(4/5-1)95真理の言葉『正心法語』を読む ㊱ 光のみ実在 愛のみ実在 真理のみ実在―神や偉人の歴史を消し去ろうとする左翼史観

『正心法語』を読む

56 見ていないようで見ている人は仕事ができる。見られていないと思って、見られている人は仕事ができない。
57 口は一つ、耳は二つ。しゃべる二倍聞け。

【大川隆法 箴言集『仕事への言葉』より】
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おはようございます。「一日一生」。今日も、主のため、世のため、人のために、信仰に、伝道に、植福にさらに一歩進めましょう。

新しき日を 迎えるにあたり、
主エル・カンターレに
心より お誓いいたします
本日も
正しき心の探究と
愛と
知と
反省と
発展の
幸福の原理を実践し
一層 悟りを高め
地上ユートピアの建設に
力を尽くして まいります。
生命ある限り
この仏法真理を 弘めます。
どうか 私の
今日の誓いを
お聞き届けください
ありがとうございました(合掌)

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本日も、皆様とともに主の新復活を祈り続けてまいります。本日も全国・全世界の信者の信仰心を結集し①10:00~、②13:00~、③19:00~と世界同時に主の奇跡を願い、復活の祈りを捧げさせていただきます。皆様の祈りの結集をお願いいたします。

4月21日は主の伊勢支部御巡錫記念日です。2013年4月21日大川隆法総裁先生が伊勢支部に御巡錫されて御法話『信仰心と国を愛する心について』を賜りました。この御法話は経典『日本建国の原点―この国に誇りと自信を』の第一章に所収されています。経典をお持ちでない方は支部や精舎、書店にてぜひとも拝受ください。【1800円(税抜)】

この聖なる日に向けて、信仰・伝道・植福に私たちの最大の感謝と報恩の誓いを捧げさせていただきましょう。

ここからは、伊勢支部御巡錫御法話―『信仰心と国を愛する心について』を振り返ります。そののち、『仏説・正心法語』をともに読んでまいります。
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■『信仰心と国を愛する心について』
2神や偉人の歴史を消し去ろうとする左翼史観
〇「天照大神」と「聖徳太子」を架空の人物にする左翼史観

もちろん、こうしたことについては、さまざまな左翼系の学者が引っ繰り返そうとして頑張っており、日本の歴史をいろいろと書き換えたり、批判をたくさんしたりしています。

例えば、今の歴史学者は、「天武天皇、持統天皇のころに『古事記』『日本書紀』が編纂されたが、特に『日本書紀』等でかなりつくりかえられた。持統天皇の人格が反映されて、天照という人格が創造されたのだ」というようなことを言って、日本の歴史を千三百年程度に縮めようと”頑張って”はいるわけです。

ただ、そうとは言い切れない面があるように思われます。

というのは、それより百年近く前の聖徳太子の時代(六〇〇年前後)に、隋の煬帝に宛てて、聖徳太子が国書を送ったのですが、このときに、「日出する処の天子、書を日没する処の天子に致す、恙無(つつがな)きや」と書いているわけです。

傲岸無礼(傲岸無礼)といえば傲岸無礼な、自信満々の言葉でしょう。「日が昇るところの天子が日の没するところの天子に国書を送る」という立場には、何とも言えないものがありますが、これは、朝貢外交などとは違って、明らかに、”挑発外交”です(会場笑)。「攻めて来れるものなら、来てみろ!」というような感じだと思います。

さらに、「恙無(つつがな)きや」ですから、隋の煬帝は怒って国書を破り、焼き捨てようとしたらしいのですが、「まあ、まあ」と諫められたため、いまだに遺ってはいるようです。

なお、聖徳太子は、「憲法一七条や冠位十二階を制定したり、その他、いろいろと改革を行った」ということになっているわけですが、これも、日本人にしては、あまりにも鮮やかにいろいろなことができすぎているので、今の歴史学者は、「そんなことがあってはならいいのではないか」と思うようです。そして、ついに「聖徳太子は架空の人だった。想像上の人物で、存在しなかった」というようなことまで言い出しました。

一万円札から、その肖像が消されると、すぐにこうしたことが起きるので、気をつけないといけません。(会場笑)。一万円札で使っていれば、そんなことを言う人はいないと思いますが、福沢諭吉に変わってしまうと、すぐにそうしたことを言う人が出てくるわけです。

