(10/6-1)279【10月6日立宗記念日】経典『太陽の法』を読む 有限と無限―西暦2400年~2500年

『太陽の法』を読む

14 ゼロ金利は、ゼロ成長ということである。

【大川隆法 箴言集『コロナ時代の経営心得』より抜粋】

おはようございます。「一日一生」。今日も、主のため、世のため、人のために、信仰に、伝道に、植福にさらに一歩進めましょう。

本日10/6は幸福の科学の「立宗記念日」です。仏弟子一同主に心よりの感謝を捧げさせていただきます。立宗38周年にあたり、主エル・カンターレ大川隆法総裁先生が、すべてを捨てて空手にして「幸福の科学」を立宗されたお心に思いを馳せ、心からの感謝を捧げ、大川隆法総裁先生のご復活を心より祈念し、全世界の信者一同で、立宗記念式典版「復活の祈り」を執り行います。

本日10/6(日)~10/8(火)まで連日、立宗記念式典を執り行います。私たちの純粋なる信仰心を主への感謝と報恩の誓いに変えさせていただきます。皆様ご参集ください。

立宗へと到る主のお心を表した楽曲「たとえ世界を敵に回しても」を通して、主の愛や信念の強さを学び、私たち信仰者にとっての理想としてまいります。主の夢の実現に向けて、この世の壁を突破すべく、強さ、勇気、潔さ、気概を深め、ご復活された主と共に、地球ユートピアを実現していく誓いを捧げます。

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さて、ここからは、「幸福の科学」の原点に立ち返り、幸福の科学が全世界に広げようとし
ている教えを共に再確認させていただきます。幸福の科学に入会・三帰されて間もない方や、これから、新しい方を伝道するに当たって、幸福の科学の教えをどのようにお伝えしたらよいのか。ヒントになれば幸いです。

基本三部作の『太陽の法』を引用しながら、幸福の科学の教義を共に学びます。なお、経典『太陽の法』は、光とは何か。仏法真理とは何か。という問いに答える幸福の科学の教えの基本です。また、後半では、『黄金の法』の重要論点を振り返ります。『黄金の法』は、時間論についての教えです。

経典をお持ちでない方は、ぜひ拝受ください。全国の書店や支部や精舎よりお求めいただけます。【税込み2200円】
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〇太陽の昇る時
4有限と無限

私は、さきほど、時間ということについて述べました。そしてまた、存在ということにも触れました。そこで、つぎに、時間と空間のかなたにあるもの、すなわち、「有限」と「無限」について話をしてゆきたいと思います。

人生は、有限か、無限か。また、宇宙は、有限か、無限か。人間ならだれもが一度は出くわす疑問でしょう。

この結論を出す前に、私はひとつのたとえ話をしたいと思います。

むかし、あるところに、大きな亀がおりました。その亀は、右足を出すのに十分、左足を出すのに十分、後ろ足を出すのにそれぞれ十分ずつ、つまり、体をひとまず動かすのに四十分もかかりました。あるとき、この亀は、砂浜の海岸に、いきつくところこの亀は、砂浜の海岸に、行きつくところがあるのかどうか不思議になりました。そこで、ひとつ世界探検をしてやろうと思いつきました。そして、見渡せるかぎりの海岸をハッタとにらんで、全力をふりしぼって歩みはじめました。

自分の体を、ひとくぎり前に前進させるのに、四十分もかかりながら、海岸線の測量を始めたのです。亀は、自分がすでに歩いたところかどうかが分からなくならないように、浜辺に点々と足跡を残してゆくことにしました。こうすれば同じところを二度歩かなくてすむと考えたからです。なかなか賢明な亀だといえます。

しかし、いくら歩けども、海岸線は永遠に終わることなく、とうとうある日、亀は力つきてしまいました。自分が全世界の半分ぐらいは踏破したと信じながら、死んでしまったのです。
あくる日、島の漁師がやってきて、その亀を引きずって島の反対側へと持っていき食べてしまいました。島の反対側まで行くのに、大変な時間がかかったでしょうか。いえ、漁師の健康な足をもってすれば、わずか十分でこと足りました。

結局、あわれな亀は、太平洋の波が自分の足跡を非常にも洗っていたとも知らずに、小さな島の砂浜をぐるぐるとまわっていたにすぎなかったのです。

有限と無限について考えるときに、私は、いつも、この亀と漁師の話を思い出さずにはいられません。亀と漁師のちがいは、どこにあるのでしょうか。歩く速さ。もちろん、それもあります。体の大きさ。もちろん、それもあります。あるいは、経験量の差。そういうこともいえます。

