(3/22-2)81『仏陀再誕』を読む―信仰と仏国土建設への道―百パーセントの信仰―高級霊への関心

『仏陀再誕』を読む

90 それが狐の霊の場合もあるが、救われたくて集まっている霊体であることもあるだろう。何百人もの祈願や感謝の念を受け取った存在は、霊力を増し、それが一種の妖力を増したのだと思う。それはここ三千年は続いている。【※前回の論点の続き】

【大川隆法『妖怪にならないための言葉』より抜粋】

15 血の池地獄で試されているのは、「お前の本質は、人間か、それとも動物か。」ということである。

14 血の池地獄は、初級者の地獄である。ここから出られない人は、性犯罪者として悪質な者である。

【大川隆法『地獄へ行かないための言葉』より抜粋】
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こんばんは。主から頂いた奇跡の一日も残りわずかとなりました。
皆様と共に、一日の終わりに「主への感謝」と「復活の祈り」を捧げます。

三宝帰依を寄る辺として、主エル・カンターレへの信仰を貫くために、一日の始まりを希望と共に「四弘誓願」を立て、『エル・カンターレへの祈り』と『仏説・正心法語』で始めました。

そして日中は主のため、世のため、隣人を救うために、「正しき心の探究」と「地上仏国土ユートピアの実現」のために「四正道」と「六波羅蜜多」の実践をなすべく、私たちは御仏の御手足として働きました。本日も本当にお疲れ様でございます。

引き続き、純粋なる信仰を「復活の祈り」と共に主に捧げると共に、信仰・伝道・植福に私たちの最大の感謝と報恩の誓いを捧げさせていただきましょう。

『主エル・カンターレよ、
主のため、世のため、隣人を救い助けるために、
仏国土ユートピア建設のために、
われらの今世の使命を、光の使命を果たすために、
主への道に立ちはだかる、あらゆる障害を取り除きたまえ。
あらゆる悪霊・悪魔を遠ざけたまえ。
われらを真なる幸福へと導きたまえ。』
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はじめに、今日の一日を振り返りつつ、天御祖神の御教えを振り返るために、二〇二一年十二月十四日にさいたまスーパーアリーナでのエル・カンターレ祭大講演会にて説かれました『地球を包む愛―天御祖神の教え』から学びます。
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『地球を包む愛―天御祖神の教えと真の世界正義』
5 救いか滅びか―「亡国への道」を歩むなかれ
〇中国の「一帯一路」に屈する国々に言っておきたいこと

ところが、武力によって権力をいったん握ったら、その権力を離さないで、人々を弾圧して、上位階級をつくって、人々から搾取するものが出てくる。そういう者たちは共産主義を名乗る資格はないと私は思っています。

最近のNHKでさえ、良心の呵責に耐えかねてか、番組編成に変更が見られます。例えば、「中国十四億人のなかの六億人は月給一万円八千円以下で生活している」「十四億人のうち六億人が貧困階層だ」と言っているのです。

一万八千円の月給ということは、私が考えますと、だいたい昭和三十年代、今からだいぶ前ですが、一九六〇年代に入るぐらいのころの日本の生活がこんなものだと思います。給料が一万八千円ぐらいだった時代はそのくらいだと思いますから、まだ一九六〇年代ぐらいの生活をしている人がいっぱいいるわけです。五十年以上も前の日本の状態で生きている人がいっぱいいるのです。

「十四億人中、六億人」ということは、四十何パーセントです。四十何パーセントが貧困階級にあることを、NHKでも放送していました。NHKも少し天国に入れる人が増えるかもしれません。今のままではもう危ないと思っていましたが、ちょっと改心の傾向がみられます。

それは共産主義の理想と反しているでしょう?共産主義は格差是正しなければいけないのではないですか。人びとを平等にして、資本家階級から搾取して、下にばら撒いて、みんなが平等な社会をつくるのではないですか。それが目標でしょう?万国のプロレタリアート、労働者階級が団結して、政治をするのでしょう?(現在の中国はそれと)まったく違っているのではないですか。その六億人たちは、もはや、豊かになる術(すべ)がない。

