(3/21-1)80真理の言葉『正心法語』を読む ㉑導きの手は振られたり―真理に目覚めた人たちが行く天上界とは

『正心法語』を読む

18 ヒヨッ子に仕事を任せる時には、メモに書いて渡せ。
19 ヒョッ子社員は、上司の命令の数字や内容を確認せよ。

【大川隆法 箴言集『仕事への言葉』より】
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おはようございます。「一日一生」。今日も、主のため、世のため、人のために、信仰に、伝道に、植福にさらに一歩進めましょう。

新しき日を 迎えるにあたり、
主エル・カンターレに
心より お誓いいたします
本日も
正しき心の探究と
愛と
知と
反省と
発展の
幸福の原理を実践し
一層 悟りを高め
地上ユートピアの建設に
力を尽くして まいります。
生命ある限り
この仏法真理を 弘めます。
どうか 私の
今日の誓いを
お聞き届けください
ありがとうございました(合掌)

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本日も、皆様とともに主の新復活を祈り続けてまいります。本日も全国・全世界の信者の信仰心を結集し①10:00~、②13:00~、③19:00~と世界同時に主の奇跡を願い、復活の祈りを捧げさせていただきます。皆様の祈りの結集をお願いいたします。

3月23日は「大悟祭」です。大悟祭とは、1981年3月23日に、大川隆法総裁先生が、霊的覚醒を経て、自らが、根本仏にして地球神であるエル・カンターレであるという大いなる悟りを得られたことをお祝いする日です。

3/23(日)~25 
(火)を大悟祭期間とし、大宇宙の根本仏であり、宇宙のマスターでもあられる主エル・カンターレ大川隆法総裁先生の「大悟の瞬間」(1981 年 3 月 
23 日)に思いを馳せ、人類救済の原点である主の大悟への心からの感謝を捧げます。

信仰は、悟りの高まりと共に深みを増していくものであると教えていただいています。そして、主が「エル・カンターレの法」をお説きくださる未来を心から願い、主の心と一体となる念いを込めて、「復活の祈り」を捧げさせていただきます。

さて、ここからは1991年3月24日に説かれました大悟祭御法話『発展思考』を振り返ります。そののち、『仏説・正心法語』をともに読んでまいります。
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■『発展思考』
〇真理に目覚めた人たちが行く天上界とは
目を転じて、天上界を見たらどうでしょうか。
四次元の幽界世界のなかにも、「精霊界」という、草花が咲き乱れている美しいところもあります。その四次元でも地上よりは美しい。

五次元の「善人界」といわれている所は、善男善女の行く所です。夫婦仲睦まじく生き、それぞれの職業のなかで一生懸命、真面目に生きた人たちは、この五次元善人界に還ります。

ここでは、まだお百姓さんをしている人もいます。お店屋さんをしている人もいます。いろいろな職業があります。地上にある職業はほとんどあります。ここではまだ夫婦仲良く暮らしている方がたくさんいます。この世で夫婦相和し、そして他人様に後ろ指をさされることもなく、清く正しく生きて、喜ばれるような生き方をした方は、この世界に入ります。

この世界は、この地上よりもはるかに安らぎに満ち、美しい世界です。少なくとも、他の人びとを傷つけるような人は生きていません。ここはみんな親切な人で満ち満ちています。

この上に「六次元光明界」というところがあります。これは、先ほど申しましたように、「先生」と名の付く人が行く所です。人びとを教えることができる立場に立っている人、これは決して学校だけではありません。それ以外のところであっても、人々を導けるような立場に立っている人、人々に人生観を語り、生きる道を教えてあげられる、こういう立場に立っている人の行く所が、六次元というところです。