しかし、亀と漁師の根本的な差異は、認識力の差にあったといえるのではないでしょうか。亀の目的、努力、そして情熱は、みあげたものですが、その結末にペーソス(※哀しみ)がただようのは、なぜでしょうか。やはり、そこには、わかるものとわからないものとの差、知ることができるものと知ることができないものとの差、そういったものがはっきりとあるように思います。

ところで、この亀と漁師を唯物論者と真理体得者といいかえてみたらどうでしょう。「私は亀ではない」と、怒りはじめる方もきっといるはずです。

人生は、六十年、七十年の有限のもので、死ねば何もかもがおわりだと思って、いる人、自分の目に見える部分だけが全ての世界で、五官を超えた世界などは全く信じないといってはばからない人、こういう人は、結局、世界探求に出かけた亀のように自分の足跡だけを頼りに、同じ小さな世界をぐるぐると堂々めぐりしているにすぎないのです。まことに気の毒な人だといわなくてはなりません。しかも、まさにあの亀と同じように、鼻に脂汗を浮かべて、必死に人生を生きているから、また、小さな島をぐるぐるとけんめいにまわっているから、どこかペーソス(※哀しみ)をおびているのです。

私たち人間は、はるかむかしから、永遠の生命をもって生きております。そして、何度も何度も、地上に生まれ変わっては、人生修行を積んでいるのです。

この地球を磁場とした世界だけをとってみても、私たち人間の生命体が活躍している空間は、この三次元地上世界だけではありません。私たちは、本来、実在界、すなわち、四次元以降の住人なのです。それは、五次元、六次元、七次元、八次元、九次元、最上階である十次元まで広がっています。そして、心の段階によって、それぞれ異なる調和された世界に住んでいるのです。

ですから、宇宙が有限か、無限か、を悩んでいる方に対して、私は、「あなたが問題としている宇宙とは、三次元宇宙ですか、それとも四次元以降の多次元宇宙ですか」と聞きかえさざるをえないのです。

宇宙を人体にたとえるならば、三次元宇宙とは、はだかの肉体人間です。四次元宇宙とは
、肉体を包む下着であり、五次元とは、下着の上のワイシャツ、六次元とは、ワイシャツの上のセーターです。七次元とは、セーターの上にはおるスーツ、八次元とは、全身を覆うコート、そして、九次元とは、頭の上の帽子のようなものなのです。

右に述べたのは、もちろん、単なる比喩にすぎませんが、多次元宇宙構造をよく表していると思います。すなわち、高次元宇宙とは、下次元宇宙をすっぽりとおおうものなのです。といっても、下次元宇宙とまったく関係ないものではなくて、同じようでありながら、いっそう高度な目的をもった世界、それが高次元宇宙だといえます。

【大川隆法『太陽の法』第1章「太陽の昇時」より抜粋】
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続きまして、経典『黄金の法』第六章「未来に羽搏く」より、教えを振り返ります。
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〇西暦二四〇〇年―二五〇〇年

西暦二四〇〇年代の初めになると、さらに大きな光が地上に生まれてきます。すなわち、イエス・キリストが再臨するのです。すでに、二三〇〇年代から、再出の日蓮、マホメットなどが、彼の出現を予告しておりました。ですから、人々は、二三〇〇年代の後半から、彼の出現を待ち望み始めていました。そして、イエスの降臨のうわさと期待が、人々の口から口、胸から胸へと伝わっていったのです。そういうなかに、二千四百年の沈黙を破って、彼は再誕します。そのため、地上に大いなる光輝に包まれるでしょう。

イエスが再出する年月日は、まだ特定できません。しかし、いずれにしても、おそらく、二四〇〇年前後となるはずです。イエス降臨の地域は、件(くだん)の新アトランティス、カナダとも地続きの大陸であることが予定されております。そして、あの地で、イエスは、宇宙時代の真理を本格的に説きはじめるでしょう。それは、ナザレのイエスの時代の愛の教えを、空間的にも、数段スケールを大きくしたものとなるはずです。

その頃には、宇宙人との交流も、かなり頻繁に行われており、地球人的なものの考え方と、各種の宇宙人のそれぞれのものの考え方とのくい違いから、さまざまなあつれきが生じ始めているでしょう。

一九八〇年代後半以後、すでに地球には、十数種類の宇宙人たちが飛来して来ております。彼らは、まだ本格的には地球人と交流を開始していませんが、将来のために地球の現地調査に来ているのです。