そして、北京の首都部は、外国に「一帯一路」とか言って、高速鉄道を引いたり、港湾にお金を出したり、空港づくりにお金を出したり、マンションづくりにお金を出したりしています。そして、お金を返せない場合、不良債権となって、彼らが債務を返せなくなったときに、「九十九年間租借(そしゃく)する」という、かつてヨーロッパがアジアの国にやったようなことを今の中国はやっています。

そこで狙われている国は、アジアにたくさんあります。例えば、スリランカ。港湾、港を深くして、実は中国の軍艦が停まれるように、中国のお金で改装しました。返せない。いずれ取られます。

今、ネパールやブータンの近く、それからインドの国境にも、中国軍がたくさん集まっています。いずれ侵攻されます。

ベトナム辺りも抵抗しておりますけれども、だんだん、その資金の誘惑に勝てなくて、屈していくところが増えていきつつあると思います。


しかし、私が言っておきたいことは―
お金で魂を売ってはいけない。
間違ったことのために魂を売ってはいけない!
ネパールよ、テレビで私の放送を聴くと思うが、国を売るなかれ。
スリランカも、インドも、気をつけてほしい。
それから、パキスタンだって、インドと敵対しているけれども、
イスラム教国なら、なぜイスラム教の多いウイグルで、
あれだけの強制収容所で苦しんでいる人たちがいるのに、
助けようとしないのだ!
他のイスラム教の国はどうなのだ。
イランはどうだ!
中国と「二十五年契約」の原油供給契約をしています。
「食っていくためにはしかたない」と思うところもあります。
イランはインフレが進んでいます。生活が苦しいです。
放っておけば革命が起きます。
だから、中国に原油を買ってほしい―
「CO2を出さない」という約束を世界中でやっているときに、
二十五年間の契約を結んでいます。
しかし、それは、いずれ「亡国への道」になるでしょう。

だから、宗教を立てている国においても、
本当において正しい方向かどうかを確認してください。
イランも核兵器をつくるのを急ぐのはやめてください。
つくったら、イラクと同じ運命が待っています。もうすぐです。
イスラエルとイランが核兵器を持ったら、生き残るのはイスラエルです。
イランはなくなります。
だから、私の言葉を聴いて、踏みとどまってください。
西洋化してください。民主化を受け入れてください。
それが生き延びる道です!

【大川隆法『地球を包む愛―天御祖神の教えと真の世界正義』第一章より抜粋】
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今日の一日を振り返りつつ、教典『真説・八正道』より反省の本質を学びます。妖怪性からの脱却をはかり、「反省からの発展」さらに「中道からの発展」を目指しましょう。
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7「待ちの間」の蓄積【正念】
〇自己否定的な思いを止め、「明るい心」を持てば道は開ける

したがって、繰り返しで出くる自分の念いのなかに、「自己否定的なものがないか」「自己処罰的なものがないか」「他人を悪人視するような見方がないか」「他人を害したい気持ちがないか」というようなことを、まずチェックしてください。

「明るい心」を持っていなければ、絶対に道は開けないのです。「自分は駄目な人間だ」「自分は本当に頭が悪い」「自分は過去に悪いことばかりしてきた」「自分は本当に失敗ばかりする」「自分は見てくれも悪い。頭も悪い。何もかも悪い。もうどうしようもない」などと思っているのであれば、幸福になどなるはずもありません。やはり、そういう思いを止めて、もっと明るいものを入れていくべきです。

「自分も神様に愛されているんだ。これほど幸福の科学で勉強しているのに、不幸になるはずがない。もうちょっとの辛抱だ。頑張ってみよう」と思うことができれば、必ず、道は開けていくわけです。個々の頑張りどころが大事です。

心のなかに入っているもの、詰まっているものを、「明るい心」に入れ替えていかなければなりません。

また、他人を憎んで幸福になることは、絶対にありません。他人を憎んだり、悔しく思ったり、妬(ねた)んだり、嫉(そね)んだりして、幸福になることは絶対にないので、これは努力して捨てることです。

【大川隆法『真説・八正道』第八章「正念」281pより抜粋】
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今日の一日を振り返りつつ、1989年7月に説かれました『仏陀再誕』を振り返ります。
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第七章 信仰と仏国土建設への道 
○百パーセントの信仰