その段階もいろいろありますが、この世界はさすがに優れている人たちが多いのです。みなさまがたもときどき、優れた人の集まりに入ってくると、「立派な方がずいぶんいるな。このままでは、自分ももっと勉強しなきゃいけないな」という気持に打たれることがあるでしょうが、この六次元という世界へ行くと、そうした素晴らしい人たちとの出会いが待っています。教え合うことが非常に多い、お互いに学ぶことが非常に多い世界です。また、この光り輝きは、先ほどの五次元善人界よりもさらに美しいものになっています。

この六次元の上のほう、上段階といわれる霊域のなかに、「阿羅漢」という世界があります。己の心の曇りを取り去り、正しき心で生きた人、そして真実の道への修行をなしている人たち、光の天使の予備軍たち、光の天使を目指して生きている人たちがいる世界が、この阿羅漢という世界です。

「今世において、どなたも、真理というものに目覚め、そして、神を信じて努力精進していけば、この阿羅漢の境地にまでは達することは可能です」と、私は申し上げております。そうです、ここまでは可能です。

【大川隆法 初期重要講演集ベストセレクション⑦『許す愛』第2章「発展思考」より抜粋】
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本日も、皆様とともに主の新復活を祈り続けてまいりたいと思います。本日も全国・全世界の信者の信仰心を結集し ①10:00~、②13:00~、③19:00~(各回約50分)と世界同時に主の奇跡を願い、復活の祈りを捧げさせていただきます。皆様の祈りの結集をお願いいたします。

さて、ここからは、私たち仏弟子の生命ともいえる、「仏説・正心法語」について共に考える機会を得たいと考えています。

教義として主よりたくさんの御教えをいただいていますが、その中心にあるのが、「仏説・正心法語」です。たくさんの仏法真理を主よりいただいていますが、数多の経典は「正心法語」を正しく理解するためにあるといっても、けっして過言ではありません。
「仏説・正心法語」は仏の光であり、仏の生命であり、私たちの力であり、仏弟子の生きていく寄る辺です。

七つの経文が収められていますが、「毎日、全編を繰り返し読誦してください」とお勧めさせていただいています。理屈抜きで、毎日、正心法語を読むと元気になるからです。

経文にも、「ああ 七色が 相集い 仏の御国を 照らし出す」とあるように、「仏説・正心法語」は本来、七つの経文が合わさって一つの法身を表現しています

正心法語は法華経・般若心経の一万倍の力があると教えていただいていますが、私たちサンガは正心法語の威力を十分に使いこなせていないのではないかと思います。
私も含めて皆様の中で、今日からさかのぼって一日のうち、正心法語の全編読んだ人がどれだけいるでしょうか。読経の習慣化が法力を生むことを私たちは主から教えていただき知りながら、なかなか実践できずにいます。実にもったいないことです。

私たちサンガ・幸福の科学の活動は多岐にわたっていますが、あらゆる活動の力の源泉は「仏説・正心法語」から生まれています。だから、この経文を毎日、読誦することを繰り返すことで、私たちは主より法力という名の力を授かることができるようになります。

このメールマガジンでは、日々の活動で「仏説・正心法語」からどのように活動のエネルギーを引き出していくかという視点で、お届けしたいと考えています。この経文に関する主の御解説は経典『信仰論』に説かれていますので、伊勢支部にてぜひご拝受ください。「法力」という名の悟りと救済力と得るために必要な経典です。

それでは、「真理の言葉 正心法語」から始めましょう。「正心法語」はこのように続きます。
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諸人よ これより後
道に 迷える ことなかれ
導きの 手は 振られたり
この白き手に 従いて
ただ ただ 直く 進むなり

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本日の引用部分は英語版の「正心法語」-The True Words Spoken By Buddha-では、このようになっています。

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All of you, now, here, listen to me.
Never lose your way, now and forever.
The Guiding Hand has already waved.
Please follow this White Hand.
And go straightly on and on,.

