エル・カンターレ信仰
―天御祖神とともに―
伊勢から世界に伝える強い信仰
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E-mail:ise@sibu.irh.jp
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https://hsise.com/
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TEL:0596-31-1777
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FAX:0596-31-1778
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エル・カンターレ 大好き!
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文責:蒲原宏史
(1/29-2)29『永遠の仏陀』を読む―跳躍の時―魂の生地の洗濯―般若波羅蜜多