しかし、生きていた証拠があまりにも多く出すぎているので、「聖徳太子が架空の人物だった」というのは、やや無理があるように思います。

架空のこととして、そのような物語を全部書けるはずがありません。「架空の人物が中国に送った国書が、届いて遺っている」などと言うことが、あろうはずもないので、実際にいた人物なのです。

そんなすぐれた人が過去の日本にいたら、恥ずかしいでしょうか。おかしいでしょうか。私は全然、そうは思いません。

結局、「日本は駄目な国で、過去にいてはいけないのだ」という強い信念の下に書けば、そういう人を全部否定していくことになるのでしょう。

【大川隆法『日本建国の原点―この国に誇りと自信を』第一章「信仰心と国を愛する心について」より抜粋】
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さて、ここからは、私たち仏弟子の生命ともいえる、「仏説・正心法語」について共に考える機会を得たいと考えています。

教義として主よりたくさんの御教えをいただいていますが、その中心にあるのが、「仏説・正心法語」です。たくさんの仏法真理を主よりいただいていますが、数多の経典は「正心法語」を正しく理解するためにあるといっても、けっして過言ではありません。
「仏説・正心法語」は仏の光であり、仏の生命であり、私たちの力であり、仏弟子の生きていく寄る辺です。

七つの経文が収められていますが、「毎日、全編を繰り返し読誦してください」とお勧めさせていただいています。理屈抜きで、毎日、正心法語を読むと元気になるからです。

経文にも、「ああ 七色が 相集い 仏の御国を 照らし出す」とあるように、「仏説・正心法語」は本来、七つの経文が合わさって一つの法身を表現しています

正心法語は法華経・般若心経の一万倍の力があると教えていただいていますが、私たちサンガは正心法語の威力を十分に使いこなせていないのではないかと思います。
私も含めて皆様の中で、今日からさかのぼって一日のうち、正心法語の全編読んだ人がどれだけいるでしょうか。読経の習慣化が法力を生むことを私たちは主から教えていただき知りながら、なかなか実践できずにいます。実にもったいないことです。

私たちサンガ・幸福の科学の活動は多岐にわたっていますが、あらゆる活動の力の源泉は「仏説・正心法語」から生まれています。だから、この経文を毎日、読誦することを繰り返すことで、私たちは主より法力という名の力を授かることができるようになります。

このメールマガジンでは、日々の活動で「仏説・正心法語」からどのように活動のエネルギーを引き出していくかという視点で、お届けしたいと考えています。この経文に関する主の御解説は経典『信仰論』に説かれていますので、伊勢支部にてぜひご拝受ください。「法力」という名の悟りと救済力と得るために必要な経典です。

それでは、「真理の言葉 正心法語」から始めましょう。「正心法語」はこのように続きます。
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光のみ 実在
愛のみ 実在
真理のみ 実在を
語り 伝える 菩薩なり

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本日の引用部分は英語版の「正心法語」-The True Words Spoken By Buddha-では、このようになっています。

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Believe in that The Light has Reality.
Believe in that Love has Reality.
Believe in that The Truth has Reality.
These are the Facts that should be Conveyed.

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本日の解説も、経典『信仰論』から引用させていただきます。
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この部分を読む際に、「私は菩薩なのだろうか」と疑問に思う人もいるかもしれませんが、この「菩薩」という言葉のなかには願いが込められています。菩薩とは、「仏になりたい」と願って修行している人のことでもあるのです。

菩薩とは、狭義では、「七次元世界の住人」と定義されますが、広義では、「仏になろうと志して修行をしている人」「仏になるという大願を掲げて修行し、伝道している人」「仏の助けをしようとして活動している人」―そうした人のことを言います。

したがって、菩薩には、仏を目指している人たちもふくまれます。ここでは、そうした広い意味での菩薩のことを言っているのです。

そして、みなさんには、真の菩薩への道も開けています。

【大川隆法 『信仰論』 より抜粋】
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お祈りの経文のなかに「主への祈り」があります。
主への祈りでは、このように説かれています。

「主エル・カンターレよ
あらゆる光と
あらゆる力と
あらゆる智慧と
あらゆる愛の
根源の方よ

われらに 光を お与えください
われらに 力を お与えください
われらに 智慧を お与えください
われらに 愛を お与えください」

このように説かれてその後、お祈りの最後では、

「主よ
御光を お与えくださって
本当に ありがとうございます。
心より 感謝いたします」(合掌)

