(5/25-2)59『仏陀再誕』を読む―政治と経済―政治の真実

『仏陀再誕』を読む

〇「自分独りの力で成功した」と勘違いせず、まわりに感謝する

(成果の)八割ぐらいは、「組織の力」、あるいは「法人の力」「みなの力」であり、残りの二割ぐらいが”自己の個性によって味付けをしている部分”であることが数多くあります。そこを勘違いしてしまうわけですが、ここをよくよく考えなければならないということです。現在成功している人も、それを「自分独りの力だ」と思わずに、その成功を支えている要因に対してじっくりと分析をし、そして、自分を支えてくれた人に対しての「感謝の思い」を持つことが大事なのです。
『成功の法』にも書いてありますが、少なくとも、他の人の引きなくして成功する人はいません。「ゼロ」と思ってください。なぜなら、人間社会というものは、そのように成り立っているからです。

【大川隆法『真説・八正道』第五章「正業」205pより抜粋】
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こんばんは。主から頂いた奇跡の一日も残りわずかとなりました。
皆様と共に、一日の終わりに「主への感謝」と「復活の祈り」を捧げます。

三宝帰依を寄る辺として、主エル・カンターレへ信仰を貫くために、一日の始まりを希望と共に祈りで始めて、日中は主のため、世のため、隣人を救うために私たちは働きました。本日もお疲れ様でございます。

引き続き、純粋なる信仰を「復活の祈り」と共に主に捧げると共に、信仰・伝道・植福に私たちの最大の感謝と報恩の誓いを捧げさせていただきましょう。

そして一日を感謝と反省で締めくくるために、常に主の御言葉と共にありましょう。

今日の一日を振り返りつつ、教典『仏陀再誕』を振り返ります。
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第四章 政治と経済 
○政治の真実

今の日本という国の政治を見ていて、
いちばん嘆かわしい点がここにある。
諸党派相(あい)争い、自らの利害を主張し合う。
これを民主主義と言う人もいるのであろうが、
こうした政治が、決して仏の心にかなうとは、私は思わない。
ほんとうに仏の心にかなうならば、
ほんとうは、諸党派相(あい)集まって、
ほんとうに世の中を、人々の心を、
明るくし、幸せにしてゆくには、どうしたらよいかということを、
真剣に考え合わねばならない。
真剣に提案し合わねばならない。
欲望の民主主義は真実の政治ではないということを知らねばならない。
欲望に基づいてお互いの利権を主張し合うことをもって、
自由と混同してはならない。
自由とは欲望の自由ではない。
自由とは欲望を競わせることではない。
そんなことが本当の民主主義であってはならない。
欲望の民主主義であってはならない。
煩悩の民主主義であってはならない。
自らの政治の利便のために、
自らの生活の利便のために、
欲望のために、候補者を選び、
そしてそのためだけに政治をやらせてはならない。そうであってはならない。
より多くの人々が、
いや、万人が満足できるような社会をつくり出してこそ、
はじめて素晴らしい政治だと言えるのだ。
そのためには、心から争いを去ることが大事だ。
心から争いを去らねば、真の調和は生まれない。
今、いろいろな政党が相争っている。
仏の目からみて、これがいかに嘆かわしいことであるかがわかるか。
また、同一政党のなかにおいても、各派が相争い、
自らが首長になろうとして、競争している。
それはそれで進歩の原理にかなうところもあるのではあろうが、
しかし、「それにしても・・・」という感が拭えないのはなぜであろうか。
それは、人びとに、
争い事を好む人を上には置きたくない、
という気持があるからなのだ。
下々のものが争うということは、
見ようによっては、
子供たちの他愛もない喧嘩のようにも見えるであろう。
しかし、自らの上なる人、
人びとの上に立つ人たちが相争う姿を見て、
どうして国民が心穏やかに生きてゆくことができるだろうか。
争いを上において、下が、何ゆえに穏やかになるだろうか。
調和できるであろうか。
調律できるであろうか。
そんなことは、矛盾でしかない。
矛盾以外の何ものでもない。
人の上に立たんとする者は、
秩序と調和というものを大切にしなくはならない。
そして、常に多くの人に見られ、
多くの人びとに、
徳ある人として尊敬される人間でなくてはならないと思う。
国会という国の政治を議論する場において、
粗暴なる言動は許されない。
人間として恥ずかしい行為は慎まなくてはならない。
そして、いかに自らが当選し、自らの権益を拡張したいからといって、
他を追い落とし、他の人格を批判するがごとき言動は、
厳に慎まなければならない。
そうしたことを、言論の自由と呼んではならない。
私はそう思う。