このように、地上に降りたる仏陀への帰依の姿勢があってこそ、
はじめて法というものは説かれてくるのだ。
仏陀への帰依の姿勢なくば、真実の法は説かれない。
疑いのなかで真実の法は説かれない。
疑いのなかに広がるものは悪魔の領域である。
悪魔はいつの時代も、人びとの疑いのなかに入り込み、
人びとの疑いのなかに入って、お互いの意見を合わせなくする。
お互いにわけのわからないことを言わせ、仲たがいをさせ、
そして、引き裂いてゆく。
信仰を引き裂こうとする。
信ずるものの心をかき乱そうとしてゆく。
しかし、人びとよ。決して迷ってはならない。
決して迷ってはならない。
自分の小さな頭で何がわかるか。
自分の小さな頭で、理解したところで、いったい何がわかるか。
小賢(こざか)しい知恵で何がわかるか。
なにゆえに、そのような小さな頭で、
なにゆえに、そのような小さな知恵で、
仏陀の叡智をはかることができるか。
仏陀を送りたもうた人格大霊の意図を見抜くことができるか。
自らの小ささをあざ笑うがよい。
自らの小ささを卑下(ひげ)するがよい。
そのような立場に、今、自分がないということを知るがよい。
疑いは、これは悪魔の心。
猜疑(さいぎ)もまた悪魔の心。
恐怖もまた悪魔の心。
このような心をもって探求とは言わない。
仏法真理を学ぶ者には、探求の姿勢が大事だ。
探求の姿勢とは、猜疑の姿勢ではない。
探求心とは、猜疑心ではなく、疑念の心でもない。
そのような心が起きた時、
もはや修行の途上にはないと言わざるをえない。
そのような時、その者はもはや修行者とは言われない。

修行者たちよ。
諸々の比丘、比丘尼たちよ。
もし、そなたがたのなかに、信仰にて迷いがあるならば、
静かに群れを離れて、心穏やかになるを待て、
その時を待て。
決して、何も批判を口にしてはならない。
静かに自らの心を平らかにして、過去の人生をふり返れ。
そして、自分がどれほど多くの光を、多くの愛を、
与えられてきたかということを感謝せよ。
そのことを感謝せずして、みだりに疑いをはさみ、
みだりに人の心を迷わせてはならない。
そのような心と行為は、
最も地獄に近いところにあるということを知らなければならない。
もし、四十年間仏陀に仕え、
その法をよく護持し、人びとを導くとも、
最後の一年において、仏陀のほうを疑い、これを攪乱し、
そして人々の心を迷わしたとするならば、
その者、必ずや地獄に堕ちん。
そのようなものである。
信仰とは、百パーセントの信仰にして、
九十九パーセントの信仰はありえないのだ。
九十九パーセントの信仰はゼロに等しい。
信仰は、百パーセントを求める。
それは、仏はすべてであるからだ。
仏はすべてであるからこそ、百パーセント信じなければ、
すべてを得ることはできない。
たとえ、九十九年の人生を信仰に生きても、
最後の一年において、間違いたる唯物論者となって生きたならば、
その者、必ずやまた地獄に堕ちん。
かくのごとき厳しきものがあるということを、知らねばならない。

【大川隆法『仏陀再誕』第七章「信仰と仏国土建設への道」より抜粋】
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続いて、地上への執着と煩悩を断つ修行法として『漏尽通力』を共に学びます。
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第五章 仏法真理と学習
5 高級霊への関心

この「仏法真理と学習」という本章の課題の一つとして、私は、「高級霊への関心」ということを挙げておきたいと思います。

本章以外でも、さまざまな書物で、私は高級霊の言葉を伝えてきました。それをあるときは「霊言」と呼び、あるときは「霊訓」と呼び、あるときは「霊示」と呼んでいますが、本質は同じです。高級霊からの通信を明らかにしているわけです。

では、なぜ、そういうことをしているのでしょうか。この点について、話をしておきたいと思います。

「イエス・キリストが出た」とか、「モーセが出た」とか、いろいろな者が出たということで通信を公にしていますが、これらは決して、私が「自分が偉い」ということを示さんがためにやっているのではないのです。そうしたことは、結局、多くの読者の皆さんに「高級霊の本質とはいったい何か」ということを知ってもらいたいためにやっているのです。なぜ、高級霊の本質とは何かを知っていただきたいかというと、それはそこに、みなさんの「人生の理想」というものがあるからです。これが大事なのです。

