(6/9-2)74『仏陀再誕』を読む―転生輪廻とは何か―幸福の道

『仏陀再誕』を読む

〇【正念】希望実現の法則―①心の底から実現を願う「念い」を出しているか
・「wish(思い)」と「desire(念い)」の違いを知る
英語では、「こうなったらいいな」ということをあらわすときに、「wish・ウィッシュ」と「desire・ディザイア」という言葉を使います。「できたら、こうなるといいなあ」「できたら、こうなってほしいな」というものが「wish」です。「desire」は、より切実になります。「こうなってほしいな」というものが「wish」です。「desire」は、より切実になります。「こうなってほしい。いや、なってもらわねば困る」というものが「desire」です。
実は、ここが、希望実現における「思い」と「念」を分けるところになるのです。「desire(念い)」まで行かなければ、希望は実現しないということです。

【大川隆法『真説・八正道』第八章「正念」259pより抜粋】
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こんばんは。主から頂いた奇跡の一日も残りわずかとなりました。
皆様と共に、一日の終わりに「主への感謝」と「復活の祈り」を捧げます。

三宝帰依を寄る辺として、主エル・カンターレへ信仰を貫くために、一日の始まりを希望と共に祈りで始めて、日中は主のため、世のため、隣人を救うために私たちは働きました。本日もお疲れ様でございます。

引き続き、純粋なる信仰を「復活の祈り」と共に主に捧げると共に、信仰・伝道・植福に私たちの最大の感謝と報恩の誓いを捧げさせていただきましょう。

そして一日を感謝と反省で締めくくるために、常に主の御言葉と共にありましょう。

今日の一日を振り返りつつ、教典『仏陀再誕』を振り返ります。
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第六章 転生輪廻とは何か 
○幸福の道

それゆえに、
諸々の比丘、比丘尼たちよ。
おまえたちが、この地上で生きてゆくうえにおいて、
もし、さまざまな迷いが起きたならば、
さまざまな判断に苦しむことがあったならば、
まず悟りの道を極める方向をとりなさい。
この方向をとりなさい。
それ以外のものを考えすぎてはならない。
自分の生活や、自分の地位や名誉を考えすぎてはならない。
そのようなものは捨てても、またいつか現れてくるものであろう。
しかしながら、悟りの道は、いったん捨てたならば、
ここに戻ってくることは、きわめて難(かた)い。

諸々の比丘、比丘尼たちよ。
よくよく言っておく。
私のこの言葉を憶(おぼ)えておけ。
あなたがたは、仏と同じ時代に生まれることが、
いかほど難しいかということを知っているか。
仏が下生する時に、生まれ合わせるということは、
これは、たとえようもない幸福であるのだ。
そのような時代に、
そのような地域に、
同世代として生まれ合わせることができた者は、幸いである。
また、生きて仏に相見(あいまみ)えることができた者は、また幸いである。
生きて仏に相見え、仏の声を聴き、
仏の姿を見ることができた者は、幸いである。
その幸福は、おそらく幾千万年、幾億年の幸福に匹敵するであろう。

また、仏の世に生を享(う)け、仏の世に仏に巡り合い、
仏の教えを聴き、
そして仏の教えをよすがとし、縁として、
そして悟りに到ること、それまた難(かた)し。
そのようなことは、
稀有(けう)なる幸福であるということを知らねばならない。
仏と同じ時代に生まれるということでさえ、稀有なることであるのだ。
また、生きて仏に相見えることも、稀有なることであるのだ。
ましてや、仏に相見えて、悟りを与えられるということは、
さらに稀有なることなのだ。
あなたがたは、こうした大いなる幸福を得るためには、
他の一切が惜しくないという気持を持たねばならない。
他のすべてのものを捨てででも、その道に入らねばならない。
それは、あなたがたが忘れてはならないことなのだ。
この世であなたがたが握っているところの、さまざまな執着は、
これは、地上を去るときにまったく虚しくなる。
そのようなものは持って還れない。
どのような者であっても、齢(よわい)百歳を超えるのは難しい。
その時に、持って還れるもの、
地上を去る時に持って還れるものが、いったい何であるかを知れ。
地上を去る時に持って還れるものは、心しかないのだ。
心しか持って還れないならば、
その心を幸福に満たす以外に手だてはないのだ。
心を幸福に満たすには、悟りの喜びを味わうに如(し)くはないのだ。
悟りの喜びを味わい、心幸福ならば、
今世はすなわち成功したと言ってもよい。
その幸福のために、すべてを賭けよ。