地球の人類は、もともと、さまざまな惑星霊団から成り立っており、数億年の転生輪廻の過程で、各星人間相互の個性の相違を超えて、地球人として、ひとつに融和してきたのです。そして、お互いに努力して、地球人的人格というものを形成してきたわけです。また、長年にわたって、偉大な光の指導霊たちが、さまざまな真理を説くために、交互に地上に出て来て、人類の共通の精神的基盤というものを形成してきました。すなわち、あるときは仏教徒に生まれ、あるときはキリスト教徒に生まれ、そしてまた、あるときは回教徒に生まれて、地球人類共通の精神的基盤というものを醸成してきたのです。

しかし、地球での人類の魂学習も、次第に完成期に入りつつあります。つまり、この地球で学ぶことが少なくなってきます。こうしたときに、地球での古い魂集団は、やがて地球を旅立ち、もっと高度に進化、発展した星を求めて移住してゆくのです。また、同じ頃に、他の惑星から、新たな魂が地球に移って来て、ここで魂修行を開始するのです。

したがって、現在、十数種類もの宇宙人が地球に来ている事実は、かつての鎖国の日本に、ペリーたちの黒船が来たのと同じで、新しい時代の幕開けを予告していると言えます。人類は、これから三十世紀ぐらいまでは、まだまた進歩発展を続けてゆくでしょう。しかし、やがて古い魂たちは、地球を去ってゆくのです。

二四〇〇年代、イエスが再臨する頃は、ちょうどこうした過渡期で、人類の宇宙旅行や、あるいは、他の星への移住が次第に常識化してゆくとともに、宇宙人たちも地上に降りて来て、地球人たちとの交流も始まるのです。しかし、困ったことには、彼らの星で真理とされていることと、地上で真理とされていることが種々異なるため、地球人は、やがて混乱に陥り始めます。生活様式が違い、行動様式が違うということは、人類を当惑させるのに十分ですが、それ以上に道徳観念の違いがいちばん人類を当惑させてしまうのです。

たとえば、ある惑星人は、こう考えます。

「食料というものは、天の恵みによって出来上がるものであるから、無償であって当然である。だから、おなかがすいたら、植物でも魚でも、手近にあるものを自由に取って食べてよい。一方、人間が加工して作った機械類は、もちろん所有者がいるわけだから、その人の許可がなければ、奪うことは許されない」

しかし、自由にものを取って食べることをよしとするこの惑星人の態度は、地球人から見たら、まさに泥棒です。つまり、両者の間には、いつまでたっても平行線をたどる、価値観の違いがあるのです。

また、別のある宇宙人は、こう考えます。

「子供というものは、社会の共有財産であり、公共団体が責任を持って育てるものだ。だから、各個人が、家庭をつくって、それぞれ勝手に教育するのは間違っている。また、男女は、子供をつくるための目的で、二十代の一定期間だけ同居してもよいが、それ以外の目的で同居することは、自我我欲になるので許されない」

これもまた、当然のことながら、地球人の価値観とは衝突します。

しかし、こうした難しい社会情勢のなかにあって、再臨のイエスは、地球人、宇宙人を超えた本来の愛、仏の子としての大調和の素晴らしさを人々に説いてゆきます。すなわち、イエスは、地球人も、もともとはすべて、様々な宇宙人の寄り合いであった事実を人々に示してゆくのです。

【大川隆法『黄金の法』第6章「未来に羽搏く」より抜粋】
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『亀と漁師』のたとえは、経典『太陽の法』にある大変印象的な話です。
私たちも、なにもかも知っていると思っていたら、まったく理解していなかったということがよくあります。私も、このたとえ話をはじめて読んだときは、「亀が、実は自分のことである」ことを理解できませんでした。「そのくらいは知っている」と思っていたからです。

本日のたとえ話では、
『有限と無限について考えるときに、私は、いつも、この亀と漁師の話を思い出さずにはいられません。亀と漁師のちがいは、どこにあるのでしょうか。歩く速さ。もちろん、それもあります。体の大きさ。もちろん、それもあります。あるいは、経験量の差。そういうこともいえます。

しかし、亀と漁師の根本的な差異は、認識力の差にあったといえるのではないでしょうか。亀の目的、努力、そして情熱は、みあげたものですが、その結末にペーソス(※哀しみ)がただようのは、なぜでしょうか。やはり、そこには、わかるものとわからないものとの差、知ることができるものと知ることができないものとの差、そういったものがはっきりとあるように思います』

この言葉が、私にとっての一転語でした。有限の世界【目に見える世界、手に触れることができる世界】だけで満足している者は、この世だけが全てであると思う者であり、人間は霊であることが認識できません。その場合本日のたとえでは、それらの人はすべて亀のような世界を生きることになってしまいます。

本日のたとえ話は、一見易しい話でありながら、とても深い話でもあります。神様・仏様を信じることができない。天使や悪魔を信じることができない。死後の世界である天国や地獄を信じることができない人は、このたとえ話の亀になってしまいます。