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本日の解説は、経典『信仰論』から引用させていただきます。
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これは、「幸福の科学の出現以来、人類はもはや迷う必要がなくなった」ということを高らかに宣言しているのです。「あなたがたは、いままで迷いが多かっただろう。しかし、幸福の科学が出現し、真に正しい法、すべてのものを統合する教えが説かれたいま、もはや道に迷う必要はなくなったのだ」ということを力強く述べているのです。

そして、「導きの手は振られている」と言っています。

これがなぜ「白き手」なのかと言えば、仏の教えなき世、仏の教えがいきわたっていない世は闇夜であり、闇夜でも見えるのは白いものだからです。「闇夜でも目立つ導きの手」という意味で、「白き手」と言っているわけです。

「この白き手に従って、ただ真っすぐに進みなさい」ということです。

大川隆法 『信仰論』 より抜粋
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経典『仏陀再誕』から抜粋いたします。
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〇向上への道
諸々の比丘、比丘尼たちよ。
あなたがたは、嘆いてはならない。
常に向上の道を歩み、実に努力の道を歩むことの
辛さを嘆いてはならない。
この道は黄金の道であるということを、信じしなければならない。
あなたがたは、日々に栄養を吸収し、
日々に自らの体を大きくしてゆきなさい。
日々に精神的なる糧を吸収し、そして、日々に魂の足腰を鍛え、
日々に魂を偉大たらしめよ。
それがあなたがたの人生の真意であるのだ。
真偽であるのだ。

人びとよ、これより後、
うまずたゆまず努力をしてゆきなさい。
そして、数多くの教訓を胸に刻みなさい。

この教訓を刻み続けることこそが、
あなたがたが精進の道を歩んだということであるのだ。
八正道のなかにも、正精進という言葉があるであろう。
この正精進という言葉は、
現代人にとっては、なかなかわからないものであろう。
しかし、我はあえて言っておく。
この正精進の道は、無限に人格を磨く道である。
無限に仏へと向かってゆく道である。
この仏へと向かう道を、
歩み続けることを決してやめないことである。
たとえ、途中、力尽きることがあっても、
決して逆戻りしようとしてはならない。
駒を進め、歩を進めることができなくなったとしても、
振り返ることなかれ。
そこに、しばし休み、しばし佇(たたず)み、
また力が満ちてくるのを待ち、
力が満ちてきたならば、この向上への道を歩きはじめなさい。
それがあなたがたに課せられた大いなる使命なのだ。
人びとをもし向上させることがなければ、
仏法の力もまた、ないと言わねばならない。
仏法が真に力ある教えであるためには、
その教えを学ぶ者の数多くが、
勇気を持ち、叡智に満たされ、
そして希望を持って向上の道を歩いてゆかねばならない。
あなたも、この向上の道を、
そう、言葉を換えるならば、悟りの道を、歩いてゆかねばならない。
その道こそ、
あなたがたが最終的に目指している道でもあるということなのだ。

【大川隆法 『仏陀再誕』第二章「叡智の言葉」より抜粋】
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最後に、経典から抜粋いたします。
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仏神は光です。
光は、あるときは粒子として顕われ、あるときは波として顕われます。
光が粒子として顕われたとき、そこに物質が出現します。
光が波として顕われたとき、それは想念、念いの作用としてのみ存在します。
仏神の心というものは、
凝集されて一点となれば物質となり、
それが人間となり、地球となり、三次元宇宙となります。
仏神の心というものは、
凝縮されて一点となれば物質となり、
それが人間となり、地球となり、三次元宇宙となります。
仏神の心が、
凝集された粒子というかたちではなく、波として顕われたときには、
想念の波動として、念いとして、宇宙を飛び交う電波としてのみ存在します。
これが大宇宙の秘密なのです。