政治の貧困は、心の貧困に起因する。
政治は、国民から選ばれる人びとによって行われている。
国民から選ばれたる人々が、心不在の政治をするというのであれば、
彼らは選ぶ国民の側にも心が不在していると言わざるをえない。
そんなことであってよいはずはない。
真心の政治をせよ。
誠心誠意、人々のために尽くす人を選べ。
誠心誠意、世の中をよくするために行動する人を選べ。
そういう風潮を出してゆかねばならない。
今の政治は、憂うべきことである。
誰選ぶか、それが分からないのであるならば、徳高き人をまず選べ。
いちばん徳高き者は誰であるかを互選によって選べ。
数の力でもって決めてはならない。
金銭の多寡によって決めてはならない。
その人の政治手腕のみによって決めてはならない。
いかに仏に近き人を選ぶかということが、大事であるのだ。
そうして、政治のなかには、
決して諸党派の相争いを持ち込むのではなく、
どういうふうなことをするならば、
国民が豊かになり、幸せになるかということを、
常に念頭に置かねばならない。

【大川隆法『仏陀再誕』第四章「政治と経済」より抜粋】
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本日も、皆様とともに主の新復活を祈り続けてまいります。
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If You build it, He will come. あなたがそれを建てたとき、彼はやってくる。
When You believe It, You will see It. あなたが信じるとき、あなたはそれを見るだろう。
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◆「天御祖神 感謝報恩植福」について

・この度、日本文明の祖にして、武士道の源流にあたる天御祖神が日本に降臨され、いまもなお、霊的にご指導を賜っていることへの感謝を捧げるために、箱根強羅の地に天御祖神を讃える「天御祖神記念館」を建立させていただくこととなりました。

・本植福を通じて、天御祖神への感謝を深めていくとともに、武士道精神を復活させ、神国・日本としての誇りを取り戻していくことで、この日本の地を主エル・カンターレの教えを発信するにふさわしい地としていくことを誓ってまいります。

日本神道の屋台骨である高天原が、日本人の不信仰と愛国心の欠落により、崩れてしまっている今、私達伊勢支部信者が先頭となって、日本神道の屋台骨を支え、日本国の誇りを取り戻すべく先頭に立たなければならないのではないでしょうか。伊勢支部としては、「天御祖神記念館」建立事業を全力で応援致します。私たちの信仰心をここに結集して参りましょう。

・「天御祖神感謝報恩植福」(2022/1/1~)は、天御祖神の日本への御降臨と、いまもなおご指導を賜っていることへの感謝を捧げ、報恩への誓いを固める植福として、1 
口 10 万円からお受けいたします。

・本植福に参加された方には、「『天御祖神 
感謝報恩の誓い』奉納書」を拝殿の基壇部分に御奉納させていただき、大きな貢献をされた方につきましては、記念碑建立時に銘板をもうけ、そのお名前を記名し、顕彰させていただきます。

・私は二〇一五年ぐらいから公開しておりますけれども、実は日本文明というのは、今から三万年ほど前に、天御祖神という方が、今の富士山があるところの近くに、宇宙より降臨したところから、始まっているということを、何冊かの本で説いております。(略)

(天御祖神の)教えの中心は、今も片鱗としては伝わっています。一つ、言わなければならないことは、「神の子、仏の子としての人間」として生きるということは、「正しく生きる」ということであるということですね。これが大事な柱でした。(「地球を包む愛」)

・「天御祖神の教え」とは何でしょうか。(略)おそらくは、「鍛錬ということの大切さ」や、「自分を鍛えて力強くあることの重要さ」というものも教えていたのではないかと思います。 
(『現代の武士道』)

・葬られているのは、今で言うと、強羅温泉の近くです。
 (「超古代リーディング―天御祖神と日本文明のはじまり―」)

日々のご支援に心より感謝申し上げます。

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―天御祖神とともに―
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文責:蒲原宏史 

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