本日の学びでは、
『私たち人間は、はるかむかしから、永遠の生命をもって生きております。そして、何度も何度も、地上に生まれ変わっては、人生修行を積んでいるのです』
とあるように、人間は、あの世とこの世を繰り返し生まれ変わることによって人生修行をしていることを教えていただきました。これを仏教では「転生輪廻」(てんしょうりんね)と呼ばれています。

経典『メシアの法』では、主が、魂の修行場として地球と、転生輪廻のシステムをつくった目的は、天使や菩薩を養成するためであると教えていただきました。私たちの人生には、使命や目的があります。仏さまは、私たちが天使や菩薩になることを願われています。

そして、魂の発育や、成長には段階、レベルの差があることも本日教えていただいています。それが多次元宇宙です。私たちの住む世界は、地上の三次元世界を底辺として、四次元~十次元までの階層があります。天使や菩薩が住む世界は七次元世界です。八次元は主と一体となって神格をもつ人霊の世界であり、人の姿かたちを取ることができるのは、メシア資格を持つ、九次元存在であるといわれています。十次元は意識のみとして存在しています。

本日の霊界の次元構造は、幸福の科学の教えを学ぶ上で、基礎となりますのでしっかりと押さえておきたいところです。


また、『黄金の法』の学びでは、今から400年後に、カナダと陸続きになる新アトランティス大陸に、イエス様の魂が降臨して、宇宙時代の愛の教えが説かれることを教えていただきました。本格的な地球人と宇宙人種との交流のなかで、価値観の違い、道徳観念の違いから、今の私たちでは想像もできない大変な混乱があることが予定されています。

そのなかで、イエス様の次の降臨では、「地球人も、もともとはすべて、様々な宇宙人の寄り合いであった事実を人々に示す」という、地球人種の創成や成り立ちにさかのぼった教えを説き、地球という枠を超えて異星人同士を愛によって結びつける法が説かれます。

『黄金の法』を読む私たちのなかでも、かなりの人がこの時代に転生して、イエス様と共に、エル・カンターレの法をさらに学び、その教えを広げてゆくのではないかと想像されます。私たちはソウルメイトですので、いつかいなる時代においても、主への信仰をしっかりと持って、それぞれの使命を果たしてまいりましょう。

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本日も、皆様とともに主の新復活を祈り続けてまいります。
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If You build it, He will come. あなたがそれを建てたとき、彼はやってくる。
When You believe It, You will see It. あなたが信じるとき、あなたはそれを見るだろう。
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「神戸正心館エル・カンターレ像開眼祈念植福」について
2024年、主エル・カンターレを信じる皆様と共に救世活動に邁進できますこと、心より感謝申し上げます。
本年も、全国、全世界の天変地異調伏と疫病調伏と発展・繁栄の未来を創造する誓いを込めて、「神戸正心館建立祈念植福―エル・カンターレ像開眼祈念植福―」に伊勢支部信者の信仰心を結集させていただいています。

【趣旨① 「神戸正心館建立」エル・カンターレ像開眼祈念植福を祈念して】                                                  
奈良時代に様々な内乱・大飢饉・疫病が流行った時には、聖武天皇が詔を発し、行基菩薩が勧進役となって、東大寺の毘盧遮那仏が建立されました。結果、様々な病気が無くなったと言われています。

災厄に対して信仰心と法力で戦うのは宗教の使命です。当時、お金や材木の布施・人夫などで携わった人々は延べ二百六十万人ものぼるとも言われており、人口の 半数にもあたりました。そのように、毘盧遮那仏建立は、国家を挙げて、国民にエル・カンターレ信仰を伝える一大伝道事業でもありました。
この度の神戸正心館建立は〈天変地異調伏祈念〉という願いが込められています。エル・カンターレ下生を全世界に告げ知らせ、数多の天変地異を調伏せんとする  信仰心の結集運動が神戸正心館の建立です。これは、あらゆる厄災から人々を護らんと願う大いなる愛の実践そのものでもあります。

【趣旨② 「神戸正心館建立」は一大霊場づくり】
また、昨年末には、<聖地>エル・カンターレ生誕館が別格本山となりました。その光が淡路島を参道として本州に流れてくる神戸の地に、神戸正心館は建立されます。
神の戸が開き、聖地が一大霊場として大きく広がることで、主エル・カンターレ御降臨とその奇跡が日本全国、全世界へと広がって参ります。

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。゜+. With Savior 。゜+.
100%エル・カンターレ信仰
―天御祖神とともに―
伊勢から世界に伝える強い信仰
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E-mail:ise@sibu.irh.jp
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TEL:0596-31-1777
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文責:蒲原宏史 

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