【大川隆法 『不滅の法』序章「心のなかの宇宙」より抜粋】
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仏に三身ありと言われており、仏のお姿には「応身」「報身」「法身」の三種類あります。そのなかの最も尊いのが「法身です。これは、肉体存在や目に見えるものではなく、宇宙を統治する法則としての存在です。たとえば、「原因・結果の法則」「波長同通の法則」「生々流転の法則」など、仏教で言えば「諸行無常」「諸法無我」「涅槃寂静」の「三法印」も仏の法身です。また幸福の科学の基本教義である「愛」「知」「反省」「発展」の四正道もエル・カンターレの法身仏にあたります。
そして、何よりも「光とは何か」を教える『仏説・正心法語』こそが、私たちの主、エル・カンターレの法身そのものなのです。

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■「仏への感謝を表す行為です!」
・仏教では、そのような感謝の気持ちを表わすときに、「供養」という言葉を使います。
・神仏に関わる人に対し、あるいは神事に関わるときに、神仏への作法を守ることを、敬供養といいます。当会においては、根本経典である『正心法語』を読誦するというようなことも、敬供養のなかに入ります。神仏を尊び敬っていることを、実際に表わすことをいうのです。       

【大川隆法『希望実現の法則』p.12~13より抜粋】
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ここで、仏教の基本に立ち返るべく、教典『心の挑戦』を学びます。経典お持ちでない方は、ぜひお求めください。【1800円税込み】
―本書は、神秘的な宗教の世界に憧(あこがれ)、仏教的世界観を探し求めている人生の旅人たちにとって、絶好の案内書となることでしょう。―『まえがき』より
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第1章 縁起とは何か
1 宗教のあり方―「神人隔絶型」と「神人合一型」

本章では、縁起思想について、一般的、入門的な話をしてみたいと思います。実は、この縁起の思想は、幸福の科学ではよく説かれている「自己責任の原則」と深くかかわっているので、とても大切な論点なのです。

まず最初に「宗教のあり方」ということから述べてみたいと思います。

世界の宗教には、大きく分けて二通りの流れがあります。

一つは、「神人隔絶型」とでも言うべきもので、神と人とが隔絶されていて、まったく別のものとして切り離されている形の宗教です。

キリスト教などはその典型です。「神と人間とはまったく違ったものであって、人間は神を対象として信仰をし、人間は神にはなれず、また神が人間になるわけでもない」というものです。もちろん、その橋渡し役として、イエス・キリストという神のひとり子はいますが、神と人間が別のものとして分けられています。これが神人隔絶型の宗教であり、他力信仰の根拠はここにあります。

もう一つの宗教は、「神人合一型」とでもいわれるものです。神と人とが一体となる、そういうかたちの宗教です。

すなわち、「人間は神になることが可能である。あるいは、神に近づいていくことが可能である。なぜならば、人間自身の本質のなかに、神とまったく同質のものが内蔵されているからだ」という考え方です。要するに、神と同じようなものを本質に持っているのだから、この世的にさまざまな迷いもあろうし、穢(けが)れもあろうし、罪もあろうけれども、そういうものを払い除(の)け、取り除けていき、修行をしていったときには、人間は神と一体になっていくことができる、神そのものに人間が変わっていくことができる、こういう考え方の宗教です。

この代表的なものとして、仏教があります。「仏教は神人合一型である」とよくいわれています。すなわち、この神人合一型では、宗教は自力中心型にならざるを得ないということになると思います。

ですから、「宗教においては他力型と自力型があるけれども、その典型的な例としては、神人隔絶型と神人合一型の二つがある。それが違いなのだ」ということを知っておいていただきたいと思います。

もちろん、一方だけが真実で、他方は完全な間違いということはありません。神人隔絶型は、人間というものを弱いものとして捉えて、神の力を非常に巨大なものとして捉えています。巨大な神の御前で、本当に小さな人間が、謙虚にその他力の力にすがることによって、心を正しく生きていこうとする考え方です。ですから、謙虚さもありますし、祈りもあります。感謝もあるでしょう。そして、神の恵みのなかに生きていこうとする考えですから、これはこれで間違っているというわけではありません。