このように締めくくられています。
このように、光と力と智慧と愛の根源にあるのが私たちの主エル・カンターレであることが分かります。そして、光と力と智慧と愛が私たち信仰者のエネルギーの源であることが分かります。

主から御光のエネルギーをいただいた私たち光の菩薩が何をこの地上で行うかというと、

光のみが実在であり、
愛のみが実在であり、
仏法真理のみが実在であることを
語り伝えること。

つまり「伝道すること」が私たち光の菩薩の仕事であると教えていただいています。
大胆に極論してしまえば、
光・愛・仏法真理、以外のものは実在ではなく、幻のようなものであるといいきることができます。

おもえば、聖徳太子の格言に「世間虚仮、唯仏是真」とあり、世の全ては夢幻のようであり、唯一仏のみが真実である。といいきっています。

この真実を述べ伝える使命が私たち光の菩薩の地上でのお仕事となります。

日本語版の「正心法語」の
「我らは 皆 光の菩薩」の箇所を英語版正心法語では、
All of us could be The Light of Bodhisattvas.
となっており、直訳すると「私たちは光の菩薩になることができる」となります。
菩薩の法門は、すべての人間に開かれているということであり、また同時に、本物の菩薩になれるかどうかは、地上での私たちの修行次第であることも同時に意味します。

このように主は、私たち全員に、菩薩になる可能性を平等に与えながら、心の自由を同時に与えました。このように仏から生かされ、与えられた時間(生命)の中で、心の修行と与える愛の実践に取り組み、魂の自由を得ることができる―悟りへの道をお開きになりました。これこそが仏の人間に対する最大の慈悲なのではないかと私は思います。

主からいただいた、心の自由を最大限に生かして、「主を愛し」「主の法と一体となり」「われらの隣人を救い助ける」ことを日々目指してまいりましょう。

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仏の国への導きについて、御法話より抜粋いたします。
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菩薩とは、基本的に仏になろうとして努力している人たちのこと。それは、より多くの人々を救い、助け、幸福にしていこうといていく人たちのことを言う。釈尊も菩提樹下で大悟し、仏の自覚を持つまでは、「自分は菩薩である」という自覚を持っていた。

仏としての自覚とは何か、直接、真理を獲得したという自信と真理に目覚めたということを、自信を持って他の人に説けるようになったということ。・・・

その信ずる心に基づいて、勇気を持って、行動してください。伝道にはまだまだ遥かに長い道のりが用意されている。数多くの人々に真理が届いていない。・・・彼らの無明を打ち破り、真理を伝道師、一人でも多くの人々を、入会へ導き、三帰誓願へと導いていってください。それは、仏の光の一部となるということ。そういう人たちを数多くつくってください。それが菩薩行であり、ある意味、菩薩になるための唯一の条件でもある。

【大川隆法 御法話「菩薩の条件」より】

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■「釈迦如来の意識で書かれた経典です!」
『仏説・正心法語』は、全編を私の潜在意識である釈迦如来の意識で書いた経典です。古い伝統的な仏教教団では、毎日、さまざまなお経を読んだり、題目を唱えたりしていますが、『仏説・正心法語』という経典が出されたということは、そうした古い経典類はもう要らなくなることを意味しています。
【大川隆法『信仰論』p.114より抜粋】
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ここで、仏教の基本に立ち返るべく、教典『心の挑戦』を学びます。経典お持ちでない方は、ぜひお求めください。【1800円税込み】
―本書は、神秘的な宗教の世界に憧(あこがれ)、仏教的世界観を探し求めている人生の旅人たちにとって、絶好の案内書となることでしょう。―『まえがき』より
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■『心の挑戦』
第3章 禅定の本質
4 心の錆(さび)落としをする(反省)

ですから、常日頃そういう状態にない方が、「たまの休日に禅定でもしようか」と思って瞑想する場合、三次元波動をいったん遮断して、心の波がゆるやかになってきた段階、すなわち潜在意識の扉が開きそうになってきた段階で、まず心の錆(さび)落としをする必要があります。