人間は、手本となるべき人が欲しいのです。先生となるべき人が欲しいのです。この世の人間には、やはり限界があります。この世には完全無欠な人はいません。完全無欠な人格の人もいません。また、完全に生き切った人間もいません。しかし、あの世の世界のなかには、限りなく神や仏に近い人たちがいることは事実です。それも、この世的なる誘惑や欲望を断ち切って魂としてキラキラとした光を放っている高級神霊たちが数多くいるのは事実です。

われらが三次元にあって、この地上世界にあって目標とするものも、結局、「肉体の束縛、物質の束縛のなかにいて、そうした高級諸霊にどのように近づいていくのか」ということであろうと思います。これが、結局のところ、人生を向上させる秘訣であるし、幸福の源泉でもあろうと思うのです。

私が数多く高級霊の言葉を紹介している理由も、彼らが幸福そのものであるからです。高級霊たちは幸福そのものなのです。自分の個性のままに生きて、幸福そのもので生きているのです。この事実が、非常に大きな手本となるであろうと思います。「高級霊であって不幸である」というような人はいないのです。

高級霊が高級霊である理由は、結局、「神近き幸福、仏近き幸福を享受している」ということであろうと思います。そして、その幸福の源泉は「悟り」という名の幸福であると思うのです。「悟っている」ということが、彼らの幸福の源であるわけです。

このように、高級霊への関心を増すということは、人間の幸福の源泉でもあろうかと思います。結局、仏法真理を学習するといっても、高級霊たちの考え方、神仏そのものの考えは私たちには分からないかもしれませんが、「神近き人たち、仏近き人たちの考え方を学ぶことによって、どれだけそうした人たちに近づいていくか、どれだけ神仏に近づいていくか」ということが大事なのではないかと思います。

したがって、霊言集などの学習の目標も、単に知力を磨くということではなく、そうした偉大な魂たち、魂の持ち主たちの考え方を学ぶということなのです。「どのように考え方を学んでいくか。どのように理解していくか。それによって、どれだけ自分の魂の糧にしていくか」ということが大事だろうと思います。人間は、生まれつき持っている知識というものがありますが、やはり、先生というもの、教師というものがいて、そこから学ぶことによって啓発されるのです。

独習というもの、独学というものがあります。それによって、学問を修めた方は立派でしょう。あるいは、立志伝中の人物かもしれません。ただ、立志伝中の人物が敬われるのは、まれなケースであるからです。

たいていの場合、八割、九割の人にとっては、正しい導き手、正しい先生がいることによって学習というものは進んでいくのです。もし、学校というものがなく、教師というものがいなくて、生まれ落ちた赤ん坊は自らすべての知識を得なければいけないとなると、これは大変なことです。ほとんど不可能に近いでしょう。やはり、教師というものがいて手短に教えてくれるからこそ、多くの人たちはその知識を吸収し、人類の遺産を受け継いでいけるのではないでしょうか。

そうであるならば、高級霊たちがすでに叡智として持っている思想や心情、考え方を私たちは吸収し、血とし肉とし骨とすることによって、より大いなる「魂の進化」がありえるのではないでしょうか。彼らの学んだことに、さらに一歩付け加えることができるのではないでしょうか。

このように、「仏法真理と学習」というテーマを取ってみると、「高級霊への関心ということは非常に重要なテーマだし、そうした関心を持てば持つほど、それは自分の向上を意味し、自分の幸福感の増大を意味する」ということが言えると思います。

【大川隆法 『漏尽通力』第5章「仏法真理と学習」より抜粋】
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明日も、皆様とともに主の新復活を祈り続けてまいります。
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Lord EL Cantare is my All. 主こそ私のすべて。
We are The One, with our Lord.  我々は主と共に一体である。
One for All. All for The One. 一人は主のため、隣人のために。みんなは主の悲願のために。
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◆映画「ドラゴン・ハート」伝道植福について
5月23日(金)に全国の映画館にて公開されます映画「ドラゴン・ハート」は大川隆法総裁先生制作総指揮による28作目の映画となります。この映画の大成功に伊勢支部信者全員の信仰心を結集させていただきます。皆様の尊い布施をどうぞ、この映画伝道植福に託して、私たちに縁ある方々の心と魂を救うべく、この映画を主の御名と共に、全国・全世界で広宣流布してまいります。映画伝道植福への喜捨を何卒宜しくお願い致します。