しかし、この神人隔絶型は、どちらかというと、性悪説に傾きがちであることが多いのです。「人間は罪深いものであって、許しがたいものである。許されないものである。しかし、神の一方的な恵みによって許される」という傾向を持っているのです。

これに対して、神人合一型は、自らが神に近づいていこうとする思想ですから、どちらかというと、その内に非常に強いものを秘めています。これは、ある意味では、性善説を内に秘めているものだと思います。つまり、「もともと私たちは神と同じような尊い性質を持っているのだ。だから、それに近づいていくことができるのだ」という考え方であるわけです。ですから、性善説的な考えが強いと言えます。

そして、「人間の本質においては性善説的だけれども、三次元世界というこの環境下で、その善なるものが、さまざまに晦(くら)まされることがある。そこに問題がある」というように考えられるわけです。ですから、その三次元的な軛(くびき)、迷わしから、どうやって逃れ出るか、それが修行の中心となってくるのです。

この両者は、どちらも正しい考え方ではありますけれども、やはり私としては、「人間のなかには素晴らしい素質があるのだ。そして、自らそれを磨きだしていくことができるのだ」という考え方を中心にしております。

なぜそのように考えるかというと、絶対他力型では、人間性の発展というものはあまり望めないことが多いからです。もちろん、とりあえず現時点での苦しみから逃れたい、救ってもらいたい、という気持は分かりますけれども、それで止まることが多いのです。救ってもらい、そして神様に感謝したら、それでとりあえずは幸福、それで終わりになってしまうといった傾向があります。

しかし、神人合一型のほうですと、無限の道のり、無限の向上・発展への道のりが、そこにあるわけです。

ですから、わざわざ、この三次元世界、現象世界に生まれてきて修行をする、それも一回きりではなくて、何度も何度も繰り返しながら修行をする人間、という観点から見たならば、生まれ変わってくるたびに、「自分は罪の子です。神様、許してください」とお願いしては許してもらう、ということをくり返す宗教と「私は、生まれ変わるたびに魂修行をなして、一歩一歩、高みに上っていこう」とする宗教と、結局において、どちらがより多くの善を生み出すことができるか、より多くの人間を幸福の彼岸に導くことができるか、ということを考えてみると、やはり、私は自力型のほうが勧められるのではないかと思います。

ただ、自力の可能性の極めて小さい方、どっぷりと悪に浸かって、もはやどうにもならないような方にも、かすかな菩提心というものはありますから、そうした方に対して導きを与えるための他力の思想もありうるとは思います。その他力の思想が、仏教的に現われたときに、はやり浄土宗の系統として現われていると考えてよいでしょう。

以上で、宗教の基本的なパターンとして神人隔絶型と神人合一型の二種類がある、ということを申し上げました。

【大川隆法『心の挑戦』第1章「縁起とは何か」より抜粋】
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本日も、皆様とともに主の新復活を祈り続けてまいります。
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Lord EL Cantare is my All. 主こそ私のすべて。
We are The One, with our Lord.  我々は主と共に一体である。
One for All. All for The One. 一人は主のため、隣人のために。みんなは主の悲願のために。
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◆映画「ドラゴン・ハート」伝道植福について
5月23日(金)に全国の映画館にて公開されます映画「ドラゴン・ハート」は大川隆法総裁先生制作総指揮による28作目の映画となります。この映画の大成功に伊勢支部信者全員の信仰心を結集させていただきます。皆様の尊い布施をどうぞ、この映画伝道植福に託して、私たちに縁ある方々の心と魂を救うべく、この映画を主の御名と共に、全国・全世界で広宣流布してまいります。映画伝道植福への喜捨を何卒宜しくお願い致します。