心のなかに、デコボコといろいろなものがあって、そこにひっかかりがたくさんありますと、そのひっかかりの部分に、ちょうどロープでも結んで上がってくるように、悪霊が入り込んできますから、潜在意識との完全な交流に入る前に、まず自分自身の心のあり方を正していく必要があります。その際に、自分の思いと行いの一つひとつを点検していくことが大事になります。

では、まずは何を点検すればよいのか。通常の場合、いちばん大切なのは、まずその日一日を振り返ることです。

「今日一日はどうであったか。朝起きてからあと、自分の心のなかにどんな思いが去来しただろうか。それは正しい思いであっただろうか。人に対して悪い思いが去来しただろうか。悪いことを考えなかっただろうか。また、悪い行いをしなかっただろうか」―そのように、思いと行いについて、まずその日一日をふり返って行くのです。

そして点検してみて、悪いものがあったならば、「今度は、そういうことはするまい」と反省するのです。人に対して悪い思いを発したならば、「それは、どうも申しわけないことをしたものだな」と、きちんと反省をする。悪い行為についても、「もうこういうことはするまい、修正すべきことは修正しよう」と決意をすることです。

そして、きょう一日について心のクリーニングが終わったならば、さらに、その射程距離を広げていきます。

たとえば、ここ一週間のことについて思い出してみます。一週間ぐらいのことでしたら、わりに覚えているものです。この一週間ぐらいの思いと行いに関して、幸福の科学の書籍で読んだ仏法真理に照らして、それが正しい思いと行いであったかどうかを、ずっと点検してみます。

それが終わったならば、さらにもう少し広げて、この一ヵ月について考えてみます。「この一ヵ月の自分はどうであっただろうか。悪い思いは持たなかったか。悪い行いはしなかったか。あるいは、きちんと精進をしていただろうか。努力を怠らなかっただろうか。仏弟子としての使命を、おろそかにはしなかっただろうか。きちんと、やるべきことをやっただろうか」「一か月前と今を比べて、私は何かが前進しているだろうか。もし前進していなければ、仏からいただいた生命を無駄に使ったということになる」「自分は感謝というものをしているだろうか。自分が生かされていることへの感謝、仏への感謝、天地万物への感謝、また、多くの人たちの労力に対する感謝、こんな感謝をしただろうか」―こういうことを一ヵ月の反省と・
・てやってみます。

そしてさらに次には、この一年ぐらいをふり返ってみます。「ちょうど一年前の今頃、自分はどうであったか。それからの一年間、自分はどういうことを思って、どういうことを行ってきたか。一年前と今とでは、自分は前進しているだろうか、後退しているだろうか。自分の心の問題、性格の問題として考えていたものは、修正することはできただろうか。少しでも、進歩しただろうか。それとも悪くなっているのだろうか」。そうしたことを、この一年間についてふり返ってみます。ここまでしますと、だいぶ身体と心が澄んでまいります。

そして、さらに、自分自身を振り返る充分な時間がもう少しあるならば、できれば生まれたときからのことを、年代を区切って順番に考えることが大事です。「生まれてから三歳までの自分というのは、どういう自分であったのだろうか」それをちょうど映画のスクリーンでも見るように、心のスクリーンに映してみます。そうすると、そのスクリーンに映った自分の周りに、両親、あるいは兄弟、おじいさん、おばあさん、近所の人など、いろいろな方が現われてくるでしょう。そうした周りの姿をスクリーンに映しながら、三歳までの自分自身のあり方を考えてみるのです。

さらに、小学校に上がる頃までのことをふり返ってみる。次は小学校時代のことをふり返ってみる。中学生時代はどうであったか。高校に入ったらどうであったか、それ以降はどうであったか。そうした自分の人生の重大転機というものを境として、年代を区切って思い出していく。そして、もう一度現在の自分にまでたどり着く―。

そこまで反省をしますと、たいていの場合、思わず知らず両眼から涙が頬を伝っているものです。この涙こそが、実は、あなたがたの心の塵というものを流しているものなのです。