○日々の発見 日々の感動
ただ、私はあなたがたに言っておく。
一時的にそのような気持ちになる者は、数多くある。
仏のために、仏の教えのために、そして、自らが悟りを得るために、
一時的に身命を賭(と)すという気持になることは、
そう難しいことではない。
ただ、おそらくは十中八九の人間は、やがてその間隙を忘れ、
平凡な生活のなかに埋没してゆくということだ。
その間隙を忘れ、その尊さを忘れたとき、また自らも転落し、
平凡なる河原にて、石を数えているということを忘れてならない。
よいか、
修業への道は日々の発見であり、日々の感動である。
もし、そのようなものを感じなくなったとするならば、
もはや慢心していると言わざるをえない。
慢心したる者は、悟りへの入り口をくぐることはできないのだ。
慢心したる者は、その門より追い出されることとなる。
その門から転げ出、そしてやがて、
元いた道を引き返さざるをえなくなる。

諸々の比丘、比丘尼たちよ。
およそ、人生の勝利とはこのようなものだ。
一時的な決意は、すべての者がすることができる。
しかし、その決意を堅持することは難しい。
その決意を堅持することができた者は、
さらに大いなる境地に達することができるであろう。
その不退転の境地に達した時に、
天も地もこれを祝うであろう。

【大川隆法『仏陀再誕』第六章「転生輪廻とは何か」より抜粋】

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本日も、皆様とともに主の新復活を祈り続けてまいります。
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If You build it, He will come. あなたがそれを建てたとき、彼はやってくる。
When You believe It, You will see It. あなたが信じるとき、あなたはそれを見るだろう。
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◆「天御祖神 感謝報恩植福」について

・この度、日本文明の祖にして、武士道の源流にあたる天御祖神が日本に降臨され、いまもなお、霊的にご指導を賜っていることへの感謝を捧げるために、箱根強羅の地に天御祖神を讃える「天御祖神記念館」を建立させていただくこととなりました。

・本植福を通じて、天御祖神への感謝を深めていくとともに、武士道精神を復活させ、神国・日本としての誇りを取り戻していくことで、この日本の地を主エル・カンターレの教えを発信するにふさわしい地としていくことを誓ってまいります。

日本神道の屋台骨である高天原が、日本人の不信仰と愛国心の欠落により、崩れてしまっている今、私達伊勢支部信者が先頭となって、日本神道の屋台骨を支え、日本国の誇りを取り戻すべく先頭に立たなければならないのではないでしょうか。伊勢支部としては、「天御祖神記念館」建立事業を全力で応援致します。私たちの信仰心をここに結集して参りましょう。

・「天御祖神感謝報恩植福」(2022/1/1~)は、天御祖神の日本への御降臨と、いまもなおご指導を賜っていることへの感謝を捧げ、報恩への誓いを固める植福です。

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・私は二〇一五年ぐらいから公開しておりますけれども、実は日本文明というのは、今から三万年ほど前に、天御祖神という方が、今の富士山があるところの近くに、宇宙より降臨したところから、始まっているということを、何冊かの本で説いております。(略)

(天御祖神の)教えの中心は、今も片鱗としては伝わっています。一つ、言わなければならないことは、「神の子、仏の子としての人間」として生きるということは、「正しく生きる」ということであるということですね。これが大事な柱でした。(「地球を包む愛」)

・「天御祖神の教え」とは何でしょうか。(略)おそらくは、「鍛錬ということの大切さ」や、「自分を鍛えて力強くあることの重要さ」というものも教えていたのではないかと思います。 
(『現代の武士道』)

・葬られているのは、今で言うと、強羅温泉の近くです。
 (「超古代リーディング―天御祖神と日本文明のはじまり―」)

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文責:蒲原宏史 

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