大宇宙の すべての根源であり 地球の創造主であられる
主エル・カンターレ 大川隆法総裁先生

映画『ドラゴン・ハート❘霊界探訪記❘』を賜り
心より感謝申し上げます

本作は 未知なる世界に飛び込む勇気を与え
人類に真実への目覚めを与える映画です
全世界の人々に
霊的真実と主エル・カンターレの御存在を
弘めてまいります

仏弟子一同 力を合わせて 
一人でも多くの方を 主のもとへと誘(いざな)ってまいります

■映画『ドラゴン・ハート―霊界探訪記―』四つのポイント■

①「天国・地獄」の存在を知らしめ、全人類の魂を救済する映画です。
映画では、霊界探訪記として現代の地獄の有様を詳細に描いています。つまり、今死んで地獄に落ちるとしたらどんな世界なのかということがリアルに映像体験できる映画です。死後の世界を詳細に紹介することで、「あの世はない」「霊界なんてばかばかしい」と考える人の間違えた考えをカブト割りする映画です。この映画は、このままでは地獄に落ちてしまうたくさんの方々に救いの縁を届ける「魂の救済」映画です。正しい霊界観や信仰を持たない人にこそ届けたい映画です。

②地球の霊的中心地・シャンバラの危機を救う映画です。
今、地球の霊的中心であるシャンバラは、地上世界で、信仰心が薄れ、神仏や霊的世界を信じない人が非常に増えていること、巨大な唯物論科学国家である中国が、インドやネパール等への覇権を強めていることによって、非常な危機にあります。現に中国・洞庭湖のほとりにあるシャンバラの入り口は発見するのが相当難しくなっています。

シャンバラという地球の霊的センターが護られていることで、魂修行の場としての地上世界も安定いたします。もし、シャンバラが崩壊するようなことがあれば、地球を護る霊的結界が失われ、宇宙の邪神やダークマターの悪想念による更なる地球介入を招く事態となります。

本映画は、霊界思想を地球の霊的センターとしてのシャンバラの存在を全世界へと知らしめることによって、崩壊への危機にあるシャンバラを護るという「神の戦い」そのものを描いた映画です。

③全世界の人々が主なる神エル・カンターレと出会い、一つなる道を示す映画です。
この映画は、全世界の人々に造物主エル・カンターレのご存在を知らしめる映画であり、本年の幸福の科学の活動テーマである「日本全国・全世界にエル・カンターレ信仰を打ち立てよう。なお、一歩を進める」の中心となる作品です。

主人公たちの地獄巡りは、現代社会の諸相そのもの。しかし、そうしいた人類の、かつてない混乱、混迷の先には、大いなる規模、救い主の存在があることを示す映画であり、宗教の違いや、民族や国家の枠を超えて、全人類が、主なる神への共通認識の下、一つになる道を示される希望の映画です。

④仏弟子(まだ気づいていない仏弟子)たちがドラゴン・ハートに目覚め、霊的覚醒をうながす映画です。
この映画は、川で河童を追って溺れた主人公の二人が、霊界の天日鷲神に出合い、「霊界探訪で本来の自己に目覚めることができたなら地上に還してあげる」と告げられ、地獄巡りなどの一種の修行を経て、魂の親エル・カンターレと出会い、本来の自分の使命に目覚めるという、宗教的なメッセージが込められた映画です。

純粋な信仰心、そして、救世への本物の念いの確立が求められている今、私たち仏弟子や、まだ目覚めていない一般の方たちの中にいる仏弟子予備軍に対して、霊的覚醒を促す導きの映画であり、私たちのドラゴン・ハートに導かれた旅は、映画公開までに、すでに始まっていると言えるのが本年の活動です。

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。゜+. With Savior 。゜+.
100%エル・カンターレ信仰
―天御祖神とともに―
伊勢から世界に伝える強い信仰
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TEL:0596-31-1777
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エル・カンターレ・大好き

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