【大川隆法『心の挑戦』第3「禅定の本質」より抜粋】
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本日も、皆様とともに主の新復活を祈り続けてまいります。
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Lord EL Cantare is my All. 主こそ私のすべて。
We are The One, with our Lord.  我々は主と共に一体である。
One for All. All for The One. 一人は主のため、隣人のために。みんなは主の悲願のために。
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◆映画「ドラゴン・ハート」映画伝道について
5月23日(金)に全国の映画館にて公開されます映画「ドラゴン・ハート」は大川隆法総裁先生制作総指揮による28作目の映画となります。この映画の大成功に伊勢支部信者全員の信仰心を結集させていただきます。皆様の尊い布施をどうぞ、この映画伝道植福に託して、私たちに縁ある方々の心と魂を救うべく、この映画を主の御名と共に、全国・全世界で広宣流布してまいります。

映画『ドラゴン・ハート❘霊界探訪記❘』は 未知なる世界に飛び込む勇気を与え
人類に真実への目覚めを与える映画です
全世界の人々に
霊的真実と主エル・カンターレの御存在を
弘めてまいります

仏弟子一同 力を合わせて 
一人でも多くの方を 主のもとへと誘(いざな)ってまいります

■映画『ドラゴン・ハート―霊界探訪記―』四つのポイント■

①「天国・地獄」の存在を知らしめ、全人類の魂を救済する映画です。
映画では、霊界探訪記として現代の地獄の有様を詳細に描いています。つまり、今死んで地獄に落ちるとしたらどんな世界なのかということがリアルに映像体験できる映画です。死後の世界を詳細に紹介することで、「あの世はない」「霊界なんてばかばかしい」と考える人の間違えた考えをカブト割りする映画です。この映画は、このままでは地獄に落ちてしまうたくさんの方々に救いの縁を届ける「魂の救済」映画です。正しい霊界観や信仰を持たない人にこそ届けたい映画です。

②地球の霊的中心地・シャンバラの危機を救う映画です。
今、地球の霊的中心であるシャンバラは、地上世界で、信仰心が薄れ、神仏や霊的世界を信じない人が非常に増えていること、巨大な唯物論科学国家である中国が、インドやネパール等への覇権を強めていることによって、非常な危機にあります。現に中国・洞庭湖のほとりにあるシャンバラの入り口は発見するのが相当難しくなっています。

シャンバラという地球の霊的センターが護られていることで、魂修行の場としての地上世界も安定いたします。もし、シャンバラが崩壊するようなことがあれば、地球を護る霊的結界が失われ、宇宙の邪神やダークマターの悪想念による更なる地球介入を招く事態となります。

本映画は、霊界思想を地球の霊的センターとしてのシャンバラの存在を全世界へと知らしめることによって、崩壊への危機にあるシャンバラを護るという「神の戦い」そのものを描いた映画です。

③全世界の人々が主なる神エル・カンターレと出会い、一つなる道を示す映画です。
この映画は、全世界の人々に造物主エル・カンターレのご存在を知らしめる映画であり、本年の幸福の科学の活動テーマである「日本全国・全世界にエル・カンターレ信仰を打ち立てよう。なお、一歩を進める」の中心となる作品です。

主人公たちの地獄巡りは、現代社会の諸相そのもの。しかし、そうしいた人類の、かつてない混乱、混迷の先には、大いなる規模、救い主の存在があることを示す映画であり、宗教の違いや、民族や国家の枠を超えて、全人類が、主なる神への共通認識の下、一つになる道を示される希望の映画です。

④仏弟子(まだ気づいていない仏弟子)たちがドラゴン・ハートに目覚め、霊的覚醒をうながす映画です。
この映画は、川で河童を追って溺れた主人公の二人が、霊界の天日鷲神に出合い、「霊界探訪で本来の自己に目覚めることができたなら地上に還してあげる」と告げられ、地獄巡りなどの一種の修行を経て、魂の親エル・カンターレと出会い、本来の自分の使命に目覚めるという、宗教的なメッセージが込められた映画です。

純粋な信仰心、そして、救世への本物の念いの確立が求められている今、私たち仏弟子や、まだ目覚めていない一般の方たちの中にいる仏弟子予備軍に対して、霊的覚醒を促す導きの映画であり、私たちのドラゴン・ハートに導かれた旅は、映画公開までに、すでに始まっていると言えるのが本年の活動です。

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。゜+. With Savior 。゜+.
100%エル・カンターレ信仰
―天御祖神とともに―
伊勢から世界に伝える強い信仰
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E-mail:ise@sibu.irh.jp
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https://hsise.com/
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TEL:0596-31-1777
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FAX:0596-31-1778
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エル・カンターレ・大好き

文責:蒲原宏史

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