大宇宙の すべての根源であり 地球の創造主であられる
主エル・カンターレ 大川隆法総裁先生

映画『ドラゴン・ハート❘霊界探訪記❘』を賜り
心より感謝申し上げます

本作は 未知なる世界に飛び込む勇気を与え
人類に真実への目覚めを与える映画です
全世界の人々に
霊的真実と主エル・カンターレの御存在を
弘めてまいります

仏弟子一同 力を合わせて 
一人でも多くの方を 主のもとへと誘(いざな)ってまいります

■映画『ドラゴン・ハート―霊界探訪記―』四つのポイント■

①「天国・地獄」の存在を知らしめ、全人類の魂を救済する映画です。
映画では、霊界探訪記として現代の地獄の有様を詳細に描いています。つまり、今死んで地獄に落ちるとしたらどんな世界なのかということがリアルに映像体験できる映画です。死後の世界を詳細に紹介することで、「あの世はない」「霊界なんてばかばかしい」と考える人の間違えた考えをカブト割りする映画です。この映画は、このままでは地獄に落ちてしまうたくさんの方々に救いの縁を届ける「魂の救済」映画です。正しい霊界観や信仰を持たない人にこそ届けたい映画です。

②地球の霊的中心地・シャンバラの危機を救う映画です。
今、地球の霊的中心であるシャンバラは、地上世界で、信仰心が薄れ、神仏や霊的世界を信じない人が非常に増えていること、巨大な唯物論科学国家である中国が、インドやネパール等への覇権を強めていることによって、非常な危機にあります。現に中国・洞庭湖のほとりにあるシャンバラの入り口は発見するのが相当難しくなっています。

シャンバラという地球の霊的センターが護られていることで、魂修行の場としての地上世界も安定いたします。もし、シャンバラが崩壊するようなことがあれば、地球を護る霊的結界が失われ、宇宙の邪神やダークマターの悪想念による更なる地球介入を招く事態となります。

本映画は、霊界思想を地球の霊的センターとしてのシャンバラの存在を全世界へと知らしめることによって、崩壊への危機にあるシャンバラを護るという「神の戦い」そのものを描いた映画です。

③全世界の人々が主なる神エル・カンターレと出会い、一つなる道を示す映画です。
この映画は、全世界の人々に造物主エル・カンターレのご存在を知らしめる映画であり、本年の幸福の科学の活動テーマである「日本全国・全世界にエル・カンターレ信仰を打ち立てよう。なお、一歩を進める」の中心となる作品です。

主人公たちの地獄巡りは、現代社会の諸相そのもの。しかし、そうしいた人類の、かつてない混乱、混迷の先には、大いなる規模、救い主の存在があることを示す映画であり、宗教の違いや、民族や国家の枠を超えて、全人類が、主なる神への共通認識の下、一つになる道を示される希望の映画です。

④仏弟子(まだ気づいていない仏弟子)たちがドラゴン・ハートに目覚め、霊的覚醒をうながす映画です。
この映画は、川で河童を追って溺れた主人公の二人が、霊界の天日鷲神に出合い、「霊界探訪で本来の自己に目覚めることができたなら地上に還してあげる」と告げられ、地獄巡りなどの一種の修行を経て、魂の親エル・カンターレと出会い、本来の自分の使命に目覚めるという、宗教的なメッセージが込められた映画です。

純粋な信仰心、そして、救世への本物の念いの確立が求められている今、私たち仏弟子や、まだ目覚めていない一般の方たちの中にいる仏弟子予備軍に対して、霊的覚醒を促す導きの映画であり、私たちのドラゴン・ハートに導かれた旅は、映画公開までに、すでに始まっていると言えるのが本年の活動です。

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。゜+. With Savior 。゜+.
100%エル・カンターレ信仰
―天御祖神とともに―
伊勢から世界に伝える強い信仰
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E-mail:ise@sibu.irh.jp
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https://hsise.com/
□■□■
TEL:0596-31-1777
■□■
FAX:0596-31-1778
□■
エル・カンターレ・大好き

文責:蒲原宏史

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